「きりーつ・・・礼」

教壇に立っている担任の先生に対する日直の号令で、朝のホームルームが始まった。

私はその様を、教室の一番後ろである自分の席からぼんやりと眺める。昨日は声楽の本のために夜更かししてしまったので、まだ少々眠気眼だ。

一応ホームルームという枠のこの時間だけど、特別何をするということもない。

プリントなどの配布物があれば配り、その日に何か行事があればそれに関する連絡事項を口頭で説明する。

なので、いつもはだいたい5分もあれば終わる時間。ホームルームには20分宛がわれているが、大抵はそのほとんどが生徒同士の雑談で終わる。

・・・はずだったのだけど。

「――と、今日の連絡事項は以上だ。そして最後に、おまえらにビッグニュースがある」

ニヤリと、意地の悪い笑みを見せる担任教師。

それはまるで悪戯が成功したときの子供みたいな瞳で、雑談に興じようとしていた私たち生徒もポカンと30代半ばの彼を見やる。

すると彼は満足そうに笑い、何故か教室の外に向かって呼びかけた。

「待たせたな。もう入っていいぞ〜」

その声を合図に、ガラッと横滑りに開く教室前方の扉。

教室内の誰もが無言になり、堂々と入ってきたその人物を注視する。

先生が「彼女」のために教壇を退くと、その女の子はツインテールを揺らしながら、真っ白なチョークを手にとって黒板に押し当てる。

”カッ、カッ”という白線が滑る音が、静かな教室に響いて。

最後の一文字を書き終えた少女は振り返り、今だ一言も発しようとしないクラスメイトたちに向けて口を開く。

「この度、風見学園に転校してくることになりました、芳乃さくらでっす♪みんな、よろしくね〜」

金髪碧眼のお人形さんみたいな彼女は、そう言ってニパッと満面の笑みを浮かべた。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<8>  碧眼の転校生





「それじゃあ、芳乃の席は・・・白河の隣が空いてるから、そこでいいな。白河、色々と面倒見てやってくれ」

「あっ、はい」

確かに、私の左隣――窓際の一番後ろの席は、昨年転校した生徒がいたらしく一つ空いたままだった。

芳乃さんは先生に「はい」と頷くと、教壇を降りてまっすぐこちらにやってくる。

先ほどは教壇に立っていたためよく分からなかったが、彼女の体躯がとても小柄なことに今更気づく。全体的に細身の体もそうだけれど、なによりその身長は・・・失礼かもしれないが、小学生にしか見えない。

「よろしく!白河さん・・・でいいのかな?」

「はい、白河ことりです。こちらこそ、これからよろしくお願いしますね」

その笑顔からも想像できたように、彼女はとても人懐っこい性格のようだ。

でもそれはあくまでも第一印象。それだけで人を判断することなんて出来ないから。

――私は、能力を使う。

『――――――――』

「・・・え?」

会話しているのとは別の部分で集中し、彼女の心の声を聞こうと感覚を研ぎ澄ませる。

しかし、彼女からは何も聞こえてこなかった。ただテレビのノイズのような音が一定に流れており、私は初めての体験に困惑した。

『何で?声が・・・声が聞こえない』

呆然とした気持ちで、私はただ芳乃さんを見つめた。

「ん、どしたの〜?白河さん」

そんな私に対して、彼女がニコニコと訊ねてくる。

でも今の私には、その笑顔がとても異質なものに感じられて、とても怖かった。

かといってそれを表に出せるはずもなく、私は作り笑いで「ううん」と首を振る。

「やっぱり、そうなんだ・・・」

と、その時。急に真剣な表情になって何事かを呟いた彼女に、私は思わず問い返した。

「え?」

「・・・ううん、これからよろしくね〜」

「あ・・・はい」

またすぐに表情を崩して握手を求めてくる彼女に、私は釈然としない気持ちを抱きながらも頷くことしか出来なかった。





彼女――芳乃さんが朝倉君の幼馴染だと知ったのは、その次の休み時間のことだった。

異様に小さくて可愛い、金髪碧眼の帰国子女。

当然、クラスメイトが興味を抱かないわけがなくて、授業と授業の間の休み時間、私の隣の席にはあっという間に黒山の人だかりが出来ていた。

「ねえねえ、芳乃さんってどこの国から来たの?」

「わぁ、本当にお人形さんみた〜い。髪の毛もサラサラ〜」

「日本語上手いよねぇ。ハーフ?それとも、クォーターかな?」

「はぁはぁ、さくらたんって呼んでいい?」

その黒山から、次々と繰り出される質問。・・・最後のは聞かなかったことにしよう。

始めの方はそれに対して一つずつ律儀に答えていたのだが、次第に追いつけなくなり、終いにはもみくちゃにされている現在に至る。

「うにゃぁ〜!引っ張るなぁ〜〜!」

猫のような威嚇の声を上げながら、廊下へと逃げていく芳乃さん。

廊下に出ればますます注目を浴びるだろうに・・・それでも、この教室よりはマシなのかもしれない。

一応担任の先生からお世話係を任命されている手前、気になって私も廊下へと出てみる。

「あ〜、お兄ちゃんだ〜〜!」

私が丁度廊下に出た時だった。喜色満面という言葉を体現したような芳乃さんが、1組の廊下に出てきた見覚えのある男の子に抱きついたのは。

「わっわっ、なんだぁ〜!?・・・ってあれ?お前、まさか・・・さくらんぼ!?」

「うにゃ、懐かしいねぇ、その呼び方」

満面の笑みを彼――朝倉君に向けた彼女は、再度彼の胸・・・もとい、鳩尾の辺りに頭を擦りつける。

そんな折、下の教職階から上がってきたクラスメイトから声を掛けられた。

「白河、先生が呼んでたぜ。職員室に来てくださいって」

「あっ、はい。すぐ行きまっす」

おそらく、音楽室の件だろう。テスト期間が終わった後、卒パに向けたバンドの練習のために申請を出していたから。

職員室に行く前にもう一度振り返ると、朝倉君の隣には苦笑している女の子が一人。

『あの人は・・・』

そう、いつも彼の隣にいる女の子。彼は恋人じゃないと否定していたが、果たしてどこまで本当なのだろうか?

ただ単に、照れ臭くって誤魔化しただけかもしれない。

”ツキンッ”

『何だろう・・・胸がモヤモヤする』

感じたのは、とても小さな――けれども鋭い痛み。

私は3人で何かを話しこんでいる様子の彼らから無理やり視線を剥がすようにして、職員室への階段を下りていった。





空からは、早々にも春の訪れを感じさせるような温かい日差しが降り注いでいた。

私はそんな陽の光を浴びながら、校庭のベンチで自作のお弁当をつつく。

でも頭には気付かない内に笑顔の転校生が映っていて、私は若干憂鬱になりながらご飯を食べていた。

・・・別に、彼女が嫌いというわけではない。

むしろ、あの天真爛漫な性格はとても好ましい。元気一杯の笑顔だって、とても素敵だ。

ただ、苦手なのだ。あの全てを見透かしていそうな、深い青色の瞳が。

そして何より・・・能力が届かないという異質な感覚が。

「どうしたの?浮かない顔して」

いつの間にか箸が止まっていた私が顔を上げると、そこには微笑を浮かべる叶ちゃん――工藤君が立っていた。

「工藤君、こんにちは」

「ああ、こんにちは、ことり。それで?悩みだったら相談に乗るけど」

『ことりが悩んでること自体珍しいんだけど・・・でもやっぱり、そんな姿は見たくないしね』

実際の男の子の声と、心の中の女の子の声が聞こえてくる。そんな優しい気持ちに触れ、少し楽になった。

「悩みってほどじゃないんだけどね・・・あっ、どうぞ、座って?」

「うん、お邪魔します」

思わず誘ってしまったけど、本当の悩みを言えるわけがない。全てを話そうと思えば、私の能力まで明かさなければならないから。

だから私は、誤魔化しの意味も含めてまったく別のことを相談してみた。

「朝倉君といつも一緒にいる女の子に、心当たりってある?」

「朝倉君と?」

「うん、たぶん工藤君とも同じクラスだと思うんだけど」

「う〜ん・・・眞子さんじゃなさそうだし・・・あっ!」

しばらく考えてた工藤君だったが、突然思いついたかのように声を上げる。

「分かったの?」

「うん。きっと、音夢さんのことだよ、それ」

「音夢さん?もしかして、朝倉君の彼女さん?」

一度は朝倉君に否定された疑問だけど、やはりどうしても明確な答えが無いと気になってしまう。

「・・・あれ?ひょっとしてことり、知らないの?」

「う、うん」

「そっか・・・。じゃあ何で知りたいの?」

「何でって言われても・・・」

それは、私こそ知りたい。

なぜか気になってしまうのだ。それは先ほど感じた胸の痛みと同様に、上手く説明できない何かだった。

「・・・一応、プライベートなことだからね。ことりの方に理由がなくて、ただ興味本位なだけだったら教えられないよ」

確かに、少し厳しいけど正論だ。

「そうだね、ひとつだけ教えるとしたら・・・朝倉君の大切な人、かな?」

「え?」

「それじゃあ、俺は教室に弁当置きっぱなしだから・・・またね」

「あ、うん・・・」

条件反射的に返事をしてから、教室へと帰る工藤君の背中をぼんやりと眺める。

そんな私の頭には、工藤君の言った「大切な人」というフレーズがグルグルと回っていた。



9話へ続く


後書き

な、何とか今年中に書き終わった・・・良かった〜^^;

8話は、さくら登場!な話にしてみました。

どうもD.C.って、音夢以外でのさくらの存在が薄いので、このSSでは彼女の「役割」を全面に出していきたいと思います。

その伏線とも言える今回のお話。さくらに心を読む能力が通じないのは、オリジナル仕様です。

そんな彼女を苦手としつつ、さらに前々から疑問に思ってた音夢の存在まで気になってしまう・・・。

そこで「工藤君」に相談するわけですが・・・結局答えは分からずに、余計に思考の迷路に陥る形に。

はっはっは、悩め、若人よっ!(笑)


さて皆様、今年も私の拙い駄文にお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました!

また来年もよろしくお願いいたします。

ではでは、良いお年を〜^^



2007.12.31  雅輝