「――――んっ!」

「うぉっ!?」

信じ難いほどの速度で、戦神の相棒たる方天画戟が一刀に襲い掛かる。

自身の反射神経を総動員して、咄嗟に首を逸らした結果、戟は彼の前髪数本を道連れに空を切るに留まった。

「――――っ、つぇいっ!!」

そして同時に、この機を逃す一刀ではない。

即座に体を沈めた一刀は、“彼女”に左の足で足払いを仕掛け、

『躱わされるのは百も承知だ!』

軽く飛んで躱わしたその胴に目掛け、足払いの勢いを殺すことなく、本命の天龍による回転斬を見舞う。

だが――――。

“ガキィッ!”

「・・・なかなか良い攻撃。でも、まだ遅い」

「くっ――――!」

その攻撃を防いだのは、先ほど空を切ったはずの方天画戟。超重量武器とも言えるソレを、片手で自在に操る。それは驚愕に値するが、そんなものしている暇などない。

一刀が半ば反射で左に転がると、コンマ数秒後には元居た場所に戟が振り下ろされていたのだから。

「――――ふっ!」

尚も追撃してくるであろう彼女に対し、地面に転がった体勢のままでは拙い。

一刀はバク転の要領で後ろに跳ぶと、迫り来る彼女の顎先につま先を合わせる。

「――――っ?」

死角からの蹴撃。惜しくもそれが命中することはなかったが、それでも追撃に対する牽制には十分。足を止めた彼女から、一度大きく距離を取る。

「・・・ふう」

油断無く相手を見据えながら、額から流れ落ちる汗を肩で拭う。

互いの武器は、刃が潰れている模造刀などではない。一応は寸止めする技術が二人にはあるものの、それがいかなる時でも間に合うとは限らない。

これは模擬戦という名の皮を被った、正真正銘の命のやり取りであった。

『でも、だからこそ・・・』

強くなれる。

模造刀同士の模擬戦では味わえない、恐怖と緊迫感。そして真剣さ。

これは、現代の道場で祖父と行なっていた「鍛練」ではない。自分が生きるための、そして相手を殺すための「予行演習」だ。

「もう、終わり?」

「――――いや、もう少し付き合ってもらうよ。・・・いいかい、恋?」

再度腰を落とし、双龍を油断無く構える一刀。その言葉に恋――――中華最強を冠する呂奉先は、戟を担ぎ直してコクリと頷くのであった。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<33>  強さの意味(前編)





そもそも何故このような話になったのか。事の起こりは三時間ほど前に遡る。



もうすぐ太陽も天頂に差し掛かろうかという頃。最近ようやく天将としての仕事も落ち着き、一刀は警邏がてら久々に街へと繰り出していた。

今や啄県は、李儒が暴政を敷いていたかつての都、洛陽よりもよっぽど活気に満ちている。

これは単純に人口が増えたこともあるが、周りの荒野を開拓することで街自体の面積を増加したことも主要な原因の一つだ。

そこに流れ着いた商人が店を構えたり、農民が畑を耕したりすることで、街の更なる発展の一翼を担うのであった。



「ん? あれは・・・」

そろそろ昼食時。以前に比べてずっと数を増した飯店から、客を呼び込む魔力を秘めた香ばしい匂いが漂う中、一刀は何故か出来ている人だかりの中に、見知った二人組を見つけた。

「恋とねねじゃないか。こんなところで一体何を――――」

「しているんだ?」と続くはずだった一刀の台詞は、途切れざるを得なかった。

それは、その答えがすぐに見つかったというのもある。端的にいえば、彼女達――――いや、恋は食事をし、音々音はその食事風景を見守っていた。

しかし、それ以上に・・・何というか、その光景に心を奪われた。

「もふもふもふ、まふまふまふ・・・」

『ほわぁぁぁぁぁ・・・』

抱えきれないほどの肉まんを一つ一つ、火傷しないようにか少量ずつ頬張っていく。

ただ、それだけの光景。だというのに、何故こんなにも胸があったかくなるのだろうか。

何だこの可愛い生き物は愛でたい飼いたい失礼かいやでも可愛いお持ち帰りしたいこの光景が見られるなら肉まんなどいくらでも買ってあげたいっ。

『・・・・・・はっ!?』

正気に戻る。危なかった。彼女の食事シーンには、一刀がキャラ崩壊を起こすほどの破壊力があった。

『周りの人だかりはこういうことか。よく見たら小銭が投げられてるし』

音々音が、「見世物ではないですぞ!」と時折思い出したように声を張り上げているが、そんな彼女も緩みまくった顔をしているので説得力が無い。

「・・・・・・けぷ」

それからどれくらい経っただろうか。恋が最後の一個を名残惜しそうに消化し終わると、見物人たちは余韻に浸りながら少しずつ居なくなっていく。

最終的に残ったのは恋と音々音、そして一刀の三人。その頃になってようやく、二人も一刀に気が付いた。

「おや、一刀殿ではありませんか」

「・・・カズト」

「お疲れさん、二人とも。見てたけど、恋の人気は凄いんだな」

「・・・?」

一刀がそう言うと、恋は不思議そうに首を傾げた。どうやら彼女の場合、食べるのに夢中であまり周りのことは気にならないらしい。

「その通りですぞ! これも恋殿の魅力を以ってすれば、当然の結果なのです!」

対して音々音は鼻高々。敬愛する恋の人気を、まるで我が事のように喜び胸を張る。

『ある意味で対照的な二人だよな』と一刀が内心で苦笑していると、テテテとやってきた恋はそのまま一刀の腕にしがみ付いた。

「ちょ、恋!?」

「カズト、一緒に帰ろ」

「れ、恋殿〜〜〜!?」

わたわたと慌てる一刀を尻目に、上機嫌に一刀の腕を引っ張る恋。

対して音々音は敬愛する主の行動に目を丸くするも、一刀のこともある程度認めているが故に何も出来ないでいた。

『これで一刀殿が凡庸で女子に目がないだけの男だったら、“ちんきゅーきっく”をお見舞いしてやるところなのですが・・・』

ふつふつと込み上げる感情を溜息をつくことで逃がした彼女は、それでも納得が行かず――――二人が組んでいる腕目掛けて、突撃を敢行するのであった。





同時刻――――同じくにぎわう啄県の別の街道を、一人の少女が歩いていた。

煤けた外套で全身を覆い、また外套に付いている頭巾(フード)を目深に被っているため、傍目からその表情は判別できない。

恰好だけで判断するならば、怪しい事この上無い。だが不思議と、道行く人は彼女を不審には思わなかった。

それは、彼女が自身の存在を希薄にできる術を知っているが故。足音を消し、人の注視を避け、しかし万が一に備えて顔は隠す。

『ここが啄県。・・・それほど大きな街ではないのに、想像以上に賑わっています』

孫家が抱える隠密集団。その筆頭である彼女の名は周泰、字は幼平。目的は――――北郷一刀の、暗殺。



「啄県に、ですか?」

それは半月前。後に呉の大都督となる周公謹の執務室にて、周泰は聞かされた密命に僅かに首を傾げた。

「ああ。我々の独立の準備は着実に進んでいる。後は時機さえ見誤らなければ、悲願を達することが出来るだろう」

今でこそ袁術の客将に甘んじている孫家だが、既に袁術に意趣返しする準備は整いつつあった。

先の反董卓連合時に、袁術軍はその兵の多くを失ったが、孫家直属の兵士は被害が少ない。今ならば、たとえ兵の数で負けていようと質と策で袁術軍を蹴散らせる。

「だが、孫呉百年の安寧のためには、さらに先を見越さなくてはならない。袁術を追い落とし、江東の地を取り戻した後。障害となり得る陣営は限れられてくる」

優秀な王と、それを支える人材が揃う曹操軍。君主は無能だが、豊富な資金と兵数で河北を支配する袁紹軍。騎馬を用い、平野では無類の強さを誇る涼州軍と公孫讃軍。そして――――。

「現在、最も勢いがあるのが劉備軍だ。軍神関羽に燕人張飛。軍師に臥龍鳳雛を揃え、何より帝に認められし“天将”も存在する」

今はまだ小さな勢力に過ぎない。されど、あの反董卓連合を生き残り、諸侯の中で随一の成果を上げた軍勢を見逃せるほど乱世は甘くない。

「明命。今回お前に頼みたいのは、啄県の街の現状の調査と、天将の影響力。そして天将自身が、今後の我らの障害になると判断した場合は――――」

周泰のことを真名で呼び下知を下そうとした周瑜は、そこで一瞬言葉を詰まらせる。こんな手が嫌いであろう、親友にして君主の姿が思い出されたからだ。

今回のことは彼女の独断だ。だが、あの男は危険だ。大きな・・・本当に超えられないほど大きな障害となる前に。

「―――その場合は、一太刀の元に切り捨ててこい」



『これは――――障害になると判断せざるを得なさそうですね』

街の発展具合。作物の収穫率。何より、有力者から平民に至るまで須らく得られている絶大な人気と信頼。

それは二大軍師の手腕や、主君である桃香の神格(カリスマ)性も勿論あるだろう。しかし最も大きな要因はやはり、時の帝に認められし天将。

『正直言って、殺すのは惜しい。そう思ってしまいますが・・・私も孫呉の人間。未来のためにも、その罪悪感に耐えてみせます!』

既に一刀の位置は把握している。先ほど一度遠目で見つけた時に、少しの間尾行して大体の行動順序は読めていた。

『このまま歩いていれば、もうすぐで彼とすれ違う。その一瞬で――――』

今回は正体を知られないことが大前提であるため、魂切という銘の目立つ相棒は持ってきていない。その代わり、護身用に近い小太刀のような刀を懐に忍ばせている。

すれ違うまで、後、二十歩。視力も常人以上に良い明命でなくとも、その全容が見える距離。

後、十歩。ここまで来ると、その表情までも伺うことが出来た。彼は隣を歩く赤毛の少女と楽しそうに会話している。

後、五歩。殺気を抑える術など、とうの昔に身に着けている。外套の中で、刀の鯉口を切った。

後、一歩。狙うのは首筋。懐の刀は小さく、魂切のような殺傷力はない。だとすれば、たとえ浅くても致命傷となり得る首を狙うのが常道。

零歩。まだだ。狙うとすれば、すれ違った後。自分も彼もそこから一歩を踏み出した瞬間。

そして――――。

「――――っ!!」

気合のために声を上げるなど、そんな素人くさい真似は勿論しない。

すれ違ってからの一歩目。踏み出した右足を地に着ける前に真後ろに方向転換しながら、腰を回転させ。

無防備な一刀の首筋に、その凶刃を奔らせた――――。




34話へ続く


後書き

うん、もう言い訳のしようもないですね。本当に申し訳ないですorz

うー、うー。まだまだ復活とは行かないようです。モチベーションがなかなか。

最近、別作家さんの恋姫SSを読んでちょっとアップしたので、続きを勢いで書きました。その割には続き物になってしまいましたが(汗)


さて、内容。今回と次回は、恋と音々音の拠点です。

なんかまだあまりそれっぽくないですが。まあ他勢力から見た啄県というのも、少し入れておきたくてですね。

さて、新キャラも登場しました。とはいえ、真・恋姫ではもうお馴染みの明命ちゃんですが。

ちょっと嫌な役割になってます。明命ファンの皆様、何卒ご容赦くださいませ。


さて・・・良いところで終わらせてしまった今回。続きは流石に近い内に上げないとなぁと思っているのですが、どうなることやら^^;

とにかく、九月中の更新を目指します。



2011.9.11  雅輝