幽州、啄群。
「ほらぁ〜、二人とも早く早く〜!」
その中でも特に村があるわけでもない荒野の中心に、まだ若い女性の元気な声。
華美な服装に身を包む彼女はニコニコと嬉しそうに顔を綻ばせつつ、後ろから付いてきている、従者を思わせる二人の女の子に呼びかけた。
「お待ちください、桃香様。お一人で先行されるのは危険です」
そう返したのは、艶やかな黒髪をサイドでまとめている、少々気が強そうな美少女。主君である少女――桃香をそう窘める。
「そうなのだ。こんなお日様一杯のお昼に、流星が落ちてくるなんて、どう考えてもおかしいのだ」
もう一人は、明らかに他の二人とは一回りほど小さい少女。短く揃えられた赤髪が、彼女の小さな体躯と元気な雰囲気に合っている。
「鈴々の言う通りです。もしやすると妖の類かもしれません。慎重に行くべきです」
再度、黒髪の美少女。もう一人の赤髪の女の子を「鈴々」と呼んだ彼女は、心配げに主にそう進言した。
「ん〜、そうかなぁ? 私には、そうは思えないんだけど・・・でも、愛紗ちゃんと鈴々ちゃんが言うのならそうかも」
対して、桃香はまだ納得のいかない様子で首を捻るも、自分が最も信頼している彼女たちの言にとりあえず頷いた。
だが、彼女には予感があった。それは勘に近いものだったが・・・それでも、何故だか言いきれた。
『これから向かう先には、きっと・・・私たちの未来を拓いてくれる、何かがある』
それは、後の蜀の王――劉備玄徳の天啓だったのかもしれない。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<2> 異世界の出会い
「・・・どこだ、ここ?」
一方、謎の大鏡によって気絶していた一刀は、目を覚ませた視界に映る周りの景色に、呆然と立ち尽くしていた。
幸い、体には特に異常は見当たらない。だが、彼が今立っている世界こそ異常だらけであった。
「何で、荒野?」
見渡す限りの荒れた大地と晴れ渡った青空。そしてその向こうに見える山の形状などから、とてもではないがここが日本だとは思えなかった。
「・・・おいおい」
一度目を閉じて、落ち着いて考えてみよう。
確かに、あの大鏡の光に意識を呑まれる寸前までは、あの神社の境内に居たはずだ。
光の正体は不明。何故意識を失ったのかすら分からず。
そして目が覚めると、自分は見知らぬ土地――それもとびきり奇抜な場所で倒れていた。
「・・・はぁ」
やはり冷静に考えても意味不明だった。今までも仕事で窮地に陥ったことは再三あったが、これほど摩訶不思議な事態に陥ったことは流石に無い。
とりあえず歩くか、と嘆息を漏らしながらも歩を進める。じっとしていても事態が好転することは無さそうだし、人にでも出会えばまた何か違うだろうと。
そして歩き始めてから数分後、一刀の視界の先には三人の人影が映る。助かったと思い、早足で彼らに近づくも・・・。
「あぁん!? 何だてめえは!」
「スミマセン、人違いでした」
明らかに沸点が低そうな男を相手に、即座にUターン。勿論恐れたわけではなく、なるべく面倒事にしたくなかった故の判断だったのだが――。
「ちょっと待てや、兄ちゃん。なかなか値の張りそうなモンを差してんじゃねえか」
相対しても相手の実力が分からない三人のゴロツキは、一刀が腰に差している二本の柳葉刀を見て下卑た笑みを浮かべた。
『・・・はぁ』
内心でめんどくささを感じつつ振り向き、じっくりとその男たちを観察する。
体型はまさに小・中・大。まるで物語の盗賊をそのまま出してきたかのような格好で、三人の共通点と言えば・・・頭に巻かれている、黄色い布。
『頭に黄色い布?・・・まさか、な』
歴史小説が好きな一刀の頭には、その特徴に見合った集団が思い出された。
現代からおよそ二千年近く遡った、中国の群雄割拠時代。その引き金となったとも言われる、後漢末期の農民反乱――黄巾の乱。
その首謀者である張角が従えていた軍こそ、頭に巻いたその黄色い布から名付けられた集団・・・黄巾賊。
「おいっ、アニキの話を聞いてんのか!?」
「ん・・・ああ」
小柄な男の言葉に一刀が思考の海から戻って来る頃には、目の前の男――どうやら三人の中でもリーダーのようだ――の顔が怒りに歪んでいた。
「悪い、何だっけ?」
「・・・坊主、どうやら死にてぇらしいな」
どうやら受け答えがお気に召さなかったらしい。彼は怒りに声を震わせながら、腰に差していた剣をスラリと抜いた。
『おいおい・・・真剣かよ』
明らかに殺傷能力のある武器。しかも最近使われた形跡を示すように、その刀身には薄らと血の跡が覗えた。
「おい、お前ら。こいつを掻っ捌いてさっさと剣だけ奪うぞ」
「「へいっ」」
そう決断してからの彼らの行動は速かった。大男と小男もそれぞれ剣を抜き、左右から斬りかかってきたのだ。
だが忘れるなかれ。彼が今まで男たちが狩って来た獲物とは住む世界が違う、真の猛者であるということを。
「・・・遅い」
――余りにも速すぎて、斬りかかった二人の男には理解出来なかったであろう。
何せ確かに斬ったと思われた獲物が、いつの間にか後ろにいて、あまつさえ自分たちの延髄を掴んでいるのだから。
「まだやるのか?」
それは明らかに、強者と弱者の図。そして二人の男は悟るのだ。自分は、とんでもない化け物に絡んでしまったのだと。
「――この野郎っ!!」
そしてまだ彼の力に直に触れていない残ったリーダー格の男が、その剣を愚直に一刀の頭へと振り下ろす。
「・・・」
だが、そんなもの一刀にとっては避けるまでもない。恐怖心で動けなくなった二人の男たちの首から手を離し地面に落とすと、振り下ろされる凶刃に片手を向ける。
「・・・な・・・ん、だと?」
そして次の瞬間には、驚愕と戦慄が混じったような声が男の口から洩れることとなった。
男が渾身の力を込めた刃は一刀の頭に届くことはなく・・・彼が構えた右手の親指と人差し指の間に、まるで何かを摘むように軽々しく収まっていたのだから。
「――消えろ」
そこで初めて一刀は、彼らに向けて殺気を解放する。とはいっても本来の二割程度なのだが、それでも彼らは恐怖心を煽られたらしく、無様な悲鳴を上げながら逃げて行った。
「ふう・・・さて」
指に収まったままの剣を地面に捨て、一刀は真剣な顔のまま首を巡らせ、そして――。
「そろそろ覗きは止めて、出てきたらどうだ?」
視線の先にある巨岩に隠れているであろう三つの気配に対して、そう呼びかけた。
やがて、岩場から出てきたのは、三人の人影。それも全員女性であったことに、一刀は内心驚いていた。
そんな一刀から後ろの桃色の髪をした少女を庇うように、黒髪の少女が一歩前に出て口を開く。
「その気は無かったのですが、覗きと言われれば否定も出来ない。申し訳ないことをしました」
凛とした、その口調こそ丁寧。しかし釣り目の瞳は細められ、手に持つ大きな得物が、そのまま彼女の警戒心を表しているかのようだった。
「もう、愛紗ちゃん。いきなりそんな喧嘩腰なのは駄目だよ」
「しかし桃香様・・・」
「にゃはは。愛紗の気持ちも分かるのだ。だってこのお兄ちゃん、たぶんかなり強いだろうしね」
主君に窘められた黒髪の少女――愛紗を庇うように、赤髪の少女――鈴々が元気な声を出す。
だが一刀も、表面には出さないものの・・・内心では少女たち、特に愛紗と鈴々の強さに舌を巻いていた。
『・・・冗談だろ? 二年間仕事をしてきたが、流石にこのクラスに出会ったのは初めてだぞ』
その立ち居振る舞いや雰囲気。そして何より一刀の武人としての勘が、警鐘を鳴らしていた。
「・・・いやいや、そこのお二人も相当な実力者と見たが?」
「ほぉ・・・」
「わかるのか!?」
「すご〜い」
「まあね。・・・とりあえず、俺から争う気はまったく無い。少し話さないか?」
一刀が両手を上げて戦意が無いことを示すと、愛紗もそれに倣うかのように地面に得物を刺し、表情と共に口調を和らげた。
「・・・度重なる非礼を、お許しください」
「いや、構わないよ。とりあえず自己紹介をしようか。俺は北郷一刀。出身は日本の東京だ」
敢えて出身まで明かし、相手の反応を窺う。ここが日本じゃないのなら、何らかのレスポンスがあるはずだからだ。・・・しかし。
「ニッポン? トーキョー?」
「どこなのだー? それ」
「・・・?」
三人とも、聞き覚えすらない様子。どうやら一刀の悪い予感は当たっていたらしい。つまり――。
『ここは日本でも、世界のどこかでも無いってことか・・・?』
普通はあり得ない。しかしそのあり得ないことが自分の身に起こっている今、認めざるを得ないだろう。
「・・・一つ聞きたいんだけど。ここって、どこなのかな?」
「ここは幽州啄群。五台山の麓に当たる場所です」
愛紗の返事を聞き、一刀は思わず頭を押さえたくなった。
幽州啄群。歴史が好きな人は、この地名でピンと来る人もいるかもしれない。
「ありがとう。ところで、君たちの名前は?」
「私は名を関羽。字を雲長と申す者です」
「鈴々は張飛!字は翼徳なのだ!」
「劉備玄徳です。よろしくね、一刀さん♪」
「・・・」
黄巾賊と思われる集団に、幽州という地名。そして何より、それぞれ関羽・張飛・劉備を名乗る女の子たち。
まさかとは思ったが、どうやら間違いないらしい。
『参ったなぁ・・・』
一刀は途方に暮れるように、空を仰ぎ見た。
――紛れもなくここは、中国で最も有名な史実。漢王朝の衰退と共に突入した激動の時代、三国志の世界であった。
3話へ続く
後書き
第2話をUP。なかなか良いペースで書けております^^
ようやく主要人物たちが出てきましたね。一刀と、蜀の三義兄弟・・・もとい、三義姉妹の出会いでした。
ただ、「真」ではなく、あえて「無印」の始まり方をさせてみました。黄巾党の絡みのことですね。
しかし当然、この作品の一刀は愛紗に助けてもらうような真似はしません(笑) 圧倒的な力を見せつけ、退かせます。
そこで見ていた三人が登場・・・って感じですね。一刀は仕事柄、気配を読むのには長けているため。
次回は、今回のよりはもう少しマシな戦闘が入ります。今週末に更新予定。
それでは!^^