「――――皆の者、此度は大儀であった」

「「「「「はっ!」」」」」

威風堂々。とても齢にして十二の少女のものとは思えない重みのあるその声音に、各諸侯の代表達が臣下の礼を以って返す。

――――ここは焼け落ちてしまった洛陽城に次ぐ規模を誇る、皇帝一族の別宅。

通常なら諸侯の代表とはいえ入ることが出来る場所ではないのだが、帝の威厳を示すためにはそれに見合う場が必要だろうと、劉協の命で代表達を招いた。

そう、これより行なわれるのは――――此度の反董卓連合軍に対する、王朝からの勲功授与である。





「反董卓連合という名自体は些か的外れであったが、洛陽の危機に駆けつけた諸侯らの英断に感謝し、ここに勲功を授与しよう」

冒頭の挨拶の締めをそう括った劉協に次いで、その傍らに立つ文官がそれぞれの勲功と褒章が記されている書状を読み上げていく。

まずは徐州牧、陶謙を始めとした各諸侯。戦において大きな功績は残していないものの、兵力という形で連合に貢献した事を認められ、勲四等。

公孫軍と馬超率いる涼州の馬一族は、泗水関、虎牢関それぞれの戦いで騎馬隊を中心に奮戦。勲三等。

続いて、孫家軍――――ひいては袁術軍。客将である孫家軍の苛烈な攻めを評価され、さらに虎牢関の一番乗りも果たしている。勲二等。

袁紹は今回の連合の発起人の一人であり、総大将も務めた。軍自体は戦場の前線では活躍していないが、この動乱の時代に諸侯を纏め上げた力を評価し、勲二等。

曹操軍。袁紹と同じく連合発起の立役者であり、泗水関の一番乗り、虎牢関では董卓軍の主力である張遼を下し、呂布軍をも瓦解寸前に追い詰めた。勲二等。

そして最後に呼ばれるは――――。

「――――啄県県令、劉玄徳!」

「はいっ!」

「泗水関では華将軍を討ち、さらに虎牢関では呂将軍と通じて洛陽の実態を把握。呂布軍と連動して李文優を欺き、その魔手から皇帝陛下の命を救った功績は計り知れない。よって、勲一等を授ける!」

「――――はっ、有難き幸せにございます!」

帝の御前だというのに、場が少しざわめいた。

それも当然か。いくら功績が大きいとはいえ、劉玄徳本人は所詮一県令に過ぎない。だというのに、王朝から賜る最上位の勲功が手に入るのだ。

しかし「皇帝の命を救った」と言われれば、それに見合う勲功でもある。よって異論を唱えることの出来ない他諸侯から、嫉妬や僻みといった負の視線が桃香に突き刺さる。

「・・・」

そんな視線にも動じず―――少なくとも動じた様子を見せないまま―――桃香は臣下の礼を崩さない。ここで動揺してみせては、自分達の取った行動が胡散臭く見えてしまうことを、分かっているから。

『私は、戦場ではほとんど何も出来ない。だからせめて、こういう場では強くなりたい』

一騎当千の義兄妹たち。神算鬼謀の小さな軍師たち。そしてもちろん、こんな自分に付き従い命を賭してくれる兵士たち。

頼りっぱなしではいられない。何も出来ないじゃ済まされない。何より、そんな弱い自分でありたくない。

『私はきっと、変わりたいんだ』

今回の反董卓連合の参加という経験を経て、微妙に変化したのはその心構え。

王者の素養をすべて持ち、己が信じた道を邁進する曹孟徳のように。

勇敢さと胆力を併せ持ち、戦う王として兵たちの先陣を切り拓く孫伯符のように。

そして何より、“あの人”のように。

『少しでも立派な“王”に、私はなっていきたい!』

今までは立場に固執していなかった。現在の乱世を嘆いて決起し、幸運にも頼れる仲間たちに出会い、啄県の県令を務め、それからは漠然とした方向にしか進んでいなかった。

だからこそ、もう既に未来を見据え、王として歩む曹操や孫策との邂逅は考えさせられることが多かった。――――自分は、このままでいいのだろうか、と。

『こんな私を主君として認めてくれるみんなの為にも。自分が救いたい、大陸の全ての人たちの為にも!』

王として強くなる。心に住まう矛盾と向き合うことで得たその覚悟は、きっと彼女を導いていくことだろう。

――――仁徳の王、劉玄徳の道程へ。





劉備軍の勲功授与を経て、全ての諸侯のそれが終わったことになる。実際、褒章を読み上げていた文官も、広げたその書簡を傍の侍従に渡した。

だが、解散の号令が掛からない。痛いほどの沈黙の中、満を持するように劉協が玉座から立ち上がった。

「さて、これまでは諸侯の代表者への勲功であったが・・・朕が直々に、功を渡したい者がいる」

再び場がざわめき始める。しかしそれは間を置かずに沈静化していき、一人の男に向ける視線へと変わっていった。

――――諸侯の代表者以外は、護衛すら供することが出来ないその空間において、唯一存在することを許された将へと。



「――――劉備軍、北郷一刀!」



「はっ!」

皇帝陛下に名指しで呼ばれたその男――――北郷一刀は桃香の隣から数歩前に進み、片膝を着いた姿勢で拱手の礼を取った。

「呂将軍との折衝もそなたが発端であり、また洛陽城にて朕の命を救ったのは、紛れもなくそなたである」

「勿体無きお言葉にございます」

「・・・聞けばそなた、この大陸の出身では無いそうだな。ならば一つ聞こう、そなたは天から遣わされた御遣いか?」

場を制したのは、ざわめきとは真逆の無音。諸侯の代表達のほとんどは驚き、声を発することすら出来ないでいた。

――――近頃、巷で流れていた「噂」。高名な占い師、管輅の予言に登場する天の御遣い。だが、そんなものは所詮眉唾だ、というのが一般的な見解。

現在の漢で、天とは須らく皇帝を指す言葉だ。「天」を名乗るということは、即ち皇帝と同じ位であると自己宣言するのと同義。

ゴクリと、誰かが息を飲む音が聞こえた気がした。そこに居る全ての者が、北郷一刀の一挙手一投足に注目している。

「・・・確かに私は、この大陸の人間ではありません。しかし天から来たのかと問われると、肯定も否定も出来かねます」

「簡潔に述べよ」

「――――私が元居た国が、この世界とはまったく別であることは確かです。しかしながら、私はその国を天とは認識しておりませんでした」

「・・・つまりは我ら漢民からすれば、「天」と呼ばれても不思議ではない。だがそなたからすれば、天という表現は正しくはない。そういうことか?」

「その通りです」

皇帝はこの国の最上。嘘を吐くのは拙いが、かといって多くの諸侯が集まるこの場で洗いざらい全てを語るわけにもいかない。

ならばと一刀は「未来から来た」という、他諸侯に対しての最大の利点をぼかしながら、己が出自を話した。

劉協はその言に「ふむ・・・」と考え込むと、その瞳に理知的な――――それでいて悪戯っぽい色を浮かべながら、仰々しく口を開く。それはまるで、大きな手振りで客を魅了する演劇役者のように。

「ならば朕が、第十三代皇帝劉協の名において認めよう。天の国より舞い降りし将、北郷一刀を」



「そしてそれに相応しき呼称を、勲功としてそなたに授ける。これより“天将”として、この国のために尽力して欲しい」



「――――――」

流石に一刀も、この展開は予想できていなかった。唖然とする他の者と同じように、瞬きを忘れたかのように大きく目を見開くことで驚きを示す。

しかし、その言葉は紛れもなく一刀に――――劉備軍の武将である北郷一刀に向けられたもの。返答を濁すわけにはいかない。

いかないが――――簡単に、安易な返事は出来ないことも、一刀は分かっていた。この国における「天」とは、それほどのものなのだ。

天は常に正しく。

天は欲を見せず。

天は清廉であり。

天は人を救い。

天は全てを愛し。

天は全てから愛され。

そして天は――――決して敗れることはない。

「・・・」

一刀が「天将」となれば、劉備軍の士気はまさに天にも昇る勢いとなるのは想像に難くない。近隣の国からも、多くの兵が入隊を希望することになろう。

けれどそれは同時に諸刃の剣。武将と言えども人の身である限り、いつも勝てるとは限らない。あの中華最強の呂布ですら。

一刀が天将として敗れるとき、それは劉備軍の終わりと同義だ。全軍の士気は瞬く間に地に落ち、本来なら勝てるはずの相手にさえ蹂躙されてしまうだろう。

数秒の間、黙考を続けていた一刀は顔を上げて、しかと劉協を見据えた。その瞳に決意を宿し、少しでも己の想いが伝わるようにと。

「――――御意にございます」

確かな声でそう告げた一刀は、続いて行動を起こした。立ち上がり、この場で唯一帯びることを許された双龍をスラリと抜き去り――――衝くように、天を差す。



「劉備軍が将、北郷一刀。これより皇帝陛下より託された天将の名を背負い、必ずやこの乱世を鎮めることをここに誓うっ!!」



真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<31>  天将、北郷一刀





凛とした声で高らかと告げられた、平和への誓い。

その言葉に、気迫に、挙措に、風格に。その場にいる諸侯の代表者達は、瞬きも忘れたまま呑み込まれてしまった。

――――だがここに、呑み込まれるどころか獰猛な笑みを浮かべる美女が二人。



『面白い。面白いわ、北郷一刀。まさに天将に相応しきその気高さ、必ず私自らの手で狩り取ってやりましょう!』



『本当に好い男ね。気に入っちゃったかも♪ ・・・でも、身内に引き入れるのは危なすぎる、かな』



華琳と雪蓮は当初、一刀を引き入れようとしていた。男の将ながらあの呂布と死闘を演じられるほどの腕を持ち、人伝ではあるが頭も切れると言われる人物を放
っておけるほど、天下は甘くない。

しかしこうなっては――――彼が天の名を冠してしまった今では、それはもはや叶わぬ願いだろう。

裏切りなど以ての外であるし、例え劉備軍を負かしてその後で従属させたとしても、敗れてしまった天にどれほどの価値があろうか。

だが二人とも、そんな心とは裏腹にどこか嬉しさも感じていた。

『ふふ。貴方達との命を賭した決戦、楽しみにしているわ』

『あの呂布相手に引かなかった剣技――――楽しませてくれそうじゃない』



「それでは、諸侯の皆のこれからの奮闘に期待する。――――解散!!

そんなそれぞれの思惑を乗せ、反董卓連合は終焉を迎える。

解散の号令を行なった劉協の張りのある美声は、新しき時代の幕開けを告げるに相応しいものであった――――。




32話へ続く


後書き

いやもう言い訳のしようもないですね。約三か月ぶりの更新となります。ご無沙汰です、雅輝です^^;

とりあえず言い訳するとすれば、PCがぶっ壊れました。

地震の影響です。・・・嘘です。いつの間にか40個近いウイルスに感染しておりました(笑)

それで、新しいPCを買い、さらにはついでにネットも光回線にしたり、GWを跨いでいるといつの間にか5月の末ですよっと。

まあぶっちゃけ、今回の話がなかなか筆が進まなかったのも原因の一端ではありますが。三国志の知識に疎い自分にはきついきつい(ぇ


ってなわけで、話の内容の方に移りましょうか。

やはりメインとなるのは「天将」というワード。今後とも話の中心になる(はずの)言葉です。

天の御遣いとはまた違った存在。一国の君主ではなく、あくまで将として。そして天として敵を討つ。

まああれですね。ウチの一刀さんの主人公属性は留まるところを知りませんね(笑)

今後とも、天将の活躍にご期待ください!


次回は拠点と共に、もうちょっと話の整理を。今回、あまりそれが出来なかったので。

ただ最近忙しいので、またお待たせするかもしれませんが、のんびりと見守ってやってください(汗)

ではでは、失礼します〜。



2011.5.28  雅輝