あの時、もしも彼の心を覗かなかったとしたら。
――私はちゃんと、彼に告白することができただろうか。
「うぅ〜〜〜〜・・・」
視線の先には、ぼやけた天井。
別に天井のシミを数えているわけではない。ただずっと、ある一つのことを考えていた。
「はぁ・・・どうしよう・・・」
ここは自室のベッドの上。私は仰向けになりながら、ひたすら唸り声とため息を繰り返す。
「ソレ」は悩みと呼ぶにはあまりにも贅沢で、とても幸運なことなのだろう。
問題は、その過程にある。
今となっては、もはや後悔しかなかった。私はとても不実で、とてもずるい。
「うぅ〜〜〜〜・・・」
思考はループする。何度も何度も。
オーディオの繰り返し再生のように、あの時の光景が再び脳裏に蘇る。
そして私はまた、その意識に埋没した後、ため息を吐くことだろう。
――私は、いったいどうすれば良いのだろうか?・・・と。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<16> 後悔と決意
「・・・いや、何でもない」
次に続く言葉を自ら打ち消して、また歩き出した彼の横顔からは表情が読めない。
だから、私は使った。私しか持たない「能力」を。
あんな切り方をされては、嫌でも気になってしまうのが人間の性。そんな気安さで、私は彼の心の声に集中する。
そして、聞こえてきたその言葉は――。
『手紙での告白は嫌だって言ってたけど・・・やっぱりその辺は、本人に聞くんじゃなくて自分で考えておかなくちゃな』
『・・・ことりに告白する、その時までに』
「――――〜〜〜〜〜!!!!」
私は思わずビクッと痙攣したように立ち止まり、声にならない叫び声を上げた。
・・・ある意味、声にならなくて正解だったと思う。もし声に出てたら、商店街中に響き渡る大絶叫になっていたはずだから。
いや、今はそんなことよりも。
『こ、告白っ!?朝倉君が、私に!!?』
もう大パニック状態だ。きっと今の私は、顔だけでなく全身真っ赤っかなことだろう。
それは完全に寝耳に水な話で。
でも事実を受けて、今にも張り裂けそうなほどハイビートを刻む自身の心音は現実で。
「・・・」
顔が赤くなるのを、とてもではないが隠しきれない。
――今、彼が前を歩いてくれていて心底良かったと思った。
このときの私は、とても浮かれていた。
片想いだと思っていた彼とは、実は両想いだったという喜びを噛みしめて。
だから私は・・・そんな単純なことにも気付いてなかったんだ。
「ソレ」にふと気づいたのは、商店街の入口で彼と別れて帰路に着いた頃だった。
ふわふわとした足取りで歩く。何度も何度も、彼の心の声を思い返しながら。
――『・・・ことりに告白する、その時までに』
「・・・え?」
立ち止まる。ポツリと漏れた疑問の声は、「ソレ」に気づいた証拠。
心の声。
そう、私は彼の口からその気持ちを知ったわけではない。ましてや、彼が私に伝えようとしてくれたわけでもない。
私が勝手に、彼の気持ちを暴いたんだ。
「わ、私・・・っ」
先ほどまで浮かれていた心に今なお残っているのは、後悔と罪悪感だけ。
――私がしてしまった行為は、彼の真摯な気持ちを汚すことと同義。
彼は私のことを好きだった。知ったときは、それが素直に嬉しかった。だからこそ、気づけなかった。
興味本位で覗いてしまった彼のココロ。”本来知ることなど出来ない”想い。
「・・・」
つい数分前とは比べ物にならないほど、足取りは重くなり、視線は俯いた地面に釘付けとなった。
――私は本当に・・・最低だ。
どっぷりとあの時の事を思い返していた思考の海から再び這い上がって来れたのは、自分の出すべき答えが見つかったからだろうか。
「それでも、私は・・・」
私は映っていた天井を遮るように瞼を閉じると、その裏に彼の姿を思い浮かべた。
それだけで、胸が温かくなる。
・・・彼は、私に自分の気持ちを暴かれたということは知らない。
たとえ知ったとしても、彼ならきっと私を責めたりしない。
いくら自分が傷ついたとしても、他人のために笑うことのできる。彼はそんな人だから。
「私は・・・」
いっそのこと、自分の能力の事も、それを使って彼の気持ちを覗いたことも、全て打ち明けてしまおうかとも考えた。それが償いだと言わんばかりに。
でも結局、それは「逃げ」でしかない。それは「甘え」でしかない。
自分が罪悪感から逃れるために、彼を傷つけているだけだ。
だったら、私の取るべき選択は唯一つ。
「私は、朝倉君のことが好きだから」
――彼にこの想いを、きちんと告げること。
今までずっと受身だった分、今度は私から。
「・・・うん!」
一つ大きく頷いてベッドから跳ね起きると、私は壁に掛かっているカレンダーを凝視する。
1,2・・・卒業パーティーまでは、残り5日。
心の準備を済ませるには、充分すぎるほどの期間。
実は、その日に告白しようとは思っていた。だからミスコンの招待を受けた。
目当ては、その後で貰えるドレスの衣装。それを着て、どこか二人きりになれる場所に彼を呼び出して、そこで告白するつもりだった。
最大限に着飾った姿で、彼に想いを伝えたかったから。
でも、予定変更だ。そんなことでは、とてもじゃないけど「足りない」。
彼の気持ちを知ったから、だから告白すれば成功するのは当たり前だと。そう思っているわけじゃないけど、事実そんな状況で。
だからこそ私は、今できる精一杯の方法で彼に想いを伝えると決めた。
「・・・よしっ」
小さく、自分を鼓舞するように声に出して。
私は電灯を消し、まだ早い時間ながらもう一度ベッドに潜り込む。
――夢の中でも、彼に会えるといいな。
17話へ続く
後書き
何とか週末に掲載できました。16話です〜^^
今回は悩みに悩んだ、難産的なお話となってしまいました。ちゃんと読者の皆様に、ことりの想いが伝わっているのか怖い・・・。
彼の心を暴いたことによる後悔。そしてその後悔から生まれた決意。
16話のコンセプトなのですが、その過程が非常に曖昧なものになってしまったのは反省点。
でも実際本編でも、ことりは告白するまでに純一の気持ちを覗いているんじゃないかと思うんですよ。
ということで、今回の話は私なりの補完ってことで。
それでは!