「う〜ん・・・お昼、どこで食べようかなぁ?」

久しぶりに昼食を購買のパンにしてみた私は、そのまま中庭の方へと歩いていた。

お姉ちゃんの部屋――もとい、化学研究室で食べても良かったんだけど、あいにくとお姉ちゃん本人は職員会議中。

こんな晴れた気持ちの良い日に教室で食べるのも勿体無い気がした私は、ベンチがある中庭まで足を運んだというわけだ。

「結構混んでるし・・・空いてるベンチあるかなぁ」

しかしやはり皆考えることは同じなのか、最近は曇り続きだったということもあり、中庭のベンチはいつも以上に盛況だった。

結局、空いているベンチはゼロ。ならばせめて相席させて貰おうと周りを見渡した私の目には、ここ最近で仲良くなった男の子が映った。

ついてるな〜と思いつつ、そのベンチに近づき声を掛ける。

「相席、良いですか?」





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<6>  昼休みのベンチ





「・・・んぅ?」

その男子・・・朝倉君は、購買で買ったのであろう焼きそばパンを咥えながらこちらへと顔を向けた。

「を、ほほひは。へふひひひほ?」

「あはは・・・飲み込んでからでいいですよ」

「・・・んっく、ぷぁ。すまんな、行儀悪くて。さっきの言葉を再現するとだな・・・」

「”お、ことりか。別にいいぞ?”・・・ですよね?」

「・・・あれで分かるとは、なかなかやるな」

「いえいえ、それほどでもないですよ♪」

実際、彼の心の声をちょっと聞いただけだしね。

彼は傍らに置いていたコーヒー牛乳を手に取り一口飲むと、そのまま横にずれるようにして私が座るスペースを空けてくれた。

「さあさ、汚いところですがどうぞ」

「あ、ありがとうございます。・・・わっ、さりげなく座る場所にハンカチが広げてありますね?」

「ジェントル純一と呼んでくれ」

「わかりました、ジェントル朝倉君」

「・・・ことりってさ、もしかしてさりげなく意地悪?」

「さて、どうでしょう?」

悪戯っぽく微笑みながら、とりあえず敷かれていたハンカチは丁重に返しておく。

朝倉君もノリでやっただけみたいなので、何も言わずにハンカチを受け取った。

「ことりって、いつもパンなのか?」

「いいえ、今日はたまたまです。お弁当の材料を買い忘れてて」

「へぇ・・・ことりって料理も出来るんだ?」

『まさに万能だな。美人で歌が上手くて、料理もできるほど家庭的で・・・』

「そ!そんなことないですよぉ!苦手なことだってあります!」

「え?あれ、俺もしかして声に出してた?」

頬を赤らめながら必死に否定する私に対して、朝倉君が驚いたように返す。

あ、しまった。思わず心の声に過剰反応しちゃった。

「は、はい。そりゃもう出してましたよ?」

「・・・?そう、か」

『おかしいなぁ。まだボケるには早すぎるぞ、俺』

思わずついてしまった嘘を真に受け、微妙に納得のいかない表情で頷く朝倉君。

うぅ、ごめんなさいです。





「あれ?珍しい組み合わせだな」

「ん?工藤か」

後ろから突然聞こえた声に振り返ると、そこには叶ちゃん――もとい「工藤君」が購買部のパン袋片手に立っていた。

私はまだチョココロネの最後の一口を咀嚼中だったので、きちんと飲みこんでから笑顔で声を掛ける。

「こんちは、工藤君」

「ああ、こんにちは。ことり」

「あれ、二人って知り合いだったのか?」

とても自然に挨拶を交わす私たちに対して、朝倉君が疑問の声を上げる。

「ええ、工藤君とは家が結構近いんですよ」

「そうゆうこと。俺としては、朝倉がことりと親しい方が驚きだけどな」

「まあ、仲良くなったのは最近だったし」

「へえ・・・」

工藤君はそう呟きながらも、朝倉君の死角から意味ありげな・・・意地の悪い笑みを向けてくる。

『ことりと朝倉君がねぇ。私、何も聞いてないんだけどなぁ・・・』

何となくそんな事を思ってるんだろうなぁとは思っていたけど、まさかドンピシャリだったとは。

私は何となく恥ずかしさから気まずくなり、必死に話題を転換させた。

「え、えっと・・・工藤君はこれからお昼ですか?」

「うん。日直の仕事が長引いてね。・・・ロクなものは残ってなかったけど」

苦笑しながらパンの袋を持ち上げる。半透明な袋からは、「バナ納豆パン」という文字が見えた。・・・食べれるのかなぁ、それ。

「あ、よかったら一緒にどうです?」

「え?俺も?」

「はい。良いですよね?朝倉君」

「まあ、断る理由は無いな」

口ではそう言いつつも、既に端の方にずれている朝倉君に思わず笑みが零れる。

しかし工藤君はその笑みを別の意味に取ったのか・・・また先ほどのような意地の悪い表情で、首を横に振った。

「いや、やめとくよ。俺は馬に蹴られて死にたくないんでね」

「・・・へ?」

「ちょ、工藤君!?」

”人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまえ”。

そんな誰でも知っている言葉を、冷やかしとして使われた私は、頬を赤らめたまま反論する。

頬が赤いのは怒っているからではなく・・・単純に恥ずかしいだけだけど。

「お、おい。工藤?」

「ははっ、冗談だよ。もう休み時間も少ないから、教室で食べるだけさ」

「も、もう。工藤君ってば・・・」

「工藤・・・後で、ヘッドロックな?」

「はいはい・・・っと、そうだ朝倉」

朝倉君の言葉を軽くいなしつつ教室へと歩を進めかけた工藤君は、何かを思い出したかのように立ち止まり、もう一度振り返る。

「なんだよ?」

「いくらことりが可愛いからって、襲うなよ?」

「襲うかっ!」

「いてっ!」

朝倉君がどこからか取り出して投げた一口サイズの饅頭は、見事な軌道を描いて工藤君の頭にヒットするのであった。

もう、天罰ですよ?叶ちゃん。







「―――ってことだったんですよ」

――「へぇ、そうだったんだ」

その日の夜、私は自室で叶ちゃんから掛かってきた電話を受けていた。

普段はあまり使うことのない携帯電話。その理由は、私の心を読めるという能力にある。

この能力が身に付いた経緯はまったくわからないが、時期なら何となく覚えている。確か、まだ小学校に上がりたての頃だ。

それから10年近く、私はこの能力を頼りに人付き合いをしてきた。

だからか、私は相手の心を読めないととても不安になる。それが叶わないのが、携帯電話を含めた通信機材。

どうやらこの能力は相手が目の前にいないと使えないようなので、私は電話で人と話をするということは今まで極力避けてきた。

ただ今の時代、携帯が無いと不便なケースが非常に多いので、一応持つようにはしている。

もっとも、私の番号を知っているのは家族と叶ちゃんくらいなんだけど。

――「でも珍しいね。ことりが特定の男の子と仲良くするなんて、初めてじゃない?」

「えっ、そうかなぁ?」

ちなみに今は、朝倉君と再会してから今までの経緯を、簡単に話し終えたところだ。

というのも叶ちゃんがわざわざ電話してきた理由が”それ”らしくて、「何となく気になったから」ということらしい。

――「うん。今まではことりが男の子に対して、一歩引いてるイメージがあったかな」

「それは・・・」

おそらく、叶ちゃんの言う通りだと思う。

心を読むということは、人の表側ではなく、裏側を知るということ。

人には見せられない、自分の醜い感情を縛り付けている場所。そこに他人でただ一人入れる私は、様々なことを知ることができる。

しかしそれは仕方のないこと。醜い感情を一切持っていない人間なんて、果たしてこの世にいるのだろうか。

でもその中でも、異性ということもあるのか、やはり男の子の裏側にはいつまで経っても慣れなかった。

下心という言葉がしっくり来るのだろうか。私に馴れ馴れしく近づいてくるような人は、だいたいそういうものを持ち合わせていた。

中には・・・その・・・私を想像の中で・・・してる人とか。

だったら何故だろう。何故彼は平気なのだろうか。

心を読む度に良いところがどんどん見つかっていく男の子。それは初めてのことで、どうしても戸惑ってしまう。

――「・・・朝倉君だから、かな?」

「えっ!?」

と、そんな時。まるで思っていることを言い当てられたような彼女のセリフに、思わず心臓が一つ跳ね上がってしまう。

――「・・・なんてね。朝倉君にそんな甲斐性はないもんねぇ」

「あ、あはは・・・」

心の中では勝手に自己完結してくれた叶ちゃんに感謝しつつ、私は苦笑いを零した。

・・・っていうか、何気に酷いなぁ。叶ちゃん。

――「それじゃあ、そろそろ切るね。こんな時間に話しこんじゃってごめん」

「いえいえ、気にしなくていいっすよ〜」

――「・・・ことり」

「はい?」

電話口で、少しトーンの下がった叶ちゃんの声。私は思わず身構えて返事をしてしまう。

――「・・・ううん、やっぱり何でもない。おやすみ、ことり」

「あっ・・・はい。おやすみなさい、叶ちゃん」

プツッという軽い音と共に、通話が切れる。

耳から離した携帯電話をぼんやりと見つめつつ、私は嘆息を吐いた。

『・・・やっぱり携帯じゃ駄目だなぁ』

最後に叶ちゃんが言おうとしたこと。

直接顔を合わせていたら、もしかしたら「読めた」かもしれないのに・・・。

「・・・はぁ、もう寝よっと」

――自分が不安になるからって、相手の心の中を暴こうとすることばかり考えてしまう私。

そんな自分に軽く嫌気が指して、そのまま不貞寝をするようにベッドに寝転んだ。



7話へ続く


後書き


今回は予定通りの更新!・・・あれ?テスト中なのにおかしいな(笑)

今回は「工藤君」と「叶ちゃん」にご登場願いました。っていうかこの叶ちゃん、この作品では結構なキープレイヤーだったり。

そしてことりの能力についても少し。自分の能力と向き合うことりの心理、というのを今の内に書いておきたかったので。

そういえば、確か原作では携帯は持っていない設定でしたが、現代で持っていないのは流石に不便かと。

実際、4話でも重宝してますしね。今はもう、携帯はあって当たり前の世の中になってますから。


次は・・・おそらく3週間後くらいになるかと。250000のリクエストを頂いたので。

それでは、次回もお付き合いくださいませ〜^^



2007.12.2  雅輝