卒業パーティーの翌日。晴れて昨日、風見学園の付属を卒業した私たちは、今日から春休みに突入していた。
だというのに普段学校に行く時と同じ時間帯に目を覚ました私は、二階の自室からリビングに下りてきて、そこにいた二人に声を掛ける。
「おはよう。お姉ちゃん、お母さん」
「ん、おはよう。ことり」
「あら、早いじゃない。ことりちゃん、今日から春休みじゃなかった?」
「うん、そうなんだけど・・・ね」
キッチンから振り返ったお母さんの疑問に、私は歯切れの悪い返答しながらお姉ちゃんの向かい側に座る。
早起きの理由は明白なのだが、やはりこういうことを報告するのは何となく恥ずかしかった。
『朝倉君・・・』
昨日のことを思い出して、少し照れた表情になった私を見て、お姉ちゃんは何かに気づいたようにその口端を歪めた。
「ふ〜ん、そっか。今日は朝倉とデートってわけだね?」
「おっ、お姉ちゃん!?」
まさか気付かれるとは・・・。昨日のミスコンでの告白は大騒ぎになったようで、お姉ちゃんたち教師陣の耳まで届いたことは知っていたけど。
「え、なになに?ことりちゃんに彼氏が出来たって?」
「そう。同級生の朝倉っていうんだけどね。どんなやつかは・・・ことりに聞いた方が早いんじゃない?ね、ことり」
『まあどうせ惚気で終わるんだろうけどねぇ。でも、そんなことりも珍しいし、見てみたいな』
「ね」と言われても・・・お姉ちゃん、完全に面白がってるよ。それに微妙に言い当てられているところがまた悔しい。
「ねえ、今度ウチに連れてきなさいよ。お母さんにも紹介して?」
『ついにことりちゃんにも恋人かぁ。ことりちゃんが選んだ男の子、どんな子か楽しみだわぁ〜。あの人は不機嫌になるだろうけど。・・・ふふ♪』
「あ、あははは・・・機会があれば」
何故か乗り気のお母さんの心の声に、私は冷や汗をかきながら答える。もちろん嫌というわけではなく、かなりご機嫌になったお母さんに戸惑っているだけなのだけど。
そして『ことりちゃんが選んだ男の子』という言葉に、頭の中では朝倉君が勝手に浮かび、そして同じく昨日交わした約束も蘇って来る。
あれは、文化祭が終わった帰り道のことだった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<21> 変わっていく
すっかり日も落ちて、街灯が照らす暗い夜道を、私と朝倉君は肩を並べて歩いていた。
本当はこちらは朝倉君の家とはほとんど反対方向なのだけど、せめて今日だけは家まで送らせてくれと彼に言われては、当然私に断ることなんてできない。悪いとは思いつつも、彼の優しさに甘えてしまう。
「しっかし、えらい騒ぎになったよなぁ〜」
あのミスコンでの告白の後。館内はまさに怒号ともいえる絶叫に包まれて、私たちは裏口からの脱出を余儀なくされてしまった。
そして館内を出ると、当然のように待ち構えていた先生たちに見つかって。そこからつい先ほどまで、「不純異性交遊」について説教を受ける羽目に。
まああれだけ派手にすれば当然だとも思うけれど。しかし私としては、そんなことに彼を巻き込んでしまったことの方がショックだった。
「ごめんなさい、朝倉君まで巻き込む形になっちゃって・・・」
「気にしてないって。それにさ・・・キスしたのだって、俺の方からなんだし」
『まあ俺としては、あの状況下でしないって選択肢が思いつかなかったわけで・・・ってことは、むしろ俺がことりを巻き込んだんじゃないのか?』
・・・本当に、朝倉君は誠実で素敵な人だと、心から思う。
彼は私を励ますように、自分が悪いのだと言う。そして心の中ですら、私のことを気遣ってくれる。
私は――今の私は、そんな朝倉君の彼女さんなんだ。
そんな考えと同時に、嬉しさと照れで顔が熱くなり、私は顔を俯かせた。そして朝倉君も、自分の言ったことの今更ながら照れているようだ。
それから少しの間、互いに無言の時間が続く。しかしその静寂は決して息苦しいものではなく、穏やかで掛け替えのない時間。
傍にいるだけで、隣を歩いているだけで、心臓が悲鳴を上げている。その律動が告げているんだ。朝倉君のことが、本当に好きなのだと。
「・・・あの、さ」
そうして歩き続け、家まであと数十歩と迫ったところで、突然朝倉君が歩幅を緩める。私も歩くスピードを落として、彼の話に耳を傾けた。
「明日、何か予定ある?」
「明日?特に予定はないけど・・・」
「ならさ。明日、二人でどこかに遊びに行かないか?」
「えっ!?」
思わず、立ち止まってしまう。そして頭の中では、先ほどの彼の言葉がグルグルと回っていた。
そ、それって、やっぱり・・・。
「デ、デートのお誘いですか!?」
「そ、そうなるかな」
声が上擦ってしまうほど、今の私は動揺しきっていた。
私も普通の女の子なので、当然恋人とするデートには憧れを持っていた。相手が朝倉君とあれば、尚更だ。
だからこそ、突然そんな事を言われても心の準備が出来ていないというか・・・でも、それ以上に嬉しいのもまた事実だった。
『・・・もしかして俺、がっつきすぎたのか?女の子と遊びに行くなんて、今までなかったから勝手が分からないんだよなぁ。でも、ことりが嫌がるようなら・・・』
そんな時、微妙に悲しげな顔をした朝倉君の心の声が聞こえてきた。
「――っ!違うの!」
「へっ?」
「あっ、いやその・・・」
しまった。ついつい心の声に反応してしまった。
早く伝えなくちゃ。嫌がってなんか、いるはずないんだよって。貴方に誘われて、こんなにも幸せを感じるくらいに。
私は呼吸を整え直して、しっかりと彼の目を見つめて口を開く。この想いが、少しでも彼に届きますようにと。
「・・・朝倉君。私でよければ、デートの相手をしてもらえますか?」
その時の彼の、ほっとしたようなはにかんだ笑顔が、今でも忘れられない・・・。
「――とり・・・ことりっ」
「えっ、あ、はい」
「どうしたの?ボーっとして」
「え?その・・・あ、あはは」
昨日の記憶の回想から戻って来た私の目の前には、心配そうな表情で見つめるお姉ちゃんの姿があった。
しかし私の乾いた笑いという誤魔化し方で何かを悟ったのか、うって変わって悪戯っぽい表情でニヤニヤとこちらを見る。
「はっはぁ〜ん。どうせ、朝倉の事でも考えてたんでしょ?」
「・・・あぅ」
なまじその冷やかしが的を射ていただけあり、私は反論も出来ずに赤く染まった顔を隠すように俯くしかなかった。
「あらあら。こんなに可愛いことりちゃん、初めてかも」
「やっぱり、恋愛は人を変えるもんだねぇ。・・・ま、私も人のことは言えないか」
「そ、そうだよ!お姉ちゃんだって、佐伯さんの前ではあんなに――」
「ん?あんなに・・・なんだい?ことり」
ゆらりと。何か不可視のオーラのようなものを纏ったお姉ちゃんが、極上の笑みで私に問いかける。
その笑みの意味を嫌というほど知っている私としては、その質問に対してこう答えるしかなかった。
「あはは・・・な、なんでもないっすよ」
「うむ、よろしい」
お姉ちゃんが大仰に頷く。そして私たちはお互いに視線を合わせると、どちらからともなく噴き出した。
「ははっ・・・やっぱり私たちって、似た者姉妹なのかもな」
「ふふ、きっとそうっすよ」
お姉ちゃんは、佐伯さん――まだ学園の皆には内緒だけど、お姉ちゃんのフィアンセにあたる人と巡り合ってから、少し変わった。
そして私もまた、変わっていくだろう。彼と出会ったことで。恋人同士となれたことで。・・・それは勿論、良い方向に。
こんな幸せな気持ち、今まで知らなかったのだから。
『朝倉君・・・』
だから今日は、変わっていく私の――変わっていく日常の、最初の一歩目。
22話へ続く
後書き
お久しぶりの更新です〜^^ 21話をお送りしました。
少し短いかなぁとも思いましたが、まあ今回は導入ということで。
純一と恋人となってから、一夜明けた朝。ことりの幸せっぷりと、暦との姉妹的な掛け合いを書きました。
結構、暦先生って書きやすいなぁと思っています。やはり口調がかっこいいからか?(笑)
サブタイトルは、さんざん迷った挙句こうなりました。変わっていくのは日常でもあるし、ことり自身でもあるという意味で。
それでは、次は22話のデート編でお会いしましょう!