「狩りをしましょう、劉備。いえ、この場にいる全ての将よ」

場所は落成したばかりの許都。三国間の関係も表面的には悪くない時期を狙って、曹操――華琳は、他の二国を都の落成祝いに招いていた。

ただでさえ、北方の巨人たる曹操は強い。無碍に断って関係を悪くすることを良しとしなかった蜀呉両国の軍師は、其々の主に参加を進言する。

そして本日。和やかささえ呈していた三国の宴は、玉座から放たれた華琳の言葉により、空気が変わった。

「この場にいながらただ一人の男性である将、北郷一刀の心を、誰がいの一番に狩り取れるかをね」

「・・・へ?」

振る舞われる美味な料理にがっついていた一刀の間抜けな声だけが、宴の会場である大広間に舞う。

「・・・どういうことですか?」

続いて桃香が、いつもの柔らかい声とは明らかに質の違う声で、華琳に疑問をぶつけた。華琳は「貴女でもそんな声が出来るのね」と軽口を返すと、その顔に嗜虐的な笑みを浮かべて。

「言葉通りの意味よ。ここまで見目麗しい女性が揃っている中、折角まともな男が居るのですもの。有効活用しなくちゃ、勿体無いじゃない?」

「有効活用・・・一刀殿は物ではありません!!」

「そうなのだ! それにお兄ちゃんは、鈴々たちの国の将なのだ!」

桃香と同じく、一刀と義兄妹の契りを結んだ愛紗と鈴々がそれぞれ抗議をする。だが華琳は、勇将二人の殺気にも似たそれを受け流すように、余裕の表情で手に持つ酒杯をその形の良い唇に傾けた。

「そう熱くならないで、これは余興に過ぎないわ。酒宴を盛り上げるためのお遊び。何か問題はあるかしら?」

「そ、それは・・・」

そこまでハッキリと「余興」と言われてしまっては、愛紗も返す言葉が無い。あまり大事にするわけにもいかず、納得のいかない表情ながら、鈴々を制して引き下がった。

「他に意見のある者は居る?」

「じゃあ質問。それって、私たち呉の将たちも参加しなくてはいけないの?」

あの華琳に物怖じせず、堂々と鋭い眼を向ける褐色の美女は、江東の麒麟児と名高い孫伯符。雪蓮の真名を持つ彼女は、明らかに乗り気では無い表情で玉座の華琳を睨みつける。

「ええ。まあ今回、呉からは数人しか来ていないようだし、参加者は一人でいいわ。当然貴女が出るんでしょう?」

「・・・ふふっ、上等よ」

暗い笑みを交わす美女二人。その圧倒的な存在感に、桃香を始めとした蜀の面々も何も言えなくなる。

「――それで、狩りって具体的にはどういうことなんだ?」

そしてそんな一触即発の雰囲気の中、当事者である一刀が口を開いた。その問に、華琳が雪蓮から一刀へと視線を移す。

「ただ武で勝負してもつまらないでしょう。勝負方法は、貴方が決定すればいいわ」

「・・・俺が?」

「ええ。ただし、あくまで公平にお願いするわ。もし蜀に有利になるような催しにしたら・・・分かっているわね?」

「・・・はは、俺もそこまで馬鹿じゃないよ」

そう、これはただの余興、単なる遊びに過ぎない。そんなことで卑怯な手を使ってまでして勝っても、華琳の不興を買うだけで何も得るものはない。

『しっかし・・・勝負方法ねぇ』

思案する。武闘大会は、先ほど華琳が言ったように人によっては不利になるから駄目。極論でいえば、蜀の小さい二大軍師でも勝てるような内容が望ましい。逆に、智に偏り過ぎるものも当然却下だ。

『でも、そんな方法なんてなかなか―――って、あるじゃないか!』

華琳の「お遊び」という単語から閃く。子供時代、誰しもがやったことがあるのではないかと思われる遊戯。体力勝負な面が大きいが、これなら機転が利く軍師の諸君たちも参加できるのではないだろうか。

「じゃあ・・・鬼ごっこなんてどうかな?」

「「「「「鬼ごっこ?」」」」」

会場のほとんどが疑問の声と共に首を傾げる。

―――どうやら、一刀が説明する必要がありそうだ。





真・恋姫†無双 SS  「恋姫†演舞」 外伝

             「乙女だらけの鬼ごっこ遊戯」

                              Written by 雅輝






<前編>





「さて、どうすっかな・・・」

許都の中央に堂々と座る、華琳の本拠地とも言える城。その廊下を、常人離れした脚力で駆けながら、一刀は思案するように呟いた。

まだ他の皆は、先ほど宴を行なっていた大広間に居るだろう。

何故なら、この鬼ごっこは少し特殊なルール。鬼は一人ではなく、その真逆――つまり、逃げる一刀以外の参加者は、全員が鬼という過酷なもの。

「逃げる場所も限られてるし・・・これは思ったよりきついかもな」

一刀の言うように、鬼ごっこの範囲はこの城の敷地内と定められている。

許都全域だと広すぎるし、統治者の余興で民に迷惑を掛けるなど以ての外だ、とは華琳の言。当然二国も賛成であり、そのため場所は城に限定されたのだが・・・逃げる方にとっては有難くない話だ。

「とりあえず様子見、かな」

城の中は自由に使っていいとは言われたが、下手に動き回るよりは一カ所に隠れるように留まっていた方が良いだろう。体力の消費も最小限に抑えられる。

「ふう・・・」

半開きになっていた部屋を見つけ、中に人の気配が無いのを確認してから侵入する。ちなみに、既に華琳の方から伝達はされており、今この城には最低限の親衛隊しか居ない。

いくら現在、明確な対立関係には無いとはいえ、他国の者に城を――しかも自分の本拠地を預けているような状態。あの曹操に限って、何も考えていないということはないだろう。これが曹孟徳の器の大きさなのだと、一刀は一人納得した。







「さて、そろそろ始めましょうか」

一刀が大広間を出て半刻。そろそろ頃合いと見た華琳は、今回の余興の参加者たちにそう呼び掛けた。

                                             くじ

三国の代表―――桃香、華琳、雪蓮以外の参加者は、籤で決めた。その結果、愛紗、鈴々、星、朱里、雛里と蜀の面子ばかりになってしまったが、何も不正があったわけではない。

元々曹操軍は、袁紹軍に対する警戒のため、将の半分以上が国境付近の砦に出向いている状態であるし、孫呉も南下政策の準備のためという建前で大部分の将は自国に残っている。

対して蜀は、将のほとんどが行きたいと希望――その理由は様々だが――したため、少し大所帯となっている。当然、籤に当たる可能性も高い。

「そうね、いいんじゃない? それじゃあ、お先に行かせてもらうわ」

未だ機嫌を直していない雪蓮が、護衛として連れてきた甘寧――思春を伴って大広間を後にする。早く終わらせてしまおうという魂胆なのだろうか。

「じゃあ、私たちも行こうか?」

「鈴々たちが、お兄ちゃんを狩り取れば何の問題も無いのだ!」

「そうです。一刀殿を、他の国の者に狩らせるわけにはいきません」

「当然! 私達で、一刀さんを捕まえちゃおう!」

続いて蜀の三義姉妹が。それぞれの意気込みを口に出しつつ、大広間を飛び出す。朱里と雛里のコンビも「用意がありますので」と一言残して出ていくと、その場にはまだ玉座に座る華琳と、その両脇を固める夏候姉妹。そして趙雲――星だけが残った。

「貴女は行かないのかしら?」

「行きますとも。でも今は・・・貴女の考えの方に興味がありましてね」

「考え?」

「ええ。何ゆえ、一刀殿を余興の主役に持ちだしたのか―――貴女ほどの人物でも、彼に興味を惹かれましたかな?」

「―――ふふっ、さあね。貴女はどう思う?」

質問を質問で返され、星は苦笑して両手を上げた。同時に、「なるほど」と呟く。

「ならば、こちらの都合で解釈させて貰いましょう。――貴女ほどの人物でも、彼に惹かれましたか」

「では、私も往きます」と言葉を続けて、大広間を静かに出ていく星の背中を、玉座の華琳は面白そうな顔で見送る。

「大した観察眼ね、趙子龍。貴女の言葉――男女のそれではないけれど、あながち間違ってはいないわ」

そう言って、玉座を立ち上がる。「では、そろそろ私たちも行きましょうか」とゆっくりと歩き出す王の背中に、言葉を向けられた夏候姉妹がピッタリと張り付いた。







城は四階建て、その最上階に大広間は存在し、一刀が入った部屋は二階に位置する。

範囲が城内に限られている以上、いくら気配を消して隠れようとも、鬼役の誰かと遭遇することは避けられないだろう。

そんな時、いかにして逃げ切れるかが勝負の鍵となる。一階や四階では、逃げ道が狭まってしまう惧れがあった。

故に、上下の階段が存在し、なおかつ鬼の集まる場所である大広間から一番遠い二階が、最適であると一刀は踏んだのだが。

――それは逆を返せば、敵からも読まれ易いということ。

「――っ!」

開始から数分が経った頃だろうか。唐突に、鈴の音が聞こえた気がした。

同時に感じたのは、猪突の如く勢いで迫ってくる強い気配。

一刀は、本能レベルで咄嗟に飛び退いた。刹那、それまで一刀が腰を掛けていた円卓が真っ二つに割れていた。

「へぇ、今のを躱わすんだ。あながち、噂も間違いじゃないみたいね」

愉悦の笑いと、獰猛な獣を彷彿とさせるような瞳。紫の長髪を靡かせて、片膝を付いた状態からゆらりと立ち上がったのは――。

「・・・孫伯符。いきなり会うのが貴女とは、俺も運が無い」

「嘘が下手ね。そう言っている間にも、どこか逃げ道は無いかと目を光らせてるじゃないの」

「・・・」

見抜かれているそれに、一刀は肩を竦めることで答えた。やはり、隙など無さそうだ。

先ほどの攻撃にしても、わざと避けやすいような位置に刀を振るったのだろう。自分が部屋の扉の前に、一刀が部屋の奥になるよう上手く誘導して。

『さて、どうするか・・・』

歴史上の孫伯符と言えば、短命ではあったが武に関しては非凡と言わざるを得ない、江東の麒麟児として名が知れ渡っている。

こうして相対していても、分かる。間違いなく、愛紗や鈴々の位置にいる将だということが。

そしてその後ろに立っているのは、孫策の護衛だと思われる甘興覇。涼しげな鋭い目で、一刀を睨みつけるように佇んでいた。

「? ああ、思春の事? 大丈夫よ、呉から参加しているのは私一人だけだから、この娘は手出ししないわ」

「――はは、それは有難いね」

これで危惧すべきことが一つ減った。流石に孫策と甘寧の呉の二強を相手取って、逃げきれるとは思えない。

じりじりと後ずさる。後ろには大きな窓。窓硝子を破るようにして飛び下りれば、そこはまだ城壁の中。すなわち城の敷地内だ。

一瞬そう考えるも、すぐに却下する。もう既に相手の間合いに入ってしまっている以上、逃げようと隙を見せれば即座に刃が迫るだろう。

それを躱わせるかどうか。いや、そんな分の悪い賭けより、もっと良い方法は無いものか――。

「――もう考えても無駄よ。捕まりたくなければ、私と一戦を交えるほか無いわ」

それ以上の選択肢を考える必要性は、皆無だと言わんばかりに。

雪蓮は不敵な笑みを浮かべながら、スラァッと流麗な動作で、一刀の目の前に長剣――南海覇王の刃を突きつけた。



中編へ続く


後書き

こんばんは! 早めの夏休みも終わり、仕事が再開されて早くも鬱になりそうな管理人です(笑)

今回の作品は、777777HITのキリ番リクエスト作品。恋姫演舞の外伝を書くこととなりました。


余興の内容を、鬼ごっこという形にしてみましたが、やはり全員を一度に動かすのは難しいですね。その辺りを上手く表現出来ているか、結構不安だったり。

最初の相手は孫策。いきなりの強敵、油断など欠片も出来ない相手に、一刀はどう立ち向かうのか―――。


一応、三部作の予定です。もしかしたら内容次第によって、増えたり減ったりするかもしれませんが^^;

ではでは、また次のお話で!



2009.8.7  雅輝