私たち3年生の卒業式も何事もなく終わって、学園の校舎は祭り一色に染まっていた。

卒業パーティー。卒業式の後に3年生を送る会として催される行事なのだけど、実際文化祭やクリスマスパーティーと変わらない。

まあクリパと違って卒パは各クラスの出し物ではなく、基本的に模擬店や舞台発表などが中心となってくるのだけれど。

そして、私たちバンドグループはというと。

「・・・はい、オッケーです!お疲れ様でしたー!」

実際に演奏するまでの最後の音合わせ――最終リハーサルを終え、舞台裏で待機していた。

音楽系の舞台は午前中に行われ、4組の出場チームの中で私たちは3番目。

今日は午前中にクラスの出し物の手伝いがあると言っていた朝倉君は、何とか時間を作りだして来ると言ってくれたのだけど。

無理をして欲しくないと思う反面、純粋に演奏を聴きに来て欲しいと願う自分がいる。

何といっても彼はこのバンドのマネージャーなのだし、それに・・・私にとってこの歌は、一番に彼に捧げたい気持ちなのだから。

「それでは、1組目の方々、準備をお願いしまーす!」

生徒会役員らしき人が、舞台裏の控え室に声を掛けてくる。同時に1組目のグループが、緊張の表情を湛えながらも席を立った。

その緊張が部屋の中を縦断したのか、心なしか私も緊張してきて。横を見ると、ともちゃんとみっくんも不安そうな顔を隠し切れていない。

こんな時こそ、彼の出番だった。彼はいつもその持前の明るさで、私たちを盛り上げてくれていたから。

でも、彼は今この場にいない。そんな不安と緊張に呑み込まれないよう、私は気丈に笑顔を作り、二人に呼びかけた。

「ともちゃん」

「・・・え?」

「みっくん」

「なに?」

「・・・大丈夫。私たち”4人なら”、きっと上手くいくから」

たとえ今この場にいるのが3人でも、彼はいつも私たちを支えてくれたから・・・だから、彼は4人目。

「・・・うん、そうだね」

「私たちの練習に付き合ってくれた朝倉君のためにも、だね」

そして二人が、朝倉君のことをマネージャーとして信頼しているのは知っていたから。こうして名前を出すだけで、緊張を解すことができる。

「3組目の方々、そろそろですので、準備をお願いします」

「「「っ・・・はい!」」」

さあ、行こうか。私たちの練習の成果を出しきるために。

『朝倉君・・・』

――まずはこの想いを、唄に乗せてあなたに届けます。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<18>  愛の唄





”ガヤガヤ・・・”

舞台に立った私たちの目前の観客席は、演奏を今か今かと待ちわびている様子の、満員の学生たちでひしめき合っていた。

ともちゃんのベースの音合わせも終わり、後は生徒会の開始の合図を待つだけ。

五百人の千の瞳が、私に注目している。

それも当然かもしれない。左右にメロディーラインを司る二人がいて、私は中央で声を張るヴォーカリスト。

先ほどいた控室とは、また違う緊張感が私の胸を巣食う。ドクンドクンと心臓の律動が耳まで響き、頭が真っ白に染まっていく。

大舞台というものはほとんど経験したことがなかった。最後に舞台に立ったのは、2年前の聖歌隊の公演まで遡る。

ふと気になって、両サイドを見てみる。ともちゃんもみっくんも、予想以上の客入りに緊張しているのが伝わって来た。

こうなるともう悪循環だ。二人を見た私は、さらに輪を掛けて緊張の波に攫われる。きっと今すぐ曲が始まったら、声を出せないほどに。

『朝倉君・・・っ』

私は瞳を閉じて、心の中で彼の名を呼んだ。彼はいつも私の支えになってくれたから、せめて緊張が解れますようにと。

「――ことりっ!!」

・・・夢にしては、鮮麗な声だと思った。

それもそのはず。目を開けてぼんやりと前を見てみると、朝倉君が体を乗り出さん勢いで最前列で声を張り上げていた。

来てくれたという歓喜の気持ちと共に、たった数mの距離がやけに遠く感じる。

私と目が合うと、彼は何も言わずに黙って拳を突き出した。親指を上に立て、そしていつもの・・・私の大好きな笑みを浮かべて。

横を見ると、ともちゃんとみっくんも彼を見つけたようで、一瞬唖然としていたものの苦笑して私へと視線を向けてきた。

苦笑といっても、もちろん悪い意味ではない。きっと、その想いは私と同じだ。心の中を読まなくたって、確信できる。

私たちは、顔を見合わせた。するとまるで心がシンクロしたかのように、私たちの拳は彼へと突きだされていた。

当然、親指を立てて。緊張など、完全に消し飛んでいた。

その時、舞台裏の生徒会役員から開始の合図が聞こえる。これ以上ないタイミング。これで私たちは、今の想いを狂いなく唄へ注ぐことができる。

私がコクリと頷いて見せると、みっくんが鍵盤に指を滑らせ、第一音を弾いた。

さあ、奏でよう。付属での4人の友情を飾る、最高の演奏を。

――「Canto di amore」。

さあ、紡ごう。あなたに捧げる、「愛の唄」を。







「La persona quale ama. La persona quale ama.」

――愛する人よ、愛する人よ。


『ようやく気付いた、自分の気持ち』


「E che cosa vedete chi? E che cosa rendete a genere che?」

――あなたが見つめているのは誰? あなたが優しくするのは誰?


『音夢さんに嫉妬した心。妹であると知ったとき、どれほどホッとしただろうか』


「Se quello me, che il limite esso probabilmente sara delizioso.」

――それが私なら、どれほど嬉しいだろう。


『音夢さんに注がれる優しさを、羨ましく感じていた自分』


「Fate come pensarlo?」

――あなたは、私のことをどう思っているのだろうか?


『私は、あなたの心を暴いてしまった。でも、こう問いかけずにはいられない』


「I questo molto anche se dite che siete amati.」

――私はこれほど、あなたを愛しているというのに。


『もうその想いは、いつから存在していた気持ちなのかも分からぬほどに』


「Quanto a me era possibile con il vostro kindliness da cambiare.」

――あなたの優しさで、私は変わることができた。


『私の世界が色づいたのは、あなたと出会えたから』


「Di conseguenza, questo volta vorrei sostenerlo.」

――だから、今度は私があなたを支えたい。


『私の出来ることなんて、たかが知れているとは思うけれど。それでも』


「Per sempre, quello che vorremmo rimanere nel vostro lato, chiedete.」

――いつまでも、あなたの傍にいたいと願う。


『私はあなたと、ずっと一緒にいたい』


「Amate tale me?」

――こんな私を、あなたは愛してくれますか?


『あなたの優しさを、ずっと感じていたい』


「La persona quale ama. La persona quale ama....」

――愛する人よ、愛する人よ・・・。


『きっとそれは、とても幸せなことだと思うから―――』









「〜♪・・・」

ともちゃんによるベース音が途切れ、演奏の最後を飾る。

歌っている最中のことはほとんど覚えていない。それほど集中していた。

私のお気に入りでもある、古いイタリアの曲。淡く激しい、少女の初恋を描いた情熱の「Canto di amore」。

自分の気持ちを、全て注ぎ込んで歌ったつもりだ。

”パチパチパチ”

演奏が終わっても静まり返っていた体育館に、一つの拍手が木霊する。

閉じている目を開くまでもなく分かってしまう。この拍手の仕方は、絶対に「彼」であると。

続いて、我に帰ったかのように万雷の拍手が舞い込んできた。拍手と歓声で、館内が揺れる。

『すごい・・・ちょっと俺、感動しちゃったかも』

『なんだよ、あの練習の時は手を抜いてたのか?』

『私、ファンになっちゃったかも・・・』

『噂どおり・・・いえ、噂以上だったわね』

そして流れ込んでくる、たくさんの生徒の賞賛の心の声。

自然と笑顔になった私は、ともちゃんとみっくんに顔を向けて、最後に三人で深々と頭を下げた。

それで一層、拍手の音も大きくなった。

さて、次の吹奏楽部の演奏もあることだし、長居は無用だ。私たちは一度、舞台裏へと下がる。

「お疲れ様、ことり」

「あっ、眞子さん!」

舞台裏では、吹奏楽部の面々が用意をしていて、眞子さんもその一人。彼女のフルートは、天下一品だと聞いたことがある。

「すごく良かったよ。私もちょっと、感動しちゃった」

「あ、ありがとうございます・・・」

やはり知り合いに面と向かって褒められるのは恥ずかしい。私が少し頬を赤らめて俯いていると、なにやら舞台の方が騒がしいことに気づいた。

いや、騒がしいという感じではない。これは・・・。

「うそ・・・」

「もしかして、アンコール?」

ともちゃんとみっくんの驚いたような声が耳に届く。

一定の手拍子。観客の皆が足並み(この場合は手並みかな?)を揃えて、一定の音を送り続ける。

これが意味するところは、間違いなく「アンコール」であり、それが先ほど演奏を終えた私たちに向けられていたのだ。

「あちゃ、やっぱりね〜。ほら、行ってきなよ。ことり」

「えっ、でも・・・」

「いいって。私たちももう一回聞きたいくらいだし・・・いいよね。お姉ちゃん」

「はい〜、がんばってくださいねぇ」

本校の制服を着た、穏やかに笑う女性――眞子さんのお姉さんも、私たちを笑顔で送り出してくれる。

他の吹奏楽部の人も概ねそんな感じで・・・私たちは申し訳なく思いながらも、観客の期待を裏切るようなマネはやっぱりしたくなかったわけで。

”ワァァァァァァァッ!!!”

スポットライトが輝くステージへと、再び舞い戻ったのであった。



19話へ続く


後書き

何とか間に合いましたね。18話です〜。

今回はバンドの発表がメインの回となりました。っていうか、それのみ?

原作本編では彼女達が演奏した曲について、「古いイタリアの曲」としかなかったので・・・私が作ってみました(爆)

いや、本当は実際にある曲でも使おうかと思ったんですけどね?でも著作権とかどうなんだろうとか思っちゃいまして。

やっぱり、一から作るのは結構骨が折れました。でもまあ納得いく感じには仕上がってくれてよかったです^^


次回はミスコン!おそらく、第2章の最終話となるはずです。

今回短かった分、ちょっと頑張ろうかなと。

それでは〜^^



2008.5.4  雅輝