「ここか・・・」
洛陽城内。微かな声を頼りに辿り着いた、いかにも重厚な扉を前に、愛紗が偃月刀を肩に掛け確認するように呟いた。
「ああ。ご丁寧に馬鹿でかい錠までぶら下げているしな。だがこのようなもの――――」
星はそう応じると、愛槍である龍牙を構え、達人にしか目に追えない神速の刺突を放つ。
“バキャッ!”
「何の意味も成さないがな」
独特な破砕音を奏でて、その部屋を開かずの間としていた錠はその役目を終えた。
地に落ちた錠だった物が甲高い音を響かせる中、愛紗と星は互いに目配せをし、中の気配に警戒しながら一気にその扉を開け放つ。
「「あ・・・」」
その声は、部屋の中に居た二人の少女から漏れ出たもの。
愛紗は一瞬、その二人を逃げ遅れた侍女かと思ったが、すぐさまその考えを打ち消す。
緑色の髪に眼鏡を掛けている少女もさることながら、ウェーブの掛かった緩やかな髪から陶磁のような白い肌を覗かせる儚げな少女が着ている服は、彼女が相当高い身分であることを示していたからだ。
「・・・な、何なのよ。あんた達、いったい誰?」
愛紗と星が判断し兼ねていると、眼鏡を掛けた方の少女が、もう一人の少女を庇うように前に出て、震える声で精一杯の威厳を見せる。
確かに彼女たちにとっては、突如現れて得物を構えているこちらを警戒するのは当然だろう。愛紗は構えを解き、怖がらせぬよう礼を以って接した。
「失礼した。私は劉備軍の関羽。字を雲長と申す者」
「同じく趙雲、字は子龍。流浪の身だが、今は故あってこちらの関羽と行動を共にしている。そちらは・・・董卓殿と賈駆殿で相違無いかな?」
「っ!? あんた、どうしてそれを――――!」
「今の反応で、確信に至るといったところですかな。賈駆殿ともあろう方が、随分と動揺しているようだ」
「――――くっ!」
「詠ちゃん」
してやられた悔しさからさらに噛み付こうとする眼鏡の少女――――詠を遮る凛とした声。
「月・・・」
神秘的な雰囲気そのままの月という真名を持つ少女は、その真名どおりの静かな口調で二人に尋ねた。
「紹介が遅れました。私は董卓、字を仲頴と申します。貴方達の目的を、お聞かせ願えますか?」
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<29> 鳥は天を目指し
『結局、朕には何も出来なかったか・・・』
城の外へと出る道を堂に入った足捌きで歩みながら、劉協は自嘲するように内心で呟いた。
今から自分は、馬車に乗せられ長安へと向かう。ただそれだけを、あの男――――李儒からは聞かされた。
その先は知らないが、凡その見当は付く。おそらく李儒は帝都を遷し、自分を傀儡にして政治を牛耳るつもりなのだろう。
そこまで見通しておきながら、自分には何も出来なかった。出来たことと言えば、あれこれ理由を付けて、出発を一日遅らせたことくらいだ。
「如何なされましたか? 陛下」
「・・・いや、どうということはない。ただ少し、不安になってな」
「ここから長安までの道中ならばご安心ください。腕の良い精鋭を五十名、お付け致しますので」
「・・・そうか」
もちろん、不安に思っているのはそんなことではない。確かに自身の先にも思うところはあるが、それ以上に――――。
『この国の行く末。・・・ふふっ、まさか天子を称す朕が天に祈るとはの』
表情を隠すように苦笑した――――その時であった。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
後方から突如聞こえた、二人分の咆哮。驚き、咄嗟に振り向いたその先で。
――――天から、人が降ってきた。
「ボクと月を助けに・・・?」
それは、劉協が連れ去られようとする少し前。
あまり時間が無いため簡潔に事の要点を愛紗が話すと、賈駆こと詠はその眼鏡の下の瞳を大きく見開いて驚きを顕わにした。
「左様。それこそ、我が主である劉玄徳様の本意」
「私も劉備殿とは顔見知りでな。そなたと同じように聞いた時は唖然としたが・・・確かにあの方ならやりかねん」
「劉備、か・・・」
詠は星の言葉に、以前各地の細作に調査させた、各諸侯の報告を思い出す。
劉玄徳。幽州の啄県で義勇軍を起こした新鋭。
黄巾党の襲撃に対して、大軍に寡兵で挑んで殲滅し、波才という将まで討ち取るなど鮮烈に乱世に名乗りを上げた。
その後、襲撃の際に逃げ出した県令に代わって啄県に善政を敷く傍ら、近隣の黄巾党を積極的に退治。
その過程で幽州の太守、公孫讃とも共闘。互いに面識があったらしく、賊の退治以後、友好的な関係を築いている。
『人格者とは聞いていたけど、ここまで来るとただのお人好しね。私たちを助けても不利益しかないでしょうに』
詠は――――そして月も分かっている。連合における自分たちの扱いを。
反董卓連合の最大の目的は、都で暴政を振るっていると言われる董卓の討伐だろう。
その張本人である月を助け、あまつさえ匿おうというのだ。万が一露見してしまえば、全諸侯から攻め入られる口実を与えてしまうことになる。
二人にとって、その話はとても甘美で魅力的だった。だが、だからこそ思う。
――――流石にそこまで甘えられない、と。
「関羽さん」
月がはっきりとした声で呼びかけると、愛紗は目線で続きを促した。
「劉備さんのお心遣いは、大変有り難く思います。でも、私たちの存在は害悪にしかならない」
「月・・・」
詠が泣きそうな声で呟く。
『ごめんね、詠ちゃん・・・』
月は悲しげな表情で詠に向かって一つ微笑むと、毅然とした笑顔で言い放った。
「ですので、貴女たちのところでお世話になるわけにはいきません。私たちはこのまま二人で逃げ切ってみせます」
「ボクは・・・ううん、ボクもこの責任からそう簡単に逃げられるとは思ってない。でも命がある限り、償っていくつもりよ」
「「・・・」」
数秒の沈黙。反応が無いことに月が困った顔を見せていると、愛紗と星は示し合わせたように片膝を付いて、武器を地に置くと礼を取った。
「えっ? えっ?」
「正直に申しますと、私は貴女たちが真っ先に命乞いをしてきたとき、一思いに斬ってしまうつもりでした」
「しかし、その志、まったくもって見事の一言。この状況であそこまで言える御仁はそうそうおりませぬ」
「今までのご無礼をお許し下さい。やはり貴女は、相国に相応しい方のようだ」
「とはいえ困りましたな。私たちは、益々貴女たちを助けたくなってしまった」
愛紗と星が順々に月を称えたため、彼女はその白磁のような頬を赤らめてしまう。
そんな可愛らしい様子に頬を緩ませた二人は互いに目配せをすると、愛紗が月を、星が詠をそれぞれ抱え上げる。
「へぅ!?」
「ちょ、何すんのよ!?」
「ここから武を持たない貴女方が二人だけで逃げるなど、自殺行為に等しいですよ」
「許されよ。貴女たちはここで、「連れ去られる」運命なのです」
じたばたする二人を諌め、不適に笑う女傑が二人。月は諦めたのか、最後通牒をするように口を開いた。
「最後にお聞かせください。・・・本当に、宜しいのですか?」
その言葉は月が「董仲頴」として、精一杯の覇気を込めて放った問い。
愛紗と星はその口調に佇まいを直し・・・しかし不適な笑みは崩さぬまま、自然体で告げた。
「「ここで貴女たちを見捨てる方が、余程後悔しますよ」」
「・・・この城に、火を?」
愛紗は驚きと共に、今しがた事情を説明し終わった詠に確認の意を込めて尋ねた。それほど、漢民にとって信じられない所業だからだ。
しかしもちろん、詠の答えは同じ。星に抱えられた彼女はユルユルと力無く首を横に振り、悔しげに顔を顰めた。
「ええ、そう言っていたわ。もしかしたら、もう既に火が回り始めているかもしれない」
李儒があの軟禁部屋にやって来てから、既に一日が経過している。本当に火を放つなら、むしろ遅すぎるくらいだ。
それもある程度の推測は立つ。李儒が逃げる上で必須の人物――――皇帝、劉協の説得に手間取ったのだろう。
だとすれば、まだ間に合うかもしれない。しかし、そんな詠の淡い希望は――――鼻を突く、ツンとした異臭に打ち砕かれる。
「あ・・・」
それは誰の声だっただろうか。階下を目指して廊下を駆けていた二人の足が止まった。
「そんな・・・」
月の呟きに乗った感情は、色濃い絶望。
四人の視線の先。三階のここから城を出るためには絶対に通らなければならない、二階へと続く階段は、既に階下からの黒煙で埋め尽くされていた。
「・・・愛紗」
「ああ、仕方が無い。少し荒っぽいが、出来ないこともないだろう」
月と詠の二人が茫然としている中、愛紗と星は互いにアイコンタクトを取り、窓の外へと視線を向ける。
そして――――それを、見つけた。
「ん?」
「あれは――――なるほど。二人とも、天運は我らにあるようですぞ?」
「「え?」」
星の言葉に、月と詠も窓の外――――正確には地上を見下ろし、思わず声を上げてしまった。
「「陛下!?」」
しかしその声は豪奢な衣装に身を包んだ劉協には届かない。彼女の歩む先には馬車と・・・あの男、李儒が既に待っていた。
「くっ――――!」
詠は歯噛みする。このままでは陛下を連れて行かれた上、あの男にもまんまと逃げられてしまう。
月が、自分たちが、復興に尽力した洛陽を滅茶苦茶にした男が、手の届かぬ場所へ行ってしまう。
そんなの、許されるはずがない。だが、今は彼を追うどころか、自分たちの命さえ危うい状況。もう、間に合わない――――。
「賈駆殿、何を勘違いしておられるのかな? 私は「天運は我らにあり」と、そう言ったのですぞ?」
「え?」
「もうここから脱出する算段は付いています。そしてその脱出口に、悪の元凶に連れ去られようとしている皇帝が居るのならば・・・まさに一石二鳥、ということです」
愛紗がそう言いつつ、すぐ傍にあった窓を開け放つ。舞い込んだ涼風が、彼女の艶やかな黒髪を揺らした。
「まさか・・・」
「そのまさか、ですよ。階段が封じられている以上、出口は“ここ”しかない」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そりゃ貴女達だけなら何とかなるでしょうけど、僕たちは・・・」
「当然、我らが抱えて飛び降りるつもりですが?」
「――――」
何事も無いように星は言い、詠はその不敵な様に絶句した。
人ひとり抱えて飛び降りるということは、単純に自重が二倍近くになるということ。そんな状態で、地上まで凡そ六間(約11メートル)はありそうなここから飛び降りるなど・・・。
「分かりました。お願いします」
「月!?」
詠が逡巡している内に、月が言葉を返していた。慌てる詠に、彼女は静かに微笑み。
「もう、迷ってる時間も無いよ。私は、私達を助けると言ってくださった関羽さん達を信じる」
「・・・はぁ。軍師としては、あまり危険な賭けはしたくないのだけれど。それしかないようだし、僕も貴女達を信じるわ。・・・お願い、あいつを。月を苦しめたあいつを、叩きのめして」
素直になれきれない詠の「お願い」に、二人の女傑は互いに顔を合わせて苦笑し、されどしっかりと応えてみせた。
「「任されましょう」」
自身の得物を持ってもらった月を背負い、窓の縁に足を掛け、愛紗は深く息を吐く。
普段の自分ならばどうとでも無い跳躍。しかし今は、背中に一人の少女の命。失敗は許されない。
『先ほどはああして強がってみせたが、難しいだろうな。最悪、足の一本くらいは覚悟しておくか』
そんなことを思いつつ、チラリと隣の星を見る。彼女も詠を背負い、今まさに窓の縁へと足を掛けようとしていた。
「どうした? 愛紗」
「いや・・・こんなことに巻き込んでしまって、すまなかったな」
「なぁに、私の決めた事だ。構わんさ。それに、時の皇帝陛下を助けるなど、そうそう出来る経験ではないからな」
そう言って妖艶な笑みを零す戦友に、愛紗の気負いもまた霧散していく。命の危険さえも楽しんでみせる、彼女の奔放さに苦笑しながら。
「――――往くぞ」
「うむ」
短いやりとり。決意を灯した声を残して、足に力を入れる。そして――――。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
――――自らを鼓舞する咆哮と共に、その身を中空へと躍らせた。
30話へ続く
後書き
だいぶ更新ペースも落ち着いてきたかな? どーも、雅輝です。
恋姫演舞、第29話をお送りしました。この話で一段落させるつもりだったけど、何か予想以上に伸びてしまった・・・。
さて、今回は月たちの救出メインで書きました。主人公不在という罠(笑)
原作ではどうしても「優しく、儚い少女」で終わってしまう月ですが、何といっても彼女は「あの」董仲穎。
相国として、魅力的に書こうと頑張りました。そのせいで、ちょっと原作とは雰囲気が違うかも?
そして詠が若干空気読めない子になってるのは・・・いつも通りか!(ぇ
さて、次回で反董卓連合を終わらせるのはきつくなってきたかも。うぅ、30話でキリがいいなぁとか思ってたのに(><)
ではでは、次話も楽しみにして頂けると幸いです^^