少し不安だったバンドの演奏会も見事大成功を収め、私は上機嫌で学園の廊下を歩いていた。
アンコールも同じ曲を演奏せざるを得なかったのだけど、それでも万雷の拍手を貰えたのは素直にうれしかった。
流石に二度目のアンコールは、時間の都合もあり泣く泣く舞台裏に帰らなければいけなかったわけだけど。
「さて、どうなってるかなぁ・・・」
夕方近くに行われるミスコンまでは、まだ時間がある。だからこの時間は、クラスの出し物を手伝う予定だ。
ちなみに私たちのクラスは、校庭で屋台を開いている。焼きそばとお好み焼きという、ある意味定番のメニューだけど、だからこそ順調に売り上げが伸びていってるのは想像に難くない。
屋台で得た純利益は基本的にクラスの全員で山分けとなるというのもあり、結構みんなやる気なのだ。特に男子たちは。
私が手伝ったら店の売り上げが上がるから、と店番の手伝いを申し込まれたが、私としても準備期間はほとんど参加できなかったので、何らかの形で手伝いが出来るのは素直に有難かった。
「ことり」
校庭に出るために階段を下りていると、上から馴染みの深い声が降って来た。朝倉君だ。
彼は額の汗を服の袖で拭うと、「ちょっと待ってて」と一言置いてから下りてくる。
私もそれに倣うようにして、2段ほど上がった先にある階段の踊り場で彼の横に立つ。
「やっと見つけた。ずっと探してたんだけどな・・・」
「えっ、そうなんですか?」
もうバンドの演奏からは既に30分以上が経っている。その間ずっと探させていたと思うと、少々バツが悪い。
「ああ、でも勝手にこっちが探してただけだからさ、気にしないでくれな?」
『ことりの性格上、こういうことってやっぱり気にしちゃうだろうし・・・あぁ、ずっと探してたなんて言わなきゃ良かったか』
やっぱり、彼は気遣い屋さんだと思う。その行動ひとつひとつに、私への優しさが感じられる。
「・・・ありがとう、朝倉君」
少し気恥ずかしくなった私は、でも大事なことを思い出して彼の顔をじっと見上げた。
「えっ?」
「朝倉君のおかげで、ステージは大成功でした。今までマネージャーとして私たちを支えてくれて、本当にありがとうございました」
心からのお礼と共に、深く頭を下げる。そう、もし彼がいなければ、あそこまで全力を出し切ることも、ましてやアンコールを受けることも無かっただろう。
「こ、ことり!?そんな、お礼なんて・・・逆にこっちが言いたいくらいだ」
「えっ?」
私が驚きと共に問い返すと、彼は照れ臭そうに頬を掻きながら口を開いた。
「俺は、さ。今までずっと帰宅部だったから、誰かと一緒に目標に向かって頑張るってことが、あんまり無かったんだ」
「でも、ことり達のおかげで付属最後のイベントに参加できたし、成功する喜びも知ることができた」
「正直言って、曲が終わったとき泣きそうになったんだよ。なんていうか、凄く感動してな。だから、ありがとう」
そう言って、彼も頭を下げる。そして今度は私が慌てふためく番だった。
「そ、そんな!私たちだって、ずっと朝倉君に支えてもらってたから、ここまで来れたんです!」
「でも、そのきっかけをくれたのはことり達だろ?」
「それでも、私たちのために頑張ってくれたのは他でもない朝倉君です」
「違うって。ことり達の努力があってこその結果だよ。俺は特別何をしたわけでもないし」
ちょっとした口喧嘩のように互いに言葉を返し合う。が、その口論の無意味さを理解した私たちは、互いに顔を見合せて噴き出した。
「ははっ。まあ色々あったけどさ。これが言いたかったんだ・・・おめでとう、ことり」
彼がそう言って、右の掌を見せるように軽く手を挙げる。
「・・・うん。朝倉君もおめでとう」
その「おめでとう」は、演奏の成功を祝して。
私たちは、4人でグループだから。だから、彼に返す言葉は、「ありがとう」ではなく「おめでとう」。
そして。
”パンッ”
私は彼が上げたその右手と、心からの笑顔でハイタッチを交わすのであった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<19> ことりの告白
本日二度目となる舞台裏の控え室は、先ほどとはまた違う緊張に包まれていた。
皆が思い思いの衣装を身に纏い、自分の番を待つ。館内の歓声が控室まで届くたび、部屋の空気も一層張りつめていくかのようだった。
「・・・ふう」
一つ大きく息をついてから、臨時に設けられた鏡台の前に座る。目の前の鏡には、ワインレッドのドレスを着飾った、普段とは違う私がいた。
普段は後ろに下ろしている髪をアップで束ね、両サイドには白薔薇の髪飾り。頭には普段の帽子の代わりに、透明のヴェールを被っている。
「何かお悩みですか?白河さん」
「え?」
”チリン”という軽い鈴の音と共に声を掛けてきたのは、シルクのドレスを身に纏った音夢さんだった。
胸元には大きな黄色いリボンがアクセントとして結んであり、その衣装は清楚なイメージの音夢さんにとても似合っている。
ここにいるということは、彼女もミスコン出場者らしい。他の出場者と比べても、彼女の容姿は群を抜いているように見えた。
「いえ、ちょっと・・・気負いすぎちゃいまして」
あははと苦笑しながら答える。とはいっても、気負っている対象はミスコンそのものではないのだけれど。
「くすっ。白河さんでも、緊張したりするんですね。先ほどの演奏の時は、ほとんど緊張していないように見えましたけど」
「聞いてくれてたんですか?」
私が軽い驚きと共にそう聞き返すと、彼女は印象そのままの素敵な笑顔で口を開いた。
「ええ。とても素敵な歌でした。正直、聴き惚れちゃいましたよ」
『でも、本当に綺麗な歌声だったなぁ・・・。それで疲れちゃってるのかと思ったけど、違うのかな?』
「そ、そんな・・・」
彼女の真っ直ぐな賛辞と、思いやりある心の声に、私は照れて顔を俯かせてしまう。
流石は朝倉君の妹。裏表のない性格は、周りからは似ていないと言われている(らしい)二人の共通点のように思えた。
「それに・・・私には分かっちゃいましたし」
「え?何がです?」
彼女の意味深な言葉に、私は顔を上げ音夢さんの顔を見つめる。と同時に、無意識の内にまたも能力を発動させていた。
「・・・いいえ、何でもありませんよ」
『白河さんは、きっと兄さんのことが好きなんだって。あの歌に込められていた想いに、気づいちゃったから・・・』
「――っ!!」
漏れそうになる驚きの声は、何とか口を噤むことにより発されなかった。
「あ、あの。音夢さ―――」
「エントリーナンバー19番の方ー!ステージの方にお願いしまーす!」
「あっ、私の番ですね」
彼女を呼ぼうとした私の声は、控室に次の出場者――音夢さんを呼びにやって来た役員の声によって遮られてしまう。
「白河さん」
彼女は一度扉の方へと向かっていったが、何かを思い出したかのようにこちらに戻ってくると、全てを包み込むような慈愛の笑みと共に私の手を握って。
「頑張ってくださいね。私は、応援してますから」
『白河さんなら、兄さんを任せられる。私は妹として、祝福できる・・・きっと』
「音夢さん・・・」
「それでは、行ってきますね」
最後に一礼をして、音夢さんは静かに舞台へと上がっていく。
私は彼女の言葉の意味を考えながら、そんな彼女の後ろ姿を呆然と見つめることしか出来なかった。
「それでは、エントリーナンバー20番。手芸部推薦の大本命!付属3年3組――白河ことりさんですっ!」
司会の紹介と、耳を劈くような大歓声に迎えられて、私はスポットライトに照らされる舞台へと上がった。
顔を上げると、体育館を埋め尽くすような満員の観衆が視界に入る。しかし私が本当にこの姿を見せたいのは・・・ただ一人だけ。
「えー、早速ですが白河さん、自信のほどはどうでしょう?」
司会進行役の男の子――おそらく手芸部の部長なのだろう――が、マイク越しに私に問いかけてくる。
それに同調するかのように、シン・・・と静まり返る館内。そして私が待っていたのは、紛れもなくこの瞬間だった。
「・・・ふふ、自信なんてありませんよ。最初から」
そう、あの時。彼の心の声を聞くまでは、自信なんてものはまるで無かった。今でも、あれが夢だったのではないかと時々思うくらいに。
「おや、意外な反応ですが・・・それでもこのミスコンに出場した理由とは何でしょう?」
「それは・・・」
静かな館内に、マイクで拡張された私の声が響く。
私は不安を唾液と共に飲み込んで、堂々と言い放った。
「――ある人に、私の想いを伝えるためです」
一瞬の静寂。しかし次の瞬間には、館内は怒号やら叫び声やらで埋め尽くされていた。
「・・・皆さん!落ち着いてください!静かにーっ!」
少し呆けてた様子の司会の男子生徒が、我を取り戻したかのように大声で生徒たちに呼びかける。
それが耳に届いたのか、次第に話し声は無くなっていき皆が聞きの態勢に入った頃、改めて仕切り直しされた。
「えー、それは、好きな人に告白すると受け取っても構いませんか?」
「はい。なので、お時間頂けますか?」
手芸部部長の確認に、即答で返す。もう迷いは捨てた。
「・・・まあ白河さんの番は最後ですし、お客さんもそれを望んでいるようですからいいでしょう」
場の空気を察したのか、司会が苦笑交じりで了承する。彼の言うとおり、見えている限りでも生徒たちは興味津々な表情を覗かせていた。
「ありがとございます。それでは・・・」
改めて、館内を見渡す。
彼に限って、来ていないということは無いと思う。何度もこちらから確認したし、彼自身「必ず行くよ」と約束してくれた。
と、その時。客席の一部が何やら慌ただしく動いているのが見えた。よく見ると、人波を掻きわけてこちらに来ようとしている人物が一人・・・。
『朝倉君・・・』
やっぱり彼も、私と同じ気持ちでいてくれたようだ。
――そう、貴方だよ。私が想いを伝えたいのは、世界でただ一人・・・貴方だけなの。
彼の姿を目にした私は、視線を客席全土へと移し、訥々と語りだした。
「――私は、初めて恋というものを経験しました」
この想いを伝えたいのは、彼だけ。でも、ここにいる全員に聞いてもらいたい。
「彼と居ると、心が温かくなって、胸は苦しくなって。でも一番幸せを感じられるときで」
それが、私の覚悟。私の貴方への想いは、生徒全員が証人だよって、胸を張ってあなたに云えるように。
「彼の優しさに、私はずっと救われていました。この想いに気づいてからは、ずっと彼のことを考えていました」
そして、私自身が、貴方への想いに胸を張れるように。
「だから私は、もう抑えきれなくなった想いをここで言います。とても我儘かもしれないけど、皆さんにも聞いてほしかったから」
「・・・!おっ、おい!関係者以外は立ち入り禁止だ!」
「俺は関係者だよ!」
丁度その時だった。朝倉君が、役員の制止を振り切って舞台上に上がって来たのは。
「・・・ことり」
「朝倉君」
彼は何とも言えない表情で歩み寄ってくると、私の目前でピタリとその足を止める。
その間は一歩もなく。手を伸ばせば、容易に触れられる距離。
私は彼を見つめたまま、そして彼も私を見つめたまま。時が止まったかのように静まりかえる館内で、私たちは数秒間見つめ合う。
「・・・ごめんね。これくらいしなくちゃ、私の想いは伝わらないと思ったから」
「・・・」
『・・・ああ、充分に伝わったさ』
舞台は整った。後は、この気持ちを真っ直ぐに彼へと届けるだけ。
私は小さく息を吐き出し、精一杯の勇気と共に口を開いた。
「私は、朝倉君のことが好きです。大好きです」
何の飾り気もない率直な言葉。でもだからこそ、一番彼に伝えたい言葉をぶつけた。
「・・・じゃあ、今度は俺の番だな」
『ことりがここまで勇気を出してくれたんだ。俺だって・・・』
「はい・・・」
「俺は言葉よりも、もっと雄弁な方法を取る」
彼は真剣な顔で私の肩に両手を乗せると、すっとその顔を近づけてきて・・・そして・・・。
「・・・んっ・・・・・・」
ゆっくりと、私の唇に彼の唇が重なった。
”言葉よりも、もっと雄弁な方法”
確かにその通りだった。彼の唇からは、言葉では決して伝わらないほどの熱い想いが次々と伝わってくる。
言葉でもない、心の声でもない。ただ触れ合うだけで、感じることのできる愛しい想い。
――私はこの瞬間。最高の幸せを手にしたのであった。
20話へ続く
後書き
・・・はい、甘い甘い19話でした(笑)
誰か塩分をください。今なら、海水でも一気飲み出来る気がする(爆)
ってのはまーさておき。どうでしたでしょう?ことりの告白。
何とか1話で収まりました^^; これで第2章は終わりで、次が幕間。そして第3章が始まります。
3章は、基本的にことりと純一のラブ話に従事するつもりです。本編でもそういうシーンって結構無かったですし。
んで、4章がシリアス。ってな大まかなプロットを立ててみたのですが、はてさてどうなることやら(汗)
次回の幕間は、10話みたいな形になるかと。「ともちゃん・みっくん」か、「音夢」の予定です。
それでは、また次回にお会いしましょ〜^^