「ただいま〜!」

洗濯物を畳んでいる最中、玄関先から聞こえてきた元気な声に、私は頬を緩ませた。

続いて扉が閉まる音。靴がなかなか脱げないのか唸っている声。そして玄関からこの部屋まで慌ただしく駆けて来る足音。

リビングの引き戸がガラッと開けられる。ランドセルを背負った愛娘は、私にニッコリと最上の笑顔を見せてくれた。

「ただいま、ママ」

「はい、おかえりなさい。ヒナちゃん」

私の顔に浮かんでいるのも、もちろん笑顔。

「おやつあるわよ?」と告げると、ヒナは一層笑顔を増して、「おてて洗ってくる〜!」と言ってトコトコと洗面所へと向かった。

「ふふふ♪」

その微笑ましい様子に、思わず笑みが零れてしまう。

私こと”朝倉ことり”が、”朝倉ヒナ”という宝物を授かってから既に6年が経った。

もう6年だろうか。それとも、まだ6年だろうか。

ヒナと、そして彼と過ごすこの月日は、長く大切な時間であり、短く名残惜しい時間でもあった。

ついこの間まではオムツを替えていた愛娘も、いつの間にかランドセルを背負う年頃になっていて。

しかし私たち夫婦は、周りからは「万年新婚夫婦」と呆れられるほど変わらなかったので、あまり月日の実感が湧かないのも事実だった。





「ごちそうさまでした!」

「はい。美味しかった?」

「うん!ママのクッキーは、いつもおいしいから好き!」

午前の空いている時間に作っておいたチョコチップクッキーは、ヒナの満面の笑みと共にその役割を終えてくれた。

いつもこうして喜んでくれるから、ついつい定期的に作っちゃうんだよね。

もちろん、彼の分はこっそりと取り置きしてるんだけど。

「そうだ、ママ。せんせーからしゅくだい出されたの」

「へぇ、どんな?国語?算数?」

まだ小学1年生なので本当にたまにしか出ないんだけど、別に特別珍しいってわけじゃない。

現に、今までだって足し算ドリルやひらがなの練習なんかが出されてたし。

「うんとね。パパとママのなれそめ?を聞いてきてくださいだって〜」

「な、馴れ初め?」

なるほど、そう来るとは思わなかった。

でも納得は出来るかも。私たち親の馴れ初めは、子供達にとってはまさに自分たちが生まれてくるに至ったきっかけのようなものだしね。

「ねえ、ママ〜。なれそめってなあに?」

「馴れ初めっていうのはね、・・・パパとママが出会ったときの話かな?」

微妙に違う気もするけど、ニュアンス的には合ってると思う。

それにヒナにも伝わるような単語を選んでなので、言葉の意味を教えるというのは結構難しいのだ。

「聞きたい!聞きたい!」

実はあまり意味を理解してないんだろうなぁとか思いつつ、瞳を輝かせてねだってくる愛娘に対して断る理由も無く。

「そうね。・・・あれはだいたい、10年ちょっと前の話かな」

記憶の奥に眠る学園時代を懐かしむように目を閉じ、私はヒナの頭を撫でつつ、訥々と昔語りを始めた。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<1>  プロローグ 〜二人の馴れ初め〜





話は、彼との最初の接点――12年前に遡る。

それは私が風見学園の3年生になって、まだ間もない頃だった。



「ん〜〜〜ぅっ・・・」

5月の麗らかな陽気の中、私は休日の桜公園をのんびりと散歩していた。

時折通り過ぎてゆく風は冷たくなく、そして温くもなく。私に晩春の気持ちの良い空気を運んでくれる。

午後からは工藤君・・・もとい叶ちゃんと遊ぶ約束をしているので、暇な午前中をどう過ごそうかと考えた末こうして家を出てきたけど、我ながらナイスな選択だったと思う。

「贅沢だなぁ・・・」

ベンチに座り、どこまでも続きそうな桜並木を眺めていると、ふとそんな言葉が口を突いていた。

通常、5月にはとっくに花弁が散ってしまっている筈の桜という花。開花の遅い八重桜でさえ、4月と5月の変わり目くらいにその花弁を散らす。

しかし見渡す限り目に映るのは、何十本という「満開」の桜並木。これは桜公園に限った話ではなく、島内の桜は全て咲き誇っている。

それはこれから迎える夏でも、秋でも、冬でも。そして勿論、季節が一巡りした春でも。

「枯れない桜」が咲き誇る不思議な島、初音島。そんな場所に居られる私は、とても贅沢だなぁなんて、今更なことを思っていた。

「ん〜・・・あの場所に行ってみよっかな」

数十分ほどのんびりとベンチに腰掛けていた私は、最近行くことの少なくなった秘密の場所に向かうことにした。

秘密の・・・とは言っても、何のことはない。ただ少し桜並木から外れた奥まったところにあるので、滅多に人が来ないというだけだ。

その場所の唯一とも言える特徴が、威風堂々と佇む、この島で一番と思われる巨大な桜樹。

私の何倍もありそうなその太い幹に背を預け、歌の練習をするのはとても気持ちが良かった。

『うん、今日もちょこっとだけ歌って帰ろうかなぁ・・・ってアレ?』

妙にウキウキとした気分でその場所を覗いてみると、どうやら先客がいたみたいで思わず私はその足を止めた。

私と同い年くらいの男の子。容姿に目立ったところはなく、少しだけ長い前髪が特徴といえる。

『何してるんだろ・・・?』

近づいてみると、男の子は私に気付いた様子もなくスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。上半身は桜の幹に預け、腰から下は地面に投げ出している。

『あれ?どこかで見たような・・・』

ふと既視感があったため、起きそうにない彼にもう少しだけ近づいてその寝顔を観察する。

よく見ると、なかなか整った顔立ちだった。可愛い寝顔だし・・・ってそうじゃなくて。

「・・・あ、思い出した」

と、合点がいった声が思わず口から漏れ出てしまって、目の前の彼は軽く身動ぎをした。

慌てて自分の口を両手で塞ぎ、そのまま起きてしまいそうな彼から逃げるようにして距離を取る。

今日はもうこのまま帰ろうかと立ち去ろうとした間際、最後にもう一度だけ桜の巨木と・・・その下で眠る彼へと振り返った。

「朝倉純一君、かぁ・・・」

そう、思い出した。確か、叶ちゃんの男友達だ。

とはいっても、叶ちゃんは女の子なのに男の子として学園生活を送るよう厳命されている身だから、女の子の友達の方が少ないのだろうけど。

その中でも、彼は親友というポジションだったと思う。色々有名な杉並君と3人で行動することが多いようだ。

叶ちゃんが話す友達の話には、よく彼が登場していた。そしてそれは決して悪い話ではなく、大半は呆れを含んだ笑い話なんだけど。

でも楽しそうに話すので、以前一度からかってみたら顔を赤くして必死に否定してたっけ。

「今度は、ゆっくりと話せたらいいな」

あの叶ちゃんが気になっている相手。ちょっとした好奇心もあってか、私の口からは思わずそんなセリフが呟かれていた。



これが私の、彼――朝倉純一との初めての邂逅だった。

そして、この時の私はまだ知らない。

その深い考えもなく呟かれた言葉が、思わぬ形で実現することに・・・。



2話へ続く


後書き

新シリーズ、遂に始動ですっ!!^^

アンケートの件もあり、ヒロインはD.C.の白河ことり嬢です。

とりあえず第1話はプロローグ的な話を。ヒナの出番はエピローグまでおそらくありません(爆)

そして、出会った頃の話もちょっと変えてみました。とはいっても、ことりの一方的な出会いなのですが。

これを機にことりは純一に興味を持って、そして体育館倉庫での出会いに繋がると・・・。

話の進め方は従来の長編どおり。基本はゲーム本編に沿って、ところどころアレンジを加えることになると思います。

一応30話を目標にしていますが・・・前回の長編から鑑みるに、越えちゃうだろうなぁ^^;

それでは、完結まで精一杯頑張っていきますので、皆様応援のほど宜しくお願いします!



2007.9.16  雅輝