――何でもない、よ。あの人は、ただの知り合いだから。
「――――り?」
――ことりには関係ない!それに、ことりだって・・・!
「――とり!」
――ことりは、やっぱり優しいね。
「ことりっ!!」
「――っ!」
突然聞こえてきた大きな声に、私はビクリとしながらも咄嗟に顔を上げた。
視線の先には、心配そうな表情をした純一君の顔。
『ああ、そっか。今は、純一君と・・・』
そう、デートの途中だったのだ。
商店街で軽くウィンドウショッピングをして、その後お茶でもと「花より団子」という和風の喫茶店に入った。
「あ・・・ごめんなさい」
それなのに私は、どうやら”あのこと”を思い出してボンヤリとしていたようだ。
「・・・最近、どうしたんだ?ボンヤリとしていることも多いし・・・悩みがあるなら、相談に乗るけど」
正面に座っている純一君が、真摯な瞳で私を見つめてくる。
しかし私は、その視線に自分の目を合わせることはできずに、テーブルの上で湯気を昇らせている梅こぶ茶に視線を落とした。
「・・・」
「・・・」
二人して口を閉ざした、沈黙の時間が続く。
やがて彼は「ふう」と控えめにため息をつくと、私の頭にそっと頭を乗せて。
「・・・無理だけは、しないでくれよ?」
それだけで、とても泣きそうになった。
彼はこんなにも優しいのに。私はその厚意を踏みにじろうとしている。
――そう分かっていつつも。結局私はこの時間、彼に叶ちゃんのことを打ち明けることは出来なかった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<25> 親友として
「はぁ・・・」
自宅の浴室の中。
湯船に浸かり、少し冷えた体を芯まで温めながら、私は深く息を吐いた。
もちろんその原因は、今日のデートで彼に告げられなかったことで。自分でも悩みすぎだとは思うけど、こればかりは性分なのかもしれない。
「どうすれば・・・いいんだろ」
口まで浸かり、息を吐いてブクブクと泡を発生させた後、天井を仰ぎながらポツリと呟く。
そう、私は迷っていた。彼に告げるべきか否か。そして、告げるとすれば何をどう告げればいいのか。そもそも、彼に告げる必要があるのか。
完璧な解答の無い疑問だけが、頭の中で次々と羅列されていく。結局いつものように、頭を思い切り振ることで、その疑問を全て追い出してしまうのだけれど。
結局は、「叶ちゃんのためには、どの答えがベストか?」ということで。そしてやはり、叶ちゃんに関わりのある者として、純一君にも協力して欲しい。
・・・だというのに。私が彼に言いだせなかったのは、おそらく抵抗があったのだろう。
――彼に、叶ちゃんの正体を明かすということに。
純一君に協力を申し出るためには、当然叶ちゃんの説明もしなくてはいけない。学園では性別を偽り、しかし家では誰よりも女の子らしい彼女のことを。
でもそれは、叶ちゃんが今まで苦労して守ってきた、絶対的な秘密。万が一にも公になれば、彼女は学校にいられなくなってしまうかもしれない。
「・・・」
とはいっても、婚約者との結婚が決まっても、同じなのかもしれない。
叶ちゃんが婚約者のことをどう思っているのかは分からないけど、少なくともこの前の遊園地で見る限りでは、結婚に至るほどの好意は持っていないと断言できる。
好きな人と結婚できないという現実ほど、不幸なこともそう無いと私は思う。もちろん、これは私自身の勝手な主観なのだけど。
「――結局、私の勝手なエゴなのかなぁ・・・」
もう一度ポツリと、今度は鏡に向かって問いかけるように呟く。
私のやろうとしていることは、所詮は親切の押し売りに過ぎないのだろうか。いらぬお節介なのだろうか。
「でも・・・」
たとえそうだとしても、私は彼女のために出来ることは全てやりたい。それは彼女の親友として、とてもシンプルで強い感情だった。
「なんだ・・・悩む必要なんて、無かったんだね」
私は、何を躊躇っていたのだろう。
人の顔色を見ることばかりに傾倒していた自分。でも、それでは解決しないことだってある。
相手を本当に思い遣る心を持っているのなら。たとえ自分が嫌われたって、相手のプラスになるような行動を取れるはずだ。
いや、取るべきなんだ。
「――よしっ!」
私の気持ちは、固まった。
「よっ、ことり」
「あっ、純一君。ごめんね、こんな時間に呼び出して・・・」
自宅の前で彼を待っていた私は、もたれていた塀から身体を起こす。もう既に陽は沈みつつあり、辺りの暗闇も徐々に濃くなってきていた。
今日のデートで別れてから、既に数時間が経っている。普段ならこんな時間に会うこともないのだけど・・・今日は特別。
「いや、それは全然いいんだけど・・・珍しいな、ことりから呼び出しなんて」
「うん。・・・ちょっと、相談したいことがあって」
「相談・・・それって、昼間の・・・」
「そう。やっと、自分の気持ちも固まったから」
「・・・分かった。とりあえず、ここじゃなんだから・・・」
「うん。ちょっと歩いた所に、公園があるんだ」
そうして今、私は公園で純一君と並んでベンチに座っている。
彼は、真剣な表情を崩さない。いつもの――杉並君や音夢さんを相手にした時の、ひょうきんな彼も好きだけれど、今の彼からはその片鱗さえ見えないほど、凛々しい横顔だった。
お互いに、自販機で買った缶コーヒーを持て余しながら、無言の時間が過ぎていく。
そしてそんな静寂を破ったのは、彼の意を決したような声色だった。
「ことりの・・・」
「え?」
「・・・ことりの悩みを聞くっていうことは、少なくともことりのプライベートに踏み込むっていうことだと思う。でも俺は、ただ単に悩んでいることりの姿が見たくない、助けになりたいって理由だけで、それを行おうとしてるんだ。それでも・・・ことりは、話してくれるか?」
「純一君・・・」
事前にそう言う彼は、やはりとても誠実な人なのだと、心から思った。
そしてその言葉は同時に、私に最後の一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
「大丈夫だよ。・・・私は、純一君だからこそ話すんだから」
「そう、か。だったら、俺は黙って聞くだけだな」
そう言って静かに「聞き」の態勢に入った彼に、私は徐に胸ポケットから一枚の写真を取り出し、そっと差し出した。
「これは・・・?」
純一君に渡したのは、私と叶ちゃんのツーショット。
私と「工藤君」のではない。正真正銘、女の子の格好をした「叶ちゃん」と並んで取った写真。
「・・・その娘は、私の幼馴染なの。一番の親友で、小さな頃からずっと一緒に遊んでた。悩んでいるのは、彼女のことでね。・・・名前は―――」
「工藤・・・叶・・・」
「!?」
彼の口から漏れた呟きに、私は思わず絶句してしまった。
「ああ・・・いや、悪い。そんなワケない――」
「ううん。この娘の名前は、正真正銘・・・工藤、叶ちゃんだよ」
「え?」
流石は、「工藤君」の親友だと思った。
正直、流石にこの写真を見ただけでは、どうあっても「工藤君」と結びつかないと考えていたから。
だからこそ・・・彼になら、託せる。
「学園で、純一君と同じクラスだった工藤君と、同一人物。そしてこっちの姿こそが、本当の工藤叶ちゃんなの」
「・・・冗談じゃ、ないんだな?」
「冗談で、こんなこと言えないよ。信じられないかもしれないけど・・・」
「・・・いや、信じるよ。そんな嘘をつく必要なんてないもんな。まあ、元々女っぽいやつだとは思っていたけど、本当にそうだったとは・・・」
「普通は、気づかないと思う。叶ちゃんの演技は上手かったし、知っているのは私と一部の先生たちだけだよ」
「そう、か。・・・でも、何で俺にそれを?そもそも、ことりの悩みって・・・」
「・・・私の悩みは、他でもない叶ちゃんに関すること。そして、それを解決出来るのは――」
そこまで言って、彼の瞳を見つめる。
すると彼も、私の視線に応えるかのような強い眼差しで、私と向かい合ってくれた。
「――純一君しか、いないと思ってる」
それは、私の心からの本音だった。
確証は無いけど、おそらく叶ちゃんは純一君のことが好きだったのだろう。そしてだからこそ、彼と話すことによって得られるものはきっとあるはずだ。
『これも・・・エゴだよね』
彼女から純一君を横取りした上に、私は彼女の正体を彼に告げて会わせようとしている。
叶ちゃんは、こんな私をいったいどう思うだろうか。
『でも・・・』
もう、決意したことだ。たとえ彼女の嫌われたとしても、彼女を助けるんだって。
だったら、もう迷わない。最終的に純一君に託すような形になってしまったけど、叶ちゃんの味方であり続けることに変わりはない。
「・・・分かった。正直言って、まだ工藤・・・さんとどう接していいかイマイチ分かんないんだけど。とりあえず、話せばいいんだな?」
「うん。出来れば、彼女自身の口から「事情」を聞いて欲しいの。私は、ちゃんと教えてもらったわけじゃないから・・・」
「・・・なんか、ワケありみたいだな。まあ、うん。工藤さん・・・いや、工藤は俺にとっても親友だからな。出来る限りのことはするさ」
「純一君・・・ありがとう」
純一君。ごめんね。
本当は私がしなくてはいけないことなのに、巻き込んでしまって。
叶ちゃん。ごめんね。
私はきっと、あなたを救うと同時に――。
傷つけてしまうかもしれない。
26話へ続く
後書き
どうにかこうにか書けました、25話。
田舎にノートPCごと持って行って、書けたのがこれ一本だけという・・・何気に忙しい毎日でした。
さて内容は・・・正直、苦戦しました^^;
やっぱりオリ展開は難しいなぁと。おぼろげにプロットはあるのですが、なかなか思い通りに進まないという・・・。
ここが正念場ってやつです(笑)
ではでは、失礼します〜^^