気分がまったく晴れぬまま、翌朝を迎えた。

目覚めて、顔を洗って、朝ご飯を食べて、家を出る。そんないつもの動作を、私は無感情にこなしていく。

寝不足のせいか、頭が重い。洗顔の時にもちろん鏡を確認したが、今もなお私の眼の下にはくっきりとクマが浮かんでいることだろう。

いつもの倍以上の時間を掛けて学校に辿り着き、始業開始ギリギリの教室に滑り込む。その時、純一君がこちらを見て何か言いたげだったけど、すぐに授業開始のチャイムが鳴り響き、結局うやむやになった。

そのことに少なからずホッとしている自分に、嫌気が指す。



「――夢は、いつか覚めるものなんだよ」

「――キミとお兄ちゃんなら、きっと乗り越えられるよ」



「・・・」

芳乃さんの言葉が頭に蘇ったが、私はそれを振り払うように机に突っ伏した。

それが単なる現実逃避でしか無いことに、薄々気づいていながらも。



――私は、なんて弱いんだろう。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<33>  笑顔の仮面(前編)





「ことり、ちょっといいか?」

「あ・・・純一君」

授業にもまったく身が入らず、ボンヤリとしている内にいつの間にか昼休みに突入していたらしい。

周りの喧騒が遠く聞こえる中、ふと聞こえた声に顔を上げると、そこには神妙な表情をした純一君が立っていた。

――ダメ、やっぱり何もキコエナイ。彼の考えていることがワカラナイ。

「今朝、鏡見たか?」

「・・・女の子ですから」

それが見当違いの回答であることを承知の上で、私はそう返した。

確かに、今の私の顔はとても酷いだろう。優しい彼に、心配を掛けてしまうほどに。

「昨日からどうしたんだよ? 体調が悪いのか? それとも、他に悩みが――っ」

矢継ぎ早の質問を一度止めて、彼は「ふう」と息をひとつ吐くと。

「・・・悪い。でも、心配なんだよ。ことりのことが」

「本当、ですか?」

「当り前だろ? だって俺は、ことりの・・・彼氏なんだからな」

照れくさそうに顔を赤らめながら、でもハッキリとそう断言してくれる純一君。

嬉しかった。

相手の心が分からない今の私にとって、その言葉はとても、とても嬉しいものだった。

――だからこそ、怖かった。

「・・・私は、純一君の彼女ですよね?」

「えっ・・・? と、当然だろ?」

だから、私は訊ねた。今更、そんなことを確認した。

それに対する彼の返答。虚を突かれたのか、若干の間があった。

――でも、今の私には、それだけでもう駄目だった。

「・・・ごめんなさい、やっぱり私、早退しますね」

「おっ、おい。ことり・・・?」

狼狽したような彼の声を背に、鞄を持った私はそのまま教室の入り口へと向かう。

今は何も考えられなかった。考えたくなかった。早く帰って、自分の部屋で一人になりたかった。

純一君のことが、好きだから。・・・だからこそ、初めて心が彼を拒絶した。



――嫌われたくないから。









「はぁ・・・」

さっきから口から漏れ出るのは、ため息ばかりだった。

学園を早退した私が、家に帰るなり自室のベッドに横たわって早数時間。眠気も来ないほど陰鬱とした気分で、ずっと天井を眺めている。

『何やってるんだろ、私』

そう自戒し、後悔するも、どうしようも出来ないのが現状だった。

”ピーンポーン”

喉の渇きを覚え、階下へと行こうとしたその時。タイミング良くインターホンが鳴り響き、私は惰性のままリビングで応答した。

「はい」

「あっ、えぇと・・・ことりか? 朝倉だけど、お見舞いに来たんだ」

「・・・・・・純一君・・・」

そう呟いた私の声は、少し涙ぐんでいたかもしれない。

教室で、純一君の気持ちを無碍にするような別れ方をしたというのに、彼はわざわざ自宅とは反対方向の私の家までお見舞いに来てくれたのだ。

でも・・・私は・・・。

「そ、その・・・ごめん」

「えっ?」

「今、酷い顔をしてるの。・・・だから、ごめんね」

私の声は、ちゃんと言葉になっているだろうか。

彼に会いたい。でも会う勇気がない。

そんな二律背反の想いが、心の中をグシャグシャと掻き乱すかのようだった。それが、声色に現れていない自信が無かった。

「そっか・・・い、いや、別にいいんだ」

落胆したような彼の声。彼は必死で隠そうとしたみたいだけど、私には分かってしまった。

「・・・えっと、明日はどうする?」

「あ・・・」

おずおずと訊かれたその問いに、私は一週間ほど前の約束を思い出す。

明日――つまりGWの初日。東京ディズニーランドに、デートしようという約束。私が提案し、彼も快く賛成してくれた二人の約束。

本来なら、絶対に楽しい時間になるはずだった。

「体調悪いんだったら、明後日にするか? 俺はそれでもいいけど」

「――っ」

気遣うような彼の声に、私はいつの間にか涙を流していた。

悔しかった。悲しかった。

切なかった。苦しかった。辛かった。

――彼を好きだという気持ちを抑えることが。

「う・・・ひっく・・・うぅぁ・・・」

我慢できないほどの感情が、私の口から嗚咽となって溢れてくる。

「ど、どうしたんだよ?」

彼の酷く狼狽えたような声を聞きながら、私は嗚咽と共に本音を吐き出した。

「うぅ・・・ゆ、遊園地・・・行きたいね」

そう、本音。紛うこと無き、私の本音だった。

もう既に約束もしているというのに、「行きたい」と。

「行きたいねって・・・行くに決まってるだろっ?」

行って・・・くれるの? こんな私でも?

思わずそう問いかけそうになる言葉を、何とか呑み込む。するとインターホン越しに、いつもの彼の優しい、穏やかな声が聞こえてきた。

「・・・体調なんて、すぐに良くなるさ」

「う、うん・・・そうだね」



そしてこのとき、私は決意を固めた。



もうなりふり構っていられない。もう、今の私のままではいられない。

だから――。

「大丈夫。明日になったら・・・きっと私は・・・”前の私”に戻っているから」

――仮面を被ろう。

昔の私みたいに、何を言われてもニコニコとしている、笑顔の仮面を。――滑稽な仮面を。

「え・・・ことり?」

「それじゃあ、切るね」

「あ、ああ・・・おやすみ」

「おやすみなさい・・・」

耳に当てていた受話器をそっと置く。まだ耳の奥では、愛しい彼の声が木霊していた。

「・・・」

大きく息を吸って、吐き出す。・・・大丈夫。きっと大丈夫だ。

仮面さえ付ければ、きっと明日は彼と楽しく過ごせる。そうだ、そうに違いない。

それはある意味、自己暗示のようなものだった。同時に、ただの現実逃避とも言えた。



だから私は気付いていなかった。

――問題から目を背け、背を向け、逃げ去ってしまったということに。



34話へ続く


後書き

若干遅れましたが、33話のUPですー^^

いやぁ、実は風邪を引いちまいまして。頭がぼんやりとしてなかなか進まなかったんですよねぇ。

熱は出ていないので、インフルエンザではないでしょうが。喉が痛く、鼻水が止まんねーです(ズズズッ

何とか本日中(?)に書けてホッとしております(汗)


内容はといいますと。・・・まあ暗いですね。シリアス全開ですねぇ。

ことりの葛藤。二律背反、自分でも分からない気持ち。そして出した、誤った答え。

次回は遊園地デートです。しかしことりは――?って感じで。


今回で、今年最後のUPとなりそうです。皆様、今年も拙い駄文サイトに足を運んでいただき、誠にありがとうございました。

来年からは社会人ですが、出来る限り更新は続けようと思っておりますので、これからも宜しくお願い致します。



2008.12.28  雅輝