「どうぞ、上がって上がって♪」
「ああ。お邪魔しまーす」
年を越えて、冬休みも終わりに近づき始めたとある日。私は一人のお客さんを家に招いていた。
「もう、今は学園じゃないんだから、男の子の喋り方はしなくていいんだよ?」
「あ、そうか。ついつい癖で・・・。それでは改めまして、お邪魔するね、ことり」
「うん!叶ちゃん」
そう、そのお客さんとは、学園の同級生である「工藤君」であり――私の幼馴染でもある「叶ちゃん」だ。
私も詳しくは知らないんだけど、彼女は学園の理事長である叶ちゃんの祖母の言いつけで、学園では男の子として過ごしている。
そんなことをし続けてもう3年。運も味方しているのだろうか、今まで一度もバレたことがないというのもすごい話だなぁと思う。
ちなみに、私は小学校以来の幼馴染なのでその事情は知ってるし、協力者も必要とのことでお姉ちゃんを始めとする学園の教員の一部も知っていることなんだけど。
「こうしてお話するのも、なんだか久しぶりだね」
とりあえず叶ちゃんをリビングに通して、予め淹れておいた紅茶を振舞う。
その紅茶のカップを優雅に口元の傾ける叶ちゃんのその仕草は、どこからどう見ても女の子のそれだった。
「うん。普段の私は、ことりにとっては工藤君だからね」
「あはは。私も最初の頃はその呼び方には慣れなかったなぁ」
まだ入学したての頃を思い出して、思わず苦笑する。
今まで仲良く遊んでいた親友が、いきなり男の子になるなんて・・・戸惑うなという方が無理な話だろう。
「そうそう、この前の小テストでね・・・」
それを皮切りに、私達はしばらくおしゃべりに興じた。久しぶりの”女の子同士”としての語らい。
話題はコロコロと変わり、最初は小テストの話をしてたはずなのに、今では桜公園の新作クレープの話にまで飛躍していた。
「あ、そうそう。桜公園といえばね」
そして私も話題転換。言おうと思いつつも忘れていたことを思い出したのだ。
「もう半年くらい前になるんだけど・・・桜公園で、叶ちゃんの親友に会ったんだよ?」
「え?誰だろ?ん〜・・・まさか、杉並君とか?」
「ブブー。惜しいところだね。朝倉君だよ。叶ちゃんのお気に入りの、朝倉純一君」
「ちょっ!ことり!何言ってるの?」
「あはは、冗談っすよ」
「もうっ・・・」
あらら、むくれてしまいました。
でも今の反応を見る限り・・・もしかするともしかするかも。
・・・ここで私の能力を使えば、おそらく叶ちゃんの気持ちは分かる。
でも私は、そんな無粋な真似はしたくなかった。親友の恋心に土足で踏み入るような行為は、したくなかったのだ。
「それでね、その時朝倉君、何してたと思う?」
「・・・何してたの?」
まだソッポを向きつつも、ちゃんと訊ねてきてくれる叶ちゃんは、やっぱり可愛い。
私に気を遣ってくれたんだろうか。それとも、彼の行動が気になるのだろうか。
「それが・・・桜の木の下で、爆睡しちゃってたんだよ?一人で。こう、ぐが〜っていびきを掻きながら」
「・・・ぷっ」
私の説明を頭で思い描いたのか、叶ちゃんが小さく噴出す。
本当は安らかで綺麗な寝顔だったんだけど――ここは叶ちゃんの機嫌を取るために、無理矢理笑い話に持っていかせてもらおう。
・・・ごめんなさいです、朝倉君。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<3> ことりと叶
「それじゃあ、また学校で」
「うん。バイバイ、叶ちゃん」
それからまた1時間ほどおしゃべり――大半は朝倉君の事になってしまった――をして、私達は玄関先でそれぞれ別れの言葉を口にした。
叶ちゃんは色々な習い事をしていて、今日もその一環。これから華道があるらしい。
家では極力女の子らしく。外では極力男の子らしく。
「大変だなぁ・・・」
そんな事を呟きながらも、彼女の背中が曲がり角に消える最後まで見送る。
その背中は、もう立派に「工藤君」としての役割を演じていた。
「・・・さてと、私もどこか出掛けようかなぁ」
空を見上げると、1月初旬の冬空は快晴だった。
こんな日に家でゴロゴロしているのも勿体無い。そう結論付けた私は、一旦コートを取るために家の中へと入っていった。
いくら天気が良いとは言っても、流石に1月の空気は冷たいからね。
・・・って私、誰に説明してるんだろ。
「う〜ん・・・混んでるなぁ」
いい天気には外に出る。皆考えることは同じなのか、商店街はいつにも増して人が多いように感じる。
目的もなくフラフラとやってきた私は、とりあえずしばらくの間、一人でウィンドウショッピングに興じることにした。
洋服店で季節を先取りしたカーディガンに釘付けになったり。
甘味屋の新作デザートに釘付けになったり。
少し茶色がかった可愛らしい帽子に釘付けになったり。
・・・ってさっきから釘付けになってばかりだけど。
とにかくそんなことを繰り返していると、ふとショーウィンドウに反射して一組の男女が目に止まった。
『・・・あれ?朝倉君だ』
反射的に振り向いてみると、そこには可愛らしい女の子に手を引かれている朝倉君の姿があった。
荷物持ちでもさせられているのだろうか、その両手には大量の紙袋がぶら下がっている。
『彼女さん・・・かな?』
手を引く女の子は本当に楽しそうで、引かれている彼も満更でもなさそうだ。
ショートかセミロングか微妙に判断しかねるその髪を、二つの黄色いリボンで結んでいるその女の子は、同性の私から見ても可愛らしい。
どこかで見たこともあるような気がするんだけど・・・学園の同級生かな?
「・・・ま、別にいっか」
声を掛けようかとも思ったのだけど、こちらからデートの邪魔をすることも無いだろうと思い止まる。
やがて彼らは私に気付くことなく人波に飲まれていき、その後ろ姿も完全に見えなくなった。
その様子を、何となく最後までぼんやりと見つめていた私。
そう。この時はまだ知り合ったばかりで、友達とも言えない私達の関係。
すれ違っても通り過ぎていくだけの人。今までの人と同じ様に。
――少なくとも、この時まではそう思っていた。
4話へ続く
後書き
今週は何とか予定通りにUP。さて、今から授業で行なうプレゼンの資料を作らないと(笑)
内容も特にヤマ場もなく終わってしまいましたが・・・まだ序盤なのであしからず。しかも短い!!
とりあえずはことりと叶の関係をハッキリとさせておきたかったですし、音夢も出しておきたかったですしねぇ。
そしてまだこの時点では壮絶な勘違い中。勿論、音夢と純一は付き合っていませんよ〜^^;
・・・そんな事になってたら、もうこのSS終了ですがな(爆)
次回は、ようやくゲーム開始時まで行きます。・・・やはりとんでもなく長くなりそうな予感。
それでは、今回もご覧いただきありがとうございました!