朝倉君――いや、純一君との初デートも終え、私たちの関係は順調そのものだった。

今が春休みということもあり、私たちはそれからほとんど毎日のように会っていた。きちんと「デート」と言えるのはその中でも数えるくらいしか無かったけれど、一日に数分でも会えるのならば、どんな苦労も厭わない。

電話という手段を極力使いたくない私としては、やはり話をするなら直接会って話したかったし、彼もそんな私を気遣って出来るだけ会いに来てくれた。純一君の家とは島の反対側に位置する我が家まで。

そんな彼の優しさに嬉しさを感じると共に、申し訳なさも感じる。私が未だ能力に依存しきっているから、彼に余計な負担を掛けているんだ。

自覚しながらも、私はきっと能力を自ら手放すことはできないだろう。いや、彼への想いが募っていくほどに、能力への依存度が高まっていく。

――不安。

私が今、最も恐れているのは純一君に嫌われてしまうことだ。そして、嫌われないようにするためには、私にとって心を読むという行為は必要不可欠なものとなっていた。





そして、初デートのあの日から私の心の片隅でくすぶり続けている、もう一つの懸念。

それは、あの日遊園地で見た、浮かない顔をした親友のこと。そう、叶ちゃんとあの男性の関係だ。

結局あの場はうやむやになってしまったけど、今日まで一週間。日が経つごとにどんどん気になってきてしまった。

・・・何となく、予想は付いている。でも、心底外れていてほしいとも思う。

でも、あの格式のある家柄なら十分にあり得ることかもしれない。

「・・・悩んでても、しょうがないよね」

私は春先に購入した薄手のカーディガンを纏い、テレビを見ていた母に一言告げてから家を出る。

今日は、特に純一君と会う約束はしてない。彼の方に用事があるらしく、珍しく私は一日フリーだ。

新学期まで残り一週間。春休みは宿題が出ないので、特にやることもないし。

「まあ、居なかったら居なかったで、散歩にはなるかな」

春らしいポカポカとして陽気に包まれながら、私は歩きだす。向かう先は勿論――叶ちゃんの自宅、工藤本家。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<24>  ことりだって





「うーん・・・相変わらず広い家だなぁ」

叶ちゃんの家の前に着き、インターフォンを押す前に改めて家の外観を眺めて、私は吐息を一つ吐く。

二階建ての日本家屋。純和風という言葉をそのまま当てたような家の周りを、さらに囲むようにして存在する大きな庭園。

庭園には小さな池に、典雅な雰囲気を醸し出す小さな赤い橋まで掛かっており、その庭を経た先にある立派な門構えには、紛れもなく「工藤」の二文字が掲げられている。

島の歴史を紐解いてみても、「工藤」の名は室町時代から徐々に頭角を見せ始め、江戸時代には一帯を取り仕切る大地主であったとか。

・・・まあその辺りはひとまず置いといて。

「叶ちゃん、居るかな・・・?」

とりあえず、という気持ちでインターフォンに手を伸ばす。小学校からの親友ということもあり、彼女の家族とも顔見知りだ。・・・お祖母さんとは、何度しかか話したことはないけど。

「はい、工藤でございます」

やがて聞こえてきたのは、古株の家政婦さんの声。私が名前を出すと、すぐに得心したように叶ちゃんへと取り次いでくれた。





「久し振り、叶ちゃん」

「うん、久し振り。元気そうだね、ことり」

門まで迎えに来てくれた叶ちゃんと共に、彼女の部屋までやって来た。

「とりあえず、お茶淹れてくるね?」と言い残して去っていった叶ちゃんを見送りながら、私は視線を見慣れたとも言える彼女の部屋へと転じる。

勿論、部屋の様式は純和風。畳の上に鎮座する足の短い勉強机――デスクではなくテーブル――の上には、本校で使うはずの数学の問題集が開きっぱなしになっていた。どうやら、新学期に向けて予習をしていたらしい。

お盆に温かい緑茶を二つ乗せて帰って来た叶ちゃんに、私は申し訳ない気持ちで口を開く。

「ごめん、勉強してたの?」

「ううん、もうそろそろ終わりにしようと思ってたから。ほら、座って座って」

「う、うん・・・」

言われるがままに差し出された座布団に腰を下ろす。彼女の心を覗いてみても、どうやら本当に終わりにするつもりだったようなので、とりあえずは納得しておいた。

「それで、どうしたの?ことりが直接私の家に来るなんて、珍しいじゃない」

「うん、ちょっと話したいことがあって」

確かに、今まで二人でこうして話す時は、大抵が私の家だった。

そのことに特に理由はなく、強いて挙げるとするなら・・・叶ちゃんの家よりは「気楽」だという点からか。

やはりこの家に来るとき、私はどうしても少し構えてしまう。厳然とした雰囲気がそうさせているのか、気軽に遊びに来れないのは事実だ。

まあそれはともかく。

「話したいこと?わざわざ家に来るくらいの、って考えてもいいのかな?」

「そう・・・だね。真面目な話になると思う」

私がそう返事をすると、彼女はすっと居住まいを正して、しっかりと私の目を見つめるように背筋を伸ばす。

流石は様々な礼儀作法を習っている叶ちゃんだ。その姿勢は美しく、茶道や華道に通ずるものがあるのだろう。

「それは、ことりのこと?」

「ううん。叶ちゃんのこと・・・かな」

「私の?」

「そう。・・・叶ちゃん、正直に答えて欲しいんだけど」

私はそう前置いて、聞こうと思っていた疑問を口にする。それは当然・・・あの日のことだ。

「一週間くらい前かな。遊園地で、叶ちゃんの姿を見つけたの」

「えっ!?」

「でも、叶ちゃんは一人じゃなかった。隣にいた男性は・・・いったい、誰?」

「・・・」

叶ちゃんは少し私の目から視線を逸らして、何かを言い淀むように黙りこくった。

・・・自分でも、立ち入ったことを聞いているのは自覚している。これは彼女のプライバシーに関わる問題だし、さらに言えば私がそれを聞き出す権利もありはしない。

それでも、私は知っておきたかった。能力を手にする以前からの友達。心から信頼できる親友として、彼女に何が起こっているのか把握しておきたかったから。

「・・・何でもない、よ。あの人は、ただの知り合いだから」

壁に掛かっている四角型の掛け時計の秒針が数十回鳴ったところで、ようやく彼女が口を開く。しかしその答えは、期待していたものとはまったく違う、完全に言葉を濁した回答。

でも、私には分かる。彼女は嘘を付いているのだと。

何も能力を使ったわけではない。それ以前の問題。そんなに動揺しきった声で、目で、誤魔化しきれると思ったのだろうか。

「叶ちゃん・・・正直に、答えて欲しいの」

私は再度、彼女の瞳を見つめる。

「あの人は誰?叶ちゃんと、どういう関係なの?」

またも沈黙が訪れる。それを破ったのは、俯き肩を震わせた、彼女の小さな声だった。

「――――だって」

「えっ?」

私が思わず聞き返すと、彼女はバッと顔を上げて、これまで見たことがないほど意志の籠った強い眼差しで私を見つめた。

「――っ!ことりには関係ない!それに、ことりだって・・・!」

「あ・・・」

「ことり・・・だって・・・・・・」

言葉を途切れさせ、また顔を俯かせてしまう。

だけど、私には分かってしまった。きっと彼女は、私と純一君のことを言っているのだと。

ミスコン会場での告白。教師陣にすら広まっているこの情報を、彼と同じクラスである叶ちゃんが知らないはずはなく。

でもそれは、私が彼女に報告したわけではない。

・・・きっと私は、怖かったんだと思う。

叶ちゃんの彼に対する気持ちは以前から察しが付いていたし、何より能力で彼女の本心を覗いてしまった過去があるから。

それを私が横取りした。そう思われたくなくて。彼女に嫌われたくなくて。

本当は、一番に報告しなければいけない人だったのに。

――そんな私が、彼女に立ち入ったことを資格なんて・・・ない。

「・・・ごめん」

罪悪感に打ちひしがれながら黙りこくってしまった私に、叶ちゃんはそうポツリと呟いた。

「え・・・?」

「突然、大声出しちゃってごめんね。でも、本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

そう続けて、今にも壊れてしまいそうな笑顔を作る。

・・・私が悪いのに。何で、彼女はこんなにも優しいのだろう。

そして同時に、自分自身がどうしようもない人間に思えてくる。

「そんな・・・叶ちゃんは悪くないよ。私こそ、ごめんね」

もうこれ以上この場に居た堪れなくなって、私は腰を浮かそうとする。

でも、そんな私の行動を遮るかのように、彼女の優しい声が聞こえてきた。

「ことりは、やっぱり優しいね」

『優しいから、余計な心配は掛けたくない。私に急に婚約者が出来たなんて知ったら、ことりはきっと気に病むから』

「――っ!!!こん――っ!!?」

「?・・・ことり?」

「あっ・・・な、何でもない。・・・ごめん、今日はもう帰るね」

「う、うん・・・」





見送りに出て来てくれた叶ちゃんと門で別れ、私はとぼとぼと家を目指す。

頭の中をグルグルと巡っているのは、学生の私たちには余りにも似つかわしくない言葉。

『・・・婚約者、か』

事前の予想は、最悪な形で当たったといってもいい。

それでも私は、せいぜいお見合い相手程度かなとタカをくくっていた。お見合い相手と婚約者では、重みが全然違う。

「・・・」

叶ちゃんの悩みを知ることが出来たのは、確かに嬉しい。知って何が出来るというわけでもないのかも知れないけど、それでも何かあった時に、助けたり相談に乗ったりは出来るかもしれないから。

――――でも。

「また・・・やっちゃったな」

これでは、純一君の気持ちを知ったときと一緒だ。

相手の気持ちなんか無視して、一方的に相手の考えていることを知ってしまう。それが例え、どれほど大切な想いだとしても。

意識的に行なったわけではない。ただ、無意識にでも相手の心を暴いてしまおうとする自身の無粋さに、私は無性に腹が立った。

そういう事柄は、相手の口から直接聞くことで、初めて意味を成すというのに。

「純一君・・・叶ちゃん・・・」



――私の能力は、いったい何のためにあるのかな?



25話へ続く


後書き

三週間空いてしまいましたが、24話UPです。

うん、展開に悩みました。これからしばらくはこの話が主体となりますので・・・。

まあ時間を掛けた分、一応のプロットも固まりましたけど。ソレ通りに話が進むかどうかは激しく疑問(笑)


さて、今回は純一不参加。ことりと叶の掛け合いを主体にしてみました。

とはいっても、二人が交わした言葉はそれほど多くないのですが。どちらかというと、力を入れたのは二人の心象の描写でしょうか。


次回は二週間後・・・はおそらく田舎に帰ってるんだよなぁ、どうすんべ・・・。

田舎に帰る前のUPを目標に、頑張るとしましょうか。

それでは!



2008.8.1  雅輝