「う〜ん・・・」

「・・・流石に話が突飛過ぎて、少々理解に苦しみますね」

「つまり、お兄ちゃんはこの国の人じゃないのか〜?」

「国というか、時代というか、世界というか・・・とにかく、この世界で俺の存在が異質なのは確かだね」

荒野の中心に、話し込むようにして集まる四つの影。

一刀がこの時代に来た経緯や、自分がこの世界の人間ではないことを簡単に説明した結果が、上記の三人の反応である。

桃香は唸りながら首を傾げ、愛紗は苦笑しながら難色を示し、鈴々はあまり難しく考えずに感じたことを口にする。

確かに、まともに信じろという方が無理な話だ。未来人であり、異界人。まとめるとそんな説明になってしまう自分を、そう簡単に信じられるはずがない。

一刀が半ば諦めたようなため息を吐きながら視線を移すと、愛紗が何やら思案顔でこちらを見ていた。やがて考えがまとまったのか、隣にいる桃香と鈴々に小声で何かを囁く。

「桃香様、鈴々・・・」

「なになに?・・・ふんふん。・・・うん、私は賛成だよ♪」

「おぉ〜、鈴々も賛成なのだ!」

「ありがとうございます。・・・北郷殿」

「ん、何かな? 関羽さん」

一刀の返事と同時に、愛紗が地面に突き刺していた彼女の相棒――青龍偃月刀を手に取ると、押さえていた闘気を一気に解放した。

「なっ――!」

「私と一度、手合わせして頂けないでしょうか?」

その整った顔が、緊迫した武人のそれに変わる。だからこそ、一刀も一介の武人として気遅れすることなく応えた。

「・・・なるほど。意図はまだイマイチ掴めないけど、これは君にとって重要な意味のあることなんだね?」

「何故、そう思われるのです?」

「武人としての勘、かな? 君は、決して自分の興味本位で刀を振るう人ではないだろう?」

「・・・これはまた、えらく買い被られたものですね」

「買い被ってなんかいないさ。・・・だから」

一度言葉を切り、一刀も腰に差している鞘から二振りの柳葉刀を抜く。天龍と地龍。どちらも抜くのは、およそ半年振りか。

おそらく、この目の前の少女は自分より強い。しかし武人として、ここで彼女の申し出を受けないという選択肢は存在しなかった。

「受けて立とう。今の俺の、全力を以って」

一刀は両手の双龍をギュッと握り込み、三国志でもその強さは一、二を争うと謳われる関雲長と対峙した。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<3>  臣下の礼





右半身を前に出し、腰を少し低くして重心を安定させる。そして右手の刀を上段に、左手の刀を下段に置く独特な構え。

戦闘態勢を整えた眼前の一刀を見て、愛紗は自身も偃月刀を構えながら、久しぶりに味わう高揚感を感じていた。

『やはり・・・出来る』

先ほどの黄巾賊との、一方的な諍いを目の当たりにしてある程度は予測していたが・・・こうして相対してみると、また一味違う。

下手に踏み込めば、必ずその隙を衝かれるであろうことが、容易に想像できた。

そして同時に思うのだ。手合わせを申し込んだ――その真の目的も含めて、この判断は正解だったのだと。

『だが私とて、負ける気は毛頭ない』

偃月刀を握り締める。後ろで心配そうに見守ってくれている主君のためにも、一の家臣を名乗る自分が負けるわけにはいかないのだ。

「「・・・」」

緊迫した空気が、その場を支配し、満ちていく。そして立会人を務めることとなった鈴々が、その蛇矛を地面に突き刺すのと同時に――。

「「――ッ!!」」

手合わせという名の真剣試合が始まった。





「――はぁっ!!」

先手は一刀。その尋常ではない脚力で相手の間合いにもぐり込み、上段から天龍を振り下ろすと同時に、下段から地龍を掬い上げる。

「ふっ――!」

愛紗は冷静にその太刀筋を見極め、バックステップで躱わすと、空いた彼の胸元を目掛け偃月刀を突き出した。

だがそれはグルンと体を反転させた一刀に避けられ、その回転のまままずは天龍が、続いて地龍が襲いかかって来る。

「くっ・・・」

それを何とか戻した得物で防ぐものの、すぐさま反回転して再び二刀が――今度は逆方向から迫ってきた。眼前まで迫っていた双龍を力任せに弾いた愛紗は、ひとまず一刀の間合いから離脱するように距離を取った。

『初めて見る型・・・動きがまったく読めない上、あの回転も厄介だ』

愛紗は軽く痺れた右手を見ながら、内心で改めて一刀の力量を称賛する。

そう、一刀の戦闘スタイルの真髄は、体の回転を利用して得た推進力からの、連続攻撃にある。

鍛え抜かれた強靭な足腰が可能にする、高速回転と驚異的な足捌き。そこから繰り出されるのは、回転斬りという名の、斬撃の嵐。

しかし横薙ぎばかりに気を取られていては、それを悟ったかのように振り下ろしや掬い上げが加わってくる。

双刀という利点を生かした、理に適っている攻撃。遠心力と共に振られるその刃は決して軽くは無く、このまま翻弄され続けると、防御にも必ず綻びが生じてくるであろう。

『後手に回るのは拙い。ここは・・・力で押し切る!』





一方、優位に試合を進めているように思える一刀も、内心では焦っていた。

『まさか初見で、あそこまで完璧に防がれるとはな』

彼が今までの短い人生で精いっぱい磨き続け、そして極めた戦闘スタイル。

それなりに自負もあったし、一撃くらい入れられると思っていただけに、臍を噛む思いで眼前の傑物を見遣る。

『流石は関雲長ってところか。正直、反則染みてるぞ』

心の中で改めて賞賛の言葉を送ると同時に、呼吸を整え再び構え直す――が、思い直して先ほどの構えと少し変える。相対する敵の、空気が変わったからだ。

足は並行に自然体で開き、軽く膝を曲げる。さらに眼前で双龍を交差させ、来るであろう猛攻に備えた。





そこから始まったのは、青龍偃月刀による豪風雨のような乱打の嵐。

骨すら容易く断ってしまいそうな青龍刀の連撃が、多角度から一刀を攻め立てる。

「――っ、―――っ!!」

それでも、一刀は何とか凌いでいた。

時には真っ向から豪撃を受け止め、時には刃を寝かせその衝撃もろともいなす。

『くっ・・・そっ・・・っ』

だがその守りも、次第に綻び始めていく。愛紗の一撃一撃が、想像以上に重すぎるのだ。

そして実に十数合後、ついに鉄壁を誇っていた二刀の内の天龍が横に弾かれ、一時的に地龍でのみのガード状態となってしまった。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

勿論、その機を逃す愛紗ではない。裂帛の気合と共に踏み込んで、神速の刃を振り下ろした。

「――っ、早いっ!」

目では追えないほどの速力。

それを感覚で反応した一刀であったが、地龍一本でその豪撃に耐えるのは不可能だと判断し、咄嗟に飛び退いて振り下ろされた刃を回避する。彼が立っていた場所には、破砕された地面とその場に深くめり込んだ青龍偃月刀。

『躱わせた?――いや!』

一瞬緩んだ心を、再度引き締める。相手の目論見が分かったからだ。

だが、分かったとしてももう遅い。無理に躱わしたため、既に自分の態勢は崩れきっており、相手はその態勢を今まさに整えているところなのだから。

「これで――終わりですっ!!」

愛紗は、地面にめり込んだ青龍刀を支点にして自分の体を浮かすと、曲芸のように空中で宙返りをすることで手に持ったままだった青龍刀を地面から抜き――そのままもう一度一刀の頭上へ叩きつけた。

「ぐっ、ぅうっ――!!」

何とか片膝を地面に付いた姿勢で、交差させた双龍を掲げて攻撃を防ぐ。しかし、その膂力はやはり半端ではなく――このままでは双龍の破壊すら危惧された状況で、一刀が負けを認めるまで、それから数秒も掛からなかった。







「・・・まだまだ修行不足だな、俺も」

双龍を鞘に戻した一刀は、突き抜ける青空を見ながらため息を吐く。

確かに、相手が希代の猛将、関雲長とあれば負けるのは必然。しかし、それでも一太刀すら入れられなかったのは、北郷を継ぐ武人として情けなかった。

「そんなことないですよ」

「・・・関羽さん?」

聞こえてきた声に視線を向けると、そこには先ほど相対していた愛紗が佇んでいた。しかしその表情は、先ほどまでとが違いどこか穏やかさすら感じさせる。

「貴殿は確かに強かった。手合わせとは言え、あそこまで熱くなってしまうとは自分でも思っていませんでした」

「うんうん、愛紗が本気で戦うところなんて、久しぶりに見たのだ〜!」

「だから、自信を持ってくださいね」

「・・・ありがとう」

口々に励まし――いや、心からの賛辞を送ってくれる三人に向かって、一刀は素直に頭を下げる。勿論現状で満足する気は更々ないが、それでも一騎当千の武将に己の武を認められるのは、やはり嬉しいものだった。

「・・・ところで北郷殿」

「ん?」

「これから先、行く宛などはあるのでしょうか?」

「・・・あ〜、そっか」

そう、一刀は仕事中だったため、現代のものは双龍以外ほとんど持ってきていない。つまり、着のみ着のまま異世界に放り出されたようなものだ。

よって、当然路銀などもなく・・・そもそもこの世界についてまだあまり詳しくない一刀にとって、行く宛などあるはずもなかった。

「いや、まったくもって思いつかないんだけど」

「そうですか、それは良かった」

「良かった?」

「ええ、実は――」

「愛紗ちゃん、待って!」

愛紗の言を遮るように、桃色の髪を揺らしながら桃香が一歩前に出る。愛紗も主の意図を悟ったのか、口を閉じ一歩退く。

「ほんご――いえ、一刀さんに、折り入って相談があります」

「何かな?」

今までの彼女にはあまり感じることはなかった真剣な雰囲気と、何らかの想いを宿した真摯な眼差し。

そして桃香は紡ぐ。これから先、長く続いていくことになる物語の、始まりとなる言葉を。



――「私たちの、仲間になってくれませんか?」――



「・・・仲間?」

「はい。私たちの理想を現実にするためにも、貴方の力が必要なんです」

「・・・詳しく、聞かせて貰えるかな?」

その真意を計るように、一刀は佇まいを直しながら訊ねる。

「はい。・・・私たち三人は、弱い人たちが傷つき無念を抱いて倒れていくことに我慢が出来なくて、少しでも力になれるならって今まで旅をしてきました」

「けれど、所詮今の私たちは、まだ名も売れていないしがない旅人。この時代で理想を成そうと思えば、それ相応の力と風評が必要になります」

「もう、三人じゃ何も出来なくなってきているのだ・・・」

彼女たちも志を同じくして、桃香に下ったのであろう。愛紗と鈴々が、桃香の後に続くように口を開く。

「官匪の横行、太守の暴政。漢王朝は衰退し、やがては諸侯による群雄割拠の時代に突入するでしょう」

「その時に必要になってくるのは、やっぱり強さなのだ。強くならなきゃ、何も出来ない。誰も救えないのだ」

「・・・さっきは、試すような真似をしてごめんなさい。でも、その武を見て確信しました。貴方が力を貸してくれれば、きっともっと多くの弱い人を救えるって、そう思えたんです!」

桃香の言葉に、次第に熱が籠っていく。その言葉が真実であることは、その溢れ出した熱い感情が語っていた。

だが、それでも一刀には聞かなければいけないことがあった。

「話は分かった。その上で、一つ劉備さんに質問がある」

「・・・どうぞ」

「最終的に弱い人たちを助けられるようになるまでには、きっと多くの民の犠牲があるだろう。戦争で君たちに従う兵もそうだし、仕掛けた戦争の飛び火で壊滅する村だって出るかもしれない。それは、君たちが掲げる理想とは矛盾しているように思えるんだが、どう折り合いを付ける?」

「・・・一刀さんの言うことは尤もです。私には、否定する術もありません」

桃香は、そう言って沈痛な面持ちを見せる。流石に少し意地が悪すぎたか、と自戒した一刀であったが、「でもっ!」と顔を上げた桃香に、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。

「真の平和を得るために!みんなが安心して暮らせる世を作るために!私たちは前を向いて・・・そして闘わなくてはいけないんです!!」

そう言いきる桃香の瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。

劉備玄徳。その周囲を惹きつけるカリスマ性と高潔さ、懐の深さなどから多くの武将を従え、やがては蜀漢の皇帝となった英傑の一人。

一刀の目の前にいるのは一見頼りなさそうに映る少女だが、それでも確かに「劉備玄徳」その人であった。

そういえば、と彼は祖父に言われ続けた言葉を思い出す。それは、北郷という家柄の本質。



――「良いか、一刀。今は我らも守護者であることを生業にしているが、その根本は違うのだ」

――「我々のご先祖様たちは、決して何かの利益を求めて守護者になったわけではない。守護者であったからこそ、多くのものを感謝の気持ちと共に与えられたのだ。そこを履き違えてはならん」

――「守護者に必要なのは、護る者を想う心と・・・護る覚悟を背負う強さだ」



その言葉の意味が、今ならよく分かる。そして目の前の彼女が、その小さな背中に多くの命を護る「覚悟」を背負っているというのなら。

「もう一度聞こう。たとえ君の理想で、多くの人が苦しむ結果となってもその覚悟は変わらないか?」

「・・・もう、決めたんです。たとえこの先、多くの人に恨まれることになっても、自己嫌悪に苛まれることになっても・・・私は、その覚悟を貫きます」

「そうか――――劉備玄徳殿」

その背中を、支えよう。自分の全てを以って。

「はい」

桃香の名を静かに呼んだ一刀は、そのまま彼女の前に跪き、驚き顔の桃香を頭を垂れ、自身の二本の刀を差し出した。

「貴女のその高潔でいて真摯な心に敬意を表し、我が剣と私自身を――貴女の往く道に捧げましょう」



――臣下の礼。それは一刀が、桃香を主君として認めた瞬間であった。



4話へ続く


後書き

恋姫演舞、第3話のUPです〜^^

予想以上のハイペース。後でガス欠しないか、果てしなく心配です(汗)

今回は、一刀の「強さ」を示すという意味合いも兼ねて、愛紗とのガチ勝負にしてみました。

そして十分にその武を示してみせた一刀に対して、桃香はその手を差し伸べる。「仲間」として。

次回は、無印と真を混ぜたような展開になると思われます。

それでは〜。



2009.2.21  雅輝