向けられた切っ先。そして殺気。得物を食い殺す獰猛な獣を彷彿とさせる瞳は、一刀を捕えて離さない。

「・・・」

一刀はその視線に目こそ逸らさないものの、その額には細かく汗が滲んでいた。

いきなり拙すぎる相手に会ったものだ。この勝負も所詮は余興。当然命を狩り取ることは厳禁だが、逃げる相手が武人ということも鑑みて、武器の使用は認められている。

「抜かないの? ・・・少しも抵抗されないというのも、些か興醒めね」

「・・・そうだな、俺も抵抗しないまま捕まる気は、更々ないよ」

この状況、選択肢は驚くほど少ない。ならば、最も逃げ切れる確率が高いものを選ぶしかないだろう。

呼気を吐き出し、意識を高める。腰から抜き放った双龍は、既に闘気を纏っていた。

「―――いいわね。全身の血が粟立つ感覚・・・久しぶりに、昂ぶってきたわ」

好戦的に細められた美麗な瞳から放たれる光は、紛れもなく死神の眼光。その艶やかな口元に小さな笑みを浮かべつつ、雪蓮は構えを取った。

「さあ、始めましょう。言っておくけど、無傷で済ませられる自信は無いわよ?」

「はは、俺も無傷で逃げ切れる自信は無い――よっ!」

ほぼ同時に間合いを詰めて、一閃。天龍と南海覇王の激突と共に、余興とは到底思えない一騎討ちが始まった。





真・恋姫†無双 SS  「恋姫†演舞」 外伝

             「乙女だらけの鬼ごっこ遊戯」

                              Written by 雅輝






<中編>





斬る。いなす。突く。避ける。薙ぎ払う。受け流す。振り下ろす。回避――不可。受けとめる。

もう何合打ち合ったことか。体力の消耗を最小限に抑えたい一刀にとって、早くもその計画は頓挫したと言っても過言ではない。

「――はぁっ!」

天龍による袈裟斬り。難なく躱わされると、不完全な体勢から正確な突きが飛んでくる。

それを文字通り紙一重で避け、グルンと身を翻しつつ地龍による回転斬。が、それも南海覇王に跳ね返され、一瞬無防備になった一刀の体に、回し蹴りが放たれた。

「ちっ!」

「――これも避けるの? 今のは正直、入ったと思ったわよ?」

「はぁ、はぁ・・・ふうっ。そんなの、お互い様だろ」

「・・・」

目まぐるしく移り変わる体捌き。二人が戦っている様は、まるで織り成される舞いのようだ、と第三者である甘寧は思った。

それもそのはず。愛紗や夏候惇の剣を「剛」とするならば、雪蓮や一刀の剣は対極に位置する「柔」。

柔剣が苦手とするのは、己だ。捉え所がなく、基本的に相手の攻撃をいなして自身の利を作る柔剣の担い手にとって、防御こそ最大の攻撃。

よって柔剣同士の戦いは、相性が合わない以前に戦いにすらならない。それでも二人がある程度刃を合わせられるのは、互いに柔剣の担い手として一級品である故か。

「――ふう、これじゃ埒が明かないわね」

「・・・?」

それからも数合打ち合って――唐突に間合いから外れた雪蓮は、苦笑と共に己が得物を鞘に戻した。

「何を・・・?」

「何って・・・これ以上は無駄でしょ? 生憎、私はそこまで体力自慢じゃないの」

そんな言葉を嘯きつつ、まだ息も上がっていないように見受けられる彼女は、本当に踵を返した。

「・・・なるほど、確かに余興だ。貴女は本気で戦っていなかっただろう?」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。まあ結果的に知りたかったことは知られたからいいけど。それに――――」

一刀が去りゆくその背中に声を掛けると、雪蓮は歩みを止めずに言葉を紡いだ。だが一度言葉を切ると振り返り。


「これ以上続けると、箍が外れて殺っちゃいそうだったしね♪」


――全身の毛が弥立つような、酷く美しい笑顔でそう告げた。





「面白いわね、彼」

大広間へと戻る途中。振り返っても一刀の姿が見えなくなったところで、雪蓮は独り言のように呟いた。

「・・・北郷のことですか。確かに、男であれほどの武を持つ者も珍しいですが」

それに付き添う甘寧――思春が、先ほどの戦いを思い返しながらそう答える。その言葉に雪蓮が「何か他にも言いたげね?」と返すと、思春は少し迷う素振りを見せて。

「――あの男は、どこか底知れない部分があります。今後、呉の障害になることがあれば・・・」

「厄介でしょうね。ただでさえ関羽や張飛が居るというのに・・・劉備軍が急成長を遂げた理由も、頷けるわ」

「一部では、あの男は天の国からやってきたと噂になっています。その風評の後押しもあったのでしょうが」

「官輅の占いでしょう? でも、それだけじゃないわね。武将の質、軍師の質、兵たちの結束力。それらが、劉備を長とした形で上手いように噛み合っている。・・・本当の難敵は、曹魏ではなく蜀軍かもしれない、か。―――興覇」

「はっ!」

「呉に帰還後は、もう一度兵たちを鍛え上げるわよ。来るべき決戦に備えて、ね」

「御意」







『―――ふう。流石に疲れたな』

同じ場所に留まっているのは拙いと考えた一刀は、階段を駆け上がって三階で息を潜めていた。

少し、足が重く感じる。先ほどの真剣勝負とも思える刀の交わりで溜まった疲労は、決して少ないものではなかった。

『さて・・・どうしようか』

勿論、この鬼ごっこにも制限時間が決められている。自分の感覚をあてにするとすれば、終了の銅鑼が鳴り響くまで、あと一刻を切った頃だろう。

それまでこうしてただ待つか。それとも、囲まれた時の危険性を考慮して逃げ回るか。

「・・・流石に少し卑怯かな」

賢い選択は前者なのだろう。足に疲労が溜まっている以上、その方が効率が良い。

しかし、自分のことを守ろうと、真剣になってくれている蜀軍の仲間の努力を無駄にするようなことはしたくない。

――いや、曹操が残っていることを考えると、どちらとも言えないか。

だが彼女の「余興」という言葉を信じきるならば、ただ隠れているだけなど余興としてすら成り立たない。

「・・・行くか」

一刀は隠れていた部屋の扉から顔だけ出して、左右を確認して安全を確認すると、そのまま警戒心最大で長い廊下を歩き始めた。





「あわわ・・・しゅ、朱里ちゃん、そろそろ来るよ」

「はわわ。だ、大丈夫だよ。もう準備も整ってるし」

「後は一刀さんが・・・」

「うん、こっちの策に上手く乗ってくれるといいんだけど・・・」





「・・・ん、これは?」

廊下の突き当たり。左右に分かれる道の真ん中に、目立つようにその標識は据えてあった。


“一刀さんへ。

星さんや鈴々ちゃんとの戦闘を避けたければ、右へ行くといいですよ。

朱里・雛里より”


「わざとらしすぎるが・・・こんな手を打ってくるとはな。混乱してくる」

常識的に考えれば、これは罠。だが稀代の名軍師である諸葛亮と鳳統が、こんな捻りもない罠を仕掛けてくるだろうか。

右と見せかけて左。左と見せかけて右。あるいは、その左右どちらにも星と鈴々が潜んでいるというのも、充分にあり得る話だ。

この策の恐ろしい所は、朱里と雛里の名をわざわざ載せている事だ。彼女たちの智謀を知り尽くしている一刀にとって、これほど効果のある罠は無い。

正直、どう考えても裏を抑えられている気持ちになるのだ。ならば、自分の直感を信じてみようではないか。

「来た道を戻る、か。少なくとも、悪手にはならんだろ」

そう決断づけた一刀は、ジリジリと後ずさるようにして後退していく。突き当たりに立つ標識から、目を逸らさないようにして。

だが、それがいけなかった。突然背後から聞こえた扉を開け放つ音に、一瞬反応が遅れてしまった。

「お兄ちゃん、覚悟ーーーーー!」

「しまっ――――!」

だが、一刀の反射神経は並ではない。真一文字に薙ぎ払われた蛇矛の柄による風圧に頬を裂かれるも、何とか躱わして体勢を整え、標識の方へと駆けだす。

「良く躱わしましたが・・・残念。こちらは行き止まりですぞ、一刀殿」

チェックメイト。一刀の頭に、そんな言葉が過ぎる。

やはりこちらの思考は、小さい軍師たちには筒抜けだったようだ。この周到さは、おそらく一刀が後退することを読んでこその事だろう。

廊下の突き当たり。標識の前には、己の愛槍――龍牙を担ぐ星と、その後ろに隠れる雛里が立っていた。

「にゃはは、朱里と雛里は流石なのだ」

「まったくだ。あの思慮深い一刀殿が、ここまで綺麗に策に嵌ってくれるとはな。――いや、思慮深いからこそか」

前門の虎、後門の狼とはまさにこのことか。鈴々の後ろに、いつの間にか朱里もいることを目の端で確認した一刀は、諦めにも近い念を抱きながら双龍を抜く。

「・・・」

だが、動けない。隙を見せられない。この二人を相手に、切り抜ける手段があるというのか。

もし彼女たちが本当に敵ならば、既に斬り伏せられていてもおかしくはない状況だ。同時に襲い掛かられれば、対処の仕様がない。

『隣の部屋に入って、窓から逃げる。それが一番有効か?』

「言っておきますけど、一刀さん。その隣の部屋には愛紗さんが居ますよ?」

そんな考えが過ぎり、一瞬だが扉に目を向けてしまったのがいけなかった。目線を朱里に看破され、しっかりと釘を刺されてしまう。

本当に、隣の部屋に愛紗が居るのか。おそらくそれは嘘なのだろうが、少しでも可能性を考えた時点でこちらの負けだ。

もし仮に愛紗が居れば、扉を開けた直後の急襲となる。それでは確実に詰んでしまう。

そう結論付けてしまっては、もうその扉を開けることは出来なかった。たとえそれが、朱里の策だと分かっていても。

「―――さあ、どのようにしてこの状況を切り抜ける?」

まるで試すような星の声に、一刀は一度目を瞑り―――。

「・・・やってみるか」

何かを思いついたのか、その呟きと共に姿勢を低くして、双龍を構えた。



後編へ続く


後書き

777777HIT記念、リクエスト作品の中編になります〜^^

こっちの更新は割と不定期ですね。なにぶん、他の連載との兼ね合いもありまして・・・。

とはいえ、次の話でおそらく完結出来るはずなので、御容赦くださいませー。


さてさて、今回は雪蓮との決着(?)と、「星、鈴々、朱里、雛里連合軍」との接触までを書きました。

雪蓮との決着が着かなかったのは、元から決めていたことです。番外編でそれを語ってもおかしいかと。

二人の勝負の行方は、やはり本編で見てもらいたいですからね。・・・とはいえ、蜀軍は果たして呉と戦をするのかという疑問は残りますが(笑)

朱里と雛里は、一刀の心理を付いた巧妙な罠にしてみました。うん、まさに孔明の罠ですね(ぇ

そして策を共にする星と鈴々に囲まれ・・・一刀、絶対絶命!?

さて、このピンチを・・・どう潜り抜けさそうかな(汗)



2009.8.17  雅輝