“ドサッ!”
「きゃっ!!」
「詠ちゃんっ!」
久方振りに開いた硬質な扉からこちらへと放り投げられた親友の姿に、董卓―――月の目が驚きに見開かれる。
「大丈夫?」
「私なら大丈夫。それよりも月は――――」
「はっはっは。お美しい主従愛ですねぇ」
詠の言葉を遮るように放たれた、明らかな蔑みを含む厭らしい声に顔を向けると、そこには自分をこの場所へと閉じ込めた張本人が嘲笑を湛えた笑みを浮かべていた。
「李儒さん・・・」
「おやおや、困ったものですねぇ。ちゃんと“李儒様”と呼びなさいと言ったでしょう、董卓殿?」
本来主君であるはずの彼女に対してこの態度。もはや忠義の欠片すらない彼の姿に月は歯噛みする。
「そう睨まずとも良いでしょう? それに・・・もうそう呼ぶ必要も無くなったことですし」
「・・・どういうことです?」
この男に限って、自分たちを見逃すという選択肢はまず存在しないだろう。そう思っていた月にさえ、次の李儒の言葉は予想外に過ぎた。
「何、簡単な事。貴女たち諸共、この城を焼き尽くしてしまおうと思いまして」
「「!?」」
そしてこれには月ばかりでなく、詠までもが絶句した。
この城はただの城ではない。漢の象徴たる皇帝の居城でもあるのだ。それを燃やすなど、漢民として考えられない所業。
「あ、あんた馬鹿じゃないのっ!? それがいったいどういう事か、分かって――――」
「分かっていますとも。だがそれも・・・私には関係の無いことです」
「――――っ!!?」
冷笑を浮かべ、詠の懸念を一蹴してみせた李儒という男。
詠は思った。狂っている、と。しかも性質の悪いことに、無駄な悪知恵はそのままに、自ら狂者への道を歩んでいる。
「・・・せめてもの慈悲です。最期くらいは二人仲良く炎に包まれるといいでしょう」
もう話すことは無くなったと言わんばかりに、李儒はそんな捨て台詞と共に踵を返す。
「――――あっ、ちょっと待ちなさ・・・!」
“ガシャンッ!!”
急いで出ようと思ったが間に合わず。詠は目の前で無残にも閉ざされた扉を睨みつけ、続いて襲ってきた絶望感に両膝を着いた。
「詠ちゃん・・・」
愛する親友の声さえ、今の詠の耳に入っているのか疑わしい。その脳は冷静にこの状況を整理、分析していくが、自分たちが助かる未来は全く見えてこなかった。
鍵の掛かった堅牢な扉に対し、自力での脱出はまず不可能。自軍で信を置いていた者たちは、その全てが此度の戦争に駆り出されている。
つまり、自分たちが助かる可能性は――――無い。
「くっ・・・うぅっ・・・っ!」
詠の目からは、いつの間にか悔し涙が溢れていた。
しかしここには、頬を濡らすそれを拭える少女が――――希望を捨てていない少女がいた。
「詠ちゃん、諦めちゃ駄目だよ」
「・・・月?」
普段の御淑やかな彼女からは想像も出来ないほど、気高く張りのある声。
詠が俯いていた顔を上げると、そこにはどこまでも優しい少女ではなく――――相国、董仲穎が凛と佇んでいた。
「私たちには、この戦争を起こさせてしまった責任があるの。この命が燃え尽きるまでは――――絶対に、諦めないよ」
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<28> 籠の中で鳥は起つ
「まさか子龍殿だったとは・・・首筋に槍を突き付けられたときは、流石にヒヤリとしました」
「それはお互い様というものでしょう。私とて、雲長殿の堰月刀に思わず手を止めてしまったのですから」
時は現在の時間軸に戻り、洛陽城内。互いに勘違いだと理解した愛紗と星は、周囲を警戒しながらも肩を並べて歩いていた。
「しかし、子龍殿は何故ここに?」
「ああ、それは――――」
星は公孫賛のところを辞して再び諸侯巡りをしていたことから今までの経緯を語り、愛紗もまた洛陽での暴政の真実と自身の目的を告げる。
「なるほど、そんなことが・・・」
「・・・しかし、今の話を聞いて確信した。やはり貴殿は私の思っていた通りの、真の武人であったようだ。我が真名は愛紗という。受け取って貰えないか?」
「ふっ、それはむしろこちらから願いたいことですな。我が真名は星。雲長殿―――いや、愛紗に預けよう」
互いにニヤリと笑って、“カシャン”と互いの得物の刃を軽く弾かせる。それは二人の武人が背中を預けられる戦友(とも)を見つけたことを祝福するように、軽やかな音を奏でた。
「しかし、不自然だな・・・」
「星もそう思うか」
さらに城の奥へと潜入する中、星がふと呟いた言葉に愛紗が反応する。
二人が歩く廊下に、人影は無い。だからこそ声を潜めることもなく堂々としていられるのだが――――静かすぎるのだ。
仮にもここは戦時中の敵の本拠地。だというのに、警備の兵もさることながら侍女や文官の一人ともすれ違わないとはどういうことか。
「これはいよいよもって、何かありそうだ・・・っと?」
「どうした? 星」
「いや、何やら声が聞こえたような気がしたが・・・」
「――――か! ―――て! ――――れか! ――――すけて!!」
「愛紗」
「ああ、今のは私にも聞こえた。助けを呼んでいるように聞こえるが・・・」
「しかし、今のこの不自然な状況から見るに、罠かもしれん。どうするのだ?」
「ふっ、それは愚問というのものだろう、星」
「そうだな。お主ならそう答えると思ったよ」
試すような星の口ぶりに、愛紗は不敵な笑みを返す。
そして星もそれが当然だと言わんばかりにニヤリと頷き返すと、その俊足を見せつけて愛紗を先導するかのように走り出した。
「朕はいったい、どうなってしまうのだろうな・・・」
洛陽城内の一室。民の血税によって贅を尽くされたその部屋に、見目麗しい少女が一人。
後頭部の高い位置で結った艶やかな黒髪を腰の辺りまで真っ直ぐに伸ばし、整った顔立ちはさながら精巧な人形のよう。
憂いを含んだその表情もまた、まだ齢にして十二の少女を妖艶に見せる要因となり得る。
彼女――――第14代皇帝である劉協は、部屋の片隅の机に向かいながらポツリとそう漏らした。
名目上は保護。しかし事実上は軟禁であり、賓客用とされているこの部屋から出ることは許されず、出される食事も高級品でありながらどこか味気ない。
「蒼天已死、か。まさに言い得て妙。衰退し、腐敗した王朝に何の意味があろうか」
それは、いつの頃からか大陸に広がり始めた、衰退した漢王朝を揶揄する言葉。
蒼天―――つまり漢王朝は既に死んでいるという意を持ち、奇しくもこれが群雄割拠時代への始まりの鐘となってしまう。
この言葉を侍女たちの噂話を偶然に聞いたとき、劉協は不思議と怒りは沸かなかった。
感じたのは不甲斐なさ。それは、ただ贅を尽くした父である霊帝にも言えることであり、また腐敗した漢王朝の皇帝に座している自分自身にも言えることだった。
「もはやこの命を惜しんだりはしないが、自ら死ぬわけにもいかぬか。・・・誠に、朕の命は重すぎる」
少女は暗愚な父とは違い、聡明であった。幼いながらも自らの役目を自覚し、また幼いが故にこうして傀儡になってしまっていることを悔しく思う。
「兄様、朕はいったい、どうすれば良いのでしょう・・・」
異母兄妹で、父が崩御してからは唯一の肉親となった優しい兄のことを思い返す。
彼は13代皇帝の少弁帝として即位したが、何進と十常侍の争いに巻き込まれ、逃げる途中に乗っていた馬車が横転し、帰らぬ人となってしまった。
慌てた大人たちの事情のままに劉協は即位し、これまで義兄の死を悲しむ暇すら無く。ただひたすらに、その幼い背中に皇帝の重責を背負い、苦しんできた。
だがそれも、もうすぐ終わることになるだろう。それがどのような終わり方をするのか――――せめて、民たちにとって良い方向であることを切に願う。
――――「陛下、李儒殿がお呼びです。誠に恐れ入りますが、御足労願えますでしょうか?」
「・・・来たか」
董卓を監禁し、洛陽の政治を裏で牛耳ってきた男。毛の先ほども信頼していないが、それでも味方が居ないこの状況では従わざるを得ない。
そもそも、こうして高官ごときが皇帝を呼びつけるという話自体、本来なら許されるものではないのだが・・・もはや正す気力さえ失せた。
『さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・子供は子供らしく、せいぜい足掻いてみせようではないか』
劉協は一つ苦笑を零すと、次の瞬間には頭を皇帝の思考に切り替え、威厳ある凛とした立ち居振る舞いで部屋を出ていく。
――――もう二度と、その部屋には戻って来ないことを知らないままに。
“ドサッ”
「・・・悪いな」
三人の見張り兵を音も無く一瞬で昏倒させ、その内の自分と背丈が似た一人の鎧や兜を剥ぎ取る。
彼はそれらの装備一式を着込むと、包帯の上から血が染みてきた腹部を押さえながら一言呟いた。
「時間が無い、か。間に合ってくれよ・・・!」
腹部の焼けるような痛みに朦朧とする頭を振りつつ、再び彼は駆け出す。心当たりは無い。全ては天運の赴くがままに。
そして――――天はやはり、彼を見捨てはしなかった。
29話へ続く
後書き
久しぶりにこんなに早く更新出来たなぁと思いつつ。どもども、雅輝です。
まあとはいえ、もう十日は経っとるわけですが。これから徐々に週一ペースに戻せたら・・・無理か!(ぇ
さて、段々オリジナル要素も高まってきました。最初はもう少し原作準拠だったのに、どこから私のプロットは崩れていったのでしょう(笑)
とりあえず新キャラ。時の皇帝、劉協様です。
いやぁ、なるべくオリキャラは出さないで行こうと思ってたんですけどねぇ。まあ李儒もオリキャラっちゃあそうですが。
原作ではまったく皇帝が登場しないんですよね。でも他の恋姫SSなんかでは、割と普通に見かけます。なので出します(ぉ
劉協ちゃんの今後の活躍に乞うご期待!(爆)
もう少しで第二章も終わる・・・はずです。うん、流石にね。
ではでは、また次回のお話で。しーゆーあげいん!