『まずは初手。確実に見極める!』

一刀に向かって、一直線に突出してくる一人の男。

他の黄巾兵に比べて随分と豪奢な服装をした、敵将と思われるその男――波才は、直刀を翳すとその勢いのまま一刀に襲いかかって来た。

「ぐっ・・・!」

頭頂部に振り下ろされる一撃を、交差した双龍を以って受け止める。・・・だが。

『予想以上に重い・・・っ、流石は将というだけはあるか』

剣を振るうその所作も太刀筋も、非凡であることを認めざるを得ない。

一般兵に比べ随分と重いその一撃に顔を顰めた一刀は、体を半身ずらしてその衝撃をいなし、反撃することなく一度距離を取った。

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

しかし、波才はすぐに距離を詰めてくる。その餓えた獣を彷彿とさせる瞳には、もはや理性の光は灯っておらず、攻撃も洗練されてはいるがどこか単調だ。

『ひとまず、様子見だな』

その明らかにおかしい様子が演技だとはとても思えなかったが、念を入れて一刀は専守の戦いへと移行するのであった。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<7>  桃園の誓い





敵の北門部隊の後方をほとんど殲滅し終えた愛紗は、敵の将と一刀が対峙しているのを目の端で捉えて内心舌打ちをした。

「愛紗! お兄ちゃんがっ!」

「分かっているっ!」

青龍刀を振るいながら、鈴々の言葉に焦れるようにそう答えつつも、頭ではどうするべきかと考える。

本音を言えば、助太刀に行きたいとも思う。いくら賊徒とはいえ、将ともなればそれなりに腕は経つはずだ。

しかし、心のどこかでは一刀がそうそう負けるはずがないと確信していた。それは直接手合わせをした経験から言えるものであり、彼の独特な戦闘スタイルは、初見の相手には絶大な効果を発揮する。

そして何より、今回の作戦において最も重要な要素である「迅速さ」を、ここで損なうわけにはいかない。いくら東西の門の守りが強固とはいえ、五百もの軍勢を相手取っていてはいつまで保つか。

だからこそ、一秒でも早く自分と鈴々の部隊が東西の門へと迂回して、それぞれの敵部隊を門兵と共に挟撃によって殲滅しなければならないのだ。

そうしなければ、より多くの被害が街に出てしまうかもしれない。それはきっと、一刀も望んでいることではないだろう。

「・・・行くぞ、鈴々」

「おおっ! ・・・って愛紗、そっちはお兄ちゃんとは反対方向なのだ!?」

「ああ。・・・私たちは予定通り、このまま東西の門へと向かう」

「でも、お兄ちゃんが危ないのだ!」

「・・・それでもだ」

「どうしてなのだ! 愛紗が行かないんだったら、鈴々一人でも――」

「張翼徳!!」

「――っ」

戒めるように鈴々の姓名を呼んだ愛紗は、言葉を失った鈴々へ厳しい表情のまま言葉を紡ぐ。

「今のお前は、鈴々盗賊団のリーダーでも、一介の武人でもない。劉備軍を担う、一人の武将だ。そうだろう?」

「・・・うん」

「武将として多くのものを背負って戦っているからこそ、一時の個人的な感情に呑み込まれてはいけない。部隊を束ねる、将として」

「・・・そんなの、屁理屈なのだ」

「ああ、だが・・・理屈で救える命を、感情で流すわけにはいかない。だから我々は、この街を救うことを先決にする」

「でも・・・」

愛紗の諭しに納得はしたものの、それでもまだ不安げな表情を浮かべる鈴々。すると愛紗は肩を竦め、将としてではなく姉としての柔らかな表情を作った。

「不安がることはない。私と渡り合った一刀殿が、そう簡単に負けるはずがないだろう?」

「あ・・・それもそうなのだ!」

鈴々にとっては建前にしか聞こえなかった理屈よりも、こうして少しだけ見せた愛紗の本音にこそ、鈴々は大いに納得した。

「――それでは、行くぞ。鈴々」

「応、なのだ! 姉者!」

こうして、関羽と張飛の姉妹は、東西の門の部隊の殲滅へと動き出した。――最後に一瞬だけ、闘っている一刀の姿を目に焼き付けてから。







「あ・・・ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」 

「ふっ!」

もはや獣じみた咆哮しか口にしなくなった敵将の攻撃をいなしながら、一刀は冷静にその実力を分析していた。

『確かに一般兵とは段違いだが・・・愛紗と比べてもまた、段違いだな』

この国に飛ばされて早々、愛紗や鈴々といった豪傑に出会い、また愛紗とは手合わせまで済ませた一刀にとっては、波才の強さは若干拍子抜けするものだった。

もちろん、波才が弱いわけではない。既に数十合も全力で斬りかかってきているというのにその太刀筋はまだ衰えず、一歩間違えれば容易く首が飛んでしまうだろう。

だから、一刀には油断も慢心もない。冷静に太刀筋を見極め、ジリジリと刃を返す時機を覗っていた。

そして、その時は来る。波才の大振りの剣は、半身ずらした一刀の体を掠めるようにして地面に突き刺さり、一瞬その獣じみた動きが止まった。

「はあああぁあぁっ!!」

「――っ!!」

その隙を逃す手はないと言わんばかりの、猛反撃。一刀の冷静な判断力は、得意技とも言える回転斬りではなく、最もタイムラグの少ない突きを選ばせた。

「ぐっ――ぅっ――」

天龍と地龍による、怒涛のごとき刺突の連撃に、波才は一転して防御一辺倒となる。

しかし、相手は一振りでこちらは二振り。単純な得物の数の差は、如実に戦局へと直結した。

「が――っ!」

次第に捌ききれなくなり、まずは地龍が波才の右肩に深々と突き刺さり、その衝撃によって剣を取り落とした隙に、天龍が左脇腹へと吸い込まれる。

「・・・」

グシュリと、刀の切っ先を通じて伝わる血肉を抉る感触を甘んじて受けとめながら、一刀は静かに彼へ問いかけた。

「・・・敢えて聞く。投降するつもりは無いか?」

「・・・ふっ、何を今更。将として、責任を逃れる気は無いな」

その目には、いつの間にか理性の光が戻っていた。だからその言葉は、きっと彼の本心なのだろう。

「これ以上、恥を掻かせるな。――殺せ」

波才が口の端から血を流しながらも自らの脇腹に刺さっている天龍を抜くと、ブシュッという生々しい音と共に血が噴き出す。

「・・・すまない」

最後に短く、謝罪の言葉を告げて。

一刀は彼の首に天龍を――この戦を終結へと導く一振りを放った。





その後、波才死亡の報は瞬く間に広がり、指揮系統を失った黄巾兵はまさに烏合の衆へと成り下がった。

特に闘う者よりも、逃げ出す者や助命を請う者が続出し・・・東西の門の半数ほどを殲滅した頃には、もう剣を持つ者すらいなくなり。

かくして、劉備軍の初陣は大勝利の内に幕を閉じることとなった。







一刀たちの読み通り、戦が終わった後に募った義勇軍には、今回共に闘った町人の約半分である三百人が加わってくれた。

そして、これは予想外だったのだが。降伏してきた黄巾兵からも、およそ二百の軍勢が義勇軍に加えてくれと懇願してきたのだ。

詳しく話を聞けば、参加を請うた彼らのほとんどが、ほぼ強制的に徴兵された者たちであり、自らの意思で黄巾党に入ったわけではなかったらしい。

したくもない殺戮や強奪を強制的に強いられ、しかし逃げ出す勇気もなかった彼らは、結果論としてだが救ってくれた劉備軍の恩に報いるために参加を決意した、というわけだ。

もちろん、一刀たちは諸手を挙げてこの要請を受け入れ――結果、五百の兵と、啄県という現状の本拠地を手に入れた。

そして黄巾党の脅威が無くなった今、街にも久方振りの穏やかな時が訪れている。

男は力仕事に爽やかな汗を流し、女は楽しげに井戸端会議にのめり込み、老人は目を閉じて照らされる太陽を感じ、子供は外を元気にはしゃぎ回っている。

まだ世は黄巾の兵たちによって圧迫されているし、それが解決の兆しを見せたわけでもない。

しかし、確かにここには――街の人々の力によって成された、小さな平和があった。





そして、その中心にて尽力した四人はと言うと――。

「一刀さーん! 早く早く〜〜♪」

「お兄ちゃん、遅いのだ〜〜!」

「こらっ、鈴々! 桃香様まで・・・あまり走ると、危ないですよ!」

「はは・・・やれやれ」

見事な桃の花が咲き誇ると噂される、啄県の裏手にある桃園までやって来ていた。

はしゃぐ二人を諫める愛紗の手には、酒の入った立派な瓢箪。同じく肩を竦める一刀の手には、四つの盃。

『・・・まさか、この俺が立ち会うこととなるとはね』

一刀はそんな事を考えながら、間もなく見えてくるであろうその場所を目指して丘を登る。

蜀の物語を語る上で、外すことは出来ないであろう最初のイベント。歴史小説好きの一刀にとって、そのイベントをまさか肉眼で見られる日が来るとは――当たり前だが、思ってもみなかった。

一応提案したのは桃香だが、彼女が言わなければ一刀が提案していただろう。それほど、これは大事なことなのだ。

「わぁ――♪」

「おぉ・・・!」

「これは・・・」

「・・・凄いな」

やがて、比喩ではなく視界が桃色一色に染まる。そこは、この世のものとは思えないほどの場所であった。

無数の桃の木が、今が咲き頃だと言わんばかりに咲き誇り、晴れ渡る蒼い空と絶妙にマッチしている――まさに読んで字の如くの、桃源郷。

美しい。そんな陳腐な感想しか出てこず、しかしそれ以上の言葉は無粋に思えるような、そんな光景であった。

「ここが桃園かぁ。・・・すごいねー♪」

「美しい・・・まさに桃園という名に相応しい美しさです」

桃香と愛紗は、うっとりと頬を染めて無数の桃に見入っていた。しかし最年少の鈴々は花より団子なようで。

「さぁ、酒なのだー!」

愛紗にせっつき酒の入った瓢箪を翳め取ると、続いて一刀の元へと盃の催促にやって来た。

そんな鈴々を、彼は苦笑交じりにやんわりと諫める。

「こらこら、まだ早いっての。みんなでやらなくちゃ意味がないだろ?」

「むぅ、それもそうなのだ。というわけでお姉ちゃんも愛紗も始めるのだ!」

「まったく、少しは雅な気持ちに浸らせて欲しいものだ」

「はは、鈴々ちゃんらしいけどね」

愛紗は呆れたように、そして桃香は楽しげに微笑を洩らすと、一刀から盃を受け取り、その中に並々と酒を注いだ。

「何やってるのだー! お兄ちゃんも早く早く!」

「・・・へ? 俺?」

思わず素で間抜けな声を返してしまう一刀。まだキョトンとしている彼の腕を、鈴々がグイグイと引っ張る。

「もちろんなのだ! もうお兄ちゃんも鈴々たちの仲間なんだから、一緒に誓いを交わすのだ!」

天真爛漫な笑みを浮かべつつ、鈴々は強引に一刀の持つ盃に酒を注ぐ。コポコポとどこか心地よい音と共に器を満たした酒が、水紋を作りながらゆらゆらと揺れていた。

「でも、これは姉妹の大切な契りなんだろう? 俺が入るのは、流石に無粋じゃないのか?」

だから遠慮する、と続けようとした一刀の言葉はしかし、呆気に取られたかのような三人の顔を見て途切れる。

「何言ってるの? 一刀さん」

「え?」

「私たち、もうとっくに家族でしょ♪」

「とーぜん、なのだ!」

「我らの願い、共に果たしましょう」

「――――」

言葉が出なかった。

邪気の欠片も感じられない笑顔で、さも当然のように言い放った桃香に。

腕組をしながら、自信満々に頷く鈴々に。

凛とした眼差しで、決意を促してくる愛紗に。

『・・・そっか、そうだよな』

突然異世界に飛ばされ、様々なことに巻き込まれ、息つく暇もなく。

そんな環境だったせいか、いつの間にか周りのことが他人事のように思えていた。そんなはず、ないのに。

「・・・はははっ」

自然と、一刀の口からは笑い声が洩れていた。

簡単なことじゃないか。桃香と臣下の礼を交わしたあの時も、初めて人を斬ったあの瞬間も、既に答えは出ていたのだ。

「ありがとう、みんな。・・・それじゃあ、交わそうか。俺たちの誓いを」

一刀は注がれた酒の水面を数秒見つめると、それを天に高く翳した。その先には、既に掲げられた三人の盃。

「我ら四人、姓は違えども、兄弟姉妹の契りを結びしからは!」

まずは愛紗が。その鋭い双眸で己が未来を見据えながら。

「心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん!」

続いて鈴々が。その小さな体に大きな決意を秘め、天に吼える。

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せんことを!」

そして桃香が。その瞳に理想の炎を燃やし、普段はあまり出すことのない大声を張り。

「――これから先、何が起ころうとも。我らの理想を信じ、我らの力を信じ、我らの絆を信じ貫くことを、今ここに誓おう!!」

最後に一刀が。自らの想いを叩きつけるかのように、叫んだ。





三国志演義において特に有名な、劉備たちによる義兄弟の契りの儀式。

そこに新たな役者――北郷一刀を加え、今ここに「桃園の誓い」は立てられた。



8話へ続く


後書き

いつもより少し早いですが、第7話の掲載です!^^

今回は対黄巾党の戦争の終結と、桃園の誓いまでを書きました。

やはりメインは波才と一刀の一騎討ちでしょうか。とはいえ、実力差があったことは否めませんが。

そして桃園の誓い。これは原作にもありましたが、セリフやそこに至る流れなどはかなり変えてます。同じでもつまらないので。

ゲームと比べながら読まれるのも、また一興かと。

それでは、また次週です^^



2009.3.20  雅輝