「――こうして、ママとパパは恋人同士になりました」
時は再び戻って、現代。
一区切り付いた昔話から思考を戻すように、私は少し冷めつつあるコーヒーを口に傾けた。
「へぇ〜。ママとパパって、やっぱりそのときからラブラブだったんだね〜」
「ラブラブって・・・」
そんな単語をどこで覚えてくるのだろう?と半ば苦笑しながら、私はふと窓の外へと視線を向ける。
見ると、既に外は茜色に染まっていた。でも、話としては一区切り付いたとはいえ、まだ精々半分程度だ。
このまま話を続けると、間違いなく夕飯の用意は間に合わなくなっちゃうけど・・・。
「ねー、ママ」
「ん?」
「それでオシマイなの?」
何かを期待するように見つめてくる愛娘を前にしては、やはり親としてこの物語を「最後」まで語りたいと思ってしまう。
――夕飯は外食で済ませてしまおう。疲れて帰ってくる純一君には悪いけど、今回は彼の優しさに甘えたいと思う。
「・・・ううん。まだもうちょっと続くの。ママとパパが、本当の意味で繋がり合うまではね」
「・・・・・・???」
「ふふ、まだヒナちゃんには難しかったかな?」
そのまま横に倒れてしまうのではないかというくらい首を傾けるヒナに、私は微笑ましさを感じてその髪を優しく撫でた。
そう、恋人同士になるということは、あくまでスタートラインに立っただけに過ぎなかった。しかし同時に、そこはゴール地点でもあった。
例えるならば、マラソンのコース。
初々しい恋人同士として過ごす安らかな時は、スタートから折り返し地点までの片道。
そして折り返し地点からゴールまで帰ってくる復路は、私の中にある「闇」を克服するための試練の道。
辿り着いたゴールは、全ての原点。想いが始まった場所であり、同時に想いを確認し、伝える場所。
そうしてコースを完走した私が授かったものこそ、目の前で不思議そうな顔をしている愛するべき存在なのだ。
「ママ?」
「ああ、ごめんね。それじゃあ次は・・・」
”ピンポーン”
と、続きを話し始めようとした私を遮るかのように、チャイムの音が響く。
「あれ?またお客さんかな?」
「かなー?」
先ほどと同じように私の真似をして首を傾げるヒナの頭を一度撫で、「ちょっと待っててね」と言い残してから応対に出る。
「はーーい」
サンダルを履き、ドアを開け放ってみるとそこには――。
「やっほ、ことり」
「久し振り〜〜」
先ほどまで話に上っていた、ピアニストとベーシストが、昔と変わらぬ笑顔で立っていた。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<20> 幕間 〜ともちゃんとみっくん〜
「どうぞ、上がって上がって」
「お邪魔しまーす」
「あっ、ともちゃんにみっくんだ〜♪」
「お邪魔します、ヒナちゃん。久しぶりだね」
そう、やってきたのは小学校来の幼馴染。ともちゃんとみっくんだった。
ヒナは二人の登場に目を輝かせ、とてとてと近寄って彼女たちの足もとに抱きつく。
「あらあら。ごめんね、二人とも」
二人は今、島内の会社でOLとして働いている。職場は別々だけど、私も含めて時間を見つけては会っているので、自然とヒナにも懐かれていた。
「ううん。でも、相変わらずヒナちゃんは可愛いよねぇ」
「ホント。私も子供が欲しくなっちゃうよ〜」
二人してヒナの髪を撫でながら、そんな事を呟く。
「あはは。でも二人とも、今は仕事が恋人なんじゃないの?」
「まあね」
「でも、この年齢になってくると独り身は辛いんだよ」
本日何度目かのコーヒーを淹れ直している私の言葉に、二人は苦笑しながら答えた。
私もからかいの意味で言ったんじゃないんだけど・・・。二人とも今の生活は充実しているようだし、仕事がデキる人だから。
「まあ、焦ってもしょうがないよ・・・はい、コーヒー。二人ともどうぞ座って?」
「うん、ありがとう。ことり」
「それじゃあ、ヒナちゃん。ママの隣に行ってくれる?」
「うん!」
みっくんの言葉を受けて素直に返事をしたヒナが、四人掛けテーブルの私の隣へとやって来る。
「はい、ヒナちゃんも」
「ありがとう!ママ」
そんな愛娘の前に、カフェ・オレのおかわりを置いて上げる。余り飲みすぎても夕食を残してしまうので、先ほどよりは量を少なめにして。
「でもことりはいいよね?早い内からあんなに素敵な旦那さんを見つけてさ」
「えぇっ!?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるみっくんの言葉に、先ほどまで丁度彼の話をしていた私は過剰に反応してしまった。
「朝倉君って言えば、やっぱりあの時のバンド活動だよね」
「そうそう。あの時からもう、二人はただならぬ関係だったし」
「ちょ、ちょっと二人とも・・・」
流石に娘の前でそういう話をされるのは恥ずかしい。先ほどまでさんざん話しておいてなんだが、他人に語られるのはまた少し違った見方が働くから。
「だってことりって、それまでまったく浮いた話が無かったから・・・やっぱり興味も湧いちゃって」
「その朝倉君が、まさかマネージャーとして一緒にバンド活動をやることになるなんて思ってもみなかったけどね」
「それは・・・そうだね」
大勢の生徒に音楽室に押し入られたあのとき、もし彼がその場にいなかったら。もしかしたら純一君とは、ただの友達のままだったかもしれない。
あの一件と、そしてその後のマネージャー活動で、私の彼に対する見方が徐々に変わっていったのは紛れもない事実だから。
――それ以前から、気になっていたのもまた事実なんだけどね。
「・・・でも、朝倉君の方はあの時からことりの事が気になってたんだと思うよ?」
「えぇっ!?」
突然のともちゃんの言葉に、私は狼狽して思わず驚きの声を上げてしまった。
「あっ、それは私も思ってた」
さらにみっくんまで同意してきて・・・でも、「能力」を使っていた私が気付かないなんて、そんな・・・。
「な、なんでそう思うの?」
「だって、普通あんな状況であそこにいた全員を敵に回すような行動を取るなんて・・・”誰かさん”を想ってなきゃできない行動だと思うな」
「うんうん。それに朝倉君、しゃがみ込んでたことりのこと凄く心配してたし。あのやり取りを見て、もう付き合ってるのかと思ったくらいだったよ」
「・・・で、でも」
「ことり」
恥ずかしくなって、尚も反論しようとした私の言葉を、ともちゃんが静かな口調で遮る。
「人の行動っていうのは、どんなに小さくても必ず「理由」があるはずだよ。たとえそれが、無自覚なものであったとしても・・・ね」
「・・・うん」
私は基本的に、相手の思っていることしか読むことができなかった。
それは言い換えると、相手がそれを心の中で思っていなくては読めないということ。つまり、無意識・無自覚な感情は読み取れない。
だからこそだろう。優しく諭すようなその声に素直に頷いて、同時に納得させられてしまったのは。
「それにぃ・・・ことりもあの時から朝倉君のことは、自覚は無くても好きだったんでしょ?」
「ちょっ――みっくん!?」
「ママ、お顔まっか〜〜」
「ヒナちゃんまで・・・もうっ!」
娘にまで指摘されてしまった顔を手で隠しながら、ふと思う。
いったいいつから、私は彼の事を好きになっていたのだろうかと。
ハッキリとは分からない。「無自覚」というのは、自分が分かっていないから生まれる言葉であって、それを私が考えても分かるはずはない。
けれど。みっくんの言葉に動揺してしまったのは・・・きっと、そういうことなのだろう。
「それじゃあ、またね」
「バイバイ、ことり。ヒナちゃんも」
「うん、またいつでも寄ってよ」
「また来てね!ともちゃんもみっくんもバイバイ〜〜!」
あの後また少しの時間おしゃべりをして、ともちゃんとみっくんは帰って行った。
二人分のカップを片付け終わって居間へと戻ってみると、彼女たちが来るまで私たちが座っていた場所に、準備万端という感じでヒナが待っていた。
「ママ、早く早く!」
「はいはい。それじゃあ、次は・・・」
私もヒナの隣へと腰を下ろし、また想い出に浸かるべく目を閉じる。
思い出すのは、恋人という関係になってからのこと。今までずっと続いている、幸せの始まり。
21話へ続く
後書き
何とか更新。本当は昨日更新するはずだったんですけどね^^;
予想以上に構成が難しくって・・・いや、私がまだともちゃんとみっくんのキャラを掴めていないというのもありますが。
さて、今回は幕間ということで、10話に引き続き現代へと帰ってきました。
今回のゲストは、ともちゃんとみっくんです。あっ、サブタイトルが7話と被ってますが、気にしたら負けです。
10年経った彼女たちは、もう立派なオフィスレディ。ちなみに、恋人募集中(笑)
テーマは、能力の範囲指定。つまり、ここまでなら相手の心を読めますよ〜ってことですね。
私なりの考察の結果、無自覚・無意識の考えは読めないということに。やはり「何かを考えている」ということがイコール「心の声」になると思うんですよ。それに比べると無意識というものは、考えているというよりは感情によって体が動いているって感じですし。
あと余談ですが、ヒナは基本的に人見知りはしません。たとえどんな人でも笑顔を振りまき、虜にしてしまいます。さすがことり二世(爆)
さて、突然ですが、ここでいったん「小鳥のさえずり」の更新はストップしたいと思います。
期間にして、一月といったところでしょうか。とりあえず333333HITのリク作品を上げてから、休業期間ということで。
理由としましては、とても私的なことになるのですが。6月の第一週に進路を決める・・・大学受験みたいなものがあるのですよ。
その勉強に集中したいので。もう一月以上前から始めているのですが、そろそろスパートを掛けないと〜。
あっ、もちろんHP自体は凍結しません。BBSやメールの返事もちゃんとするつもりですし。
ただ、作品は書かないってだけです。というわけで、また一月後の更新を楽しみにして頂ければ幸いですm(__)m