「――――っ!!」

踊るようなステップから、後ろを振り向きざまの一閃。

周泰のしなやかな筋肉が連動し、その迅雷の如き太刀筋を無音のままに許す。

『殺った・・・』

それはもはや、予想ではなく確信であった。敬愛する主君である孫策や、武の師である黄蓋ですら、今の状態から躱わすのは不可能だからだ。

――――だから、もし一刀がこの場に「一人きり」であれば、容易く彼の首は胴体と別れを告げていただろう。

「――――っ、カズトっ!!」

赤毛の少女の突然の行動。それは周泰にとっても、大きな誤算であった。

彼女は一刀の腕を抱いた状態から、自分の体ごと彼を押し出す。その結果、剣の軌道から一刀の首が僅かに外れた。

『でもまだ・・・』

このまま剣を振り切れば、首を刈り取ることは叶わずとも、頸動脈は確実に切断され大量出血は避けられない。

しかし、そんな彼女の思惑も――――。

「くっ――――!」

突然の恋の行動に、何かを察知した一刀が咄嗟に首を曲げることによって、完全に外されてしまうのであった。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<34>  強さの意味(後編)





「――――っ、何者だっ!!」

体勢を立て直し、一刀は振り向きざまに腰の双龍を抜き放ち叫ぶ。

だが警戒すべき相手は、その場に留まっていることはなく既に間合いを詰めてきていた。

『速い――――が、それだけだ!』

初撃。ギィィィィィンッと、相手の刀と地龍がぶつかり合い甲高い衝突音を響かせる。

体捌きの速さだけでいえば、鈴々と同等かそれ以上。されど、愛紗や鈴々のような威圧感も一撃の重さも無い。

『だったら――――』

“ガキィンッ”

もう一度衝撃音。天龍で相手の得物をかち上げ、地龍で刺突。

それは後ろに飛んで躱わされたが、それこそが一刀の狙い。相手が体勢を立て直す前に間合いを詰め、勢いそのままに肉薄する。

時折フェイクも織り交ぜた、多角度からの斬撃。速度を重視する者は、一度捕まえてしまえば力押しで圧倒出来るのだ。

「っ、っ、く、ぅ・・・」

相手が纏う外套が徐々に裂け始め、その体にも小さな裂傷が出来ていく。

漏れ出た声音から、おそらく女性だろう。だが手加減は出来ない。少しでも隙を見せれば、そこから局面を打開されてしまうことは目に見えていたから。

「――――っ、はぁっ!」

思わず漏れ出たというような、短い裂帛の声。この近距離、眼前まで迫っていたのはクナイのような三本の飛び道具。

「ちっ・・・!」

予想だにしなかった攻撃。一本は天龍で、一本は地龍で。最後の一本は首を傾げて躱わすことで何とか捌ききるが、その時にはもう距離が開いた敵の後ろ姿が目に映っていた。

「っ、待て!」

即座に一刀も駆け出そうとする。だがそれを予期していたように、絶妙なタイミングで振り返った彼女がさらに飛び道具を投擲してきた。

「はぁっ!」

もうその手は通じないとばかりに、天龍の一閃で三本のそれを弾く。しかしその頃には既に、敵影は遥か遠方で。

「ふぅ。逃げられたか・・・」

成り行きを見守っていた町人たちの称賛を浴びながら、一刀は双龍を鞘に戻して嘆息するのあった。







「・・・着いた」

「恋?」

街での騒動から数刻後。事後処理――野次馬への応対や不審者に関する聞き込みなど――を遅れてやって来た兵士たちに任せた一刀は、恋に手を引かれて城まで戻ってきていた。

普段通り無表情な上に言葉もなくズンズンと前に進む恋に、どこに連れて行かれるのか聞けぬまま、ようやく立ち止まった場所。そこは――――。

「・・・練兵場?」

「れ、恋殿ぉ〜〜・・・」

途中から別れ、ようやく追いついた音々音が出すヘロヘロな声を尻目に、一刀が呟く。

そこは城内の、一刀も十分に見覚えのある場所。兵の数が増えるに連れて、城外にもいくつか練兵場と呼べる場所を作ったので、ここは第一練兵場とでも言うべきか。

いつもは兵士たちの活気に溢れているこの場所も、今は誰もいなかった。おそらく休憩か、城外へ走り込みに出たかのどちらかであろう。

「恋、ここでいったい何を――――」

訊ねようとした一刀は、咄嗟に口を噤む。数歩先、一刀の間合いの外ギリギリで相対した彼女の顔が、以前戦場で会った時のように真剣そのものだったから。

「構えて」

「・・・ああ」

短い言葉でこちらを促す彼女に応えるように、一刀は双龍を鞘から抜き放つ。恋も音々音が部屋から持ってきた方天画戟を受け取り、気合を入れるように一度大きく横薙ぎをして構えを取った。

「こうして戦うのは、あの日以来だな。・・・そういえば、聞きたかったことがあるんだ」

「なに?」

「どうして恋はあの時、俺を助けてくれたんだ?」

助けてくれた、というには語弊があるとしても、概ね間違ってはいない。

あの瞬間。恋の変貌とも呼べる一撃を前に、満身創痍だった一刀は成す術なく地に伏した。

一刀は意識を失っており、つまり恋はいつでもその命を散らすことの出来る立場にあったのだ。

だが、彼女はそうしなかった。そればかりか、一刀の意識を奪った一撃さえ急所を外したものであったと、後に医療の心得のある両軍師から聞いている。

「――――カズトは、恋と同じだから」

「同じ?」

「・・・誰かを、何かを護るための力。存在。生き方。だから、死んで欲しくなかった」

「――――そっか。ありがとう、恋」

一刀が素直に礼を述べると、恋は少々頬を赤くさせてフルフルと首を横に振った。

それだけ聞ければ十分だ。この戦いの意味など、今更問うまでもない。

一刀も恋も、互いに護る者だ。護るために、その力を振るう者だ。しかしながらその大きな違いは、戦う力。

人の身で、全てを護り抜くなんておこがましい。しかし、その可能性を高めるのは何よりも自身の強さだ。恋にはそれがあり、そして一刀はまだそんな彼女に遠く及ばない。

「・・・よし。行くぞ、恋」

「ん・・・」

こうして、音々音以外には誰にも知られることもない真剣勝負は、静かにその幕を開けるのであった――――。





「はああああああっ!!」

勝負の始まりから約半刻。疲れもあり、だいぶ鈍くなってきた体を気力で動かしながら、一刀が回転斬による乱撃を見舞う。

「・・・・・・」

恋は冷静に、その攻撃を全て的確にいなす。そして一瞬、一刀の視覚が途切れる瞬間を狙って――――。

「んっ・・・!」

“キィィィィィンッ!!”

方天画戟による豪撃をまともに受けた地龍が、一刀の手を離れ蒼天に舞う。

その隙にと狙った最後の一手――――天龍での刺突も、その身を捻った彼女の脇腹を掠めるに留まり、次の瞬間には首筋に冷たい感触が添えられた。

「恋の、勝ち」

「――――負け、か」

そう認めた一刀が両腕を広げたまま、荒い呼吸を繰り返す体を休めるように地面に投げ出す。

完敗だった。有効打の一つも入れられぬまま翻弄され、最後は得物を弾き飛ばされてしまう有様。

分かっていたつもりだった。双頭龍を使ってようやく平時の恋と同等なのだ。今の自分が、勝てるわけがない。

それでもやはり悔しいのは、武人としての本能か、はたまた単なるプライドか。これから天将としてやっていく自分に対する不安と不甲斐なさも多分にある。

「・・・カズトは目に頼りすぎ。さっきも、恋がいなかったら死んでた」

さっきというのは、刺客に襲われたときのことだろう。

あの隠密の腕は確かだった。もし恋が反応してくれなかったら、何が起こったか分からぬまま絶命していたに違いない。

「――――ああ、そういえば前にも同じようなことを言われたっけ」

思い出すのは、一度分かれて再会を果たしたものの、連合解散時にまたフラリと流浪の旅に出かけた自由人。

恋は一刀のそんな呟きにコクリと一つ頷くと。

「急に出来る事じゃない。でも、カズトなら――――」

たどたどしい、しかしながら的確な助言。恋が提案したのは、一刀の新しい戦闘スタイル。

「・・・なるほどな。今までもちょくちょくはやってたけど、それを意識的に組み込めば」

「(コクッ)・・・目で見えなくても、補える」

「――――恋」

「ん・・・もう一戦、やる」

天将として、一刀はもう負けられない。例え中華最強が自軍に居るとしても、他の諸侯の猛者も枚挙に暇がない。

負けないためには、強くなるしかない。強くなるには、鍛練するしかない。

「ふぅ――――よしっ!」

気合を入れ、呼気を締め出す。恋と一刀の模擬戦は、この後も五回ほど続くのであった。







「――――以上で、報告を終わります」

「・・・そうか」

ところ変わって場面は江東の孫家、周喩の執務室へと移る。

幽州の啄県へと放っていた孫家の誇る隠密、周泰の報告に思わず米神を抑えて天井を仰いだのは、この部屋の主である周公謹。

『やはり思った通りだったか・・・。まったく、頭の痛いことだ』

内心でそう溜息を吐きながらも、その類稀な頭脳は考えることをやめない。思考をやめてしまった時点で、軍師としては失格だと思っているからだ。

『魂切を持っていなかったとはいえ、明命を軽くあしらうその武。正直呂布と渡り合ったというのは眉唾だと踏んでいたが、これで信憑性が増したか』

周泰は孫家の中でも五指に入るほどの武将だ。

だが彼女の話では、暗殺が失敗し対峙した後はほとんど成す術なく敗れ去ったらしい。

「覚悟は出来ております。この罪は、如何ようにも」

「・・・いや、正体は気取られてないのだろう? 北郷の力量も鑑みて不問とする。次は敗れぬよう、今後も精進してくれ」

「――――はっ!」

「ご苦労だった。今日はもう下がり、体を休めてくれ」

「御意。・・・失礼、致します」

拱手の礼をし、周泰が部屋を辞する。

僅かに見えたのは唇を噛み締めた悔しげな表情。いつも天真爛漫な彼女が垣間見せた武将の顔。

部下の気概に周喩は一瞬微笑を浮かべたが、すぐにまた表情を引き締め考えに耽る。

暗殺は失敗に終わった。これからは一層警戒されるであろうし、一度目を防いだ相手に同じ手を二度打つ馬鹿はいない。

とりあえず、今は何も仕掛けられないだろう。捨て置くわけではないが、他諸侯と同程度の警戒に留めておくしかない。

『報告を見る限り、劉備には領土欲が無い。それがあるのは派手好きの袁紹と曹操くらいか』

その眼鏡の奥にある流麗な瞳で見据えるのは、今後の大陸図。

反董卓連合が終わり、王朝の中心で政をしていた相国が死んだ。もう漢には大陸を統べる力は残されていないだろう。

せめて、一代前の皇帝が劉宏ではなく劉協であればどうなっていたか。勲功授与に出席していた孫策の話では、まだ幼いながらも皇帝としての器は確かに備えていたという。

『・・・まあそれは今更考えても詮無きことか』

ともかく。これから大陸は、本格的な群雄割拠の時代に入っていくだろう。

そうなった時、問われるのは国力。軍事力。政治力と、将来を見通す予測力。

――――孫家は今、秘密裏に独立のための準備を進めている。各地で農民の一揆が起こるように仕向け、それを抑えるためだとバラバラにされた旧臣を呼び寄せ、一気に袁術を叩く。

孫策の勘と、周喩の理論的な読み。その二つを以ってしても、ほぼ失敗は無いと出ている。

油断するつもりは毛頭ないが、独立が成功してもその後は諸侯の一角としてこの乱世に挑まなければならない。

『やってやるさ。私たちが望む世界を掴むために、な』

――――家族みんなが笑っていられるような世界。素敵だと思わない?



断金の中と呼ばれる孫策――――雪蓮の小さな夢を思い出しながら、彼女は決意を新たにするのであった。




35話へ続く


後書き

前回の更新は・・・9月かぁ。月日が流れるのは早いなぁ。

というわけでどうも、半年近く続きを放置していた雅輝です。うん、不定期更新すぎますね。

何というか、最近改めて思います。三国志って難しい!

他の良作恋姫SSを読んでは、自分の未熟さを痛感する今日この頃。それもある意味、モチベーションの低下につながっているのかなぁとか。


ってなことは置いといて。恋姫演舞の話に戻りますと。

この話で一応、拠点も終わって、「反董卓連合編」も終了となります。15話からだから、丁度20話掛かったことになりますね。いやぁ、長かった(笑)

次回からは新章突入、ですね。ちょっとネタバレしますと、まず領土が変わります。まあほぼ原作通りと考えてもらって結構です。

とりあえず更新目標は・・・言わないでおきます。また過ぎそうだし(汗)

ではでは、また次の話でお会いしましょー。



2012.2.15  雅輝