『長引かせるわけにはいかないな・・・』
腰を落とし、重心を低くした姿勢は、これまで以上に足の疲労を一刀に訴えかけてきた。
先ほど鈴々の攻撃を回避してみせた時に、無理矢理な避け方をしたせいで相当な負担が掛かってしまった。筋などを痛めなかっただけマシとも取れるが。
『勝負は一瞬。もうこれしかない、か』
何度も逡巡したが、これ以上にこの状況から脱する妙手は見つからなかった。最小限の被害で、最大限の効果を。
「──っ、はああっ!」
「うりゃーーーーーーーーーーっ!」
張りつめた緊張感の中、二人が動く。目で合図をしあった星と鈴々は、全くの同タイミングで距離を詰めてきた。確かにそれこそが、彼女たちにとって一番効率の良い方法だろう。
だがそれを読んでいた一刀は、左手に持つ地龍を握り締め──―そして、放り投げた。
「うにゃ!!?」
回転斬の要領で一刀の手を離れた地龍は、まるでブーメランのような横回転で鈴々の足元を掬いにかかる。
彼女ならあるいは避けられたかもしれないが、後ろには朱里が居る。故に、咄嗟の判断で蛇矛を振るった。──それはすなわち、足元の柳葉刀に数秒でも気を取られたことになる。
気が付けば、鈴々の眼前に居たはずの一刀は忽然とその姿を消していた。
「──っ! 鈴々、上だ!!」
星の鋭い声が上がるが、もう遅い。
天龍を片手に常人ではあり得ない跳躍を見せた一刀は、ようやく状況が認識できた鈴々の頭上を易々と飛び越え、そのまま朱里の後ろを取った。
「──俺の勝ちだな?」
そうその場の四人に笑い掛けた一刀は、後ろから朱里の頭を帽子越しに撫でた。
言うなれば、朱里を人質に取った形だ。当然一刀が彼女に何かをするなどあり得ないので朱里も落ち着いてはいるが、もし敵ならば──確かに、この状況は星たちの負けなのだろう。
「──そんな妙手で来るとは。確かに、もう我々には何も出来ますまい」
「まさか、刀を投げつけて来るとは思わなかったのだー」
一杯食わされた鈴々は、若干悔しそうだ。膨れている彼女がその手に持っている地龍は、この余興が終わるまではおそらく返ってこないだろう。
「それで、どうする気です? このまま朱里を連れて行くおつもりですかな?」
「まさか。まだ曹操も残ってるんだし、そんな危険に遭わせられないって。尤も、ここで星たちが引いてくれなきゃ、それも吝かではないかもな」
「・・・ふっ、嘘が下手ですな。貴方がそんなことをするはず無いだろうに」
「(コクコク!)」
「ですね」
「なのだー」
星の言葉と、三人の同意に一刀は脱力しそうになる。――好意的な同意だと受け取っておこう。
「まあここはその言葉に騙されて、素直に退場することにしましょう」
「そうして貰えると助かる。流石に次に会ったら逃げられないからな。・・・じゃあ、また大広間で」
そう言い残して、一刀は走り去っていく。その背中を見送りながら、星は小さいため息を吐いた。
「あわよくばここで捕まえるつもりだったのだがな。流石は一刀殿だ」
「戦闘中の柔軟な戦術においては、私も雛里ちゃんもきっと敵いませんね」
朱里が若干嬉しそうに、星の彼に対する賛辞に答える。すると雛里が「でも・・・」とおずおずと口を開いた。
「一応、“最低限の目的”は達成したことですし、良しとしましょう」
「まさか向こうから投げてくるとは、思わなかったのだ」
そう言って鈴々が掲げるのは、先ほど一刀から奪取する形となった一振りの柳葉刀。
「いくら一刀殿とはいえ、刀一本で愛紗は交わせまい。・・・それに、我らが総大将も控えておられるしな」
「桃香様のことですか? でも―――」
「なぁに、確かにあの方には飛び抜けた武も知も無いが、それ以上に不思議な力を持っておられる。・・・一刀殿も、それに囚われている一人だしな」
意味深な台詞を吐いて、星は歩き出す。
そんな台詞に、年少組三人はお互いに顔を見合せながら、とりあえずその楽しそうな背中を追うのであった。
真・恋姫†無双 SS 「恋姫†演舞」 外伝
「乙女だらけの鬼ごっこ遊戯」
Written by 雅輝
<後編>
「はあ・・・拙いかな」
四階。朱里や鈴々たちの魔手から何とか逃れた一刀は、大広間のあるこの階へと戻って来ていた。
灯台下暗しとなるのかどうかは分からないが。余興の終了時刻まで残り僅かとなった以上、むしろ大広間から遠い場所は見つかると踏んだ。
既に足には疲れが溜まっており、また相棒もその片割れを失っている状態。こんな時に、もし曹操にでも出くわしたら―――。
「――あら、随分と疲れているじゃない?」
「・・・ははは、マジかよ」
思わず、乾いた笑いが零れる。
気配すら感じさせないほど静かに、彼女はそこに佇んでいた。その白魚のように綺麗な指先で、禍々しい鎌を握り締めながら。
そしてその後ろに、夏候姉妹が並ぶ。だが彼女たちは参加者ではないので、呉の甘寧同様、見ているだけに留まるのだろう。
「しかも、刀も一本しか無いようだけど?」
「ああ、さっきウチの連中と当たった時に、落として来てね」
軽口を叩きながら、一刀が天龍を構える。まだ衰えていない闘気をその身に感じながら、覇王はゆっくりと口端を歪めた。
「へぇ、大したものね。身体は満身創痍、刀を一本失っていても、まだそこまでの覇気を出せるなんて。貴方、面白いわ」
スッと目を細めた華琳は、一刀に倣い己が武器を構える。足は自然体にし、その右手に持つ「絶」という銘の鎌だけを前に出す、珍しい構え。
「合図があった方がいいかしらね。秋蘭、お願いするわ」
「御意」
打てば響くといった感じで、夏候淵――秋蘭が即座に応じる。既に彼女は両者の中央に立ち、その右腕を真っ直ぐ上に上げていた。
「さて――準備はいいかしら? 余興の最終局面よ?」
「・・・ああ、いつでも。最終になる気は更々無いけどね」
そして、余裕の笑みと精一杯の強がりを交わした両者は。
「―――始めっ!!」
秋蘭の手が振り下ろされるのと同時に、勢いよくその刃を合わせた。
「むう・・・」
「姉者?」
二人の立会を見つめながら軽く眉を潜ませた姉を、秋蘭は見逃さなかった。
「いや、やはり妙な剣を使うなと思ってな」
「・・・まあ確かに」
武に関しては発言を外さない春蘭の言葉に、妹は納得したように頷く。
双刀を用いた曲線的な剣術。それそのものは中国剣術を思わせなくもないが、似て非なるもの。
北郷家の剣は、二振りの柳葉刀も含めて中国剣術の流れを汲んではいるが、その土台の色自体が変わるほど、我流により研鑽と進化を続けてきた。
従って、この時代の人間には異質と捉えられてしまう。中華の曲と、日ノ本の直を融合させた、変幻自在な剣捌きは。
“ギイイイイイイイインッ!”
一際大きな衝音と同時に、二人が間合いを開ける。
未だ涼しげな華琳に対して、一刀の息はすでに上がっていた。だがそれでも尚、一本しか無い相棒と共に闘志を向ける。
「――天晴れね、北郷一刀。正直ここまでやるとは思っていなかったわ」
「はぁっ・・・はぁっ・・・まだ、終わって、ないだろ?」
「ええ。でも――次は、もう防げない」
その言葉と共に、華琳が踏み込む。当然、一刀も反応してはいるが――。
「な―――っ!?」
今までの打ち合いから想定していた速力の、更に倍。そう、華琳はこの踏み込みの布石のために、わざと動きの無い戦い方をしていたのだ。
『やられる・・・っ』
頭では反応しているが、疲れきった体はそこまで機敏ではない。防御も儘ならない一刀の視界の端に――何かが映った。
“ザンッ!!”
その何かは物凄い速度で飛来し、ほとんど距離の無かった華琳と一刀を遮るように、その隙間の廊下に突き刺さる。
「・・・やはり来たわね」
華琳は「ふふっ」と楽しげに微笑むと、一刀に届くはずだった絶を肩に担ぎ、物体――青龍偃月刀が飛んできた方向を向いた。
危機を脱した一刀は一旦大きく飛びずさり、改めて先ほども目の端に映った「彼女」へと顔を向ける。
「・・・愛紗」
「ご無事ですか、一刀殿」
まさに威風堂々。そこには一刀が、戦場で最も信頼する戦女神が佇んでいた。
「それで、彼を逃がすなんて・・・いったい、どういうつもりなのかしら?」
華琳の言葉通り、一刀は既にこの場には居ない。愛紗の「ここは私が食い止めますから、一刀殿はお逃げください」という言葉に、驚きながらも従った結果だ。
よって対峙するのは、大国魏の首領である曹孟徳と、最強の軍神との呼び声高い関雲長。
だが、その愛紗を目の前にしても、華琳は余裕の態度を崩さない。それこそが、覇王たる所以か。
「それとも、ここで私を倒してから貴女が狩り取る心算なのかしら。もう私たち以外はほとんど脱落してしまったようだし」
今回の余興の主催者として、華琳の元には常に伝令による連絡が入るようになっている。その報告によれば、江東の麒麟児も、蜀の二大軍師も、勇猛名高い張飛や趙雲も、悉く目の前の男将を捕まえることは出来なかったらしい。
後は最初から勝負は終盤と決めていた自分と、偃月刀を振るう戦女神と、そして―――。
「ふっ。もう一人残っておられるのを、まさかお忘れではないでしょう?」
「・・・まさか、劉備のこと? それこそ冗談。確かにあの子には人を惹き付ける力があるのかもしれないけど、それだけ。戦いには向いていないわ」
「そう、あの方は優しすぎる。確かに戦いには向いていない。でも――だからこそ、「我々」の勝ちなのですよ」
「・・・なるほど、これが最後の関門ってわけか」
もう残り時間はほとんど無い。
そんな中、大広間へと向かう道の途中で、彼女は立っていた。その顔に、いつもの柔和な笑みを浮かべながら。
「待ってたよ、一刀さん」
「桃香・・・」
一刀は彼女の名を呟くだけで、腰の鞘から天龍を抜こうとはしない。
当然だ。普段はフランクに接している両者だが、その間にはれっきとした主従関係がある。
主君と、その忠臣。いくら余興とはいえ、刃を向けられるわけがない。
愛紗が一刀を相手取った時のために、最低でも双龍のどちらかは奪おうと計画していた朱里たちだったが、相手が桃香と限定されているならばおそらくそんな事は考えなかっただろう。
それほどには、彼女たちは蜀軍唯一の男将である一刀のことを理解していた。
「通してくれ――ないんだろうな」
「うん、一刀さんはここで私に狩られちゃうんだよ♪」
なかなか物騒なことを、素敵な笑みで言う。だがその手には、劉勝の末裔の証である靖王伝家は握られていない。
「戦って・・・じゃないよな?」
「もっちろん、私が一刀さんに適うわけないよ〜。だから・・・星ちゃんから教えてもらった方法でいくね?」
「・・・星に教えてもらった方法?」
一刀の脳裏に、あの果てしなく悪戯好きな仲間の顔が思い浮かぶ。―――嫌な予感がした。
「えっとねぇ、まずは近づいて・・・」
「お、おい・・・」
すすっと桃香が無警戒に寄って来る。だが反応が遅れた一刀は、その接近を許してしまい、そして。
「・・・えいっ♪」
「――おわっ!!」
プルンと、まるでゼリーのような感触が腕に纏わりついた。
数秒遅れて反応した一刀の視線は、自らの腕と――その腕を挟んでいる、桃香の豊かすぎる胸に向いていた。
「と、とととととと桃香!?」
「次は〜、それっ♪」
「おうっ!?」
腕を解放されて一瞬の安息を得た一刀を、更なる衝撃が襲う。
彼の真正面に回った桃香は、今度はその背中に腕を回すようにして抱きついた。当然、先ほどのゼリーのような感触もセット――いや、先ほど以上に感じてしまう結果となる。
『・・・駄目だ、頭がクラクラしてきた』
これまでの人生、精一杯自らの武を極めようとしてきた一刀だ。当然色恋沙汰には疎いし、それ以上に女性に対する免疫が無い。
家族にも女兄弟は居ないし、母も幼い頃に他界しているので、居るのは優しい祖母だけ。
そんな朴念仁に、桃香の胸部の凶器は危険すぎる。その天然から織り成されるシンプルな色仕掛けは、絶大な効果を発揮していた。
「そして最後は・・・うぅ、これは流石に恥ずかしいよぉ」
一刀はぼんやりとした思考の中で、桃香の唸り声が聞いていた。虚ろな視線を向けると、その頬はいつもより赤くなっているように感じる。
「でも、これはある意味好機かも。愛紗ちゃんたちには悪いけど・・・私だって、譲れないもの」
ブツブツと何かを呟いているが、一刀の耳には届いて来ない。今の彼の神経の九割方は、ゼリーが押しつけられている自分の胸板に向いているのだから。
「・・・一刀さん!」
やがて少しだけ身体を離した桃香が、決意のこもった瞳を向けてきた。一刀も惰性で視線を下げる。
「んぅっ!!」
「・・・んんんんんんっ!!??」
それは間違いなく、本日最大の衝撃だった。
しっかりと重なった唇。口内を蹂躙する甘い吐息。
重なっていたのは数秒かもしれないが、面白いほどにカクンと、簡単に一刀の膝は折れた。
「・・・まさか本当に劉備が勝つとはね。思ってもみなかったわ」
「えへへ〜♪」
場所は元に戻って大広間。玉座に座る華琳の皮肉に対して、褒められていると思ったのか桃香は蕩けるような笑みを浮かべた。
「まったく、桃香さまには敵いませんね」
「お兄ちゃんは、お姉ちゃんにはすっごく弱いのだ〜」
彼女の義姉妹たちも、若干呆れ顔。だが他の蜀の面々も含め、内心では桃香が勝ってくれてホッとしているのも事実だ。
「しかし桃香殿、どうやって一刀殿を陥落させたのですか?」
「えっ、星ちゃんが教えてくれた方法を実践しただけだけど?」
「・・・まさか、本当に実行なされるとは。半分は冗談だったのですが」
桃香の返事を聞いて、星は苦笑いを浮かべた。彼女の言うとおり、桃香に教えたことの半分――後半部分は悪ノリした結果でしかない。
それが実行されたとなると――。
「ということは、桃香殿はやはり一刀殿と?」
「うん、口付けを交わしちゃった♪」
―――ビシッ!!
はにかみながら、どこか幸せそうに発された桃香の一言は、大広間の空気を一瞬にして凍らせた。・・・主に蜀の面子によって。
何が起こったのか分かっていないのは、当事者である二人だけ。
「・・・一刀殿、これはどういうことでしょう?」
「むぅー、二人ともずるいのだ!」
「朱里ちゃん、どうしよう、一刀さんがぁ・・・」
「お、落ち着いて雛里ちゃん。こんなこともあろうかと、特性の媚薬を作っておいたから、そ、そ、それを一刀さんに飲ませれば――」
「・・・ふむ、私は自分が思っていた以上に嫉妬深い人間だったらしい」
「えっ、ちょっ、みんな!?」
各々の武器を持って、愛紗が、鈴々が、朱里と雛里が、星が、ユラリと立ち上がる。
瞬時に身の危険を察知した一刀は、脱兎の如く大広間から脱出を図った。
「か、勘弁してくれえええ!!」
「逃がしませんよ!」
「さっきの借りを返すのだ!」
「じゃあ雛里ちゃん、私たちは・・・」
「うん、一刀さんの逃走経路の予測だね?」
「今度はやられませんぞ!」
どたばたと、騒がしく大広間を出ていく六つの影を見送りながら、華琳は呆れたようにため息をついた。
「はぁ、まったく。馬鹿騒ぎなら余所でやってもらいたいものね」
「そんなこと言いつつ、また面白いことになってきたとか思ってるんでしょ?」
「――当然」
にやりと、華琳と彼女に話しかけた雪蓮が同時に怪しげな笑みを浮かべる。そして己が相棒を片手に、四階の廊下へと消えていった。
「あ、あれ? いつの間にか私だけになってる!? ま、待ってぇ〜〜〜〜!!」
そして最後の一人となってしまった桃香も、情けない声を上げながら彼女たちの背中に続いた。
―――まだまだ、乙女たちによる鬼ごっこ遊戯は終わらないようだ。
後書き
ども、雅輝です。777777HITリクエスト作品、ようやく完結しました!
いや、ホント長かった^^; 久しぶりに完全オリジナルを書いたせいか、なかなか筆の動きが遅くて。
結局一月くらい掛かってしまいましたからね。反省反省。
さて内容は――最後にまさかのどんでん返し!?みたいな感じで(ぇ
でも割と違和感なく終われたかも。・・・いや、どうだろう?(笑)
ちょっと強引すぎたかなぁという気がしないでもないかなぁ。むむむ。
それでは、リクエストしてくださった鷹さん。そしてここまで読んでくださった全ての皆様に。
ありがとうございました!今後とも「Memories
Base」を宜しくお願い致します^^
桃香「ご主人様、感想はここにね♪」