一刀による臣下の礼も一段落着いたところで、一行はひとまず近くの街へと移動することとなった。
幽州啄郡啄県――劉備玄徳の生まれ故郷である。
一刀たちはこれからの指針を決めるため、そして空いた腹を満たすため。目に止まった店の一角に陣取った。
「・・・ふう。さて」
運ばれてきた料理を皆が食べ終わる頃、場を仕切り直すかのような凛とした声が、愛紗の口から紡がれる。
「それでは、改めて自己紹介といきましょうか」
「え? でもさっきしたんじゃ・・・」
「うん、でもね。やっぱり仲間になったんだから、真名は名乗り合わないと」
「・・・真名?」
聞きなれない単語に、首を傾げる一刀。しかし彼女たちはそんな一刀の様子に気づいていないのか、改めて順に「真名」を名乗った。
あいしゃ
「私は関羽。字は雲長。真名を愛紗と申します」
りんりん
「鈴々は張飛で翼徳で、真名は鈴々なのだ〜」
とうか
「姓は劉、名は備。字は玄徳。真名は桃香だよ♪」
「・・・えーっと、真名って何なのかな?」
少なくとも一刀の記憶には、三国志時代に「真名」という概念は存在しなかったはずだ。しかし自信満々に、さも当然のように言い切る彼女たちに、一刀はおずおずと質問する。
「? 真名とは、誰しもが持っているもう一つの名。家族や親しき者以外には教えてはならない、神聖なものなのですが・・・」
「お兄ちゃんの「ニッポン」には、真名は無かったのか?」
「うん、少なくとも俺の時代には無かったかな。だから、俺の名前は姓は北郷、名は一刀。それ以外の呼び名はないよ」
「それじゃあ、一刀さんって呼ばせて貰うね?」
「私は、一刀殿と。私のことは、愛紗とお呼びください」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんなのだ〜」
「はは。それじゃあ、これから宜しく。鈴々、愛紗と・・・」
と、そこで一刀は桃香の呼び名に少々迷う。
彼女は仲間だと言ってくれたが、それでも形式上は武将と主君だ。同じ武将である愛紗と鈴々は呼び捨てすることにさほど抵抗が無かったが、いくら同じ年の頃とはいえ、果たして彼女も同じように呼んで構わないのだろうかと。
不自然にセリフを切った一刀の、そんな迷いを悟ったのか。桃香はその瞳を優しげに細めた。
「桃香でいいよ? 一刀さん」
「・・・いいのか?」
「うん。確かに私は貴方の主君という形になっているけど、それ以前にやっぱり仲間だから」
「そう・・・だな。ありがとう、桃香」
「えへへ〜・・・うん!」
――真名を呼んだだけで幸せそうに顔を綻ばせた桃香に、一刀はこの時代に来て初めて心の底から笑った。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<4> 訪れた転機
「さて、自己紹介も一段落着いたところで、これからの予定だけど・・・」
一刀がそう切り出すと、何故か桃香と愛紗はギクッと表情を強張らせた。ちなみに鈴々は、ご機嫌な様子で窓から見える空を眺めている。我関せず、というよりは、その辺りに関しては義姉たちに任せているのであろう。
それはさておき。
「二人とも、どうしたんだ?」
「いやぁ、あはははは」
「実は・・・特に決まっていないのです」
「・・・なるほど」
一刀を仲間にしたのは良いものの、特にそれからの指針があったわけではないらしい。
『史実の三国志の方では、この後どうなるんだっけ?』
とりあえず、歴史通りに進めていれば間違いは無いだろう。とはいえ、蜀の三義兄弟が三義姉妹の時点で、歴史が狂っている可能性も否めないのだが。
さらに言えば、一刀は三国志演義は読んだことはあるが、本当の史実についてはあまり詳しくない。それでも記憶を頼りに、何とか次の行動を模索する。
「・・・一刀さん?」
「そうか・・・公孫賛のところに身を寄せるのはどうだろう?」
ぱいれん
「え? あ、そっか。白連ちゃんは、確か遼西で太守をしてたんだっけ。・・・って、何で一刀さんが知ってるの?」
白連というのは、おそらく公孫賛の真名なのだろう。桃香がちゃん付けで呼んでいることから察するに、どうやらまた女性であるらしい。
「あっ、いや・・・まあ未来人の知識、とでも取ってくれれば」
「ふ〜ん、凄いんだねぇ」
本当はこの先起こる出来事も大まかなことは分かってしまっているのだが、それを口にしてしまうのはあまりに無粋だろう、と自重する。
「公孫賛というと・・・白馬長史の異名も持つ、北の勇者か」
「鈴々でも、聞いたことがある名前なのだ!」
「そう、この黄巾の乱を利用して一気に飛躍するためには、それなりの戦果が必要だ。でも、俺たちはまだ兵を持っていない」
「なるほど、そこで公孫賛殿のところへ客将として訪れ、軍を貸して貰うわけですね」
「そういうこと。それに確か彼――いや、彼女か。桃香の同門じゃなかったっけ?」
「うん。仲も良かったから、たぶん受け入れてくれるよ」
「楽観視は出来ないけどな。まあ後は、俺たちで義勇軍を募るっていう手もあるけど、それをするためには何らかのきっかけが――」
「敵襲だーーーーーーーーー!! 黄巾の奴らがやって来たぞーーーーーーーーーーーー!!!」
「「「「――っ!!」」」」
外から突然聞こえてきた怒声のような報告に、四人は即座に反応して店の外へと出た。
黄巾党の襲撃を聞いて、逃げ惑う女子供。対称的に、武器を持ち抵抗しようとする男たち。
「すみません、ちょっといいですか?」
一刀は即座に、近くにいた武器を持った男を呼び止めて事情を聞く。
何でもこの街では、最近の賊の活性化に伴い、やぐらを組んで見張り台を設置していたらしい。
その見張り台からの報告によると、頭に黄色い布を巻いた大軍が、この街に向かっているとのこと。
身軽な服装をした先行隊と思わしき部隊がおよそ三百。そしてその後ろから遅れてやってくる本隊がおよそ千五百。
それら全てが、武器を手にした盗賊たち。いくら抵抗したところで、この街が蹂躙されてしまうことは目に見えている。
――そう、あくまで普通ならば。
「愛紗、先行隊は三百って話だったよな?」
「はい、まずはその軽装な部隊で奇襲し、残りの本体で支配するつもりだったのでしょう」
「街の入り口は?」
「北と東と西に門が一つずつ。おそらく街を蹂躙するつもりなのなら、これら全ての門から一斉に傾れ込んで来るかと」
「ふむ・・・」
「・・・一刀さん」
一刀が考え込んでいると、桃香が不安げな表情で彼に呼びかけた。
おそらく、一刀の考えていることを察したのだろう。盧植の下で勉学を学んでいたという史実通り、なかなか頭の回転が速いようだ。
「桃香の不安も分かる。でも、この街の戦える男は千に満たないと聞く。しかも戦い慣れていない民たちは、数の暴力に圧倒されてしまうだろう」
「・・・私も、一刀殿に賛成です。ここで機を逃しては、街は壊滅してしまうでしょう」
「でも・・・」
「桃香。・・・君は、前を向いて戦うんじゃなかったのか?」
「――っ!」
一刀の言に、押し黙ってしまう桃香。その表情には、悔しさややるせなさが滲み出ていた。
『・・・その優しさは、一種の才能だけどな』
それが必要な場面も必ずあるだろう。しかし今は、そうではない。主君として、決断すべき時なのだ。
だからこそ、桃香は顔を上げる。彼女も分かっているからだ。そして、自分の誓いを裏切るような真似はしないと信じているからこそ、一刀も桃香に忠誠を誓った。
「・・・愛紗ちゃんは北門、鈴々ちゃんは東門、一刀さんは西門へ向かって」
「「御意」」
「うにゃ、どーゆーことなのだ?」
とそこで、今まで会話に参加していなかった鈴々が疑問符を浮かべる。
「そうだな。・・・三百人の敵がいて、こっちには俺と愛紗と鈴々がいます。さて、敵を全員やっつけるためには、一人あたま何人倒せばいいでしょう?」
「え? んーと、んーと・・・あっ、一人で百人倒せばいいのだ!!」
「――上出来だ」
頭をクシャリと撫でてやると、鈴々は「にゃはは」と照れたように笑った。そのまま手を赤髪の上に置きつつ、一刀は桃香に向き直る。
「じゃあ、俺たちが出ている間、桃香はどこか安全なところへ――」
「嫌だよ」
「とう――」
「ここで、皆が帰ってくるのを待ってる」
その表情は、頑ななものであった。彼女も悔しいのだろう。武に才を持たない自分が。こうして待ってることしか出来ない自分が。
「・・・わかった。必ず、戻ってくるから」
「ご安心ください、桃香様。この関雲長、賊如きに遅れを取ることはありません」
「にゃはは、百人くらい、十分で片付けてくるのだ〜」
その気持ちが痛いほど伝わって来たからこそ、一刀たちも何も言えなかった。代わりに約束を交わし、それぞれ持ち場へと向かう。
「・・・私は、まだまだ弱いね」
――ポツリと呟かれた桃香のか細い声は、戦渦の喧騒に攫われ、誰の耳にも届くことは無かった。
5話へ続く
後書き
ども〜、雅輝です。第4話をお送りしました^^
第3話の後書きで予告した通り、今回は「真」と「無印」を合わせたような展開にしてみました。
どちらかというと、無印寄りでしょうか。真では白連のところに行くまでは、戦闘はありませんからね。
今まさに村に攻め込んで来ようとしている黄巾党を相手に、一刀たちはどう立ち向かうのか?
そして一刀の考えを察した桃香の心情にも、注目して頂けると嬉しいです^^
それでは、また次週にでも・・・。