4月8日。春休みも前日に終わりを告げた今日は、世間一般の学校では入学式・始業式の日だ。

そして風見学園も多聞に洩れず。新入生として入学式を終えた私たち本校の新一年生で、掲示板の前は大いに混み合っていた。

「う〜ん、見えないなぁ・・・」

掲示板の前には、黒山の人だかり。それもそのはず、今その掲示板にはクラス分け――つまり、今日から一年間を共にするクラスメイトの名前が張り出されているのだから。

「よっ、ことり」

必死に背伸びをしてクラス割を見ようとする私の肩に、誰かの手がポンと優しく置かれる。

ううん、「誰か」じゃない。私がその人の声を間違えるはずなんて無いのだから。

「純一君、クラス分けはもう見た?」

無条件で笑顔になった私は、振り返りざま彼に問いかける。彼は苦笑気味に肩を竦めながら。

「いや、あの状態だしなぁ。でもそろそろみんな移動する頃だろ。・・・っと、言ってる傍から」

同じクラスになったのか、早速意気投合した様子の男子生徒が十名ほど連なって最前列から抜けていく。他にももう見終わった人たちはどんどん抜けていき、先ほどに比べればだいぶ余裕も生まれた。

「さて、それじゃあ行くか。ことりは5組から見てくれるか?俺は1組から」

「了解っす」

純一君は左端から。私は右端から順に見ていく。もちろん探すのは、私の名前と彼の名前。

5組・・・4組・・・。見つからない。そして3組の前に立った時、丁度純一君も隣に来た。

「どうでした?」

「俺とことりの名前は無かったよ。音夢が1組で、さくらが2組だったか。・・・ことりもか?」

「ええ、私たちの名前はありませんでした。叶ちゃ・・・工藤君が4組にいましたけど」

「「・・・ということは」」

声を揃えて、そして同時に3組のクラスを見てみる。当然、同じ縦の列の中には、私の名前と彼の名前があった。

「やった!同じクラスだよっ♪」

元々淡い期待はしていたものの、確率は5分の1。まさか本当に同じクラスになれるとは思っていなかったので、私は満面の笑みを浮かべつつ、嬉しさの余り彼に抱きついた。

「こ、ことり・・・。その、嬉しいんだけど・・・人の目が、さ」

「あっ・・・」

言われてハッと気づく。確かに人口密度は薄くなったとはいえ、ここは生徒達の注目する掲示板の前。当然、良くも悪くも有名な私たちのこの行動は、彼らの注目を集めて・・・。

「あ、う・・・は、早く行きましょう!!」

私は恥ずかしさで染まったであろう顔を見られないようにしながら、彼の腕を引っ張って即座にその場から離脱するのであった。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<28>  不器用な二人





「それじゃあ、今日はこれで解散。寄り道せずに真っ直ぐ帰るんだよ」

「きりーつ・・・礼」

新学期初日の今日は、入学式の後に大掃除、そして簡単なHRで諸注意だけ伝えられると、私たち生徒は解放された。

偶然にもクラスの担任教師だった暦お姉ちゃんがそう締めくくると、生徒たちは三々五々に散らばり、次々と教室を出ていく。当然、私と純一君も一緒に教室を出て、昇降口へと向かった。今日は二人で、公園にクレープを食べにいく予定なのだ。

「だいぶ温かくなってきたよなぁ」

「そうだね、今が一番過ごしやすい気候かも。・・・かといって、授業中に寝たらダメだよ?」

「・・・ことりよ。先人は偉大な言葉を残しておられる。それはだな。春眠、暁を――」

「覚えてください。それに本来の意味は、朝が来たことにも気付かずにそのまま寝過ごしてしまうこと。つまり、純一君が授業中に寝てもいいってことにはならないよね?」

「・・・まったくもってその通りです」

”チリン・・・”

「ふふ、兄さんったら、もう白河さんに頭が上がらないんですね」

もう少しで校門に差し掛かるというところで、どこか聞き覚えのある、軽やかな鈴の音が聞こえた。それと共に、清涼感のある声も。

「よう、音夢じゃないか」

「音夢さん。こんにちは」

「こんにちは、白河さん。いつも兄がお世話になってます」

音夢さんは背を預けていた校門の柱から離れると、いつも通りに礼儀正しく挨拶をしてくる。こうした動作をさらりと自然に出来るところが、彼女の凄いところだと若干憧れていたり。

「どうしたんだ、こんな所で。誰か待ってたのか?」

「ええ、兄さんたち――正確には、白河さんを待ってました」

「え、私を・・・ですか?」

その予想もしていなかった答えに、私は戸惑いながらも確認する。

音夢さんは「ごめんなさい、急に」とでも言いたげに苦笑すると、すぐに真剣な顔になって純一君と向き直った。

「白河さんと、話したいことがあるの」

「・・・大事な話、なんだな?」

「うん。どうしても、二人きりで話したいから・・・」

「・・・わかった。済まない、ことり。今日は音夢に付き合ってやってくれないか?」

「ごめんなさい、白河さん。でも・・・どうしても、話しておきたかったから」

どこまでも真摯な音夢さんの想いが、その言葉の節々から伝わって来る。私の頭の中には既に、「受けない」という選択肢は存在しなかった。







桜公園に存在する中でも比較的目立たないベンチに、私と音夢さんは肩を並べて腰を下ろした。

隣に座る彼女の表情は、お世辞にも楽しい話をするものではない。むしろ、何か言いにくいことを伝えるときのような、そんなもどかしささえ感じる。

視線を前に転じると、噴水前の広場では数人の子供たちが元気な様子で走り回っていた。年相応のあどけない声音が、BGMとして耳に心地よい。

「・・・白河さん」

数分は経っていただろうか。春らしい暖かな日差しに目を細めていた私の耳に、子供達の歓声とは別の、凛とした声が伝わる。

「はい」

返事をして視線を向けると、彼女の瞳には先ほどのもどかしさは消えていて、同時に決意の色が覗えた。

「実は私、今学期で風見学園を辞めるつもりなんです」

「・・・え?」

あまりに唐突なその内容は、私にとって完全に寝耳に水な話であった。

しかし、彼女の表情は冗談を言っているようにはとてもじゃないけど見えない。私の困惑を察したのか、音夢さんはふっと苦笑いを零すと。

「ごめんなさい、いきなりこんな話をしてしまって。困りますよね?」

「い、いえ、そうじゃなくて・・・いや、そうなんですけど、あの、その・・・」

「・・・この一年間勉強して、来年の春には本島の看護学校に行こうと思っています。ずっと悩んでいたんですけど・・・ようやく、決心が着きました」

「まだ兄さんには内緒なんですけどね」と言う彼女に対し、私は言うべき言葉を模索して・・・結局出てきたのは、最も知りたかった素朴な疑問だった。

「えっと・・・それを、なぜ私に?」

「・・・決心するきっかけをくれたのが白河さんだから、ですよ」

「え?」

「それに、知っていてもらいたかったんです。兄さんの彼女である白河さんには」

「純一君?」

「ええ。・・・ほら、兄さんってああ見えて結構ズボラなところがありますし、それに家事もほとんど出来ませんし、一人暮らしをさせるには少々不安と言いますか――」

「でも、それは表向きの理由なんですよね?」

純一君と音夢さんって、やっぱり似ていると思った。

兄妹だからというだけではなく、優しいところや誠実なところ。そして・・・肝心なことは、誤魔化してしまおうとするところも。

それは一見短所に見えるけれど。でも私は知っている。その誤魔化しが、相手を思って使われるものなんだって。

「――っ!?」

音夢さんのセリフを遮って放った私の言葉に、彼女は酷く驚いた後に笑みを零した。

「・・・やっぱり、白河さんには敵いませんね。流石は兄さんが選んだ人です」

「ちゃ、茶化さないでください」

「茶化してなんかいませんよ。本気でそう思ってるんですから」

「うぅ・・・」

顔には柔和な笑みを浮かべながらも真剣な口調の音夢さんのセリフに、思わず頬が熱くなる。

「本当・・・敵わないなぁ・・・」

そう言って、彼女は空を仰いだ。

私もそれに倣い、晴れ渡っている空を見上げる。青空の中に、一筋の飛行機雲が走っていた。

その飛行機雲が消える頃、ふと隣の音夢さんへと視線を移してみても、彼女はまだ空を見つめていた。その表情は、何とも形容しがたく・・・悲しみにも、寂しさにも、そして嬉しさにも取れる、そんな儚い笑み。

――彼女は今、何を思っているのだろう?

だからだろうか。いつの間にか、そんな疑問が頭の中に浮かんでいたのは。

私は知っていたはずなのに。その類の疑問が、私の能力のトリガーになり得ることくらい。



『白河さんなら、きっと兄さんと幸せになってくれる。だからこそ任せられる』

『――それがきっと、義理の兄を好きになってしまった私の出来る、最後のことだから・・・』



「・・・え?」

もし彼女が空ではなくこちらを向いていたら、きっと私の動揺にもすぐに気付いただろう。

いや、動揺なんて生易しいものではない。頭の中は軽いパニック状態。心音がやけに耳に騒がしい。

「白河さん」

「は、はいっ」

「・・・本当の理由は、内緒ってことにしておいてくれませんか? いずれ・・・この気持ちに整理が付いた時に、お話ししますので」

「は・・・い」

「私の話はこれだけです。自分でも何が話したかったのかよく分かりませんが・・・伝えたいことは、伝えられたと思います」

「・・・」

「今日はありがとうございました。それと・・・兄のことを、よろしくお願いします。・・・ことりさん」

「あっ・・・」

最後に深く一礼をして、彼女はゆっくりと歩き出した。

桜吹雪の中を優雅に歩くその立ち居振る舞いは、とても凛としたもので。その背中には、もう先ほどのような複雑な感情は見受けられない。

強い人だなって、心の底から思った。それに比べて、私は・・・。

「・・・最低だ」

いつの間にか、はしゃぎ回っていた子供達の姿は消えていた。歓声という名のBGMが無くなった公園の外れのベンチで、私は深いため息と共にその言葉を吐き出した。

――まただ。

また、私は人の気持ちを暴いてしまった。

純一君。叶ちゃん。そして・・・音夢さん。

『・・・ことりに告白する、その時までに』

『優しいから、余計な心配は掛けたくない。私に急に婚約者が出来たなんて知ったら、ことりはきっと気に病むから』

『――それがきっと、義理の兄を好きになってしまった私の出来る、最後のことだから・・・』

どれもその想いは気高く、凛としていて、決して他人には踏み込めない聖域のような感情なのに。

私はいつも、そんな気持ちを覗いてしまう。彼らだけじゃない。今までだって、何人もの人の気持ちを・・・。

「うっ・・・」

胸が痛い。知らず知らずの内に溢れていた涙が、乾いた地面に落ちてはシミを作っていく。



――私のこの能力は、いったい何のためにあるのだろう?



29話へ続く


後書き

今回もオリジナルの話、第28話を掲載します〜^^

音夢とことり。この二人って、結構似ていると思うんです。性格的にもそうですし、何でもそつなくこなすくせに、変なところで不器用なところとか。

今回の話では、そこが一番表現したかったところです。優しすぎて、動けない二人。

相手の想いに縛られ、自分の想いに縛られ、それでも必死に何かを掴もうとして、行動を起こした音夢。

伝えた内容も要領を得ず、それでも伝えたかったもの。だからこそ、ことりにも伝わったのだと思います。

・・・って、自分でも何書いてるのか分からなくなってきたじぇい(壊)


さて、次話くらいから事態は急変します。まあまた30話には幕間を挟むのですが。

それでは!



2008.10.13  雅輝