し ば き
三国志において、司馬徽という名前はあまり有名ではないだろう。

しかし、「水鏡先生」といえば思い当たる人もいるのではないだろうか。

先の司馬徽は、字を徳操、号を水鏡といい、その号はある二人の門下生を世に輩出したことで知れ渡っている。

その二人の名は、諸葛孔明と鳳士元。

蜀に仕えた軍師の中でも、余りにも有名すぎる二人を私塾の生徒として育て、知識を与え、そして送り出した人物こそ、水鏡先生その人であり。

「はわわ・・・お婆さんしっかり!」

「あわわ・・・もう敵に追いつかれちゃいます・・・っ」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

その水鏡の兄である鳳徳公に「臥龍、鳳雛」と称された二人は今、一人の老婆の手を懸命に引きながら、後ろに迫る脅威と闘っていた。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<10>  臥龍と鳳雛(前編)





歴史に名を馳せる二人が、こうして敵――黄巾党に追いかけられる結果となった発端は、三日前まで遡る。



「報告しまーすっ!」

啄県県城。一刀と愛紗の提案により、近辺各地に放っていた斥候の一人がもたらした情報は、軍議に参加した一同を驚かせる内容であった。

桃香が啄県の県令に就任して一月余り。これまでも細々と啄県付近の黄巾党を締め出し、啄県の平和を維持してきたのだが、そんな啄県の抵抗を見過ごせないと判断したのか、幽州に散らばっていた黄巾軍が団結し、一大兵団を結成したとのことらしい。

その兵力は少なく見積もっても、啄県の兵の十倍近くに匹敵し、まともには太刀打ちできない規模になりつつあるという。

                                                    りゅうぐ

しかし、そこまでの勢力を見過ごせるほど、幽州の太守である劉虞も無能ではない。

彼はその兵力を以ってして、黄巾党の暫定本拠地を叩いた。だが黄巾の予想以上の反抗に遭い、結果は敵兵を総数の半数に減らすに留まる。

そして残った黄巾党の半数がこの啄県に向かってきており、その規模は未だ五千以上という情報が届いたのが、その二日後の話。

対してこの一月の間、精力的に領内の集落から義勇兵を募り、鈴々と一刀が鍛練を施してきたが、それでも啄県の総兵力は千五百ほど。

三倍以上の兵力差は、例え一騎当千の武将を三人擁しようとも覆し難く、そんな時こそ必要となってくるのが――。





「軍師の存在、か・・・」

「? お兄ちゃん、何か言った?」

「いや、何でもないさ」

馬に跨りながら、北平郡を目指して行軍する一刀は、自分の独り言に反応した鈴々に苦笑しながら首を振る。

事実、今の劉備軍に足りないものは、兵の数と軍師の存在であった。兵は流石にしょうがないとしても、軍師が居るのと居ないのとでは大きな違いがある。

前回は一刀が暫定的に軍師の役割もこなしたが、元々本業ではない上、陣形すらまともに覚えていない一刀ではその内ボロが出てしまうだろう。

特に今回のように兵力差のある戦においては、多かれ少なかれ策を弄する必要があった。

『いくら公孫賛が足止めをしてくれているとはいえ、まだまだ兵の数には差がありすぎるもんな・・・』

そう、劉備軍が県城や門のある啄県で迎え撃つのではなく、こうしてわざわざ北平まで足を運んでまで打って出るのにはいくつか理由がある。



まず一つ目として、劉備――桃香の学友であった公孫賛が、他の県へ黄巾党を討ちに行っていた帰りに、此度団結した黄巾の軍を足止めしてくれているのだ。

これには桃香も含め、家臣も皆一様に驚き――そして同時に感謝した。

そのまま五千の軍と対するのと、足止めにより少しでも兵数の減った軍を相手にするのとでは、気持ち的な部分でも大きく違うからだ。

しかし、足止めは足止め。公孫賛も遠征帰りであり、余力はあまり残っていないだろう。

だからこうして桃香は全軍を率い、公孫賛に恩を返すように助太刀に来たというわけだ。



そして二つ目にして、最大の理由。それは、桃香の揺ぎ無い強い意志であった。

「啄県で迎え撃ったら、きっと街の人たちにも被害が出ちゃう。住民を戦禍に晒すような真似だけは、絶対にしたくない」

あるいは、桃香という少女の性質を考えれば、その言葉こそ当たり前だったのだろう。

だからこそ、三人を筆頭にした家臣一同は、桃香の意志に反することもなかった。



とはいえ、やはり不安は残る。せめてしっかりとした策が立てられれば・・・。

「報告ーーーーっ!」

そうして悩みながら行軍を続けていた一刀の元に、先行させていた斥候が戻ってきた。――その報が、結果的に一刀の悩みを全面解決させることになるとは知らずに。

「どうした?」

「前方三里の場所で黄巾党の別働隊と思しき部隊を発見! 他県より移民してきた農民達を襲う準備をしている模様です!」

「・・・わかった、御苦労さま。玄徳様と関将軍に伝えたら、後は休んでてくれ」

「はっ!!」

斥候を下げ、一刀は鈴々の方へと向き直る。彼女も普段の天真爛漫な雰囲気は消し、武将の顔となって無言で一刀に一つ頷いて見せた。

今回、行軍の最前線を任されていた一刀と鈴々は、桃香より各自の判断で動いても構わないと通達されている。

よって、一刀と鈴々の意見が重なっている現状で、「様子見」という選択肢は存在しなかった。

「全員駆け足! 斥候部隊と合流し、農民たちを守るのだ!!」

「敵は罪もない農民を襲うような、人の道を外れた雑兵だ! 恐れるな! 何としても、農民たちを守りきるぞっ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

前線の部隊である三百の兵が、地響きを轟かしながら大地を駆ける。幸い辺りは荒野であり、街と思わしき集落は見当たらなかった。

そして数分後。斥候部隊と合流を果たした一刀たち前線部隊は、列を成して逃げていた農民たちの確保に成功した。―――が。

「お婆さんと、子供二人が・・・!?」

「ええ、私達の半里ほど後ろを歩いていたのですが・・・いつの間にか遅れていたみたいで、姿が見えなくなってしまって」

背中に赤ん坊を背負った農民の女性が、逃げ遅れた三人の安否を気にして顔を曇らせる。

彼女は自身を責めているようだが、当然一刀には彼女を責めることなど出来なかった。彼女も自身の赤ん坊を背に、命からがら逃げていたのだ。

責められるべきは―――こうして人々を追い詰めている、黄巾党。

「大丈夫です。きっと私たちが助けますから、ご安心ください」

「あぁ、ありがとうございます・・・。あの、あなた方は・・・?」

「啄郡の啄県から来た者です。黄巾党に対するべく、ね」

一刀はそれだけ告げると、すぐに駆け出した。残りの農民たちを部下に任せ、鈴々を伴い農民たちが歩いてきた軌跡を逆行する。

「お兄ちゃん! 敵の数はどれくらいなのだ?」

「斥候部隊の話だと、別働隊の総数はおよそ六百。・・・いけるか?」

「それくらいなら、ヨユーなのだ! 鈴々とお兄ちゃんで三百人ずつだよね?」

「そうだな、仲良く半分こだ」

軽口を混ぜながらも、その走る速度は落ちない。馬を駆っても良かったのだが、小回りの利かない馬では逃げ遅れた三人を人質に取られる時間を与えてしまうかもしれないし、それ以前に一刀は行軍こそ出来るもののまだ騎乗には慣れていない。

そうして走ること十数分。異常な脚力と心肺機能を持つ二人が一里を走るのに要した時間である。

ついに、目的の三人らしき人影が、一刀たちの目に視認出来た。

「――見つけたっ!」

「うにゃ! お兄ちゃん、あれ!!」

しかしそれと同時に、別の影も目に入る。三人のさらに後方、砂塵を巻き上げて迫る、黄色い布の塊。

「くっ、ギリギリだな・・・っ」

賊徒たちの持つ得物が、陽光を浴びて鈍い光を放つ。あの三人にとって、それはどれほど恐怖に映ることだろう。

「――――っ!」

一刀はもはや限界に近づいている足で、さらに回転数を上げた。







話は再び、諸葛亮と鳳統の視点に戻る。

彼女たちはこの乱世を沈めるべく、水鏡先生の私塾から飛び出した門下生であった。そして、その知識を振るうに相応しい徳高き人物を見つけるための旅を続ける中で、たまたま立ち寄った農村。

その農村の住民たちが、近所に巣食い始めた黄巾党に恐怖し、他県に移住するのを知った二人は、自らその手伝いを勝手出た。

効率の良い荷物の運び方を教えたり、地図と照らし合わせた比較的安全な道を案内したりと。力仕事が出来ない分、知識で補おうと尽力し、農民たちも当然そんな可愛らしい二人の少女を優しく受け入れていた。

が、黄巾党の別働隊に見つかり、事態は一変する。二人は知はあっても、武は一般兵にも満たない少女だ。しかも傍にいたのが兵士ではなく一般の農民ともなれば、戦うわけにもいかず。

それでもこうして一刀たちの保護を受け入れられる所まで逃げて来れたのは、彼女たちの献策のおかげなのだが・・・。

「はわわ、はわわ・・・」

「あわわ、あわわ・・・」

「ふう、ふう、ふう・・・」

一人の老婆を含めた三人の行進速度はお世辞にも速いとは言えず、ついに背後まで黄巾の足音は迫って来ていた。

それはもはや絶望的な距離。賊徒達の野太い声と共に、死の瞬間が歩み寄る。

「ふう、ふう・・・わしゃもう駄目じゃ。お嬢ちゃんたちだけでも、逃げなされ」

自分が足手まといになっていることを、誰よりも理解している老婆は、死を覚悟して若い二人にそう促した。

しかし、少女達の決意は堅く。

「は、はわわ〜、そんなのダメですよ!」

「そ、そうです。私たちは弱い人たちを守るために、塾を飛び出してきたんです」

「それなのに、お婆さんを見捨てることなんて、絶対に出来ません」

「もう少し、一緒に頑張りましょう」

辿々しくも、その言葉にはどうしても譲れない決意のようなものがあった。

老婆もそれを感じ取ったのだろう。先ほどのように自分を見捨てろなんて言わず、老いて力が入らなくなった足を無理やり動かし続ける。

「・・・ありがとう、お嬢ちゃんたち。わたしゃ、頑張るよ!」

「その意気です!」

「もう少しで県境ですから!」

とはいえ、三人のその決意ももはや気休め。黄巾の足音は既に耳に痛いほど轟き、もはやその命は風前の灯と言えた。

さらにその上。

「――っ、雛里ちゃん、あれ・・・」

「あわわ・・・前からも誰か来ちゃった」

「・・・こりゃ、年貢の納め時かのぅ」

三人の目には、猛然と走ってくる二人の人影。これがもし黄巾の援軍ならば、それこそ逃げる術がない。

――しかし天命が、このような場所で斯様な賊徒に二人の軍師を死なせるわけはないと言わんばかりに。

「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「りゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

前から迫って来た二人は、死を覚悟した三人の脇を一瞬で駆け抜け、今にも襲いかかろうとしていた黄巾党の先頭集団を弾き飛ばしたのであった。



11話へ続く


後書き

ど〜も〜、雅輝です。恋姫演舞、第10話をお送りします。

ついに「はわわ」と「あわわ」が登場しました。でも、正直書くのは難しいんですよねぇ。この二人、頭が良すぎるので^^;

でもって、いきなりピンチなわけですが・・・今回のシーンは、無印の方から引用しました。

個人的には、こっちの出会いの方が好きなんですよねぇ。・・・って、どんどん話が無印寄りになっているのは気のせいでしょうか(笑)


それでは、次回の後編もお楽しみください!



2009.5.2  雅輝