黄巾党の襲撃。それは一刀たちにとって、紛れもない転機であった。
おそらく、一刀・愛紗・鈴々の三人がこれより向かう門には、既に迎撃しようとする街の男たちが待機していることであろう。
とはいえ彼らは、碌に戦の経験もない、無辜の民たち。
彼らだって、当然戦うのは怖い。だが、賊に街を蹂躙されゆくのを、指を咥えて見ているつもりもない。
しかしそこに、単騎で百人の敵を殲滅させてしまうような、一騎当千の武人が現れればどうだろうか。
街の入り口を護る三人の武は、瞬く間に勇名として街中に轟くだろう。さらに、その武に憧れ、志を共にしてくれる者たちは、義勇軍として参戦してくれるかもしれない。
風評と兵。今の彼らにとっては得難いそれらが、同時に手に入る好機。
『この街を襲ったのが、運の尽きか。精々利用させて貰うぞ、黄巾賊』
そう、この戦いで――劉備玄徳は乱世に名乗りを上げる。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<5> 三人の武人
西門には、既に武器を持った男たちが部隊を組んでいた。
その数は、およそ三百。しかしそれはあくまで、弓を持つ老人なども含めての数。
それも戦い慣れていない町人にとっては、たとえ百人という寡兵でも、暴虐を尽くしてきた賊たち相手に大きな損害を被るであろうことは容易に想像が付いた。
「・・・すまない、この部隊の長を出してくれないか?」
それを前提において、その部隊のリーダー格である男と話し合いを始める一刀。
その内容は分かりやすく言えば、自分を一人だけ最前線に置いてくれ、というもの。さすれば、単騎で見事百人の敵全てを殲滅させてみせようと。
男は明らかに胡散臭げな目で一刀を見ていたが、物は試しということなのか、意外にもすんなりと許可は下りた。
「・・・」
まだ鞘に収まっている双龍に手を置き、目を閉じた一刀は、門を少し出たところで静かに黄巾党の到着を待つ。
『これまでは予定通り。特に問題も起こってはいない・・・が、むしろ問題は、俺の方か』
自身の、震える両手を戒めるようにギュッと握り締め、心の中で自嘲した。
それも当然だ。今から行なうのは殺し合い。それ以上でも以下でもない、命のやり取りなのだから。
これは言うまでもないが、現代社会において殺人は重罰が科せられる立派な犯罪である。
それは、警察や政府から仕事の依頼を受けることもある北郷家でも例外ではなく・・・これまでの仕事は、全て相手の意識を断つに止めていた。
しかし今回は、そんな生温いことを言ってはいられない。これは戦争だ。互いの命を掛けた、純粋な殺し合い。
だから、自分もしなくてはならない。――相手の命を奪う覚悟を。
「――――」
スッと、閉じていた目を開ける。すると、遠方に舞う砂塵が見えた。
『桃香も、覚悟を決めてくれた。ならばその決定に従うのが家臣であり・・・そして』
右手で天龍を、左手で地龍をそれぞれ抜き放つ。前を見据え、突出してきた突撃隊長を気取っている男に、意識を向ける。
『そして、人々を護る戦いこそ北郷家の真髄。そのためならば、この双龍を血に染めることも厭わない――っ!!』
「死ねやぁぁぁああああああああああ!!」
突出してきた男が降り下ろした剣に呼吸を合わせ、さしたる労もなく潜り抜けると、隙だらけの男の首を天龍で断つ。
断末魔すら上げることなく逝った男を見ることなく、一刀は百の軍勢に向けて駆け出した。
――覚悟は、決まった。
戦女神。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
愛紗が受け持った北門の町人たちは、彼女の戦いを見てただそう感じた。
百人の敵を目の前にしても物おじせずに、真っ直ぐ敵を射ぬく凛とした瞳。
どこから剣が迫ろうと動じない剛胆さ。
そして何より、その剛胆さを裏付けるかのような、圧倒的な武力。青龍刀の一振りで大の男を五、六人吹き飛ばすその様には、ただただ唖然とするしかない。
しかしそれでいて、その美しさは失われることはなく殊更輝く。艶やかな黒髪が戦場に舞い、その様に敵も味方も思わず見惚れる。
――彼女の演舞は、最後の一人を斬り終わるまで続いた。
愛紗が戦女神なら、こちらは差し詰め武神に愛されし神童か。
「うりゃりゃりゃりゃーーーーーーーっ!!!」
東門の町人たちの眼前では、信じられない光景が広がっていた。
とはいえ、誰が信じられようか。精々自分の半分ほどの背丈の少女が、単騎であの黄巾賊を圧倒しているのだ。
その小さな体の、どこにそんな力があるのだろう。一丈八尺の丈八蛇矛が、次々と敵を吹き飛ばす。
それに巻き込まれるだけで、暴虐を尽くしてきた悪漢共は立ち上がることすら出来なくなっていた。
子供のようにはしゃぎながら、戦場を駆け抜ける鈴々。その様は、黄巾党にとってどう映っただろう。
――結局彼女の宣言通り、その場を殲滅するのに十分も掛からなかった。
柔軟にして流麗。
ある意味で愛紗や鈴々とは対極の戦闘スタイルを持つ一刀を見て、西門の町人一同はそんな感想を持った。
男である一刀に対しては相応しくない表現かもしれないが・・・体の回転を見事に駆使しながら敵をすり抜け、そのまま切り捨てていく様は、ひらひらと舞う蝶を彷彿とさせた。
最初は一刀のことをただの突撃馬鹿だと思っていた西門の隊のリーダーも、口を半分開けて一刀の勇姿を見つめる。
黄巾党が弱いわけではない。確かにほとんど統率は取れていないが、数の暴力は絶対であり、何より彼らは人を”殺し慣れて”いる。
それを躱わし、いなし、時には受け止め、的確に反撃する。敵に合わせ、合理的に屠っていく戦法。
多数の敵の一挙手一投足を瞬時に見定め、自分の取るべき最良の行動を見極める。
単調に見えて、単純に見えて、しかしそれはとても難しいことだと、少しでも戦闘の経験があるものなら分かるはずだ。
それを顔色一つ変えずに淡々とこなす青年に、町人の目は釘付けになった。・・・一刀の目論見どおりに。
そして予測通り、敵を殲滅させた三人の武勇は瞬く間に町民たちの間に広がり――。
「・・・三人とも、おかえりなさい♪」
「桃香様。ご無事で何よりです」
「どうだ、桃香お姉ちゃん。本当に十分で倒してきただろ〜」
「・・・ただいま、桃香」
桃香を含めた四人は、黄巾党本隊の迎撃をする部隊の部隊長に選出されたのであった。
部隊長となった一刀たちがまず行なったのは、作戦の立案とそれに伴った部隊の編成。
先ほどは、一刀・愛紗・鈴々の三人による活躍で賊の侵入を防いだものの、今回はそう簡単にはいかない。
敵は千五百の軍勢。単純に考えて先ほどの奇襲部隊の五倍。そしてこちらの兵力、八百という数字に対しても倍近くの兵数を誇る。
戦において、兵力の違いは絶対だ。だが、その兵数差を覆すのが策であり――後数刻ほどで黄巾賊が襲来する啄県にとっては、必要不可欠なものであった。
「というわけで、何かしらの策を講じる必要があると思うんだけど・・・三人とも、何か案はあるかな?」
村の中心にある酒屋のテーブルで、桃香が村の地図を広げながら家臣の三人に問う。
「・・・確かに、先ほどのようにそれぞれの門で相対するのは難しいでしょうね。兵力に差がありすぎます」
「そうだな。村には戦い慣れていない人が多い。正面からぶつかり合ったら、良くて痛み分けか」
「流石に一人で五百はキツいのだ〜」
だが三人とも、テーブルの上に置かれた地図を眺めながら難色を示した。
その口々は総じて、先ほどの戦い方は出来ないと並べる。確かに、単騎での殲滅が難しい以上、先ほどのように正面からの迎撃では色々と拙い。
「うん。村の被害を最小限に留めたい以上、他の策を立てなくちゃ」
「他の策、か・・・」
桃香の言葉に、一刀が呟きながら頭を働かせる。
実は一刀は、今まで行なってきた仕事の中で、こうして作戦を立てることくらいはたびたびあった。流石にこのような「戦」の策は初めてだが、基本は変わらない。最低限のリスクで、最大限の効率を上げる。
「桃香。いくつか聞きたいことがあるんだけど・・・」
「ん、なになに?」
「まず、塀に囲まれたこの街の出入り口は三つ――北門、東門、西門で間違いないよな?」
「うん。南には地形の関係で門は作らなかったんだって」
「それぞれの、門の強度は?」
「普段はずっと開放してるからあまり使わないらしいけど・・・一応造りは木で、二重構造になってるみたい」
一刀の問に、桃香はスラスラと答えていく。
それも当然か。先ほど一刀たちが出陣している間に、桃香はあの場にいたこの村に詳しい人たちから、今広げている地図を含め色々な情報を集めていたからだ。
それは、紛れもなく仲間を信じての行動。一刀たちが勝つと信じていたからこそ、続く本隊との決戦に必要な情報を得ようとした。それも、主君自ら。
尤も、そういったことが平然と当たり前のように出来るからこそ、一刀は桃香に忠誠を誓ったのだが。
――閑話休題。
「・・・」
一刀は桃香から聞いた情報を整理しつつ、頭の中で策をまとめていく。
門を閉じさえすれば、それなりに時間は稼げるだろう。しかし全ての門を閉じきってしまっては意味がない。持久戦に持ち込んでも、ジリ貧になるだけだ。
『おそらく、敵は今回も三つの門を同時に攻めてくる。これを利用しない手はない、か』
確かに向こうにとっては、全ての門から攻める方が早く村を制圧出来るし、何より三方面からの強襲が戦に慣れていない町人たちにどれほどの効果があるかは火を見るより明らかだ。
だが逆に考えれば、それは襲う方も三部隊に分ける必要があるということであり。
それを逆手に取れば、数の利を覆すことさえ可能。――そう、例えば。
「一つ、思いついた策があるんだけど・・・」
一刀の提案した策は、予想以上に桃香と愛紗から絶賛され・・・それを基準とした部隊編成が行なわれるのであった。
6話へ続く
後書き
第5話の掲載となります。
今回は、三人の武人による黄巾賊の先行部隊の殲滅。各個、百人の撃破。
その姿は町人たちの憧憬を集め・・・そしてそれこそが一刀たちの狙い。劉備玄徳が、乱世に飛び込んだ瞬間。
次回は、戦闘シーンではなく戦争シーンがメインとなります。一刀の考えた策にも注目して頂けたら。
それでは!