桃園の誓いを交わし、さらにその絆を強固なものとした四人は、再び啄県の街へと戻ってきた。

そして黄巾党襲撃の直前に入っていた飲食店に入り、あの時払いそびれていた代金を清算した上で、再び同じ卓で顔を突き合わせる。

さらには、そうして談義する内容まで同じ。つまり、これからの予定について話し合うのである。

「幸いにも、義勇軍という形で軍を手に入れたわけだが・・・これからどうする?」

「う〜ん。兵糧を持たない私たちは、じっとしているわけにもいかないから、何らかの行動を起こす必要があるんだけど・・・」

一刀がまず主君である桃香に問うと、眉を八の字にした桃香が尤もな意見を言う。

確かに今の彼らには、五百もの軍を養うだけの金も、食料も無い。さらに、一応本拠地という形で啄県の居城を貸してもらってはいるが、それにいつまでも甘えているわけにもいかない。

よって、桃香の言う様に何らかのアクションが必要だった。そして今の彼らには、二つの選択肢が存在する。

「だったら、軍のみんなを連れて公孫賛のところに行けばいいのだ!」

肉まんを両手に持ちながら、口の端に食べかすを付けた鈴々がそう提案する。その意見は珍しく的を射ており、愛紗はそんな義妹の口を拭いながら考え込む。

「ふむ、確かにそれも一つの手だな。五百の軍勢を引き連れ、さらには学友であられる桃香様が申し込めば、客将として身を置けるか・・・」

「そうだね。白連ちゃんならきっと二つ返事で大丈夫だよ♪」

そしてその考えに、桃香も太鼓判を打つ。それは安易に考えているわけではなく、公孫賛を信頼しての言葉のようだ。

「公孫賛の客将。現状、最善手なのはそれともう一つくらいだな」

「もう一つ? ・・・ああ、先ほどの街の代表の話ですか」

一刀の言葉に、愛紗がこの街の町長とも言える人物から持ちかけられた話を思い出し、得心する。

「流石に、県令が逃げ出したと聞いた時は呆れ果てましたが」

「本当だよ!本来なら街を護る立場にある人が、黄巾党の襲撃を知った途端、あっさりと消えちゃうなんて!」

そう、桃香の憤慨するように、漢王朝からの任で政を敷いていた啄県の県令は、いとも簡単にこの街を見限って雲隠れしたのであった。

ちなみに県令とは現代でいう知事で、さらに行政もこなす存在といったところか。つまりは、一つの地域の君主のような存在。

そんな人間が、自分可愛さにその街の人々を捨て、黄巾の到着すら待たずして退散。理想を掲げる桃香が憤慨するのも分かるというもの。

さらに一刀にとってもその話は、彼女たちの言う「漢王朝の衰退」を嫌でも認識させられる結果となった。

「住民の気持ちも分かるな。だからこそ、共に闘ってくれた俺たち――いや、桃香に打診が来たというわけか」

町長が一刀たちに話したかったのは、何も県令の醜態ではない。

それに伴って空位となってしまった県令に、是非桃香を。それが住民たちの総意であるからと懇願してきたのだ。

「確かに治世は難しいと思う。でも、税によって軍は保てるし、弱小ではあるけど諸侯の一角として独立も出来る」

「うん。それにこれからこの国は、きっと動乱の時代に入ると思う。だからこそ、自分の陣営を確立しておけば・・・」

「これからの展開次第では、強国の一つとして成り上がることも出来る、ということですか」

一刀の見解に、桃香と愛紗も各々肯定的な意見を示す。鈴々はやはり難しい話は嫌いなのか、我関せずでスープを啜っている。

「まあ俺としては、この二つ以外はあまり薦められないかな。どちらにするかは・・・桃香、君が決めてくれ」

「え、私が?」

「私も一刀殿と同意見です。我々はあくまで道を示すだけ。そして貴女の決定ならば、私たちは命を賭してお供致しましょう」

「もちろん、鈴々もなのだ〜!」

「・・・分かった。そうだよね、私が決めなきゃだよね」

そうして、桃香が目を閉じて熟考し始めてから数分後。彼女の中でその答えが出た。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<8>  矛盾に対する答え





「まあ、答えは聞かずもがなって感じだったけどな」

一刀は三日前の桃香の決断を改めて思い返しながら、啄県の街をゆっくりと歩いていた。

そう、三日前。つまり決断から三日経ったにも関わらず、一刀がこうして啄県の街に居ることこそが、桃香の二択の答えだ。

――「啄県に残ろう」

桃香のその言葉は、義姉妹である愛紗や鈴々はおろか、一刀にさえ予想の付いていた言葉だった。

何故なら彼女が、困っている人や街を見捨てていくなんて選択肢、取れるはずがないのだから。

一刀たちがそのことを告げると、桃香は複雑そうな顔で「私ってそんなに分かり易いのかなぁ・・・」とぼやいていたのだが。

「それにしても・・・うん。いい街だ」

確かに人口もさほど多くはなく、田舎街と称されてもおかしくはない啄県だが、そこには栄えている都では得難い人々の温かさがあった。





桃香はあの決断の翌日。つまり二日前に正式に県令となり、まだ慌ただしい中で必死に政務をこなしている。

さらに愛紗は県丞――県令の副官――となり桃香を支えているし、鈴々は県尉――軍事・警察関係のまとめ役――として、義勇軍改め啄県の兵となった五百の兵の調練や部隊編成に余念が無い。

そして一刀はといえば、主に鈴々――つまり県尉の補佐を務めていた。

実は彼自身前々から疑問に思っていたのだが、一刀は言葉こそ通じるものの、この国の字はまったく読めなかったのだ。

よって、書簡と闘う政務のサポートは実質不可能。よって鈴々と共に部隊を預かりつつ、平行して中国語の猛勉強中である。

そして今は仕事も休憩時間。一刀は長めの休みを貰い、こうして一服と警邏を兼ねて県城から街までやってきた。

「・・・おっ、あれは」

街の中心にある広場のような場所に出ると、そこには元気に走り回る子供たちと、彼らに取り囲まれている彼の主――桃香の姿があった。

「げんとくさま〜。次は鬼ごっこしようぜ〜」

「わたし、おままごとがいい!」

「げんとくさま、だっこして〜」

「はいはい、順番にね。じゃあ・・・まずは、鬼ごっこをしよっか?」

「「「わ〜〜〜い!!」」」

「・・・桃香、楽しそうだな」

子供達の弾けんばかりの笑顔。そしてその中心にいる桃香もまた、笑っている。

そんな彼女の姿を遠くから眩しげに見つめながら、一刀は呟いた。

――きっと、あれが彼女の理想の一端なのだろう。

子供達が、いつまでも笑顔でいてくれること。そして、その笑顔を与えられる存在になること。

・・・いや、もしかすると彼女は今この瞬間、そんなに難しいことは考えていないのかもしれない。

単純に、子供たちと遊んであげたいから。その一心で、忙しい政務の合間を縫ってはこうして街まで来ているのだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってよ〜。みんな、早すぎ――あっ、だれ!? 今おしり触ったの〜!」

『・・・むしろ、遊ばれているの方が正しいかも』

主君に対して失礼だとは重々承知しているが、今の桃香を見ているとそんな感想を持ってしまう。

しばらく苦笑しながらそんな光景を見ていた一刀は、鬼ごっこの終了と同時に彼女に声を掛けた。

「よっ、何やってんだ?」

「はぁ・・・はぁ・・・え? あっ、一刀さん・・・はぁ・・・」

膝に手を突きながら、完全に息を切らしている桃香。・・・やはり、子供たちに遊ばれていたようだ。

「一刀さんも、休憩中?」

「ああ。だからこうして街までやって来たんだけど・・・まさか桃香がいるとは思わなかった」

「えへへ。私もたまにこうして街に下りてきては、子供たちと一緒に遊んでるの」

「ねえねえ、げんとくさま〜。そのお兄ちゃんだれ〜?」

「げんとくさまのこいびとかぁ?」

「そうなの〜?」

「えっ、ちょっ、みんな〜!?」

子供達の指摘に、桃香が顔を赤らめてあたふたし始めた。・・・その行動が、ますます子供ながらの好奇心に火を付けるとは露知らず。

「あっ、赤くなった〜〜♪」

「こりゃ図星だな〜?」

「も、もうっ! からかうんじゃありません!」

『そんな赤い顔で言っても説得力ないよ、桃香・・・』

苦笑しながらそんな事を思っていると、彼の服の裾をついついと摘む小さな手に気づいた。

「?」

「・・・おにいちゃん、だっこして」

その場に居る子供たちの中でも、最年少だと思われる女の子。

「・・・ああ、いいよ。おいで」

そう言ってしゃがみ込むと、女の子は迷いなくてててと走り寄る。

一刀はその女の子の体をそのまま抱き上げ――はせずに、クルッと反転させると、脇下から持ち上げて自らの首の上へと招待した。

「わぁ――♪」

「はは、こっちの方が面白いだろ?」

「うんっ!」

いつもとは違った視界に、女の子は破顔一笑。それを見た周りの子供たちも、一斉に一刀を取り囲んだ。

「あ〜、ずるい! ねえねえ、次はボクにもやって〜!」

「私も私も〜!」

「ほらほら、順番な。もう少しで代わってあげるから、キミたちは順番を決める遊びでもしておいで?」

「よ〜し、それじゃあかくれんぼしようぜ〜」

「「「おお〜〜!」」」

元気に広場の方へと駆けていく子供たち。きっと数分後には、一刀の肩車のことすら忘れているだろう。

「ふえ〜、一刀さん。子供の扱い上手いね〜」

「まあね。家柄上、親戚が多かったからさ。昔はよく従弟妹の面倒とか見てたし、慣れかな?」

北郷は古より伝わる血族。一刀は本筋だが、当然分家の家柄の者も多くあり、事実一刀にも従兄弟が総勢二十名以上はいる。

一堂に会する機会は少なかったものの、それでも集まったときなどは年長者である一刀がよく世話をしたものだ。

「・・・おにいちゃん」

「ん? ・・・ああ、そっか」

何やら言いにくそうに一刀に話しかける、まだ肩車したままだった女の子。彼女の様子から悟った一刀は、そっと首の上から下ろした。

「ほら、みんなと一緒に遊んできな」

「あ・・・うんっ! ありがとう、おにいちゃん!」

危なっかしい足取りで駆けていく女の子の背を見送りながら、一刀と桃香は目を細める。

「・・・正直言うとな?」

「え?」

「まだ、戦争を怖いと思っている自分がいるんだ」

「一刀さん・・・」

「今回はあの子たちの笑顔を守ることができた。でも、もし黄巾との戦に負けていたら、あの笑顔が永遠に失われていたと思うと・・・ゾッとする」

もう既にかくれんぼに夢中になっている子供たちをボンヤリと見ながら、一刀は無表情でそう言う。

しかしそれは、溢れ出てくる感情を必死に抑えた結果。そして桃香には、彼のそんな心情が手に取るように分かった。

――彼女も、一刀と全く同じ事を考えていたのだから。

「うん。だから・・・子供達の笑顔を奪っていく戦争を失くすために、私たちは闘うの」

「・・・桃香。俺はあの時、その考えは矛盾しているって言ったよな。でも今じゃ、俺の指摘こそ甘いものだったんだって思える」

「ううん、一刀さんの言っていたことは正しいよ。だから私は――私たちは、その矛盾もしっかりと受け入れなくちゃいけない」

ポツリポツリと、淡々と言葉を交わし続ける県令とその忠臣。

だが、その会話の内容が難しすぎて子供たちはお気に召さなかったのか、いつの間にかかくれんぼを止めて戻って来ていた彼らは口々に二人を囃し立てた。

「あー、またお兄ちゃんたち、逢引してる〜」

「げんとくさま、おにいちゃんのおよめさんになるの〜?」

「お、お嫁!? ・・・」

「・・・そこで何故こちらを窺うのかな? 桃香」

「ふぇ!? な、何でもないよ?」

「あっ、照れた〜」

「お顔が真っ赤っかだよ〜?」

「――も、もう!」

『・・・何も、難しい理屈なんていらないんだよな』

顔を赤らめる桃香に、そんな彼女を笑顔で祝福(?)する子供たち。

それが桃香の――主君の理想だというのなら、叶えるだけだ。そして、護るだけだ。

『平和のための戦い。そこに矛盾を持ち出したらキリがない。だからこそ、俺たちは自分を信じて戦い抜かなくてはならない』

自分の中で出た、矛盾に対する答えの一つを胸に、一刀は晴れ渡った空を見上げた。まだ道のりの遠い理想を、目標を、仰ぎ見るかのように。

「ほら、一刀さんも黙ってないで助けてよ〜」

――さて、まずは子供たちに振り回されて既に涙目の主君を、助けるところから始めようか。



9話へ続く


後書き

こんばんは、雅輝です。第8話を掲載致しました。

今回は、ゲームでいうところの「拠点フェイズ」的な話にしてみました。っていうか、真の一回目の桃香フェイズですね、モロに。

しかし、物語の進行としては、真ではなく無印で行ってますね。もう何が何やら(笑)

無印では一刀が「天の御遣い」として県令になりましたが、このSSでは一刀はただの一介の武将に過ぎないので、順当に桃香が県令に。

こうして無印と真をミックスしながら書いていくのも、なかなか新鮮で面白かったりします。読者の皆様の反応も気になりますが^^;

次回も、もう一度拠点フェイズが入ります。次は、鈴々&愛紗編。

お楽しみに!!^^



2009.3.28  雅輝