『ふう・・・ここまで来れば安心かな?』
唐突かもしれないが、私は追われていた。
とは言っても、何も物騒な話ではない。何故なら、追ってきているのは同じ風見学園の生徒数名なのだから。
その理由も至極簡単。今日が、学園の「クリスマスパーティー」当日だから。
もっと正確に言うなら、「クリスマスパーティーで手芸部が主催する、ミスコンがあるから」かな?
とにかく、そのミスコンへの出場を何度も何度も打診してくる手芸部に対して、私は逃げ出したまま現在に至るというわけだ。
ほとんど光の入らない、薄暗い小さな部屋。追われていた私が咄嗟に逃げ込んだ先は、体育館の裏手にある倉庫だった。
さっき複数の足音が通り過ぎるのを耳にしたけれど、まだ油断は出来ない。息も上がりきっているので、もう少し休んでから行くつもりだった。
「はぁ・・・」
出入り口にもたれ掛かった私の口から、思わずため息が漏れる。
今更ながら、ここまでするなら素直に出た方がマシだったのではないか、と思えてきたけど、どうもミスコン出場に気が乗らないのも事実だった。
私が「学園のアイドル」と呼ばれているのは知っている。それは自惚れではなく、意識せずとも耳に入ってくるから。
でも、私はそこまで言われるほどの人間じゃない。
容姿は生まれつきのものだし、気さくで明るいと言われるこの性格も、言わば「作り物」だ。
何故なら、私は―――。
「白河ことり」
「・・・え!?」
どんどん嵌っていく思考を遮るように急に聞こえた声に、思わず辺りをキョロキョロとしてしまう。
だがここは窓も一つしかない倉庫内。暗すぎて、乱雑に置かれている体育用具しか目に入ってこない。
「下であぐらをかいてるよ」
「あっ、ごめんなさい。よく見えなくて・・・」
私はそう言って、視線を下げる。
窓から入ってくる光の角度の悪戯か、一瞬だけ見えた彼の顔は、以前どこかで見たような気がした。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<2> 心の声
「こんなところで何してるんです?」
その妙な既視感に疑問を抱きつつも、私はとりあえずそのあぐらをかいているという人物に声を掛けてみた。
「何してるんだろうなぁって、自分でも考えてたところだよ。まあ追っ手から逃げてきたってところかな?」
「追っ手、ですか。私と一緒ですね」
「・・・へぇ。白河さんに追っ手ねぇ」
『さしずめ、ミスコンに出て欲しいがために手芸部の連中が追い掛け回してるってところか?それ以外に、敵なんていなそうだもんなぁ』
彼の呟きと共に頭に直接響いてきたのは、彼の”心の声”。
そう、私は人の考えていることを読み取れる能力を持っている。知りたいと念じるだけで、その相手の考えが次々と伝わってくる、そんな不思議な力を。
「そう追っ手です。本当に手芸部の人たちってしつこいんですよ?」
私は彼の心の声に、肯定の形でそう答えることにした。
どうやら彼は、悪い人ではなさそうだ。
絶対の確信は持てないけれど、何となく分かる。それは長年人の心を読んできた、私の勘みたいなものだった。
「まあまあ。それだけ手芸部の連中も、白河さんにミスコンに出て欲しいってことだろ?」
『しかし噂には聞いていたが・・・実際に会ってみると、手芸部がそこまで必死になるのも分かる気がするな』
うーん、そう言われると照れちゃうなぁ。・・・って、これは彼の心の声に対してなんだけどね。
「あはは。そう言われると嬉しくなっちゃいますよ。えっと・・・名前は・・・?」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は朝倉純一。確か・・・白河さんの隣のクラスかな」
「朝倉・・・純一?」
私は彼が名乗ったその名前を反芻して、そして記憶の中の名前とようやく合点がいった。
『そっか・・・叶ちゃんの友達の・・・』
あの叶ちゃんが、多少なりとも気にしている様子だった男の子。
そして半年くらい前に、枯れない桜の木の下で寝息を立てていた男の子。
さらに今日もこうやって会話をしている以上・・・結構縁があるのかもしれない。
「それでさ、白河さん・・・」
「ことり」
「へ?」
「私の呼び名です。ことりでいいですよ?」
「そ、そうなのか?」
『いや、初対面でいきなり下の名前を呼び捨てというのも・・・でも本人がいいって言ってるんだし・・・う〜ん』
「ふ〜ん。男の子って、そういうところを気にするんですね」
「え?俺、今声に出てた?」
「あ・・・うんうん!出てましたよ、そりゃもうバッチリ」
危ない危ない。ついつい朝倉君の心の声にまで反応してしまった。
「やばいなぁ。独り言かよ・・・」とぼやいている彼に、心の中でだけ「ごめんなさい」と謝っておく。
「それじゃあさ、こ・・・ことり。俺も純一でいいぞ」
「はい、朝倉君♪」
「・・・ま、いっか」
ちょっとだけ残念そうな顔でそう呟いた彼に、私は微笑ましさを感じて自然と笑顔になっていた。
「さってと・・・そろそろ行くかな」
あぐらの体勢からスクッと立ち上がり、大きく伸びをしながら彼が言う。
確かに私がこの場所に入ってから、結構な時間が経っている。私より先に居た彼は尚更だろう。
ガララと木製のドアが横滑りに開く。開き放たれた倉庫の入り口から差し込む、陽の光がやけに眩しい。
ドアを開け放った本人である朝倉君は、その入り口の逆光の中、思い出したかのように「あぁ、そういえば・・・」と口を開いた。
「ことりさ。好きな和菓子ってある?」
「和菓子・・・ですか?好きですけど・・・」
「例えば?」
「そうですねぇ。お団子とか八つ橋とか・・・あっ、桜餅が一番好きですね」
質問の意図はイマイチ分からなかったけど、とりあえず素直に答えてみた。
「よしっ、桜餅だな。ちょっと待ってくれ」
「・・・?」
制服のブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま、「う〜ん」と唸っている彼が何をしているのか気になって、心の中を覗いてみる。
『ん〜・・・こうか?桜餅は最近してなかったからどうもディティールが・・・ん、こんなもんだろ』
何の話をしてるんだろ?と考えていると、彼は一つ頷いてポケットに入れていた手を握ったまま私に差し出してきた。
「ほい、桜餅。お近づきの印に、なんてな」
「え・・・ホントだ」
ゆっくりと開いた彼の手のひらには、可愛らしい桜餅がひとつ、ちょこんと鎮座していた。
「魔法のポケットみたいですね」
「自分、手品師ですから」
おどけるように笑んだ彼に、私も微笑みを返してからその桜餅を手に取る。
両手で摘み、そのまま一口かじる。途端、上品な和菓子特有の甘みが口の中に澄み渡り、私を幸せな気分にさせてくれた。
「美味しいですね」
「だろ?久しぶりだったからちょいと苦労はしたが・・・」
「え?」
「いや、こっちの話・・・ってうげっ!!」
倉庫内に突如鳴り響く、携帯電話の着信音。
その着信音を聞いた瞬間即座に腕の時計に目を落とした彼は、その文字盤を凝視しながら固まっていた。
「あ、あの・・・」
「やばい・・・音夢との約束を忘れてた。わ、悪い、ことり!また機会があったらな!」
音夢って誰だろう?と軽く疑問には感じたものの、彼の心を覗く間もなく朝倉君は慌てて出て行ったので真相は闇の中。
「・・・ふふふ♪」
それでも、倉庫内に一人残された私はクスクスと自然と笑みを零していた。
一度目の出会いは偶然。二度目の出会いも偶然。
では、三度目の出会い――再会は、果たして偶然で済むのだろうか?
三ヵ月後の私は、心から実感することになる。
――その再会は、偶然などではなく運命だったのだと。
3話へ続く
後書き
はい!遅れました!!(爆)
いやね、先週の前半はまだテスト中でしたし、後半のテスト休みもずっとバイトに精を出してましたからね^^;
気が付いたらまったく書いてねぇ〜。って感じで。書き始めたのが日曜くらいですからね。
さて、内容は・・・見ての通りです(笑)
ゲーム本編の、クリパでの出会いですね。このSSでは、ことり視点なので二度目の出会いということにしていますが。
でも、やっぱり難しいなぁ。女の子視点は。
まず感情移入がしづらい。だって、男の子だm(殴)
そしてところどころ、本編とは違うアレンジが加えられているはずです。・・・っていうかほとんど別物?(汗)
それでは、また次話でお会いできますよう・・・。