「それじゃあ、戸締りだけしっかりと宜しくね?」
「はい」
最後に念を押して出ていく音楽の先生を見送り、私は手渡された鍵を手にゆっくりと防音扉を開けた。
昨日で学年末試験も無事に終了し、風見学園付属は今日から卒業式――いや、卒業パーティーに向けての準備期間に入る。
となると、当然私たちもバンドの練習を再開。実際、当日まで残り2週間を切っているので、少し焦っているのも事実だ。
”ギィッ・・・”
「ごめんね、ことり。お待たせ」
「ちょっとバスが予定より遅れてて・・・待った?」
「ううん、私も今来たところだから」
音楽室の中央でマイクスタンドの調整をしていると、少し急いだ様子でともちゃんとみっくんの二人が入ってくる。
二人は音楽室特有の段差を下りてくると、すぐさまそれぞれの楽器の調整に移った。
きっと、遅れてきた分を取り戻そうと急いでいるのだろう。
『もう、そんなに焦らなくても、時間はたっぷりあるのに・・・』
そんな律儀で優しい彼女たちに、思わず心の中で苦笑を洩らす。
というのも、意外にも今回の卒業パーティー、練習で音楽室を使うのは私たちだけらしいのだ。
今回卒パのライブに出演するのは、私たちを含めて4組。
その内、吹奏楽部と軽音楽部はそれぞれの部室があるのでそこで練習をしており。
また、もう一組もストリートバンドのようで、練習は路上で行なっているらしい。
だから私たちは、こうして気兼ねなく音楽室を占領できるというわけだ。
「お待たせ、準備出来たよ」
「こっちも、いつでもオッケーだよ」
「うん、それじゃあ、一回合わせてみよっか?」
楽器を構えて準備万端とばかりに言葉を掛けてくる二人に対して、私も首を縦に振ることでそれに答える。
そうして、テスト終了後の初セッションは静かに幕を開けた。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<11> 諸刃の能力
「ことり、もしかして調子でも悪いの?」
それは、今日通算5回目のセッションが丁度終わった頃だった。
昨日から違和感のある喉を押さえていた私に、二人が心配そうな視線を投げかけてくる。
「あはは。ちょっと風邪気味で・・・でも、全然大丈夫っすよ!」
隠し通せていたかと思っていたが、やっぱり3人とも息が合い始めているせいか、こういう事は見抜かれてしまう。
「・・・ならいいけど」
「あまり辛かったら、いつでも言ってね?」
「うん、二人ともありがとう。さあ、そろそろ次のセッションに移ろっか」
基本的にこの部屋で行なう練習は、3人で呼吸を確かめるようにセッションをひたすら繰り返すだけだ。
個人練習は家でも出来るし、それに音楽室も3人が互いの音に干渉されないような練習を出来るほど、広くはないのだ。
と、私が前奏の合図を二人に送ろうとした丁度その時、何やら外が騒がしいことに気づいた。
私たちの視線はその音源でもあるドアに注がれる。続けて、外から扉がガタガタと揺らされる音。
「あ、朝倉君じゃない?」
「かもね」
みっくんとともちゃんがこう言うのも、実は昨日のテスト終了後、たまたま下校が一緒になった朝倉君に今日の練習のことを話していたからだ。
――「良かったら、是非見学に来てください」
――「ああ、そうだな。暇だったらちょっと覗かせてもらうよ」
確約でないとはいえ、彼にそう笑顔で返されて少し舞い上がってしまったのは内緒だ。
ともかく、練習の合間にそのことはともちゃんとみっくんにも話しておいた。今日朝倉君が来るかもしれないからって。
二人とも元から何故か興味津々だったようで、二つ返事で快諾してもらえた。
「はいはーい。今開けまーす」
一応、扉は内側から鍵を掛けていたので、一番そこに近かったともちゃんが鍵を開ける。
「キャッ!」
だが、彼女がドアを開け放った瞬間、大勢の人が一気に押し寄せてきて、音楽室に流れ込むようにして入ってきた。
突然起こった出来事とその勢いに唖然としつつ、人波に押されてよろけたともちゃんに、みっくん共々駆け寄る。
「だ、大丈夫?ともちゃん?」
「う、うん。なんとか・・・」
「あ、あの。何なんですか?いったい」
私がともちゃんに声を掛け、みっくんはおずおずと入ってきた男子の一人を止めて事情を尋ねた。
「白河ことりがボーカルのバンドが練習してるって聞いたから、見に来たんだよ」
その男子はそれがさも当然のように軽く答える。
もちろん、私たちにとってそれは軽々しく許容できる問題ではない。
「そんな!困ります!」
「何で?別にいいじゃん。減るもんでもないしさ。それじゃ、期待してるぜっ」
好き勝手言って人波に姿を消した背中を唖然と見送りつつ、私は改めて音楽室を見渡した。
「ねえ、まだ始らないのぉ?」
「うるせえよ。静かにしてろって」
「全然前が見えないんですけど〜」
「痛っ。今誰か俺の足踏んだだろっ!」
人、人、人。通常は30〜40人程度が授業を受ける音楽室には、実にその1.5倍もの聴衆で埋め尽くされていた。
そして、部屋の前にポッカリと空いた小さなスペース。どうやら私たちは、あそこで演奏しろということらしい。
自分勝手に盛り上がっている学生たちを尻目に、「どうしよう?」といった不安げな表情で顔を見合わせるともちゃんとみっくん。
「演奏しないと帰ってくれそうにないし、一曲だけ合わせてみようよっ」
私は二人の不安を取り除ければと、自分自身の不安も隠して笑顔でそう言った。
「でもことり、本調子じゃないんだし、あんまり無理しない方が・・・」
「大丈夫だって。一曲くらい平気だよ」
励ますように、二人の肩を押していく。
二人とも内向的な性格のため、こういった好奇の視線には慣れていないのだろう。
かく言う私も、隠しているだけで正直気が滅入っているのだけれど。
でも、この二人の優しい友人のために私がしっかりしなくちゃ。そういった気持ちから、私は申し訳程度に作られた小さなステージの中央に立った。
「・・・」
二人に目で合図を送る。二人とももう諦めたのか、それとも私を気遣って早く終わらそうとしてくれているのか。すぐに前奏が流れ始める。
流石に、ざわめき立っていた聴衆からの雑言も次第に消えていく。私は眼を瞑ってメロディにだけ集中し、第一声の口を開いた。
二人のメロディラインは改善の余地はまだまだあるものの、十分に耳障りの良いレベル。問題は私だ。
いつも桜公園で練習している時には出る、サビの部分の高音。
出そうとした瞬間、喉がひりつくように痛み、結果半音といわず一音まるまる外してしまった。
一度リズムを失った音程はなかなか軌道修正できない。次のサビに入るまでも、低空飛行のように危なげなボーカルが続く。
『やっぱり・・・風邪かな・・・喉が・・・』
ぼんやりとそんな事を思いながら、2番のサビに入った。
しかし――。
「――っ!ごほっげほっ!!」
高音を出そうと息を吸い込んだ瞬間、焼けるような喉の痛みに思わず咳きこんでしまう。
「「ことりっ!!」」
もちろん、ボーカルが途切れてしまっては演奏もそこで終了だ。親友たちが演奏を止め、心配げに駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「う、うん、何とか。やっぱり喉が・・・」
調子悪いみたい、と。言葉を続けようと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、あからさまなギャラリー達の不満顔だった。
『なんだよ。あんまり上手くねーじゃん』
『わざわざ見に来るほどのもんじゃなかったな・・・』
『途中で音もズレてたし・・・きっと高い音が出ないんだわ』
そんな心の声は聞きたくないのに・・・でも私の中の臆病な自分が、自分の意思とは逆に力を解放している。
嫌われるのが怖い。嫌われるのはイヤだ。だったら、能力を使って嫌われないようにしよう。
幼い頃から続けてきた、心に根付いた反射的な行動。
確かにこの能力は便利だけれど、時にこうして我が身を貫く諸刃の剣となる。
『・・・うっ』
私はいつの間にか、手のひらを返したような彼らの声から逃れるように、その場にしゃがみ込んでしまっていた。
様々な感情が私の脳に入っては、記憶回路に擦りつけるように雲散していく。
傍にいてくれる二人の声も感情も、私たちをグルリと囲んでいる大勢の人の中では小さく頼りなく感じてしまう。
「は〜〜いっ!皆さん、出て出て!今日はここまで!」
そんな時だった。頭をグルグルと回る負の感情に、一筋の光が差しこんだのは。
耳に馴染んだその声はとても頼もしく、私は俯けていた顔を上げて、何かに縋るように周りを見渡す。
そして――。
『朝倉君・・・』
ぼんやりとした私の双眸に映ったのは、両手を大きく上げて周りの学生を誘導しようとする、朝倉君その人だった。
――ちょっと恥ずかしいけど、正直に言おう。
彼の姿を見つけた時、私は違う意味で泣きそうになっていた。
12話へ続く
後書き
もう2月だよ〜。テストが!テストが迫ってくるよ〜〜〜!!(壊)
はい、それはさておき・・・また2週間空いてしまいました。えらいすんませんorz
いえね、だって「FORTUNE ARTERIAL」が面白かったんですよっ!?
本来ならじっくりやるタイプの私が、1週間で全クリしてしまうほどハマってたんですよっ!?(笑)
ってことで、テスト前の忙しい最中、空いている時間は全てそっちに廻してしまって・・・^^;
しかも今回は一度納得がいかず、半分くらい書き終えたところで全てデリートしましたからね。
やはり第2部の始まりということで、結構重要な場面なのですよ。
次は〜どうだろ?テスト前なので自重したいのですが・・・たぶん書きます(笑)
今回は中途半端なところで終ってしまったので。次回はこの続きですね。
ってことで、それでは!^^