「・・・ふぁふ」
朝の、何となく気だるい起床後のベッドの上。私は欠伸を噛み殺しながら、ボンヤリと昨日の事を思いだしていた。
『えっと・・・昨日は朝倉君に会って、それから聖歌隊に遅れて行って・・・あ、そっか』
そういえば、聖歌隊で行なう公演のソロを任されたんだっけ。
はっきりとしなかった意識が、徐々に目覚め始めてくる。
島内で唯一の聖歌隊。そのソロパートを任されるということは、結構な栄誉なのだと。・・・二つ上の先輩の言葉を思い出した。
正直言って、その先輩を含め私より歌が上手い人は他にいると思ったし、私自身もそこまで自信はなかった。
でも、今回の事を決めた聖歌隊のリーダーとも言えるその人が期待してくれているのは素直に嬉しかったし、周りの人にも背中を押されて。
精一杯、出来る限りのことはやろうと、私は了承の返事をした。
『本番は・・・確か、GWの真っ最中だっけ』
ということは、もう二ヶ月半後の話だ。
まだそれほど焦ることはないけれど、今から細々と練習を始めていくのも悪くない。
「――んん〜〜〜〜!!」
私はベッドから抜け出し、出窓のカーテンをシャッと引いた。
覗く空は、昨日に引き続き快晴。その突き抜けるような青空に、自然と笑みが零れる。
「・・・っとと。早く支度しなくちゃ」
聖歌隊のことを考えていたせいか、いつもと同じ時間に起きたのに随分と時計の針が進んでいる。
私は部屋を出る前に、もう一度窓から見える青空に視線を移して・・・昨日と同じ様な天気に、昨日と同じ様な出来事を期待するのであった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<5> 朝の桜並木
「う〜ん・・・何とか間に合うかな」
学園へと続く桜公園の並木道を早足で歩きながら、私は腕時計を確認する。
その文字盤はいつもより10分ほど遅い時刻を示していたけれど、それでも門が閉まるまでには入れるだろう。
安心して歩調を緩めた丁度その時、前を歩く一人の男子生徒が目に付いた。
『あれ、もしかして・・・』
手に持った鞄を肩口に掛け、気だるそうに歩いているその後姿を見て、私は緩めた歩調を再度速める。
そして追いついたその横顔をそっと見遣ってようやく確認した私は、そのまま彼に声を掛けた。
「おはようございます、朝倉君」
「・・・ん?おお、ことりか。おはよう・・・ふぁふ」
と、彼は朝の挨拶を返しながらも大きな欠伸をする。
「眠そうですね」
「実際眠いからな。夜更かししてるとどうしても睡眠時間が・・・ふぁぁ」
言葉の途中でまた欠伸。どうやら相当眠いようで、今にも眠りに就きそうなくらい目蓋は閉じかかっている。
『やっぱり、深夜の通信販売の番組は控えた方がいいな。ことりにかっこ悪いところ見せちゃったし』
・・・なるほど、そういう理由か。でも別にかっこ悪いとは思ってないんだけどなぁ。
「だから遅刻ギリギリなんですね?」
「まあな。今朝は正直、起きられたのが奇跡だよ。けど、そう言うことりもそうじゃないのか?」
「あはは・・・ちょっと今日は寝坊しちゃいまして。でもいつもはもうちょっと早いんですよ?」
「なるほど。だったら俺も、もうちょっと家を早く出たらことりと一緒に通学できるわけだ」
「家の方向が違うから、桜公園からってことになりますけどね」
確か朝倉君の家は、島の東側だったはず。と、叶ちゃんから以前そう聞いたのを思い出す。
私は平静を装って返事をした。でも、内心では少し動揺していたり。
『それって、私と一緒に通学したいってことかな?』
今までそういう気持ちを持ちながら寄ってくる男子はたくさんいたし、実際軟派な言葉を掛けてくる人も少なからずいた。
けれど私は朝倉君をそんな人たちと一緒だとは考えたくなかったし、第一考えたことすらなかった。
それでも、明確な”裏付け”が欲しくて・・・私はまた、能力を開放する。
『そっか、ことりは西側なのか。ことりと一緒なら、楽しい通学になりそうだったんだが・・・まあ無理強いは出来ないよな』
――うん。朝倉君はこういう人だよね。
決して自分本位ではない考え方。少し分かりにくい優しさ。
「島の反対側か。だったらしょうがないよな。悪い、忘れてくれ」
まだ出会って数度しか会っていないけど、彼のそういったところは何となく分かっていた。
それは私の能力と・・・そして、叶ちゃんからの話も統合して。
「だったら、桜公園の入り口で待ち合わせします?私も朝倉君と色々話してみたいですし」
「え!?」
彼の心の声に安心した私は、気が付けばそんな言葉を口にしていた。
普段の私からはあまり結びつかないであろう、積極的な言葉。少なくとも、男の子を”自分から”誘うのは今回が初めてだった。
対して、隣を歩いていた朝倉君は驚いた様子で、足を動かし続けながらも硬直していた。
『俺と話してみたいって、どういうことだ?まさか・・・いや、自惚れはよそうな、俺。まあ確かに、まだお互いのことはあまり知らないし・・・』
――そっか。今私が言ったことって、もしかしてかなり恥ずかしいかも。
それを自覚してしまうと、私までも平静ではいられなくなってしまった。
「も、勿論、友達としてですよ!?」
「そ、そうだよなぁ!友達としてだもんな!」
気付けば友達友達と赤面で連呼しながら登校する、変な二人組が出来上がっていた。
「それでは、毎朝8時に桜公園の入り口ってことで」
「ああ。なるべく遅刻しないようにするけど、もし8時過ぎても来なかったら、問答無用で先に行っても構わないからな?」
「クスクス、そうですね。分かりました」
「あれ?了承しちゃうの?」
「朝倉君は寝坊すると昼休みまで来ないって、とある人から聞きましたから」
「・・・あながち否定できないのが辛いな」
そんな彼のおどけた台詞に、二人して笑い合う。
テンポの良い言葉の応酬。ほとんど初対面のはずなのに、不思議と私達はそんな掛け合いを楽しんでいた。
とは言っても、所詮はゆっくり歩いて20分の桜並木。彼の隣を歩くその時間はすぐに過ぎ、前方に見えてくる校門が私達を現実に戻す。
「ことりって何組だっけ?」
「3組です」
「同じ階か。だったら、教室まで一緒に行くか?」
「そうですね」
そんな会話を交わしつつ、校門をくぐる。そのすぐ傍には、何人かの生徒が帳簿のようなものを片手に立っていた。
その腕には”風紀委員”の腕章が。どうやら、週に1回の遅刻者取締り日は今日らしい。
「おっ、あれは・・・」
そんな中、知り合いを見つけたらしい朝倉君は、その顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「よう。朝から精が出るなぁ」
「・・・そちらは朝から女の子を連れてるなんて、良いご身分ですね」
その女の子は、可愛らしい笑みに不機嫌さを隠しながらそう返す。
見覚えのあるその人はまさしく、この間朝倉君とショッピングをしていた女の子だった。
「どうした?妬いてるのか?」
「・・・ふふふ。そんなわけないでしょう?」
お互いが気持ち良いくらいの笑顔なだけに、その裏に見え隠れする思惑が怖い。
別に心を読む能力を使っているわけではないけど、使わずとも何となくそんな雰囲気だけは察することができた。
「あ、あの〜・・・」
何とも居心地が悪くなってきてたまらずに声を上げると、朝倉君が申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「おっと、悪いことり。ほったらかしにして」
「い、いえ。えっと・・・その方は?」
「ああ、紹介するよ。こいつは――」
”キーンコーンカーンコーン――”
「おっと、予鈴か」
「早く行かないと、遅刻しますよ?」
「それもそうか。よし、行くぞことり」
「えっ、あ・・・」
長い間気になっていた事をようやく聞けると思った次の瞬間、またしても絶妙なタイミングで邪魔ものが入ってしまった。
昨日はお姉ちゃんからの着信で、今日は時間ギリギリを示す予鈴で。
『はぁ・・・』
思わず内心でため息を吐きつつも、駆け出した彼の背中に追いつこうと私も足に力を込める。
ただ、このときはまだ。
何故そこまで彼女の存在が気になってしまうのかなど、考えもしてなかったんだ。
6話へ続く
後書き
はい、今日はちょっと早めのUP〜。
明日は一日掛けて名古屋に出かける予定なので、何とかその前にと頑張りました。
内容は4話の次の日。とうとう学園での二人の物語が始まります。
まずは登校風景。・・・なんか既に二人の関係が結構進んでいるのは気のせいか?(笑)
今回もちょっとオリジナル度数(?)を高くしてみました。っていうかもう、ほとんど別物^^;
でもやはりことり視点だけで物語を進めていくのは至難の業ですね。・・・まあ詰まった時は奥の手も用意してますが(ニヤソ)
それでは、また2週間後に〜^^