神様からの、贈り物だと思った。
相手の心を読む――知りたいと、そう願うだけで相手の心を覗ける能力。
それは先天的なものではなく、ある時期を境に突然使えるようになった、まさに後天的に手に入れたものだったから。
だから、今までこの能力を持っていることに、何ら疑問を感じていなかった。
でも、今は・・・思い出して、しまった。
それは体質の突然変異でも、もちろん神様からの贈り物でもなく。
――「その人の思っていることが、全部分かりますように」――
他の誰でもなく、私自身がそう望んだ結果だったんだ。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<32> 桜の魔法使い
「私の・・・能力について?」
たっぷり数秒後。私の口からようやく零れ落ちた言葉は、彼女の言葉を反芻するものに過ぎなかった。
だってそれは、余りにも衝撃的だったから。今まで誰にもバレないように必死に守ってきた秘密が、まだ転校してきて間もない彼女に知られているのだ。驚くなという方が、無理な話だ。
「そう。・・・ねえ、白河さん。不思議に思ったことはない?」
「え?」
唐突な質問。私が咄嗟に訊ね返すと、芳乃さんはその小さな体躯を大きく広げて。
「桜が枯れない初音島。散っても散っても咲き誇る、そんな桜があるのは、日本中探してもここだけなんだ」
「それは・・・」
確かに、疑問に思ったことがないといえばウソになる。
でも、それこそ今更だ。私は「枯れない桜」がある初音島しか見たことが無い。だから私の中では、その不思議な現象も含めての初音島だった。
「今まで何人もの科学者が研究してきて、でも誰もその謎を解明出来ないままの神秘の桜。・・・でもその謎も、たった一言で解決出来るんだよ」
芳乃さんが静かに桜に歩み寄り、慈しむようにその樹皮を撫でながら、口を開いた。
――「この木が、魔法の桜だから」――
「・・・魔・・・法?」
彼女にふざけている様子は微塵も感じられなかったにも関わらず、私の脳はその言葉を完全に否定していた。
「まあ、信じられないのも無理はないよね。そんなの所詮は創作の世界だけの話。でもね・・・」
彼女は一旦言葉を切って、そしてゆっくりと私を指さして。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
「その、心を読む能力が魔法じゃないとしたら、いったい何だと思う?」
「――っ!」
反論、出来なかった。
それは私自身、心のどこかで思っていたからだろう。人の心が読めるなんて、”まるで魔法みたいだ”と。
でも・・・だからと言って、そんなの――。
「――そんなの、あるわけない?」
「っっ!?」
え? なんで? 今、私が思っていたことが――。
「――ずばり、言い当てられるの?」
「・・・」
驚きで、何も声にならなかった。
認めざるを得ない。彼女は確かに、私の心を読んでいる。そう、私が以前、多くの人の心を読んでいたのと同じように。
「貴女は・・・魔法使い、なの?」
「・・・そう。そして、この桜の木を枯らせたのもボクだよ」
「もしかして、私の能力は・・・」
「うん。・・・この桜の魔法によるものだったんだ。だから、桜が枯れた途端――ううん。ボクが枯らした途端、力が消えてしまった」
「芳乃さんが・・・桜を、枯らした?」
「・・・うん」
彼女が、ゆっくりと首肯する。
じゃあ、私の能力が――心を読む力が消えてしまったのは・・・。
――芳乃さんのせい?
”ドンッ”
「―――っ!!はぁっ、はぁっ」
気が付けば私は、雑草が茂る地面に、芳乃さんの小さな体躯を押し倒していた。
「あ、なたの・・・貴女のせいで、私は―――っ!!」
感情が制御できないまま――激情に駆られるがまま、喉から声を絞り出す。
鼻の奥がツンとし、いつの間にか両目からは涙がポロポロと流れ落ちていた。
「・・・ごめんね」
私の下にいる芳乃さんは、突然の私の行動に驚くわけでも怒るわけでもなく、ただひたすらに悲しげな眼で私を見つめる。
「ご、ごめんなさいっ」
そんな彼女の様子に、ようやく我を取り戻した私は、慌てて飛びのいた。
バカだ、私。こんなの、ただのやつあたりじゃないか。
頭が冷めてくるにつれて、自責の念が押し寄せてくる。芳乃さんはそのまま起き上がろうとはせず、ぼんやりと晴れ渡った空を眺めていた。
「・・・芳乃さん?」
「ねえ、白河さん」
心配になって声を掛けてみると、逆に問いかけるような声で呼ばれる。
「白河さんは・・・その能力に、疑問を感じたことはない?」
「え・・・?」
「人の心を覗く魔法。それを、これからも使っていきたいと思う?」
「それは・・・」
私は彼女の問に即答できなかった。そして、その時点でもう既に答えは出ているも同然だった。
事実、私は今まで何度もこの能力に疑問を感じていた。能力の不思議さについて――ではなく、人のプライベートを易々と覗けてしまう能力と、それを無粋と分かっていながらも使い続けてしまっていた自分について。
「――夢は、いつか覚めるものなんだよ」
「――っ!」
優しく諭すように紡がれた彼女のその言葉は、自分でも驚くほどすんなりと受け入れることができた。
でも・・・だからといって、この現実を受け入れることは、すぐには出来ない。
「よっと。それじゃあ、ボクはそろそろ行くね。・・・後は、白河さん次第だよ」
「! 待って!!」
立ちあがり、スタスタと去っていこうとする芳乃さんの背中を、咄嗟に呼び止める。それでも彼女は振り返らず、背中を向けたままでたった一言。こう残して去って行った。
「――キミとお兄ちゃんなら、きっと乗り越えられるよ」
去っていく彼女の背中が見えなくなるまで見送る。最後の言葉に、呆然と立ち尽くしながら。
「私と・・・純一君なら?」
その言葉を、彼の名を、心の中で何度も反芻する。
思い立って、携帯を開く。数件の登録しか成されていないその中から、彼の名前を呼び出し――しかし、通話ボタンを押すことは出来なかった。
「・・・っ。怖いよぉ」
思わず漏れてしまった弱音。怖い・・・彼に嫌われるのが、みんなに嫌われるのが、果てしなく怖くて、不安で。
「どうすればいいの?・・・純一君」
恋人に頼ることすら出来ない今の私に口にする資格がないと思いつつも、その名前を声に出さずにはいられなかった。
33話へ続く
後書き
うひぃ〜、悩んだ悩んだ。難産の32話です(笑)
やっぱりオリジナルストーリーは展開に悩みますね。書くのは楽しいのですが、それゆえの苦労がまた何とも・・・。
さて、愚痴はこの辺りにして。
内容は前回の予告通り、さくらとことりの会話が中心。不安を抱えることりに、さくらが真相を話すというものでしたが。
ん〜、ことりが余計に追い詰められているような(汗)
もちろん、さくらはただそのためだけに真実を告げるような子ではありませんが。
さくらがことりに汲み取って欲しかったこと。皆さまはおわかりになったでしょうか?
それでは、また二週間後です〜^^