反董卓連合も一先ずの終結を迎え、一刀たちは炊き出しなどのために一月ほど滞在した洛陽に別れを告げ、啄県に凱旋した。

風の噂とは侮れないもので、そんな一刀たちを待っていたのは、多くの民の歓声。

皇帝陛下から賜った、勲一等という名の功は、この時代何よりの評価となる。増してや今、この軍には――――。



「天将さまーーーーーーーー!」

「ありがたや、ありがたや・・・」

「俺たちは、どこまでも付いていきますぜーー!」

「この大陸に、どうか平和を・・・っ!」



――――皇帝も認めた、天を冠する将がいるのだ。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<32>  天将の覇道





「つっかれた〜〜〜・・・」

啄県、県城の一角。北郷一刀の私室で、彼は寝台に糸が切れたように身を沈めながら大きく息をついた。

反董卓連合で負った傷は、洛陽に滞在中にほぼ完治している。とはいえ、体力は未だ戻りきっていない。

「見通しが甘かったな・・・」

予想はしていた。天将となった今、自らを取り巻く環境は大きく変化するであろうと。

だが、啄県に帰ってきてからのこの三日間は、予想を遥かに超えるほど忙しない日々だった。



―――劉備軍の活躍を受け、桃香達の洛陽滞在中に啄県の人口は倍近くまで膨れ上がっていた。

人口が増えれば当然、内政に力を入れないといけない。しかし肝心の君主や、その補佐の朱里たちは揃って不在。

朱里や雛里の推薦で、他の県より群を抜いて優秀な啄県の文官たちだが、それとて限界というものがある。

そんな中で、文官たちが最低限守ってきたのが町の治安。人口が増えることによる一番危険な弊害を、彼らは理解していたのだ。

その結果、その他の内政に関する仕事は溜まりに溜まっている。桃香、朱里、雛里の三人に、ようやく字の読み書きが出来るようになった一刀も含めた四人体制で消化していってはいるものの、進捗状況は未だに半分といったところか。

ただ、朝廷より勲一等の褒章として、都に死蔵されていた金銭を大量に賜っていたので、内政に惜しみなく投資出来ている。・・・もちろん、節約はしているが。

それと同時に、領土も賜ることになった。詳細は追って連絡するとのことであったが、劉備軍が誇る二大軍師はある程度の検討は付いているようだ。



それはさておき、一刀の仕事はそれだけではない。

元々の武官としての仕事――以前は鈴々の補佐であったが、今では彼女と同位に就いている――に加え、天将として近隣の代表者や、入隊を志願する新規兵に顔を見せることも重要な仕事である。

これは本来の読みどおりであった。現在の大陸で最も勢いのあるであろう劉備軍と天将の加護を受けようと、幽州全土のみならず、他州からもこぞって腕自慢たちが集まってきている。

尤も、愛紗や鈴々と同等の力を持つような一騎当千の武人は現れなかったが。



「もうこのまま寝ちまうかなぁ・・・」

そういった諸々の事情により、この三日の一刀の平均睡眠時間は二時間を切っている。それも仕事と仕事のちょっとした合間に寝ているに過ぎないので、疲れが取れていない。

ようやく一段落着いた今日も、既に日付は変わっていた。

風呂はこの時代、平民は入れぬほどの高級品だ。この県城にはあるが、それとて節約として二日に一度しか湯は張らない。

今日は確か湯を張らない日のはずだ。そういう日は水を絞った手拭いで体を拭くのだが、今日はもうそんな元気も無い。

“コン、コン”

「・・・? 入ってくれ」

もう既に半分まどろんでいた彼の意識を起こしたのは、一刀が習慣付けるように広めた「のっく」の音。

おずおずとしたその叩き方に、何となく人物の予想が付いた彼は、上半身を起こしてノックの主を待つ。

「失礼します」

「お邪魔するわよ」

入ってきたのは予想通り、現代のメイド服のような可愛らしい衣装を身に纏った二人の女の子。

「いらっしゃい。月、詠」

迎え入れる一刀の天然の微笑みに、月は「えぅ・・・」とはにかんだ表情を、詠は「ふ、ふんっ」と顔をそっぽに向けるのであった。





月と詠――――つまり董卓と賈駆の扱いをどうするか。それがここ最近の劉備軍で、一番大きな懸案となった。

暴政の元凶が李儒であったとはいえ、大陸の民達にとって董卓は未だ天下の大罪人。

事の真偽はどうあれ、「董卓が治めていた洛陽で暴政が起こっていた」というのは紛れも無い事実であり、それは風評として各地に広まっている。

公的には、董卓とその軍師賈駆は、李儒が燃やした洛陽の城で炎に巻かれて焼死したとなっている。これは劉協が勲功授与式でそう宣言したので、各諸侯の間でも周知の事項だ。

よって、隠し通せるだけの下地はあるが、万が一劉備軍が匿っているとバレてしまっては、月と詠の命が危ない。最悪、王朝より処断の命令が下されるかもしれない。

そこで朱里と雛里が提案したのは、姓名や字を捨てて真名を名乗ること。そして侍女として暮らし、公の場には出ないこと。

それは決して簡単なことではない。名や字も親がくれた物だし、元相国とその側近を召使いとして傍仕えさせるのだから。

しかし、月と詠は不満を一切口にすることなく、黙ってその頭を垂れた。

月は言った。「私達は命を助けて頂けただけで十分に幸せです。これ以上、何を望むことがありましょうか」と。

一刀はその時、やはりこの娘も「あの」董卓なのだなと、独りでに納得した。

ちなみに、二人が身に纏う白と黒を基調にしたメイド服は、当然一刀の提案だ。現代の悪友、及川に無理やり連れて行かれたメイド喫茶の制服を思い出してデザインした。





“カチャッ”

「どうぞ、一刀様」

「ありがとう、月」

月の肌のように白い陶磁器に注がれた茶が、そっと一刀の寝台の前に置かれる。

ゆっくりと口に含むと、仄かな苦味と甘味が広がり、疲れた脳にとても優しく感じられた。

「・・・ふう。うん、相変わらず月の淹れてくれるお茶は美味いな」

「へぅ・・・あ、ありがとうございます」

一刀の賛辞に、月は顔を朱に染めて俯いてしまう。一刀はそれに『照れてるのかな?』と思うだけだが、女殺しな笑顔を持つ天然鈍感男が、その本当の理由に気付くことはない。

「当たり前よ! 月のお茶を不味いなんて言ったら、張っ倒してやるんだから!」

「も、もう。そんなこと言っちゃ駄目だよ、詠ちゃん」

「ふんっ」

照れた月の様子に何か思うところがあったのか、詠が敵意をむき出しにして一刀に噛み付く。月が優しく窘めると、赤らめた顔をそっぽに向けてしまった。

ここに及川が居れば、「メイドでツンデレ・・・さ、最強や!」などと世迷言を言うであろうが、生憎一刀にはそんな知識は無い。

詠が何故不機嫌になっているのか皆目検討も付かない一刀は、一つ首を傾げた後に、磁器を机に置いて本題を切り出した。

「それで、こんな時間にどうしたんだ? 雰囲気からして、大事な話だと思うんだが」

「――――まあそうなんだけど。そうもあっさりと見破られると、ちょっと悔しいわね」

「こう見えても、今まで色んな人と関わってきたからな。そういった空気に敏感になっただけだよ」

それは、現代世界に居た頃の仕事の話。その仕事柄上、政府の要人や企業のトップなどとも折衝し、その精神や感覚は磨き抜かれている。

「・・・その割には、女性関係はさっぱりそうだけどね」

「え?」

「いえ、何でもないわ」

ため息を吐きながら詠は同情した。ここ数日の間観察していた、劉備軍の面々に。

桃香は分かっているのか天然なのか、一刀への好意はだだ漏れ状態。主従の関係としても、一人の女としても彼を信頼しきっている。

愛紗は堅物なところがあるが、一刀に対してだけはどこか柔らかい。それが異性に対してのものか、はたまた義兄に対してのものかは定かではないが。

鈴々は逆に、一刀のことを「お兄ちゃん」として慕っているのは間違いない。だが、これはまだ恋を知らないだけとも言える。

朱里と雛里は、隠れて房中術の本を揃って読んでいるところをたまたま目撃してしまった。気の毒なので黙ってはいるが、それを使いたい男性などこの男を置いて他にはいないだろう。

呂布―――恋に関しても、男にあれだけ無防備な姿を見せるのは初めてのことだ。まあ、あれは単に懐いているだけなのかもしれないが。

『そして、何より・・・』

詠の最上の親友にして、守るべき主君。董卓こと月も、徐々に彼に惹かれ始めている節がある。

とはいえ、それも仕方のないことなのかもしれない――――と、詠は彼女らしからぬ柔らかな考えを持った。

幼い頃より董家の一人娘として、後に并州の牧となる運命を背負わされていた彼女の、同年代の友達は幼馴染の詠だけだった。

月の父である董君雄は人前に出ることを嫌い、滅多に中央に出向こうとしなかったため、同世代の雄である曹操や袁紹と出会うこともなかった。それが反董卓連合時に事無きを得た結果に繋がったのは皮肉とも言えるが。

つまり月は、極端に男性と接しないような人生を歩んできた。近くに居たのは、醜い大人の代表格のような十常侍だけ。

そんな環境で、男性恐怖症にならなかっただけまだマシかもしれない。

そんな彼女が初めて出会った、まともな男性。そして詠もまた、そんな風に思える程度には一刀のことを認めている。





「確かに大事な用だけど、堅くならなくていいわ。あんたの人となりを把握するために、世間話をしに来ただけだから」

「・・・ああ、そういうことか。俺も丁度、話し相手が欲しかったところだよ」

一刀は詠の言葉を受け、座り直して彼女に正対した。頭が回り、話術にも長ける詠が会話相手となり、月はその後ろで注意深く耳を傾ける。

「そうだな・・・。まず聞きたいことは、二人の処遇のことかな?」

「舐めないでもらいたいわね。理由くらいはとっくに察してるわよ」

啄県に帰ってきた後、二人には正式な形で桃香から辞令が下された。

月はその格好の通り、一刀専属の侍女として。そして詠は、侍女という仕事を隠れ蓑に、実質は一刀の補佐役として。

「主君の桃香には朱里が、軍部の最高責任者である愛紗には雛里が付いてる。そして、天将となったあんたにも補佐が必要になった。そこにボクが抜擢されたのは、素直に評価されてると思うことにするわ」

「・・・まあその通りだな。月に関しては――――」

「今後のあんたに必要になってくるのは、天将としての求心力。それは人から教わるものではないかもしれないけど、傍仕えをしてもらうことで学べることはあるかもしれない、ってところかしら」

「――――驚いたな。流石は、董卓軍の筆頭軍師」

「元、よ。まあボク達としても命を救ってくれた恩があるし、あんたに尽くすのも吝かではないわ。けれど――――」

「けれど、やはり自分達が尽くす方の本質を見定めておきたかったのです」

詠の言葉を、月が真剣な眼差しを以って引き継いだ。

煌々と光る、真摯な瞳の輝きが訴えていた。自分達の納得しない道を補佐するくらいなら、この場で舌を噛み切った方がマシです、と。



「問います。貴方は、天将という肩書きを以って、何を成そうとしているのですか?」



――――静寂が場を制す。問うた月も、問われた一刀も、推移を見守る詠も、動きを見せぬまま数秒が過ぎた。

一刀の心は既に定まっている。揺らぐこともないが、それでも即答はしなかった。目を閉じ、もう一度自分の心と向かい合い、再確認する。

そうして数秒後、閉じていた双眸をゆっくりと開き――――その想いを伝えようと、二人を見据えた。



「この乱世を――――断ち切る」



短く告げられた言葉。だがそこから滲み出るものは、筆舌にし難いほど重い何か。

呂奉先の獣染みた威圧感でもなく、皇帝陛下劉協から放たれる神格さでもない。

それは、覇道の意志。

桃香の歩む道には似つかわしくないかもしれない。けれど、彼女だって心の奥底では分かっている。話し合いだけで解決出来ないことも、この乱世にはあることくらい。

それでも理想を極限まで追い求め続けるからこそ、桃香なのだ。

だから一刀の覇道は、桃香の理想を形にするための手段。

天将という「覇」を以って、全ての民にとっての「理想」を追い求める道――――。



「「・・・・・・」」

一刀の意志に真正面から触れた二人は、言葉を交わすことも顔を見合わせることもなく、同時に一刀の前にその膝を着けた。

「この命尽きるまで、董卓であった頃の経験を用いて貴方様の補佐を全うすることを、我が真名に誓います」

「貴方の意志が変わらぬ限り、賈駆であった頃に培ったこの英知を天将のために捧げることを、我が真名に誓うわ」

それは二人らしい、しかし極上の忠誠の言葉。

史実でも有名な「あの」董卓と賈駆が、こうしてこないだまで現代を生きる学生だった自分に忠誠を誓っている。そう思うだけで苦笑が出てきそうになるが、それは二人の想いにあまりにも不誠実だと、すぐに表情を引き締める。

――――今思えば、こうして誰かに直接臣下の礼を取られたのは、初めての経験だった。自分の隊に部下は大勢居るがそれは劉備軍に、すなわち桃香に忠誠を誓っている兵だ。

つまり、こうした側近のような近しい部下を持ったことがない。だから一刀は、変に格好を付けないで、心のままに口を開いた。



――――「なら俺も、天将の名に賭けて誓おう。君達の忠誠に恥じることなき道を歩むことを」



そんな、主とは思えない等身大の誓いに、月と詠は顔を見合わせて歳相応の笑みを浮かべたのであった――――。




33話へ続く


後書き

ギリギリアウト! ってなわけで雅輝です。前回から一月以内に更新とはいきませんでした。

んー、最近なかなかコンスタントに書けていないせいか、文章が荒いなぁ。イマイチ納得がいっていなかったり。


さて、今回の話は月&詠の拠点フェイズ。

むぅ、詠のツン成分が足りない気がする。っていうか、ツンデレって難しくね?

でもあまり詠を出し過ぎると、月が隠れちゃうんですよねぇ。その辺のバランスは難しい限りです。


では、次こそ一月以内の更新を目指して頑張りますっ!



2011.7.3  雅輝