県城の中央に位置する、部隊を調練するための調練場には、二つの人影があった。
関雲長と張翼徳。三国志を代表する二人の武人は、互いの得物を手に、しかし微笑みすら交えながら対峙する。
「こうして、愛紗と訓練するのも久し振りなのだ」
「そうだな。最後にしたのは、まだ桃香様と出会っていない時か。・・・手加減はしないぞ?」
「もちろん、むしろしたら怒るのだ!」
「はは、それは頼もしいな」
その言葉を皮切りに、愛紗は青龍偃月刀を。そして鈴々は丈八蛇矛を握りしめ、相手に向ける。
思わず息を呑むほどの緊張感。先ほどまで鈴々が調練していた部隊は、休憩時間にも関わらずそのほとんどがこの模擬戦という名の一騎討ちを見学しており、己が指揮官たちの醸し出す闘気にその体を震わせた。
「「・・・」」
息が詰まるほどの無音。見学者たちも誰一人として喋らぬ中、その中の一人が緊張ゆえに取り落とした武器の音が、甲高く辺りに響き――。
「「――っ!」」
それを合図とした二人は駆けだし、その距離を一気に縮めた。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<9> 張翼徳の本気
『凄い・・・いや、凄まじいの一言に尽きるな』
街から戻ってきたところに偶然居合わせた一刀は、愛紗と鈴々の真剣勝負に見惚れていた。
その様は、ピッタリと息の合った演武のような美しさを保ちながら、しかし見る者を圧倒させる苛烈さも含んでおり。
一刀を始めとした他の兵たちも、ただただ口を半開きにして見入っていた。
そしてやがて、その戦いにも決着が訪れる。全力を賭すかのように互いに豪声を上げながらの一撃は、激しい金属同士の衝音を打ち鳴らしながら、偃月刀と蛇矛をそれぞれ弾き飛ばした。
ザンッと、地面に得物が刺さる二つの音が重なる。
「・・・ふっ、強くなったな。鈴々」
「そういう愛紗こそ。流石なのだ」
”パチパチパチ・・・”
一騎討ちの終焉を飾ったのは、互いに相手を讃える言葉と――一刀による、拍手の音であった。
それを機に、喝采が爆発する。皆が我らが将を口々に讃え、その兵たちの様子に鈴々は無邪気に笑ってみせ、愛紗は軽く頬を染めつつ声を張った。
「休憩時間も残り少しだ! 皆、次の調練の準備に取り掛かれっ!!」
猛将の怒気を孕んだ号令に、兵たちは一様に冷や汗を流しながら従った。後に残されたのは、まだ少し荒い息を吐く二人と、一刀のみ。
「お兄ちゃんも見てたのかー?」
「ああ、途中からだけどね。いいものを見させてもらったよ」
「まったく、一刀殿も人が悪い。あの拍手は、まるで周りを煽っているようなものじゃないですか」
「俺にその意思はなかったんだけどね。気が付けば手を叩いてた。きっと俺がやらなくても、きっと他の誰かがやってたさ」
悪びれない一刀の真っ直ぐな賞賛の言葉に、また少し愛紗は顔を赤らめる。
そんな義姉の様子に気づいているのかいないのか。鈴々は自分の蛇矛を拾ってくると、その無邪気な声とは正反対の物騒な提案をしてきた。
「ねえねえ、お兄ちゃんも一度、鈴々と手合わせして欲しいのだ!」
「へ? 俺が?」
「うん! 愛紗ともやったんだから、鈴々ともやるのだ!」
「と言われてもなぁ・・・」と呟きながら、一刀はそっと愛紗を見遣る。
しかし彼も一度戦ったことのある女傑は、首を二、三度横に振ることで答えを返した。
「この状態になってしまった鈴々には、何を言っても無駄ですよ。それに・・・二人も、互いの力量を知るいい機会ではありませんか」
「いや、俺としてはもう鈴々の力量は分かったつもりでいるけど・・・」
彼は、先ほどの愛紗と鈴々の勝負を見ているのだ。しかし暗にそう言った一刀の考えは、ニヤリと悪戯っぽく笑った愛紗によって覆される。
「先ほどの勝負が、鈴々の本気と思わないことです。やつの本気は・・・この私でも、恐ろしい」
『んで、結局闘うことになりましたよっと・・・』
一刀は軽く屈伸をしながら、目の前で同じく準備運動をしている赤髪の少女を見る。
『あの関雲長が恐れる、鈴々の本気か・・・。そんな事を言われたら、武人として黙ってられるはずがないじゃないか』
自分が彼女の本気を引き出せるとは限らないが、それでも手合わせしたくなったのは、やはり一刀の武人としての血ゆえか。
――この、まだ幼さが残る豪傑と。
「・・・さて、こっちの準備は出来たぞ」
「鈴々は、いつでも大丈夫なのだ!」
いつの間にか周りは、先ほどのように啄県の兵たちによって囲まれていた。
兵としては、準備を終えて戻ってきたところに、また先ほどのような将同士の一騎討ちが始まるのだ。立会人を務める関将軍も黙認しているようなので、期待を寄せながら見学に興じていた。
少し騒がしかった見学人たちも、二人の将がその武器を構えた途端、水を打ったかのような静けさを取り戻す。
これから始まる至高の勝負に、水を差そうとする輩など居るはずもない。
鈴々が右手に握っていた蛇矛に左手も添えると、何とも形容しがたい威圧感が一刀を襲った。
『これが、張翼徳か・・・っ』
ビリビリと震える空気に負けぬよう、一刀も双龍を構えて闘気を吐き出す。目の前にいるのは、かの有名な燕人・張飛。
手加減など出来るはずもないし、油断や慢心なども全て捨て去る。次の瞬間、そこに立っていたのは、鈴々にとっての「お兄ちゃん」ではなく、戦場に身を置く一介の武将であった。
『うぅ〜・・・ウズウズするのだ!』
そして鈴々もまた、吐き出された一刀の闘気に体を震わせていた。もちろんそれは、怯えから来るものではなく、武者震い。
『お兄ちゃんの戦闘技術はすごい。小手先の技術は、鈴々よりも全然上。だったら、鈴々は力で勝負するのだ』
図らずも、一刀と闘った時の愛紗と同じ考えで戦闘方針を固め。
「――――始めっ!!」
立会人を務める義姉の一声で、思いきり地面を蹴った。
「うりゃあーーーーーーーーー!」
戦況を占う大事な初手は、鈴々の暴風を巻き起こすかのような兜割であった。
単調といえばそれまでの攻撃だが、忘れることなかれ。その蛇矛を操るのは、かの張翼徳。
剣速は凄まじく、風切音すら鳴らして迫る豪撃を前に、一刀の頭には既に受け止めるという選択肢は存在しなかった。
「―――ふっ!」
サイドステップで右に躱わし、すぐさま反撃に移る。右手に持つ天龍をこめかみに向けて横薙ぎ、しゃがんで躱わされると、今度は地龍を用いて避けた先に向けての回転斬り。
だが、そのレベルの攻撃が通用する相手ではない。いつの間にか短めに持っていた蛇矛で軽くいなされると、石突で反撃してくる。
顔面に向けられたその攻撃を、一刀は首を後ろに反らすことで何とか回避。続いて流れのままに行われた足元への薙ぎ払いを後方宙返りで躱わし、そのまま一度大きく距離を取った。
「・・・ふうっ」
まだ始まって数十秒というのに、既に一刀の呼吸は少し乱れていた。鈴々の一撃はどれも的確で、しかし読めず、とても心臓に悪いからだ。
『中距離では蛇矛の長さが生き、接近戦に持ち込めば短く持った刃と予想外の石突か。なかなか理に適っている』
こうして距離が開いている今でも、目の前の赤髪の少女は油断なく構え――しかしその瞳は、ただ純粋に強者との戦闘を楽しんでいるように見える。
『鈴々の性格や戦闘スタイルから、パワーファイターとばかり思っていたが・・・実際に手合わせしてみると、ここまで攻め辛いとは』
傍から見るとは違う、実際に相対したものだけが感じることのできる強さ。だが、彼女はまだ本気ではないのだろう・・・だからこそ、末恐ろしい。
「だけど、俺だってそう簡単に負けるわけにはいかないよなっと」
軽口のようにそう言いながら、しかしその瞳に決意を燃やし双龍を構える。
身体を半開きにし、左腕は前方に伸ばし地龍の刃の先端を相手に向ける。まだ天龍も同様に構えるも、それを持つ右腕は軽く引いた。
この世界に来て、初めて見せる構え。立会人を務める愛紗は微かに眉を動かし、鈴々は尚のこと警戒心を強める。
――そして、一刀が強く地面を蹴る。この試合、カウンター以外で初めて攻勢に移った彼の攻撃は、引いた天龍ではなく、伸ばしていた地龍での刺突であった。
「ふっ!」
「にゃ!?」
何のフェイクも無しに、ただただ眼前に迫ってくる単調な攻撃。だがそれ故に、読みが外れた鈴々は大いに慌てた。
それでも何とかバックステップで回避すると、その目の端で天龍がピクリと動くのが見えた。――今度こそ、右の突きだ。
「――うにゃ!!?」
だが、そんな彼女を嘲笑うかのように、再び交わしたはずの地龍が襲ってくる。先ほどと変わらない刺突で。
それを何とか紙一重で躱わすも、その後も”地龍”のみによる攻撃は続いた。
三撃目、四撃目、五撃目。単調な突きは繰り返される。まるで、ボクサーの左ジャブのように。
しかしそれも七撃を数えた頃、ついに鈴々の蛇矛が動く。その下段からの振り上げは、八撃目を弾き飛ばそうと地龍に迫った。
そして、それこそが一刀の狙い。
「―――掛かった」
その蛇矛の振り上げと同時に、既に一刀の左腕を引いていた。そしてその反動で腰を回転させ、引いていた右腕を前に突き出す。
そう、このまま使われないと思われていた天龍は、相手が痺れを切らす一瞬を狙って、光の如き速度でカウンターを合わせるためのものだったのだ。
ストレート
振り上げられた蛇矛は地龍に掠りもしないまま、驚き顔に染まる鈴々の頭上で一度動きを止めている。しかも一刀の「狙い」の集大成ともいえるその刺突は、当然申し分ないスピード。
一刀は、完全に捉えたと思った。立会人として間近で見ていた愛紗も、『まさか・・・』という思いでその刃の行く末を見守る。
「やっぱり、お兄ちゃんは凄いのだ」
その時、呟きが聞こえた。普段の彼女の声色とは微妙に異なる、どこか大人びた口調で。
「でも、鈴々の勝ち」
そして次の瞬間、捉えたはずの彼女の体は、忽然と目の前から消えていた。
「――なっ!?」
一刀の目を以ってしても、何が起こったのか分からない。ただ、躱わされたという事実だけは何とか認識できた。
でも、そこまでだ。
「・・・これが、鈴々の――張翼徳の本気、か」
思わず、呟きが漏れる。
首筋に冷たい感触。いつの間にか一刀の背後に回っていた鈴々の、肩に担がれた蛇矛の刃は、一刀の首筋に当てられていた。
即ちそれは、模擬戦の終了を示す光景。そして兵たちも、劇的な終焉に大きな歓声で応えた。
「ふう・・・」
「お疲れ様です、一刀殿」
「ん? ああ、ありがとう愛紗」
大きく息を吐きながら双龍を鞘に戻した一刀は、労いの言葉と汗を拭くための布を持って来てくれた愛紗に笑顔を向ける。
「よーし、それじゃあ次は、鶴翼陣なのだ! 一、二の・・・三っ!」
二人して目を向けた先では、既に鈴々が調練を開始していた。一刀との模擬戦で機嫌を良くした彼女は、普段より張り切っているように見える。
そして兵士たちも、自分たちの将の戦いを二戦も連続で見れて、これ以上ないほどに調練に対する士気も上がっていた。あんなに飛ばして後でバテなきゃいいけど、と苦笑する一刀を愛紗はチラリと横目で見ながら思う。
『まさか、鈴々の”本気状態”をいとも簡単に引き摺り出すとは・・・本当に、底が知れない』
自分ですらまだ一度しか引き出したことのない、義妹の本気――ある意味豹変とも呼べるほどの超集中状態。
『初めて手合わせしたあの時より、確実に強くなっている。それも、驚くべき速度で・・・』
愛紗はまだ記憶に残る一刀の双龍による乱撃を思い出し、歓喜とも羨望とも取れる吐息を吐きだす。
これは彼女もまだ知らないことだが、黄巾の襲撃時、一刀は初めて人を「斬って」いる。
それは現代では禁忌とされていることだが、この時代では必ずしもそうであるとは言えない。現に、戦争においてはいつの時代でも、人一人殺したからといって罰せられるわけではないし、むしろ英雄扱いされることもあるだろう。
そしてその行為は、武人としていつか超えなければならない一線。今まで実戦経験に乏しかった一刀が急激な成長を見せた裏には、そのような経緯があった。
「・・・私も、もっと強くならねば」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもありません。それより早く行かないと、鈴々が拗ねてしまいますよ?」
「おっと、それもそうだ。それじゃあ愛紗、仕事頑張ってな」
「ええ、そちらこそ」
最後に微笑みを交わし、一刀は調練場へ。愛紗は桃香の居るであろう執務室へとそれぞれ向かう。
「・・・」
一刀はその途中でその場に立ち止まると振り返り、県城に入ろうとする愛紗の背中を見送っていた。
「強くならねば、か・・・」
実は先ほどは聞き返した愛紗の呟きは、しっかりと一刀の耳に入っていた。聞き取りにくくて、その時は思わず聞き返してしまったが。
一刀が思うに、愛紗は既に完成されていると言っても過言ではないほど強い。それほど、全ての能力においてレベルが高い。
それでも、先ほどの彼女の呟きは本音なのだろう。向上心が高いといえばそれまでだが、きっとそんな理由ではない。
『仁徳の忠臣、関雲長。自身の武の向上も、全ては民のためか』
まだ知り合って間もないが、彼女の民に向ける真摯な想いは一刀も知っていた。
だからこそ、彼女は闘うのだろう。全ての人たちが笑って暮らせる、そんな理想の国を主と共に作るために。
「あの関雲長をライバル視する、というのもなかなかおこがましい行為だけどな」
まさか愛紗の方も自分に対して同じような感情を抱いているとは露にも思わない一刀は、おどけたような軽口の中に決意を秘めながら、今度こそ歩を進める。
――関雲長と、北郷一刀。これからも切磋琢磨し合っていくことになる二人の、ある意味では始まりとも言える瞬間であった。
10話へ続く
後書き
連載再開1話目は、一刀VS鈴々を書きました〜^^
8話に引き続き、拠点フェイズですね。前回が桃香だったので、今回は鈴々&愛紗という形で。
とりあえず、戦闘描写の難しさを再確認しました(笑) 読者の皆様に、どう伝わっているかが結構心配だったり。
今話では、一刀のあまりに器用な戦闘スタイルと、鈴々の強さが分かって頂ければ十分かなぁと思います。
次回は遂に、あの二人の軍師が登場します。もっと分かり易く言うと、「はわわ」と「あわわ」です(爆)
それでは〜。