“ダンッ!!”

重い音が地に響く。

振り向く劉協が驚きの表情で見守る中、天より舞い降りしは四人の人影。その内二人は、見覚えのある人物であった。

「董相国と賈駆・・・どうして貴殿らがここに――――」

劉協の言葉は、そこで途切れざるを得なかった。そばに控えていた李儒が、その豪奢な服を纏った肢体を強引に腕の中に閉じ込めたことによって。

「貴様ら、どうやってあの部屋から・・・」

憎々しげな声を震わせ、李儒が四人を睨み付ける。

元来、頭の悪い男ではない。董卓軍、軍師筆頭の賈文和を以ってして「悪知恵の働く」と言わしめるほどの才を持っている。

だからこそ、不測の事態が起こった今、真っ先に人質となり得る劉協を確保した。焦りつつも、冷静な判断が出来ている証拠だ。

とはいえ、もしここに現れたのが董卓と賈駆だけならば、李儒もそこまで警戒しなかっただろう。彼の警戒の色は、違う二人に向けられていた。

「何者だ、貴様ら! ここが皇帝陛下の御前と知っての狼藉かっ!!」

試しに、恫喝という名の石を投じてみる。これしきで動じるようならば、そもそも相手にする価値すら無い。――――が。

「月、あれが――――」

「はい、あの男が――――」

「そうか――――」

ボソボソと聞こえてくるのは、黒髪の女と董卓が会話する声。

背中の両名を下した女傑二人は、しゃがんでいた態勢からゆっくりと立ち上がると、預かってもらっていた得物を構え、不遜な口調で言い放った。



「「――――無論、正義の味方だが?」」





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<30>  愚者は地に堕つ





『さて、どうするか・・・』

少々厄介なことになった、と星は内心で冷や汗を流す。

三階からの飛び降り。着地時に膝を使ってどうにか衝撃を逃がすことには成功したが、それも最悪の事態を回避できたに過ぎない。

足の骨に異常は無いだろう。しかしながら、痺れてしまった下半身はしばらくまともに動きそうもない。

そしてそれは、愛紗も同様だろう。真横に立っているから分かるが、その見事な脚線美は小刻みに震えている。

『それにあの男、ああいう手合が一番厄介だ』

瞳を狂気に染めつつも、支配されるには至っておらず、むしろその狂気を御してさえいる。

先程の劉協を即座に確保した手並みも、敵ながら実に迅速。これでこちらの切れる手札は、一気に少なくなってしまった。

『加えて足の痺れ。このまま痺れが治るまで、こうして対峙していられれば良いが・・・』

「・・・正義の味方気取りは牢獄の中でやっていれば良い。兵たちよ、そこな無礼者共を獄にぶちこんでおけっ!!」

『――――そう上手くはいかぬ、か』

李儒の声に応じ、立ち塞がるは五十に満たない兵士たち。普段なら大した脅威にもならない数だが、立つだけで精一杯の今となってはこれ以上ない邪魔な存在。

そして李儒は皇帝を抱えたまま馬車へ。そのまま連れ去られてしまうと、足の痺れが取れようとも人の足では追いつけなくなってしまう。

万事休すか――――星が唇を噛み締め、諦めかけたその時。

「ぐぅっ――――!」

李儒の苦しげな呻き声と共に、事態は急変する――――。







『結局、朕は籠の中の鳥――――か』

劉協は李儒に自由を奪われた状態で踵を返しながら、内心で自嘲する。

今視線を切った四人は、きっと自分を助けに来てくれたのだろう。

だが自分は、何も出来ない。もはや名ばかりの皇帝である自分を助けようとしてくれた者達に、何も返してやることが出来ない。



――――本当にそうか?



「・・・?」

声が、聞こえた気がした。いつものように外部から耳に入るものではない、全く別物の。

――――自分が何も出来ないって、決め付けていないか?

『この・・・この声は――――』

自分の内から語りかけて来るような、その不思議な声は。紛うこと無く、今は亡き義兄のもの。

――――君に出来ないことなんて、無いんだよ。だって、君は生きているんだから。

「――――っ」

俯いていた顔を上げる。そうだ、私はまだ生きている。

このままこの男に連れて行かれるとどうなるか分からないが、少なくともここには助かる可能性がある。

『何もしないまま、諦めるなど・・・』

「・・・そんなもの、死んでいるようなものではないか」

「どうかしましたか、陛下」

極々小さいその呟きすらも耳聡く拾ったのか、李儒が問いかけてくる。

「――――のう、李儒よ」

「はっ!」

「少し耳を貸せ」

「・・・はっ」

不審に思うも、皇帝の言に従わぬわけにはいかない。少なくとも、今はまだ。

警戒しつつも、しゃがんで耳を寄せる李儒に、劉協は気付かれぬように自身の黒髪を彩っていた簪(かんざし)を無音で引き抜き――――。

「――――っ!!」

振りかぶって、その左目の眼球を思い切り貫いた。





「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」

左目を襲う灼熱の痛みに、李儒は当然ながらその腕から劉協を放してしまう。

「・・・っ」

その隙を衝き、拘束から抜け出した劉協が向かうは――――愛紗たち、四人の下。

「ぐっ・・・! 弓兵、劉協の足を狙え! 奴らの下へ行かすなぁぁっ!!」

その瞳に狂気を宿し、李儒が怨嗟の声で部下に命ずる。

通常なら考えられない、まさに天に弓引く行動となるのだが、李儒の迫力に押された数人の兵が、その無骨な弓に矢を番えた。

「くっ――――!!」

「いかん!!」

愛紗と星が、悔しげな声を上げる。足さえまともなら駆け寄って寸前で矢を弾くことも出来ようが、今は忸怩たる思いで見届ける他ない。

だが、まさに弓兵がその弦から手を離そうとした瞬間、横合いから突然現れた一人の兵士が、劉協の前に立ち塞がった。

「――――っ」

脇目も振らずに走っていた劉協がそれを避け切れるはずもなく。そのまま成す術なく、その男に拘束されてしまう。

「あっ――――」

「陛下!」

「・・・ふっ、ふはははははっ! さあ、早く陛下をこちらにお連れしろっ!!」

「――――はっ!」

兵士は少し冷静になった李儒の言に従い、劉協を抱えたまま李儒の元へと戻る。

先程は怒りに任せああした命令を出したが、万が一狙いが外れて致命傷を負わせてしまったら意味が無い。李儒にとっても、こうした解決の方が望ましかったか
らだ。

「――――愛紗」

「ああ、しかし・・・」

その頃になってようやく、愛紗たちの足の痺れも取れてきた。しかしもう後の祭り。まだ弓兵たちが矢を番えているこの状況で、しかも皇帝もあちらの手の中。迂闊に動けない。

兵士と劉協が、李儒の目の前に立つ。劉協は脱走が失敗したせいか、その顔を恐怖で青褪めさせ。兵士の方は兜を目深にかぶっており、その表情は判別し辛い。

「良くぞやった! 貴様、名を何という。後ほど褒美を取らせようぞ」

「はっ、私の名前は――――」

“ドシュッ!”



「っぎ・・・ゃぁ・・・」



「――――劉備軍、北郷一刀」



まさに一閃、であった。董卓軍の兵装を身に纏った一刀が、腰の天龍を抜いて李儒の胸を貫くまでに要した時間は、実にコンマ四秒。

達人による、速さを重視した神速の突き。所詮は文官であり、しかも油断しきっていた李儒に避けられるような代物では当然無く。

その表情に驚嘆を張り付けたまま、中華を揺るがした真の首謀者は絶命していた。





「・・・無礼を、お許し下さい」

動かなくなった李儒の体から天龍を抜いて鞘に収めた一刀は、こちらも驚きに目を見開いている劉協に一言声を掛け、その体を横抱きしてその身を翻す。

「――――い、射て、射てぇっ!!」

ようやく意識が戻ったのか。五十の兵士の中の小隊長らしき男が、鼓舞するように部下たちに命じた。

一刀はまだ怪我のせいで素早い常人程度の動きしか出来ず、皇帝を抱えて走り去るその背中は未だ射程圏内。

だが、一刀とてその程度は分かっている。そんな彼が、弓兵に背中を晒すという愚策を取ったのは――――。

「愛紗、星さん!」

「――――本当に貴方は無茶ばっかり!」

「だが、その信には応えてみせましょう!」

――――二人の女傑が、数十本の矢から自分たちを守ってくれると、信じているから。







「はわわ、桃香様! 愛紗さんたちが帰ってきました!」

「あっ――――」

その報告が届けられたのは、数日間圧倒的不利な状況で奮戦した、精強な呂布隊が瓦解してしまう寸前のことだった。

戦況を見つめていた桃香は、朱里の声に振り返る。

「ただいま戻りました、桃香様」

気高く微笑むのは、しっかり者の自慢の義妹。

「お久しぶりですな、劉備殿。色々と話したいこともありますが・・・まあ彼に遠慮して、後にしましょうか」

そうして苦笑するのは、白蓮のところで知り合った星。

「初めまして、劉備様。私が、董仲穎です」

「その軍師の賈文和です。私たちを受け入れてくれたこと、心より感謝致します」

かしこまった表情で臣下の礼を取りつつ、董卓と賈駆の名を名乗る二人の少女。

そして――――。

「・・・ただいま、桃香。心配掛けて、ごめんな」

「――――ほんと、だよぉ。いっぱい、いっぱい心配したんだからね? 一刀さんが居なくなったら、私・・・私・・・」

そのまま涙ぐんだ表情で抱きついてくる桃香を、何とも言えないバツの悪そうな顔で受け止める一刀。

そんな様子を、愛紗と月は微笑ましそうに見守り、朱里は顔を真っ赤にして慌てふためき、星は面白いものを見つけたかのようにニヤニヤと笑い、詠は呆れたよ
うに額に手を当てため息を吐く。

そして後々、部隊を纏め終えた鈴々と雛里が合流し、その際に恋と音々音が投降してくることになるが、それはまた別の話。



こうして反李儒連合の作戦は、成功という形で幕を閉じるのであった――――。




31話へ続く


後書き

最近花粉症に悩まされている雅輝です。もう十年近く前からなのですが、毎年この季節は死にそうになっています^^;

それはさておき、第30話を投下。これにて第二章完結、といったところでしょうか。うん、ようやくね(笑)

決着の付け方は、結構色々悩んでこんな形にしてみました。相変わらず主人公成分120%な一刀でお送りしております。


ちなみに、28話から30話のタイトルは、一応繋がるようにしました。

「籠の中で鳥は起つ。鳥は天を目指し、愚者は地に堕つ」

まさにこの三話のコンセプトそのままを表現してみました。たまにはこういうタイトルの付け方もいいなぁ。


次回は、色々話の整理をする予定です。他諸侯の様子とか、洛陽のその後とか。

それ以降は、ちょっと拠点を数話挟んで新章に突入ですかね。まあ基本的に原作準拠な感じになりますががが。


ではでは、次も二週間くらいで掲載できたらいいなぁと思いつつ今日はこの辺で!



2011.2.28  雅輝