「「「「・・・」」」」

みっくんの奏でるピアノが緩やかにフェードアウトしていき、4人しかいない音楽室は無音と化した。

・・・余韻が残っているという状態は、まさに今を指すべき言葉だろう。

まだ歌の中に残っていたい。メロディラインに抱かれていたい。そんな感覚。

それはたぶん、今この場にいる全員が感じていることなのだと、なぜか確信すら持てた。

”パチパチパチ・・・”

やがて単調な拍手の音によって、その静寂は破られる。

その拍手の主は、歌の余韻を噛み締めるように閉じていた瞳をゆっくりと開き、私たちに晴れやかな笑みを見せてくれた。

それは、すなわち―――。

「・・・もう、これ以上何も言えないな。―――最高だ!三人とも!!」

朝倉君の言葉を聞いた私たちは感極まって、三人ともステージの中央に駆け寄って互いに抱き合う。

――文化祭2日前。私たちの最後の練習は、本人たちも納得の、最高の仕上がり具合で幕を閉じた。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<17>  桜色の夢





桜が舞っていた。

幾枚、幾十枚、幾百枚、幾千枚もの花弁が、視界を桜色に塗り潰していた。

故に、これは夢。幻想的な風景がもたらす、桜色の夢。

やがて、花弁によって閉ざされていた視界が開ける。ここに立っている私は、紛れもない幼き日の自分。

『そっか・・・これって・・・』

「あの頃」の夢なんだと。直感的に察知した。

見上げれば、島の中央に位置する桜の大樹が、堂々とその枝をしならし。

そこからもたらされる桃色の花弁は、先ほどのように視界を封じるほどではないにせよ、絶えず舞い落ち続ける。

――ワカラナイ――

どこからともなく、声が聞こえてきた。

ふと視線を上から前方へと転じると、そこに立っていたのは私の「家族」だった。

――ワカラナイ――

お義父さんが、お義母さんが、そしてお義姉ちゃんが口々に呟く。

ワカラナイ。ワカラナイ。分からない。

――この娘はいったい、何を考えているのだろう?――

やがてその姿は、消えていくように無音で後ろへと遠ざかる。

私は衝動に駆られ、その姿目指して走りだす他無かった。

――マッテ!――

いくら叫んでみても、その人たちとの距離は縮まらない。むしろ、どんどん引き離されていく。

――キイテ!――

喉の奥から絞り出すように、何度もその言葉を大声で繰り返す。

キイテ。キイテ。聞いて。

――わたしの話を聞いて。どうして誰も聞いてくれないの?――

叫んで。走って。でも追いつくことはできなくて。

そんな時だった。目の前に人影が突然現れたのは。

当然、私も立ち止まる。早くお義父さんたちを追いかけなくてはいけないのに、体が動かない。

やがてその、気品に溢れた老婦がゆっくりと口を開く。

――どうしたの?――

妙な既視感を覚える人だった。異国からやってきたと思われる見事な金髪碧眼と、その柔和な微笑みは、記憶の片隅に引っ掛かっている。

しかし誰なのかはハッキリと思い出せぬまま、私の口は勝手に言葉を紡ぐ。

――あ、あのね・・・――

――なあに?――

どもる私を急かすわけでもなく、やんわりと先を促す姿はまるで一枚の絵画のようだった。

自然と私の緊張も解れて、ようやく言葉が口から出てくる。

――わ、わたしには、何もわからないの・・・。パパも、ママも、おねえちゃんも、初めて会った人たちだから――

――わからないから、知りたいの。でも、誰も話してくれない。誰もわたしの話を聞いてくれないの――

そっか。今の私は、あの頃の――”新しい家族”と初めて会った頃の私なのか。





あの頃の私は色々なショックもあって、極度の人見知り状態に陥っていた。

会う人会う人がただ怖くて。でも、嫌われるのはもっと怖くて。

だから私は、笑顔という名の仮面を被っていた。それが、子供だった私なりの処世術だったから。

そうすれば、いずれ人と仲良くなることだって出来ると思い込んでいたから。

でもそれはただの勘違い。滑稽な仮面はすぐに見破られ、しかし隠そうとした本心はなかなか相手に伝わらない。

どうすればいいのか、途方に暮れていた――そんな時だった。西洋の魔女を具現化したような、優しい老婦に出会ったのは。





――分からないなら、訊ねてみればいいじゃない――

それを何でもないことのように、相変わらず柔和な微笑を崩さない老婦は言い切った。

――あなたの気持ちを教えてって。あなたは何を考えているのって――

「分からなければ、聞けばいい」。それはある意味において真理だ。

でもだからといって、それを知ったから面と向かって聞けるのかと問われれば、答えはノーだ。

私はその言葉を激しく否定するように、何度も何度も首を横に振った。

――わからないの・・・わたし、本当に・・・――

――・・・そう。でもね、ことりちゃん――

目の前のその柔らかな笑みは表情を変え、まさに魔女と呼ぶに相応しい凛とした顔つきとなり、そして―――。

――分かろうとしなければ、人の気持ちなんて分かりっこないのよ?――





それは一つのきっかけ。

あの言葉が無ければ、私はいつまで勘違いをしたままだったのだろうか。

私は、人の気持ちを知りたがっていたくせに、分かろうとする努力をしなかった。

聞いてと何度も叫んでいたくせに、聞いてもらえる努力をしなかった。

仲良くなりたいと思っていたくせに、自分を知ってもらう努力をしなかった。

それらは酷く矛盾しているのに、子供の頃の私にとっては全て筋が通っていて。

だから私は、老婦のその言葉を聞いて願ってしまった。

ソレさえ出来れば、誰とでも仲良くなれるのだと、ある種の確信を持って。

でも今思うと、ソレもまた間違いでしかなかった。結局は、他力本願でしかなかった。

でも、ソレはどういうわけか現実として私の体に変化をもたらす。

まるで、私の願いを聞いて、叶えてくれる魔法使いがどこかにいたように。



――みんなの気持ちが、分かるようになりますように――



私はいったい「何」に対して、その願いを祈ったのだろうか・・・。







「・・・ふふ、まさか今日に限って、あの頃の夢を見るなんて」

ベッドの上で体を起こし、ようやく起き抜けの混濁した意識から回復した私は、先ほどまで見ていた夢を思い出して軽く苦笑した。

卒業式の朝。つまり今日は、彼に気持ちを告げると自身に誓った、決戦の日だ。

「ここ数年・・・あの頃の夢を見ることは無かったのにね」

それを今日という日に見てしまったのは、単なる偶然でしかないのか。それとも・・・。

「・・・なーんてね」

自分の考えを軽くおどけることで打ち消し、私はベッドサイドから立ち上がって、ハンガーに吊るしてあった制服に手を伸ばす。

今日は付属最後の日。つまりこの付属の制服を着るのも今日で最後なのだと思うと、少し感慨深い。

そしてその横に吊るしてあるのは、一月先からお世話になる、本校の制服。

まだ一度も着ていないんだけど・・・やっぱり、一番に彼に見せたいという気持ちが強い。

「・・・さて、そろそろ準備をしなくちゃ」

今日はいつもより早く目覚めたとはいえ、あまりノンビリしていて遅刻という事態になったら目も当てられない。

「・・・よしっ、がんばろう!」

部屋を出る前に、もう一度本校の制服へと視線を移した私は、自らを鼓舞するように決意を新たにする。

――その本校の制服を着て、彼の隣に立っている・・・そんな未来を作るために。



18話へ続く


後書き

17話。いよいよ卒業パーティーの朝を迎えました〜。

まだまだ先は長いなぁ・・・とか思いつつ。とりあえず今年中には終わらせたいと考えております^^;


さて、今回のメインはサブタイトル通り、ことりが見た幼き日の夢。

本編ではもう少し先の話なのですが。今回、「いつもとは違う朝」ということを印象付けるために取り入れました。

とりあえず一言。ことりの夢をことりの視点で進めるのは、正直骨が折れました(汗)

読者様の反応が怖い・・・。

それでは!!



2008.4.20  雅輝