私と叶ちゃんの出会いは、今からもう十年も前に遡る。
私がまだ今の家族に引き取られるより前の話。当時小学校の低学年だった私は、近所の公園の砂場で一人、砂の山を作って遊んでいた。
別に友達がいなかったわけではない。ただ、その時は仲の良い友達がみんな、用事があって一緒に遊べなかっただけ。
それでも、暇を持て余していた私は、一人でも出来る砂遊びに興じていたんだけど。
「・・・?」
ふと顔を上げてみると、公園の入り口からこちらをじっと見つめている、私と同い年くらいの女の子が立っていた。
その小さな体にはあまり似合わない、和服を身に纏ったショートカットの女の子。遊び相手が出来たと内心で喜んだ当時の私は、砂だらけの両手を適当に掃って、彼女の元へと駆け寄る。
「ねえねえ、いっしょにあそびましょ?」
「・・・」
女の子は私の誘いに答えずに、ただその首をプルプルと横に振った。
「どうして?あそびたくないの?」
「・・・よごれたら、おばあさまにおこられちゃうから」
「おこられるの?」
「うん・・・」
口ではそう言っていても、その瞳は確かに語っていた。遊びたいと。
子供心ながらにそれに気づいたのだろうか、今では記憶も曖昧だけど、私はその女の子の手を強引に引っ張って公園の中へと連れていく。
「あ、あの・・・!」
「わたしはことり!あなたは?」
「・・・くどう、かなえ」
「じゃあ、かなえちゃんだね!やっぱりいっしょにあそぼうよ!」
「で、でも、よごれちゃう・・・」
「だったらわたし、すなあそびやめる!」
「え・・・?」
「だから、ここにすわっておしゃべりしましょ?」
叶ちゃんの手を繋いだまま、ベンチに弾むようにして座ると、当然彼女も私と同じように隣に座らざるを得ない。
彼女はポカンと呆けたような表情をしていたけど、私が「これならいいでしょ?」と問いかけると、一気に破顔して・・・。
「ぁ・・・うんっ!」
初めて見る、弾けるような笑顔で、私に頷いてみせた。
それがきっかけとなって、さらに翌年にはクラスメイトになれたこともあり、私と叶ちゃんは互いに認め合う親友となっていった。
もちろん、その関係は進級しても続き、小学校も高学年になると、だいぶ彼女の家についても理解できるようになっていた。
――初音島においてもかなりの実権を掌握している、名の通った名家。
特に現在の当主である、叶ちゃんのお祖母さまにあたる人は、中高一貫制の風見学園の理事長を務めている。
叶ちゃんはその工藤家の一人娘にして、唯一の跡取り候補。幼少の頃から様々な習い事をして、礼儀作法なども躾けられてきたという。
それでも彼女は、空いた時間には私に付き合ってくれた。よく私の部屋に来ては、話題の尽きないおしゃべりを楽しんだものだ。
中学になって、彼女が「男子生徒」になった時は驚いたってものじゃなかった。彼女に直接聞いたこともあるけど、「お祖母さまの命令だから」の一点張りで、何かをはぐらかそうとしているようにすら感じて。
学校では周りの目もあって、それからは少し疎遠になってしまったけれど、今も私は叶ちゃんの親友なんだと、心の底から思っている。
・・・自分を押し殺してまで、家のために尽くそうとする叶ちゃん。
だからこそ、私は彼女の幸せを望む。親友として。彼女の理解者として。
傲慢だと笑われるかもしれないけれど。
――それが、彼女から朝倉君を奪ってしまった私の、唯一出来ることなのだとしたら。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<23> 初デート(後編)
「――とり。・・・ことり?」
「えっ?あ・・・」
優しい声に誘われるようにして瞳を開けた私は、ボンヤリとしたまま声のした方向を振り返った。
「・・・朝倉君?」
「ああ、おはよう。・・・起こさなかった方が良かったか?」
「えっ?」
そこで、ようやく私の頭はハッキリとしたきたようで、レジャーシートに横になっていた体をガバッと起こす。
「あ、あれ?私、寝てました?」
「うん、まあ30分くらいだけどな。俺に膝枕した態勢のまま、コックリコックリと」
「あぅ・・・ごめんなさい」
起きた時には横になっていたということは、朝倉君が気を遣って正座したままの私を横たわらせてくれたのだろう。これでは、本末転倒だ。
「いいっていいって。俺も、ことりの寝顔を見れて得した気分だしな」
彼にそう悪戯っぽく言われた私は、火が噴き出そうなほど真っ赤に染め上がった顔を隠すのに必死だった。
――それにしても、随分と懐かしい夢を見たものだ。
レジャーシートなどを片付けた私たちは、それを再度コインロッカーに入れて、午前と同じようにアトラクション巡りを始めた。
ただ、先ほどのような失敗はもうしないように。彼を気にしつつ、午前で回りきれなかったアトラクションを楽しむ。
もうその頃には私たちの手は、繋がれているのが当たり前のような状態になっていた。アトラクションなどで一度手が離れたとしても、それが終われば再び――まるでお互いに誘われるようにして、指と指が絡み合う。
温かな手に、彼の温もりと優しさを感じる。弱すぎず、強すぎず、私の手を柔らかく包んでくれる大きな手から、彼の想いが伝わって来るかのようだった。
そんな幸福の時間の合間。
休憩を取ることとなり、彼は「何か冷たいものでも買ってくるよ」と、売店の方に走って行ってしまった。
私が行けば良かったな、と軽く後悔しながら、素直にベンチに座って彼を待つ。勿論、彼の優しさに触れて嬉しがっている自分も確かにいるんだけど。
「・・・」
私は軽く頬杖をつきながら、行き交う人の流れを何とはなしに目で追っていた。
「?・・・――っ!!」
すると、視界の端に何か引っかかるものが映った。私だからこそ違和感を感じたそれは、目を凝らしてよく見ることによって確信へと変わる。
私の視線の先には、先ほどの夢の主役にして私の大親友、私服姿の叶ちゃんの姿があった。
それだけなら、別に何の問題もない。いくら彼女が厳格な家の生まれだからといって、遊園地に来ることまで禁止されているはずではない。
私が思わずベンチから立ち上がるほどに驚いた理由は、彼女が男性と並んで歩いていたからだ。
しかも、クラスメイトなどの同年代には見えない。おそらく一回りは離れているだろう、落ち着いた雰囲気を纏う「男性」だ。
兄や従兄なのかとも一瞬思ったが、すぐにその考えを打ち消す。そんな話は聞いたことないし、それに二人の間にあるのはそういう空気ではない。
叶ちゃんは大人びて見えるし、傍から見ればカップルに見えなくもないかもしれない。
しかし遠目から見る限り、二人の間に流れているのは、カップル特有の甘い雰囲気ではなく・・・どちらかというと、もっと「事務的」な感じが伝わって来る。
相手の男性の話に笑っている様子の叶ちゃんの顔も、本当の笑顔ではなく、愛想笑いに近い。対する男性の方も、どうすればいいのか分からないとでも言いたげな顔で困っている。
「お待たせ!・・・って、どうしたんだ?ことり」
「あっ、朝倉君・・・」
二つのジュースとポテトを抱えた朝倉君の声に振り向き、再度先ほどの方向へと目を向けても、既に二人は人ごみに紛れた後であった。
今のは・・・いったい・・・?
「ことり?」
「あっ、いえ。・・・何でもないです」
朝倉君に笑顔を返しつつも、頭の中では先ほどの光景がグルグルと回っていた・・・。
叶ちゃんのことは心の片隅に無理やりに仕舞い込んで、私は残りの時間を楽しんだ。
勿論、気にならないといえば嘘になる。しかし、叶ちゃんの正体を知らない朝倉君を伴って彼女を探しには行けなかったし、曲がりなりにもデートはデート。邪魔をするように声を掛けるのも、二人に失礼かなと思って。
結局、それ以上二人の姿を見ることもないまま、いつの間にか空は夕焼け色に染まっていた。
「もうこんな時間か・・・」
朝倉君が腕時計を見ながら呟く。時刻は5時過ぎ。しかしいくら暖かくなってきたとはいえ、まだ暦の上では3月。そろそろ陽が落ちて、辺りも暗くなってくるだろう。
「あまり遅くもなれないし、次で最後にするか」
「そう・・・ですね」
私たちはまだお互いに学生同士。朝倉君の言うとおり、節度は弁えるべきだ。
でも、名残惜しいのも確か。私の返事は、自然と曖昧なものになってしまった。
『本当はもう少し一緒にいたかったけど・・・ことりの家族に心配を掛けるわけにはいかないからな』
そんな時、彼の心の声が聞こえてきて。・・・彼が同じ気持ちでいてくれるという、ただそれだけで不思議と心は満たされた。
「それじゃあ、最後はあれに乗りましょう」
そして私は、一つの決意を持ってあるアトラクションを指さす。
それは、カップルの遊園地デートの締めくくりには最も定番といえる、巨大な観覧車だった。
列に20分ほど並んで、ゴンドラの中へと二人で入る。係員によってゴンドラが閉められれば、そこはもう完全に二人だけの世界。
4人掛けの席に、私たちはお互い向かい合わせになるように座る。ゴンドラが地上から少しずつ離れていっても、私たちは外の風景を見るばかりでお互いに口を開かなかった。
狭い空間に二人きり。そんなことは初めてで、どうしても意識してしまう。そしてそれは、彼も同じだった。
でも流石に、ゴンドラが一周する15分間を、無駄にするわけにもいかない。私は必死に恥ずかしい気持ちを抑えながら、彼に呼びかけた。
「あ、あの・・・朝倉君」
「あ、ああ」
「えっと・・・隣に、座っても・・・いいですか?」
「・・・どうぞ」
朝倉君の返事を聞いてから、私はゴンドラが揺れないように慎重に移動する。おずおずと腰を下ろすと互いの肩が触れ合い、心臓が飛び出しそうになった。
「・・・今日は、楽しかったな」
今度は、朝倉君の方から口を開いた。
顔はまだ窓の外へと向けているが、その横顔は赤く染まっている。
「うん。・・・すっごく、楽しかった」
そして私も、心からの言葉で答える。
世のカップルが頻繁にデートをしたがる理由がわかったような気分だ。
「また、来ような」
「うん、絶対に。・・・もっと違う場所にも」
彼と一緒なら、どこでも楽しいと確信できる。
そしてまた、ゴンドラ内は静寂に包まれる。しかしそれは、先ほどのように微妙に気まずい雰囲気ではなく、どちらかというと優しく、穏やかな沈黙。
「――朝倉君」
ゆっくりと上がり続けたゴンドラが天頂に差し掛かろうかという時、私は思いきって口を開いた。
昨日からずっと考えていたことを、口にするために。
「ん?」
「・・・純一君って、呼んでいいですか?」
それは、けじめのようなものであり、私の望みでもあった。
彼は、出会ったときから私のことを名前で呼び続けてくれたけど、私はずっと「朝倉君」のままで。
だから、初デートの締めくくりとして。朝倉君の・・・純一君の彼女として。
そして何より、彼との距離を一層縮めるために。
「・・・ああ、もちろん。その代りに・・・ことりも、敬語で話すのをやめてくれないか?」
「え?」
「その・・・さ。やっぱり恋人なんだし、平等でいたいっていうか・・・上手くは言えないんだけどな」
ああ・・・もう、本当にこの人は。
「・・・純一君、ありがとう」
――私を、どれだけ喜ばせてくれるのだろうか。
もはや、言葉は要らなかった。心の声も、必要なかった。
漆黒の純一君の瞳には、私が。そして私の瞳には、純一君が。
それだけで、既に二人の想いは通じ合っていた。重なり合っていた。
だから―――。
「「んっ・・・」」
ゴンドラ内に差し込む橙色の陽光の中、私たちは二度目の口付けを交わした。
24話へ続く
後書き
久しぶりに前日UP〜ってことで23話でした!
遊園地デート後編。前半は叶を主体に。そして後半は・・・ラブラブ話になってしまいました(笑)
前半の叶のイベントは、もちろんオリジナルです。ある意味この話が、第3章の中軸になるかも。
珍しく女の子の格好で、しかも私服姿の叶。その真意とは?そして隣にいた男性は・・・?
そんな感じで続くと思います。
後半のイベントは、二人の距離を近づけるためのものです。
ゲーム中でもずっと「朝倉君」だったもので。やっぱり恋人同士だったら、名前で呼び合うのが普通・・・とまではいいませんが。
でも二人の心は、ずっと近づいたのだと思います。やはり呼び名一つでも、感じるものはあるはずですから。
それでは、次回のあとがきでまたお会いしましょう!^^