朝倉君のマネージメントの下、私たちの練習は順調に進んでいた。
ともちゃんがベースの弦を、みっくんがピアノの鍵盤をそれぞれ弾き、私が喉の奥から高音を絞り出す。
綺麗なピアノの旋律と、それに被さるベースの重低音がメロディーラインを作り、さらに私の声で「歌」に昇華させる。
心地良いほどの一体感によって生み出されたその歌を聴くのは、今は窓際で目を閉じている朝倉君ただ一人。
なのだけど。私にとっては、他人100人より彼に聴かれていると思う方が・・・気が引き締まるというか、緊張するというか。
ただ今は、そういった自身の感情にすら楽しさを憶えていた。
ほとんど毎日の練習。当然、個々のレベルも上がってきて、演奏の質も徐々に高まりつつある。
そして、そんな忙しないバンド活動の中。廊下や校門で必ずと言っていいほど見掛ける姿があった。
肩口まで伸びた栗色の髪を揺らし、風紀委員と堂々と書かれた腕章をスラリとした二の腕に付けたその人は―――。
「美春、杉並君の動向は掴めた?そろそろ目的くらいは割り出さないと―――」
たぶん、朝倉君に最も近い存在である、「彼女」であった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<14> 彼と彼女の関係
「・・・よしっ、そろそろ休憩にしようか!」
文化祭当日まで、残り1週間と迫った今日。
本日3度目のセッションが終わったところで、朝倉君がタイミングを見計らったように口を開いた。
これも彼のマネージャーとしての仕事・・・らしい。彼曰く、「ことりたちの体調管理も、マネージャーの役目の一つだろ?」とのことだ。
「ほい、ジュース」
「ありがとうございます、朝倉君」
「ありがとうです〜」
「あっ、私は後で頂きますね」
「あれ?ことり、どこに行くんだ?」
一言置いて音楽室を出ようとした私を、ジュースを持った彼がそれを揺らしながら呼び止める。
「えっと、その・・・お、お手洗いに・・・」
「あっ・・・悪い。いってらっしゃい」
「・・・はい」
少し恥ずかしい気持ちになりつつも、音楽室を出てそのまま廊下を直進してトイレを目指す。
そして用を済ませ、さて戻ろうかと廊下を歩き始めたその時。
「きゃっ」
突然”天井”から人が降って来て、私は思わず短い悲鳴を上げた。
「むっ、人がいたのか。驚かせてすまない・・・と、しかも白河嬢か」
華麗に着地を決めたその人物は、私が属している中央委員会でもよく話題に出ている人物だった。
「えっと・・・杉並君?」
「これはこれは、名前を覚えられていたとは至極光栄」
「杉並センパーーーイッ!逮捕です〜〜〜〜っ!」
「むっ、わんこ嬢が追い付いてきたか。それではまた会おう、学園のアイドルよ!」
杉並君はマントも無いのに腕をバッと上げると、まるで小説に出てくる怪盗のように高笑いしながら走り去る。
「美春、後はお願い!逃しちゃ駄目よ!」
「はいです!音夢センパイ」
その杉並君の後を猛然と追いかけるのは、明るいセミロングの髪をした少女。
そしてその後ろから凛とした声で指示を出す人は・・・紛れもなく、「彼女」であった。
「あの、音夢さんですよね?」
「はぁっ・・・はぁっ・・・あっ、白河さん。すみません、お見苦しいところを見せてしまって」
息を切らしながらも、音夢さんが苦笑いのような表情を見せる。
「いえいえ、風紀委員の仕事も大変ですね」
「まったくです。でも、今年はまだマシなんですよ?杉並君一人を徹底マークしていればいいので」
「・・・もしかして、朝倉君ですか?」
そういえば、昨年までは彼も杉並君と協力して色々と派手なことをしていた・・・って、叶ちゃんから聞いたことがあったっけ。
「ええ、お恥ずかしながら・・・。でも今年は、「何もしない」と豪語しているので大丈夫でしょう」
口ではそう言いつつも、その穏やかな彼女の表情からは彼を信頼しきっている様子が見て取れる。
事ある毎に変な痛みを発する私の胸は、その彼女の言葉にも反応し、心をざわつかせていた。
『やっぱり、恋人同士なのかな・・・?』
その考えが、一番妥当なように思える。
いつしか彼は否定していたが、単にその時は恥ずかしがっていただけかもしれないし。
でも・・・そう思えば思うほど、胸に走るこの痛みは何だろう?
頭では彼と彼女が恋人同士だというのを肯定しているのに、心では全面的に否定している。
「――白河さん?」
「・・・えっ?あっ、はい」
「顔色が優れないようですけど、具合でも悪いんですか?」
「い、いえ。大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」
笑顔で言葉を返しつつ、私は「能力」を解放するべく意識を集中させる。
――彼と音夢さんの関係が、無性に気になってしまう。
まるで、禁忌を犯しているような気分だった。普段なら、こんな人のプライベートにまで踏み込むことは絶対にしないのに。
今私は、私に向けられた心の声ではなく、言うなれば人の深層心理を読み取ろうとしている。
人が生きている上で無意識に思っている事。それはつまり、その人の人生の記憶と言っても過言ではないもの。
それを読めば、ほぼ間違いなく二人の関係を知ることは出来るだろう。
・・・普通の人なら、この場で直接音夢さんに聞いてしまえば終わりだ。
でも私には、それが出来ない。幼い頃より持っていた能力は、いつしか大事なことを自ら訊ねられない、脆く臆病な私を作ってしまったのだから。
だから―――。
「ことり!」
「――っ!!」
しかし、突然背の方から聞こえてきたその聞きなれた声に、私は咄嗟に心のケーブルを切断した。
「良かった。ちょっと遅いから、また途中で頭痛でも起こしたんじゃないかと思ってな。・・・あれ、音夢もいたのか?」
「はぁ・・・私はついでですか。それが可愛い”妹”に対する態度ですか?”兄さん”」
どうやら彼は、なかなか帰ってこない私を心配して探しに来てくれたらしい――――って!!
「にい・・・さん?」
「わはは。少なくとも、自分から可愛いなんて言うやつを、可愛い妹とは思えんな」
「・・・兄さん。今日の晩御飯、私が作ってもいいですか?」
「・・・・・・すみません、私が悪かったです。だから何とぞ、いつも通り出前かコンビニで穏便に・・・」
「むっ、それってどういう意味ですか?」
ポンポンと交わされる言葉の数々。その中で私は、言葉も発せずにただボンヤリと、耳にした言葉をまとめていた。
『可愛い妹?兄さん?ということは・・・兄と妹?兄妹?・・・恋人同士じゃなくて、兄妹?・・・兄妹ぃっ!!??』
「えええぇぇええぇぇええええぇぇえぇぇっ!?!?」
ようやく考えがまとまったその瞬間、発せられた私の驚きの声は、卒パ準備中の学園の廊下に響き渡った。
「もうっ、ひどいっすよ。叶ちゃん」
――「あはは。ごめんね、ことり」
その夜、私は自室で叶ちゃんと電話のやりとりをしていた。
話題の中心は、もちろん今日の学園での出来事。朝倉君と音夢さんの関係について。
以前電話で尋ねた時には、勿体ぶるように教えてくれなかった叶ちゃんに対する、ちょっとした抗議だ。
「それに、前に聞いた時には朝倉君の大切な人だって・・・」
――「でも、間違いじゃないでしょ?兄妹なんだし。実際、朝倉君は音夢さんのことを大切にしてるよ?」
「それは・・・そうなんだけど」
そう言われてしまうと、言葉に詰まる。頭の中で勝手に恋愛方面に結び付けていたのは私なのだから。
――「ふふふ、納得いかないって声だね」
「そんなことはないけど・・・」
――「・・・でも、安心した?」
「え?」
突然そんな事を――それも図星を突かれて、私は驚きながらも疑問の声を電話口に返す。
――「だってことりってば、さっきからなんか嬉しそうなんだもん」
「あ・・・」
まさか電話越しに気づかれるほどだとは・・・と、少々恥ずかしく思ってしまう。
そう、私は嬉しかったのだ。彼と音夢さんが恋人同士ではなく、兄妹という関係なのだと知って。
そして叶ちゃんの言う様に、安心もした。何故だか、胸がスッと軽くなるような気分だった。
――「それは、なんで?」
私の内心を悟ったかのように、叶ちゃんが疑問の言葉を重ねてくる。
それは、今まで何度も自問自答して、しかし目を逸らし続けてきた問題。
「わ、私は・・・」
自分の声が、震えているのが分かった。
自分の心が、震えているのを感じた。
今までさんざん、分かってしまう事を、認める事を、拒んできた答え。
でも、今回のことで分かってしまったから。
思い知らされてしまったから。
「私は・・・」
私は、ただ単に音夢さんに嫉妬していただけだって。
いつも彼の隣にいる女の子。何故そこにいるのは私ではないのだろうと。
「朝倉君のことが・・・」
だから、今の私には――――。
――「・・・好きなんだね?」
叶ちゃんの問いも、そして朝倉君への想いも。
「・・・うん・・・・・・」
――素直に、受け入れることができる。
15話へ続く
後書き
また遅くなりましたね。14話、UPです!
今回のメインは、純一と音夢の関係。そしてことりの、純一への想いの自覚ですね。
今までずっと朝倉兄妹の関係を引っ張ってきましたが、ようやく種明かし。
あまりの呆気無さに少し肩すかしを食らった読者の方もいるかもしれませんが、私的には初めからあーゆう形にしようと決めていたので^^;
二人の関係を知って、ようやく自身の恋心を自覚するという、まあベタっちゃあベタな展開でしたが。
さて、次回は本編に戻ります。おそらく、ことりの下駄箱に入っていたラブレターの話になるかと。
ではでは〜^^