「どうしよう・・・早く着き過ぎちゃった」
私はもうそろそろ見えてくるだろう待ち合わせ場所を思いながら、呆れを混じらせた苦笑を浮かべた。
もう一度、先ほども見た腕時計へと目を向ける。当然針の進みなど微々たるもので、まだ待ち合わせの時間よりも30分早い時間を指していた。
いくらお姉ちゃんの視線が痛くて早く出たからって、これはちょっと酷い。どれだけ私が今日という日に対して浮足立っているかを、再確認させられた気分だ。
『・・・まあ、待つのは嫌いじゃないからいいんだけどね』
昨日彼と決めた待ち合わせ場所に到着した私は、その足を止めて辺りを見渡す。
最寄りのバス停から歩いて5分ほどの位置にある、ここ――さくらパークは、島内では唯一の遊園地だ。
その入口である入場ゲートが今日の待ち合わせ場所。平日だからか、予想していたほど混雑していない様子に、少しホッとした。
『さて・・・どこで待ってようかな?』
いくら混雑していないとはいえ、人の行き来は流石に多い。目立たないところにいると、彼に気づいてもらえない可能性もある。
なので私は、素直にゲートのすぐ横へと向かった。チケット売り場の隣。ここなら、来る人の顔も判別が付くし、行き違いになることもないだろう。
『・・・え?』
チケット売り場が視界に入った瞬間、私は自分の目を疑った。
壁にもたれかかって、そわそわと辺りを見渡す一人の青年。それはまさしく、私の待ち合わせ相手である朝倉君だったのだから。
急いで腕時計を確認する。間違いなく、まだ時間より随分と早いはず。時計が遅れてるのかもと思いゲート前にある大きな時計盤にも目を向けてみたけど、やはり私の腕時計と同じ時間を指していた。
ということは・・・。
『朝倉君も、私と同じ気持ちでいてくれたのかな・・・?』
今日のデートが待ち遠しくて、ついつい早く家を出てしまった。
勿論、そんなのは私のただの妄想だけれど。でも、もしそうであったらどれほど嬉しいだろうか。
その事実だけで――彼と同じ気持ちでいたという一点だけで、こんなにも心が弾んでしまう。
『・・・よしっ』
小難しく考えるのは止そう。今日は何も考えずに、彼と楽しい時間を過ごせますように。
「朝倉く〜〜〜んっ!」
ただそれだけを祈りながら、私は手を振りつつ彼の方へと駆けていった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<22> 初デート(前編)
彼が知り合いに譲ってもらったという2枚の入場券でゲートをくぐる。
入ってすぐに、着ぐるみのキャラクターに園内の案内図とフリーパスを示すカードを受けとった私たちは、とりあえずコインロッカーに荷物を預けて、貰ったパンフレットを広げながらゆっくりと歩き出した。
「昨日はよく眠れた?」
「実は、あまり。・・・朝倉君は?」
「俺も。なんか、妙に興奮しちゃってさ。あっ、別に変な意味は無いぞ?」
「ふふふ、分かってますよ。だって・・・」
「ん?」
「い、いえ、何でもないっすよ」
だって・・・たぶんそれは、私も同じ気持ちだったから。
そう続けようとしたけれど、いざ言うとなると何となく恥ずかしくて、私は赤い顔を見られないようにと園内を見渡す。
流石は平日とはいえ春休み。学校の無い学生たちが、比較的多く見受けられた。
そしてその中にはきっと、昨日の私の告白を聞いた人も交じっているはず。恥ずかしいのやら誇らしいのやら。
「じゃあ、まず最初はどこから行きます?」
そんな気持ちを誤魔化そうと、パンフレットを彼にも見えるように広げて言う。ここ、さくらパークは本島の遊園地とも遜色ない規模を誇り、定番であるアトラクションは当然のように全て揃っている。
「ん〜〜・・・まず最初は軽くがいいかな?ことりは、どこか行きたい所はないのか?」
「そうですねぇ。私も最初から飛ばすのはちょっとダメなので、コレなんかどうでしょう?」
私がそう言って案内図上で指したのは、ミニコースターというジェットコースターの規模縮小バージョン。小学生から乗れるコレなら、そんなにキツくはないだろうし、意外とスピードが出て楽しい。・・・と、みっくんが言っていた。
「うしっ、じゃあそこにしよう。・・・えーっと・・・それじゃ、行こうか。ことり」
微笑と共に差し出された彼の掌。照れているのか、その頬は少し赤く見える。
当然、私としても躊躇う必要はない。むしろ嬉々として、その手に自分の手を重ねた。
互いにぎこちなく手を握り合いながら、ゆっくりと目的地に向かって歩き出す。同時に聞こえてくる、彼の心の声。
『うわっ、何かかなり恥ずかしいぞ、コレ。でも、何というか・・・すごく、いいな』
――私も、激しく同感です。朝倉君。
「結構楽しめたな」
「そうですね。最後のアップダウンは正直、ちょっと怖かったです」
「ははは、実は俺も。コースター系は結構得意なんだけどなぁ」
「あっ、私もなんです。じゃあ次は・・・」
ミニコースターの出口ゲートをくぐりながら、私たちは互いに感想を言い合う。そしてまた園内マップを開き、次のアトラクションを吟味し始めた。
さくらパークは、ジェットコースターを代表とする絶叫マシンの種類も豊富だ。
去年家族で来た時は、お姉ちゃんと二人で手当たり次第に制覇していったっけ。私もお姉ちゃんも、絶叫マシンが大好きだから。
「よしっ、だいたい決まったし・・・それじゃあ、行くか」
「うん♪」
話し合いの結果、この場所から近い順に手当たり次第に制覇していくことに。私が彼の差し出してくれた手に躊躇いなく手を重ねると、自然と互いの指はしっかりと絡まって、俗に言う「恋人繋ぎ」となる。
――繋がれた指から伝わる彼の体温が、恋人という現実を実感させてくれるようで、とてもくすぐったい気持ちになった。
「こ、ことり、そろそろ昼御飯にしないか?」
「あっ、もうそんな時間ですか?」
腕時計を確認すると、既にお昼の1時前。時間も忘れるほど楽しかったってことだよね、きっと。
『ふう、やっと休める・・・。しかし、いきなり絶叫系7連続とは思わなかった。俺もそこまで苦手じゃないはずなんだが、流石にしんどい・・・』
「あ・・・」
と、その時。彼の心の声が聞こえてきて、私はとても申し訳ない気持ちになると同時に、自分が恥ずかしくなった。
『・・・何やってるんだろう、私』
自分だけ楽しんで、彼のことを全然気遣えてなかった。彼は私のために、しんどいのを我慢してくれていたというのに。
私は、彼の心境に気づけたはずなのに。相手の心を覗き見ることのできる、私だからこそ気づけたことなのに。
「・・・ごめんなさい、朝倉君」
だから、せめて謝りたくて。私は俯きながら、口を開く。
「ん?いきなりどうしたんだ?ことり」
「だって、私だけ楽しんでばかりで・・・朝倉君は、ずっと休みたかったんですよね?」
「あ〜・・・休みたかったのは確かだけど、でもそれ以上に俺はことりに楽しんでもらいたいから」
その言葉に、私は弾かれたように顔を上げて彼の顔を見つめる。すると彼は、そっと微笑んでくれて。
「それに、俺だって楽しかったしさ。今日は二人で楽しむために来たんだから、ことりにはそんな顔になって欲しくないな」
・・・どうしよう。嬉しすぎて、涙が出てきそうだ。
『ちょっとクサかったか?でも・・・そうやって相手を気遣えるところも、ことりの魅力の一つなんだよな。・・・ってうわ、俺もう末期だな』
違う、違うよ、朝倉君。
私はそんな人間じゃない。貴方の疲労に気づけたのだって、心を読む能力があってこそなんだよ?
もしこの能力が無くなってしまったら、きっと私は・・・。
「・・・ありがとう、朝倉君」
――貴方の前で笑うことすら、出来なくなってしまうだろうから。
ロッカーに預けていた荷物を出してきて、私たちはさくらパークの外れに位置する小さな公園のような場所に来ていた。
よく整備された芝生に、バッグから取り出したレジャーシートを広げて座り、さらに今日のために昨日から仕込んでおいた手作りのお弁当を取り出す。
それは昨日、彼にデートのお誘いを受けた時から決めていたことだった。
恋人に手作りのお弁当を作るという行為は、実は小さな頃からの憧れでもあったから。
「お口に合うかどうかわかりませんけど・・・」
そう前置いて、ランチボックスの蓋を開ける。
二つのランチボックスの内、一方にはタマゴやツナなどの具を挟んだサンドイッチ。もう一方には、その付け合わせのおかずとして唐揚げやミニハンバーグ、ポテトサラダなどを詰めた。
「・・・朝倉君?」
「・・・あ、ああ。いや、ごめん。あまりに美味そうだったもんでつい。ことりって、料理も上手だったんだなぁ」
『気立てが良くて美人で優しくて、その上に家事も出来て。ホント、俺なんかにはもったいないくらいの恋人だよなぁ』
「・・・う、あ・・・え、えーと。それじゃあ、頂きましょうか」
私は平静を装って、彼にお手拭きと割り箸を渡す。
今のは本当に危なかった。彼の言葉と心の声に、私は嬉しいのやら恥ずかしいのやら照れくさいのやらで、クラクラと目眩を起こしそうになっていたから。
でも、私だって同じようなことを想っている。朝倉君は、私なんかにはもったいないくらいの彼氏さんだって。
「うしっ、待ってました!」
早速彼は、サンドイッチへと手を伸ばす。彼の反応が気になった私の手は、彼がそのサンドイッチを口に運ぶまで動かないまま。
「あぐっ・・・」
「・・・」
一口、二口。朝倉君は味わうように咀嚼し、嚥下すると、私に向かってその眩しい笑顔を向けてくれた。
「最高だ、ことり。すげー美味いよ」
『正直、予想以上かな。我が家は食生活が崩壊している分、かなりセンセーショナルな味だ』
「あ、ありがとうございます・・・」
彼の直球ど真ん中な感想に、私も照れ隠しにお弁当へと手をつける。
・・・うん。確かに自分でも良い出来だと思う。何度も何度も味見をしながら作ったので、当然かもしれないけど。
「あ〜、美味かった。ごちそーさん、ことり」
結局、お弁当の7割以上は、終始笑顔だった朝倉君の胃の中へと収まってしまった。ここまで喜んでもらえると、本当に作り甲斐があるというもの。
「いえいえ、お粗末さまでした♪」
私も自然に笑顔になり、ランチボックスを片付け始める。彼はそのままゴロンとレジャーシートの上に寝転ぶと、天上を流れる雲をボンヤリと眺めるように仰向けになった。
「朝倉君?食べてからすぐに寝転ぶと、消化に悪いんですよ?」
「まあまあ。もうちょっとだけ、幸せな満腹感を味わわせてくれ」
そう言うと、彼は静かに瞼を閉じる。・・・これって、もしかしてチャンスだろうか。
私が恋人として、彼にしてあげたかったこと。いや、自分が彼にしてあげたいこと。
それを私は、ほんの少しの勇気を振り絞って実行することにする。
「・・・えっ?こ、ことり?」
「えっと・・・嫌だったら、言ってくださいね?」
正座した私の太ももの上に、彼の頭を乗せる。そう、「膝枕」というものだ。
『こ、ことり。それは反則だぞ。それに・・・嫌なはず、ないじゃないか』
柔らかな春の日差し。そよそよと流れる風。そして、少し頬を赤くしながらも私に身を委ねて再び目を閉じた朝倉君。
――もう少しの間、こうして贅沢な昼のひと時を過ごすのも悪くないだろう。
23話へ続く
後書き
少し遅れましたが・・・22話、UPです^^
今回はなかなか煮詰まりました。完全にオリジナルな展開なので、色々と悩むところも多くて・・・(汗)
やっぱりまだまだ力不足だなぁと、実感しましたね。文章表現の甘いこと甘いこと。
二週間掛けた割には、もう少しなんですよねぇorz
とまあそれはさておき。次回はデートの後編です。
23話の前半は、ある人物がチラッとだけ登場する予定です。そしてそのままその人物の話が中心となるかと。
後半は・・・まあそれはお楽しみに^^
それでは、次回もお付き合いくださいませ〜。