「ん〜・・・」

春休み最終日。4月らしいポカポカとした陽気に包まれながら、私は晴れ渡った青空に向けて両腕を伸ばし、大きく伸びをした。

春らしい薄紅色のキャミソールに、純白の膝丈スカート。さらにその上に薄手のカーディガンを羽織っている今の私の格好は、自分でも一番のお気に入り。

普段は自分の格好にあまり気を遣ってはいないけれど、今日は特別。履きなれていないブーツのヒールが、ある意味とても新鮮ですらあった。

「ふんふふ〜ん♪」

思わずこぼれた鼻歌。自覚できるほどに、今の私はご機嫌だ。おそらく、笑顔はいつもより三割増は確実だろう。

学生以外は平日ということもあり、割と空いている道を目的地に向かって歩く。足取りも軽く、いつの間にか自然と早足になっていた。

「もう、来てるかな・・・?」

まだ約束の時間までは十分に余裕があるけど、彼のことだからもう待っていてくれてるかもしれない。

――そう、今日は純一君との、春休み最後のデート。

昨日の夜に彼から誘いの電話があってからというもの、私はずっとこんな感じだ。

浮かれ過ぎというか。最初のデートの時のように、今朝もすぐにお姉ちゃんにデートだと見破られた。

けれど、そんな高揚した感情すら心地良い。

純一君と付き合い始めてから――いや、出会って仲良くなってからというもの、まるで自分が知らない人間のように思える。

自分自身の新しい一面とでもいうのだろうか。自覚している分、恥ずかしいのだけれど・・・それはたぶん、「恋する乙女」という一面なのだろう。

『・・・なんか、恥ずかしくなってきちゃった』

自身の考えに、一人で赤面する。でも、純一君がそんな私に変えてくれたのだとしたら・・・それも、悪くはない。

「―――あっ」

待ち合わせ場所である、商店街入り口の噴水広場が見えてくる。それと同時に、その噴水の前のベンチに腰かけている彼の姿も。

どうやら、また待たせてしまったようだ。まだ約束の時間前だけど、私は駆け足でそこへ向かう。

その表情は、もちろん笑顔。

――今日も、素敵な一日になりますように。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<27>  朝倉君奮闘記 そのに





「さて、それじゃあ適当に見て回るか」

「うんっ」

私の遅れてきた謝罪もそこそこに――彼は笑顔で、「まだ時間前だって」と言ってくれたけど――、商店街の中へと歩き出す。

もちろん、横に並んだ私たちの手はしっかりと握られていて。指の一本一本を互いに絡める、「恋人繋ぎ」になる。

でもそれは、とても自然なことだった。いつの間にか。互いに意識することなく。

「そういえば・・・」

「え?」

「あー・・・いや、やっぱり何でもない」

ふと何かを思い出したかのように彼が口を開きかけるが、私が顔を向けると気まずそうに視線を逸らして口を噤んでしまった。

『流石に、工藤との仲がどうなったかなんて聞くのは、無粋すぎるよな。それに・・・二人なら大丈夫だって思えるし。当事者の俺がこんなことを思うのは、無責任なだけなのかもしれないけどな』

久し振りに彼の心の声が聞こえてくる。・・・あれ?久し振り?

「純一君」

「ん?」

「私と叶ちゃんなら、大丈夫だよ。ちゃんと話もしたから」

「・・・そっか」

彼は一言そう呟くと、微笑みながら私の頭を優しく撫でてくれた。

私はその優しい手つきによる感触を享受する中、頭の中では先ほどの疑問を思い返していた。



――今までは、相手の心を読む能力を使わない日なんて存在しなかった。

どんなに少なくとも日に一度や二度は、家族もしくは友達と会うわけで。その都度、当然のように能力を使っていた。

それが、ここ二日ほど・・・純一君と叶ちゃんに会ったけど、一度も使っていない。無意識の内での使用もまた、記憶の限りは無かったように思える。

『何で?』

分からない。元々どんな経緯で手に入ったかも定かではない、不確かな能力だ。

でも・・・何故か。

『嫌な予感がする・・・』

確実に何かが始まりだした、そんな感覚が拭いきれなかった。





「ことり?」

「・・・え、あっ、はい!」

「大丈夫か? 顔色が良くないようだけど・・・何だったら、ちょっと休憩するか?」

どうやら、心配を掛けてしまったようだ。頭の感触が無くなり、代わりに額に彼の温かい手が当てられる。

・・・やっぱり彼は、私なんかには勿体無いほどの素敵な彼氏さんだ。そんな彼を心配させないためにも、能力云々のことは後で考えよう。

とにかく、今私がするべきことは――。

「んっ」

「・・・っ!?」

心配顔の彼の頬に、不意打ち気味のキスをする。案の定、彼は少し混乱していた。

「こ、ことり?」

「心配してくれてありがとうって、感謝のしるしだよっ。それよりほら、時間が勿体無いから早く行こ!」

「お、おい。・・・ったく」

彼の腕を抱きつくようにして引っ張る。純一君は悪態を付きながらも、その顔は穏やかな笑顔で。

いつの間にか「手を繋ぐ」から「腕を組む」にステップアップしていた私たちがそれに気づいて赤面したのは、いくつか店を回った後だった。







「おいし〜♪」

色々な店を冷やかして、小腹が空いた私たちは、和風喫茶店「花より団子」で休憩していた。

お椀に入った葛きりを、特製の餡に絡めて食べる。その独特の触感と喉越しが何ともいえない清涼感を醸し、まさに暖かくなってきた今の季節にはピッタリと言える一品。

「本当に美味しそうに食べるよな、ことりって」

対面に座っている純一君が、少し大きめのきんつばを切り分けながら苦笑気味にそう言う。

ちなみにここは、店内の座敷の個室。二人部屋なので若干狭いものの、落ち着いた雰囲気は損なわれておらず、窓から見える松の木は「日本らしさ」というか、そういった趣(おもむき)を感じさせる。

「やっぱりここの葛きりは、絶品っすね」

「へぇ、そういえば俺は食べたことないかも。一口くれないか?」

「もちろん。それじゃあ・・・はい、あーん♪」

葛きりを箸で掴み、餡に絡めて彼の口元へと運ぶ。

「・・・あ、ああ」

「?」

返事はしたものの、なかなか口を開こうとはしない純一君。その頬が次第に赤くなっていくのは、気のせいなのだろうか。

『な、なんかことりがどんどん大胆になっていってるような・・・。いや、勿論俺には嬉しい変化なんだけどさ。こう、心の準備というものが』

「あ・・・」

彼の心の声を聞いて、ようやく私にもこの行動の意味が分かった。無意識とは我ながら恐ろしい。

今更ながらに恥ずかしくなってきた私は、冗談ということにして手を引こうとした。すると・・・。

「パク」

「あっ」

その前に、箸からは葛きりが消える。当然それは、彼の口の中へと消えていったのだけど。

「・・・うん、美味いな。サンキュー、ことり」

『彼女がここまでしてくれてるのに、それに応えられないようじゃ彼氏失格だもんな』

「純一君・・・うん!」

純一君のお礼と心の声に、心底嬉しくなった私は思わず抱きつくようにして彼の腕を抱き締める。

「こ、ことり。・・・いや、まあうん。別にいっか」

「えへへ」

しばらくそうして、私たちは食後の時間をまったりと過ごすのであった。







「あのね、純一君」

「うん?」

最後のお茶を飲み終え、そろそろ出ようかという話になった頃。私は今日のショッピングの一番の目的を、彼に告げる。

「これから、ちょっと付き合って貰いたい買い物があって・・・純一君の意見も、是非参考にしたいの」

「ああ、それは構わないけど・・・何を買うんだ?」

「お姉ちゃんへのプレゼント」

「プレゼント?何でまた・・・誕生日プレゼントか何かか?」

「えっと・・・」

これは言っちゃっていいのかな。「学校の連中には黙っといておくれ」ってお姉ちゃんは言ってたけど・・・でもどうせすぐにバレることだし、相手が純一君ならいいよね?

「実はお姉ちゃんには婚約者(フィアンセ)がいて、近々その人と結婚するから・・・その結婚祝いかな」

「・・・結婚?」

「うん」

「誰が?」

「お姉ちゃんが」

「・・・マジカ」

純一君は何故か軽い放心状態へと陥ってしまったようだ。どうしたんだろう?

『あの暦先生が結婚?いや、あれでいて結構美人なのは認めるけど。ことりの姉なんだし。でも・・・あの暦先生の相手となると――』

「その婚約者って・・・」

「ちなみに、勇者様じゃなくてお医者様だよ?」

「えっ? 俺、口に出してたか?」

「あ・・・う、うん。もちろん。ブツブツと呟いてたよ」

「そんなはずないんだけどなぁ」と頭を掻く純一君を見ながら、私は内心でほっと安堵の息を吐く。

またやってしまった。どうも彼と話していると、普段の警戒心が薄れて困る。

「それで、結婚祝いって?」

「あっ、そうでした。まだ決まってないから、純一君も一緒に探してくれないかな?」

「了解。そういうことなら喜んで。暦先生には、なんだかんだで俺もお世話になったしな」

そういえば、お姉ちゃんがよく愚痴を零していた内容も、大抵が純一君と杉並君のことだったような・・・。

「う、うん、そうだね・・・」

「・・・ことりさん?何か今、ものすごく納得のいかないようなこと考えてませんでした?」

「い、いやだなぁ、純一君。そんなわけないよ」

「はは、そうだよなぁ」

「そうだよぉ。ふふふ」

二人して笑い合う。・・・純一君、目が笑っていないのはちょっと怖いです。



「それはともかく、何にするか大体の見当とかは付いてるのか?」

一段落着き、彼が真面目な顔で話を切り出した。こういう所の切り替えは、本当に早いと思う。

「ううん。ほとんど決まって無いかな?夫婦茶碗とか、二つセットのものとかがやっぱり相場なのかなぁ」

「いや、そういうのは他の人も贈るだろう。やっぱりことりは、身内らしいプレゼントの方が先生も喜ぶんじゃないか?」

なるほど、確かにそういうものなのかも。私も逆の立場だったら、やっぱりお姉ちゃんに貰うのはそういう物の方が嬉しい。

「そうだ、歌を歌うっていうのはどうだ?」

「歌?」

「ああ、ことりっていえばやっぱり歌だろ? 結婚式までに練習して、それを二人の前で披露するんだ」

・・・凄くいいかもしれない。何も形に残るものに拘らなくても、そういった「気持ち」を贈った方がお姉ちゃんも・・・。

「・・・純一君。ナイスアイデアです!」

「わっ、と」

思わず嬉しくなって、彼の胸へと飛び込む。彼は驚きつつも、しっかりと私を受け止めてくれた。







ずっと私の味方で在り続けてくれたお姉ちゃん。

ずっと私を支え続けてくれたお姉ちゃん。

だから私は、私の誇れる唯一のものでお姉ちゃんに伝えよう。

――精一杯の「ありがとう」と、心からの「おめでとう」を。



28話へ続く


後書き

まーた少し遅れてしまいましたが、27話のUPです。

久しぶりに主人公が活躍。ってことでサブタイトルは、「朝倉君奮闘記 そのに」。

・・・良かった。「そのに」を書けて本当に良かった(笑)

今回はラブラブデート編。何か割とオリジナルが多くなってしまいましたが、想定の範囲内です(←懐かしっ!

なるべく甘くしてみたつもりなのですが・・・どーでしょ? うぅ、やっぱりイチャラブ系は苦手なのです。

そして最後には、クライマックスに向けた伏線をチラッと。あっ、この発言自体既にネタバレか(ぇ

まあ本編やってる人は想像付くでしょうし。っていうか割と本編そのまんまですし(ぉぃ


二週間後は、おそらく三周年記念SSの掲載になるので、小鳥のさえずりの掲載は三週間後かな?

ってことで、これにて失礼。



2008.9.23  雅輝