「彼が・・・朝倉君?」

「みたいだね」

もう既に私たち以外は誰もいなくなって静けさを取り戻した音楽室に、ともちゃんとみっくんの呟きが響く。

顔を見合せて何かに納得するように頷き合っている二人の姿を、私は未だぼんやりとした思考で見つめていた。

今私が座っているのは、ピアノとセットになった椅子の上。

少し力が抜けていた私の体をこうして椅子に座らせてくれた朝倉君本人は、何故か分からないけど慌ただしく音楽室を出て行った。

「すぐに戻るから!」と言い残していったことから、そう遠くない場所であることは察しがつくけれど。

「どう?少しは落ち着いた?」

「これも彼のおかげかな?」

にんまりと満面の笑みでそう言ってくる二人に対して、その言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。

「・・・えぇっ!?そ、そんなんじゃ――!」

「分かってるって。そんなに慌てると、逆に怪しいよ?」

「・・・うぅ」

みっくんにやれやれといった様子で返されると、何も言えなくなってしまい恥ずかしさに呻くことしかできない。

それはおそらく、心の中に彼女たちの言葉を肯定している自分がいるからなのだろう。

そう、彼のおかげだ。多くの非難の声――心の、だけど――に真っ暗になった目の前に、光を射し込んでくれたのは彼なのだから。

他の誰でもない、朝倉君なのだから。

私は人差し指をツンツンと突き合せながら、つい数分前の出来事をもう一度思い返していた。

・・・頬が火照っているように感じるのは、気のせいということにしておこう。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<12>  バンドのマネージャー





「は〜〜いっ!皆さん、出て出て!今日はここまで!」

皆の心の中の非難を受け、目の前が真っ暗になりそうだった私の耳に飛び込んできたのは、手を何度も叩いて注意を引きつける朝倉君の声だった。

流石に音楽室に響くほどの大きな声だったからか、他の生徒達の耳にももちろん届くが、その反応は芳しくない。

そんな聴衆たちを代表した何人かの生徒が、それぞれ朝倉君に詰め寄る。

「なんだよ、お前!」

「そうだよ!お前にそんなことを言われる筋合いは無いぞ!」

「あなたの方こそ出て行きなさいよ!」

「まあまあ。それが実はあるんだよな。俺さ、ことりたちにこのバンドのマネージャーを頼まれたんだ。な?ことり」

こちらを確認するように振り向く朝倉君。

咳きこんでなかなか声を出すことが出来なかった私は、他の生徒たちにも見えるように大きく首を縦に何度も振った。

「ほらな?それより、お前らこそどうなんだよ。ちゃんと許可を取ってここに来てるのか?」

静かに、しかし強い意志を感じさせるその声に、自分勝手な主張をしていた数人も大人しく引き下がる。

他の皆も自分の不当性を認識したのか、ぞろぞろと付いていくように音楽室を後にした。

最後の一人が廊下に消えた瞬間、私たち4人の口から漏れたのは大きな安堵の吐息だった。





”ガチャッ”

「お待たせ。何がいいのか分からなかったから、適当に買ってきた」

音楽室に戻ってきた朝倉君は、こちらに歩きながら持っていたレジ袋を軽く掲げる。

それは学園の購買部のもので・・・どうやら、喉を痛めた私に気を遣って、わざわざ飲み物を買いに行って来てくれたらしい。

――こういう気遣いを、さりげなくしてみせるのは、本当にすごいと思う。

「ほい」と微笑みながらレモンティーの缶を差し出す朝倉君に、私も精一杯の笑顔で「ありがとうございます」とお礼を言った。

「あと、これも・・・えっと」

彼はさらにレジ袋から2本の缶ジュースを取り出して、ともちゃんとみっくんに向き直る。しかし、三人は当然初対面だ。

「髪の長い方がみっくんで、ショートヘアの方がともちゃんです」

「そっか。それじゃあ、どうぞ。・・・ともちゃん?」

私のフォローを受け、朝倉君がともちゃんに缶を差し出す。

「ありがとうございます。あと、初めまして」

「あっ、こちらこそ」

缶を受取り、そのまま右手を差し出すともちゃんに、朝倉君も反射的に握手に応じる。

「あと、こっちはみっくんか」

「はい。よろしくです」

ペコっと頭を下げて、缶を受け取るみっくん。

「なんだか、初めましてって感じがしませんね」

「え?どうして?」

「ことりが、いつも朝倉君の話ばかりしてくるから・・・」

「へ?」

みっくんの言葉を受けて、彼はポカンと呆けた様子で固まる。

その反応の意味が知りたくて、私はまた能力を解放した。

『ことりが、俺の話を?うーむ、別に面白い話でもないと思うんだが・・・気になるな』

確かに私が彼女たちに話していたのは、単に朝倉君との日常的な会話や行動くらいだと思う。

でも、それを知られるのは逆に恥ずかしかった。何でわざわざそんな話をしたのか、と訝しまれそうだから。

「えと、別に変な話ではないですから、気にしないでくださいね?」

私はそう言ってから、『しまった』と思った。

だって、わざわざそんな事を言うと、逆に怪しくなってしまうじゃないか。

しかし、彼の反応はそんな私の予想とは全く違っていた。

「知ってるよ。ことりは陰でそういう事を言う子じゃないからな。だろ?」

照れ隠しなのか、頬をポリポリと掻きながら笑いかけてくる彼に、私も恥ずかしくなって頬を赤らめながらコクリと一つ頷いた。

「・・・ことり、今日はもうやめにしよっか?」

まるでタイミングを見計らったかのように、ともちゃんがおずおずと訊ねてくる。

気を遣わせちゃったかな?と思いつつ、私は明るく返事をした。

・・・いや、しようとした。

「ううん、私はもうだいじょう――っごほっごほっ!!」

しかし、未だに続く喉の痛みに、何とも説得力の無い返事になってしまう。

咳をした反動なのか、少し治まっていた頭痛がぶり返し、思わず手のひらを自身のこめかみに押し当てた。

「頭も痛いのか?」

「あはは、これはいつものことですから」

心配そうに訊ねてくる朝倉君に、私は乾いた笑いで答える。

それは、心を読む能力の副作用とでも言うべき、幼い頃から続く頭の先が痺れるような頭痛。

偏頭痛、というわけではない。痛みだす条件は分かっている。

今日みたいに、人の負の感情を読み取ってしまったとき。私の脳はそんな嫌な感情に耐え切れなくなり、痛みを発するのだと、私は考えている。

――もしくは単に、自分に向けられた非難に考えすぎるだけかもしれないけど。

「私、頭痛持ちなんです。だから気にしなくていいですよ」

「だけど風邪を引いている上に頭痛じゃしんどいだろ?今日はともちゃんの言うとおり休んだ方がいいって」

「大丈夫です。しばらく経てば治りま――」

「ことり」

首を横に振る私の言葉を遮るように、朝倉君が真剣な表情で私を見つめてくる。

短く、しかしハッキリと呼ばれた名前。彼はそれ以外何も語ろうとはせず、じっと視線を向けてくるだけ。

心を読むまでもなく、分かってしまう。朝倉君は、私を心配してくれてるんだ。心の底から。

ふう、と息をひとつ吐いた私は、おそらく諦めたような表情になっていたと思う。

「分かりました。朝倉君に心配をかけたくないですし、今日はもう止めときます」

「よろしい」

私の言葉を聞いて、朝倉君は学園の先生のように大仰に頷いてみせた。





朝倉君を含めた4人で部屋の片づけをして、帰り支度を整えていると、みっくんが思い出したように朝倉君に訊ねた。

「そうだ、そういえばさっき、マネージャーって・・・?」

「ああ、ごめん。あれはあいつらを追い返すために、咄嗟についちゃった嘘で・・・」

「なんだ・・・嘘だったんですか」

みっくんが少しがっかりしたような顔で呟く。

確かに、これから先も今日のようなことが起こらないとは限らない。むしろ、まだ何度かは起こると考えていいだろう。

そんな時に私たち3人だけでは、また今日のような結果になるのは必至だ。

でもそのことを抜きにしても、彼の「嘘」という言葉に予想以上に沈んでいる自分がいる。

その気持ちがそうさせたのだろうか。気がつくと私は、彼に向って口を開いていた。

「本当にしても、良いじゃないですか」

朝倉君が少し驚いたような表情をする中、みっくんも嬉々として私の話に飛びついた。

「そうですよ!やってください、マネージャー。ね、ともちゃんもそう思うよね?」

「うん。朝倉君さえよければ、そうしてくれると助かります。また今日みたいになったら大変だし・・・だよね?ことり」

みっくんとともちゃんがこちらを振り向く。その顔が少しニヤニヤしているのは、この際気にしない。

「朝倉君がもし嫌じゃなければ・・・私は、朝倉君にマネージャーになって欲しいです」

彼の顔を見つめ、私は素直な気持ちを言葉にして吐露する。

すると彼は少し顔を赤らめ、ちょっと私から視線を外して返事をした。

「あ、ああ。ことりがそう言うなら・・・俺で良ければ、力になるよ」

『まあ確かに今日みたいなことが起こったら、彼女たちだけじゃ対処できないだろうし・・・それに・・・』

朝倉君は一度私にチロッと視線を戻すと、またすぐさま慌てたように明後日の方向を向く。

『あの表情は、反則だ・・・』

その心の声の意味を理解したとき、私の顔も瞬時に真っ赤になったのは言うまでもない。

ただ、すごく嬉しくて・・・私はとっておきの笑顔で、彼に「ありがとう」を告げた。



13話へ続く


後書き

う〜ん、最近スランプかなぁ。上手く文章が作れない気がする。

今回の話も、結構支離滅裂かも?自分で書いててわけわかんなくなったシーンも何個か・・・(汗)


今話は、純一がことりのバンドのマネージャーになる話でしたね。サブタイトルそのまんまですが^^;

二人の仲も徐々に近づいてきました。後は卒パに向けてゆっくりと深めていきたいなぁと思いつつ。

でも来週は思いっきりテスト期間のため、更新はおそらく不可能ですorz

その次の週末も、従姉の結婚式に出席するため四国へ・・・最悪、3週間空くかもしれません。

・・・なるべく、がんばります(笑)

それでは!



2008.2.10  雅輝