卒業パーティーまで後5日。日を増すごとに活気づいていく学園に、私は今日も朝倉君と一緒に登校する。
最近はほぼ毎日一緒に登校しているわけだけど、登校中にする会話はそれほど多くは無い。
桜並木の入り口から僅か10分ほどの時間。お互いに十にも満たない数の言葉を交わす程度だ。
でも私――ううん、私たちにとって、それはとても自然なことのように思えた。
お互い無言の時間が続いても、気まずくなったりしない。それどころか、居心地の良ささえ感じる心。
私が唯一彼の隣に並べる時間。体一つ分も開いていない彼との距離が、酷くもどかしい。
ああ、これが恋をするということなのだろうか。彼への恋心を自覚した私にとって、この距離感は甘くも苦くも感じられた。
やがて昇降口までやってくると、朝の彼とのひとときは終わりを告げ、私たちはバンドのボーカルとマネージャーになる。
下駄箱は彼のクラスの隣なので、私たちは上靴に履き替えるため自然と背中合わせになった。
「あっ・・・」
そして私の視線は、開けた靴箱の中へと釘付けになる。
何も、上靴に画鋲が仕込んであったとか、そんなマンガにありそうな展開ではない。むしろ逆に喜ばしい出来事なのだろうけど。
ここ最近――特に彼との仲が噂されるようになってからは、ほとんど無くなっていたソレを、私は急いで鞄の中へと隠そうとした。
「ことり、どうかしたのか?」
しかし、いつもより靴を履き替えるのが遅い私を疑問に思ったのか、彼が覗き込むようにして声を掛けてくる。
「わわっ」
それはつまり、すぐ近くに彼の――好きな人の顔があるわけで。
完全に動揺した私は、思わずソレを手放した。
「ん?これは・・・」
木の葉のようにヒラヒラと、彼の足もとに落ちたソレは。
「・・・ラブレター?」
丁寧にも封留めにハートマークのシールを貼っていた、一枚のラブレターだった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<15> 思惑
「へぇ、やっぱりことりってこういうの貰ってるんだ」
『なんてったって学園のアイドルだもんなぁ。貰わない方がおかしいか』
彼は拾った手紙を私に差し出しながら、感心したように呟いた。同時に、心の声も聞こえてくる。
「えっと、その・・・時々、ですけど」
でも私としては複雑だった。だって好きな人にこういう事実を知られるのって、何となく恥ずかしいから。
「それで、それってどうするの?」
「一応中身に目は通しますけど・・・たぶん、お断りしちゃうと思います」
そう、もうそれはほとんど心に決まっていること。
私が好きなのは他の誰でもなく目の前の彼なわけだし、それに・・・。
「そうなのか?」
「ええ。なんというか・・・やっぱり、恋愛って真面目にしたいじゃないですか」
私にとって、手紙で――文章で伝えられる想いというのは、どうしても信じられないから。
「そりゃあ・・・まあ確かに」
「手紙に書かれた想いが真面目じゃないとは思っていないんですけど、きっと文字だけで想いなんて伝わらない」
心を読む能力に依存している私だからそれは尚更。相手の心の声が聞こえないと、その想いが本物かどうかなんて判断できない。
「それは、不安なんです。・・・とっても」
そう言って一度、手の中にある手紙に視線を落としてみる。
水色の便箋に、律儀にもハートマークのシールで止めてある。裏の右下には、差出人である男の子の名前が、几帳面な字で書かれていた。
まだ内容は見ていないけど、こういうものを今まで何度も貰って来た私だから、この人がとても真摯な思いでこの手紙を出したのも分かる。
だけど、それでも不安は消えない。手紙の奥にいる人物像は何となく掴めるのに、その更に奥――心が掴めないと途端に不安になってしまう。
――こんな自分が、嫌で嫌でしょうがないというのに。
「あ・・・ごめんなさい。何だか変なことを言っちゃいましたね」
彼には何故か、言う必要のないこと――つまり本音がポロリと漏れてしまう。
私は取り繕うようにパッと顔を上げて笑顔を作り、まだ履き替えていなかった靴を下駄箱に入れた。
「いや、むしろ参考になったよ」
『つまり、女の子に告白するときは、手紙なんかより面と向かっての方がいいってことなんだろうな。少なくとも、ことりに対しては・・・』
「あ・・・」
その心の声の最後のセリフに、私は思わず声を出して赤面してしまう。
その言葉に特別な深い意味は無いって分かっているのだけど、それでも少し嬉しいと思ってしまうのは止められなかった。
「そ、それじゃあ音楽室に行きましょうか」
「そうだな、もうあの二人も待ってるだろうし」
そんな気持ちを誤魔化しつつ、私たちは音楽室に向けて、肩を並べてゆっくりと歩き出した。
「ごめんなさ〜い、ちょっと遅くなりまし・・・た?」
音楽室の扉を開けた私は、そこにいた二人の様子に思わず固まってしまった。
何故か・・・そう、何故かともちゃんとみっくんは、満面の笑顔だった。そりゃもう眩しいくらいに。
長い間彼女たちの親友として過ごしてきた私には分かる。この笑顔は、何か私に頼みごとをする時の笑みだ。
はぁ、と心の中で軽くため息をつきながら、部屋の中へと入る。後ろから私に付いて入ってきた朝倉君も、彼女たちのあからさまな笑顔に少し顔を引き攣らせていた。
「おはよう・・・って、どうしたんだ?二人とも」
「いえいえ、何でもないんですよ」
「ただ、ちょっとことりにお願いがあるだけで」
二人の眩しいくらいの笑顔が、朝倉君の言葉を受けて私へと向けられる。
どうやら予感は的中。私は苦笑を浮かべつつ、たぶん断れないであろう「お願い」を聞くことにした。
「何です?」
「実はね。さっき手芸部の部長さんが来て・・・」
話の概要はこうだった。
前回開かれて大盛況だった、手芸部主催のミスコン。
それをまた卒業パーティーでもやることとなり、それに向けて、部長直々に私へと参加の打診が来たらしい。
でも私は前回の出場も断った身。今回も断られるだろうと予想した手芸部部長は、ある交換条件を持ちかけてきたのだそうだ。
「その条件っていうのが、ライブ用の三人分の衣装ってことですか」
「うん。最初は制服でもいいかなって思ってたんだけど、やっぱり少しくらいおめかししたいじゃない?」
「その代り、ことりの出番は最後。つまりトリを任されることになっちゃったんだけど・・・」
「なるほど・・・」
うーん。納得はしたけど・・・でもやっぱり気が進まない。それには、ちゃんとした理由もある。
私は人気者――特に男子から――であるらしいけど、その大半は心を読むという能力のおかげだ。
そして身だしなみに気を遣っているとはいえ、この外見も生まれつきといっても過言ではない。
つまり私は、何の努力もしないで人気を得て、それを利用してミスコンに出ようとしている、ということになるのだ。少なくとも、自分の中では。
だから前回のミスコンに限らず、今までそういう目立つ類のものは全てお断りしてきた。
でも今回は・・・今回に限っては、出てみたいとも思う。
自分の気持ちにけじめをつけるため。そのために、ミスコンは恰好の機会なのだ。
「・・・」
ちらり、と隣にいる朝倉君を盗み見る。
すると彼は私の僅かな視線にも気づき、そして微笑みながら言葉を返してきた。
「いいんじゃないか?ことりが出たら他の参加者に悪いだろうけど。少なくとも、俺はことり達のドレス姿ってやつを見てみたいな」
・・・あぁ、なるほど。私の視線はそういう風に取られたわけか。
でも、今の彼の言葉で決心がついた。
――どうせなら「その時」は、一番綺麗な私でいたいから。
「・・・そうですね。私一人の犠牲で三人分の衣装が手に入るなら、安いもんですよね?」
だから私はおどけつつ、心配そうに見つめていた二人に了承を意味する返答をした。
了承の意に歓喜するともちゃんとみっくんを宥め、ようやく始めた練習も2時間で切り上げて。
二人と別れた私と朝倉君は、一緒に商店街を歩いていた。偶然にも、私も彼も本屋に用事があったからだ。
「朝倉君は、何を買うんですか?」
「ああ、ただのマンガだよ。もう発売してるって聞いてな。後は・・・雑誌とか、まあ適当に。そういうことりは?」
「私は、注文していた本が届いたって連絡を受けまして」
「へえ。わざわざ注文をしてまで欲しかった本って?」
「声楽の本です。前から欲しかったんですけど、他の書店に行っても置いてなくて・・・店員の人に相談したら、発注してくれたんです」
「声楽かぁ。やっぱりことりって、歌が大好きなんだな」
「あ・・・」
彼のその一言に、私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
「歌が好き」。果たして、本当にそうなのだろうか。
私が歌を歌うようになった理由は、今でもよく覚えている。お義母さんに勧められて、聖歌隊に入ったのがきっかけだ。
私自身、その時は特に歌に関して興味を持っていなかった。ただ勧められて、私にはそれを断ることが出来なかったから。
けど、歌い始めてから一つ、分かったことがある。
――歌を集中して歌っている時は、他人の心の声が聞こえてこないこと。
心を読み取るという行為は私の意思によって左右されるのだけど、時々無意識の内に読み取ってしまっている事もある。
大抵それは、その人に対して不安や疑心を抱いた時。そしてそういう時に限って、読み取る内容は醜い感情が多い。
でも歌っている時は、何もかもを忘れられる。不安も疑心も、何もかも。
だから、他人の心の声が入ってこない。
そういう点からも、歌は私にとって大切なものであり、心を一時的に癒す行為でもあった。
けれど、それは果たして「好き」と同義なのだろうか。
――私には、その区別が付かない。
「そういえば、さ」
「はい?」
目的の本を買えた私たちはその本を抱えながら、並んでバス停へと向かっていた。
その途中で、突然立ち止まった彼が思案顔をしながら私に対して呟く。
「・・・いや、何でもない」
彼はまるで自分の言おうとしたことを打ち消すかのように首を横に振ると、またゆっくりと歩き出した。
そこまで言われてしまっては気にならない方がおかしい。でも口を閉ざしてしまった彼から、それを聞くことはもう出来ない。・・・普通は。
しかし私にはそれが出来る。そうしてある意味、得意気な気持ちになった私は、前を行く彼の心を読み取る。
――今思えば、これが運命の分岐点だったのかもしれない。
16話へ続く
後書き
一か月振りの更新となってしまいました、「小鳥のさえずり」。
久しぶりに書いたからか、今回の話は全体的に脈絡が無いというか・・・統一性の無い話になってしまいました。
「イベント詰め込みました」って感じで。しかも続きが気になる終わり方。
でも今回はことりの独白場面が多かったかな、と。そういうところも含めてのサブタイトルだったりします。
あ〜、もう春休みも終わりかぁ。今年の休みは、なぜか無駄にだらけてた気がします^^;
明日から新学期。でもちょーめんどくせぇ(笑)
また学校が始まったら更新スピードも落ちるんだろうなぁと懸念しつつ、今日はこの辺で。