時間は少し遡り、愛紗が洛陽への潜入のために軍を発ったその翌日。戦いは尚も、昼夜問わずに続けられていた。
曹操軍が張遼を捕らえたことで瓦解の兆しは見えてきたものの、そもそもの兵力の差もあり、未だに虎牢関を破った軍は無い。
それも当然か。関の前を陣取っているのは、勇名高き飛将軍、呂奉先。彼女はまさに一騎当千の働きで、関を破ろうとする諸侯を牽制している。――――反李儒連合の、計画通りに。
「一刀さん、まだ起きてないかな・・・?」
そんな最中、救護目的に作られた簡易天幕を目指す一人の少女の姿が。
劉備軍の首領である彼女――――桃香は、朱里と雛里と指揮官を臨時で交代することで、約一日振りに休憩時間が与えられていた。
部隊を指揮――――それも他の諸侯には気取られない程度に手を抜きながら――――は、想像以上に精神を蝕む。指揮するということは、動かす兵たちの命を預かるということなのだ。
それを一日。体は休息を訴えていたが、それよりも一刀の安否の方が気になった。
『朱里ちゃんたちは、命に別条は無いって言ってたけど・・・でも、あんなに血も出てたし』
幸いにして、致命傷を負っていなかった事と、朱里・雛里の応急処置が迅速だったおかげで、一刀は事無きを得た。
後遺症の類も無かったが、流石に血を流し過ぎたのか、反李儒連合の結成と作戦の方針が決まった直後、フラリとその場に倒れてしまい。それ以来、今日まで目を覚ましてはいない。
『でも、一刀さんの寝顔・・・格好良かったなぁ』
戦いの再開の直前。網膜に焼き付けた彼の顔は、思わず見惚れてしまうほどのものだった。
元々、精悍かつ端正な顔立ちをしている一刀。そんな彼の物言わぬ安らかな寝顔は、普段の彼とはまた違った魅力があり、異性として心を掴まれた。
「・・・・・・はっ、いけないいけない。早く様子を見に行って、私もちょっとは休まなきゃ」
思わず緩んでしまった頬を数度叩き、自戒する。そもそもは、思考力を低下させる原因となる、疲労を取るための休憩時間なのだ。疲れた顔で戻っては、軍師たちに申し訳が立たない。
「す〜〜、は〜〜・・・よしっ。一刀さ〜ん、調子は――――っ」
天幕の前まで来た桃香は、一度深呼吸で気持ちを落ちつけてから、明るめの声と共に中を覗きこむ。――――が、中の光景に思わずその先の台詞を失った。
「・・・一刀さん?」
一刀が寝ていたはずの寝台は、既にもぬけの殻。これだけなら起きて厠へ行った、という可能性もあるだろう。
しかし決定的だったのが、壁に立てかけられていたはずの双龍が無くなっていたこと。そして桃香の馬である、近隣でも軍を抜いていた駿馬がいなくなっていたこと。
董卓軍との戦いでは姿を一刀の見ていない以上、導き出される可能性なんて一つしかない。
桃香は慌てて踵を返すと、休憩時間であることも忘れて軍師たちの元へと駆けて行くのであった。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<27> 反李儒連合(後編)
“ブオンッ!!”
方天画戟が唸りを上げて、周囲の兵を吹き飛ばす。
人間を一振りで、それも十人近くに吹き飛ばすなど、到底人間業ではない。
しかしそれを成した、中華最強との呼び声高い武将――――呂奉先こと恋はそれを当たり前のこととして一瞥し、また違う兵の集団へと突っ込んでいく。
彼女が主戦場としているのは、虎牢関における唯一の出入り口である城門の前。
つまりそれは、恋と彼女の隊を抜かないことには虎牢関を抜けぬ事と同義。そのため敵の勢力が集中することは自明の理。
それでも、城門は破られるどころか、遠くから放たれた矢傷程度しか付いていない。
諸侯が多くの軍を派遣しようとも。そのほとんどが、呂奉先と彼女の背中を追い続けてきた屈強な隊員たちに返り討ちに遭ってしまうからだ。
「・・・? あれは・・・」
そうして屠った敵の数がそろそろ千を超えようとする頃。敵影がいなくなった周りを見渡した恋の視界に、ある人物の姿が映った。
彼女は視力も人間離れしている。この位置からその姿を視認出来る者は他に居ないだろう。
彼――――北郷一刀は、見事な毛並みの馬に跨りながら、こちらを見つめていた。
それだけで何かを察した恋がコクリと一度頷くと、彼は一度笑みを浮かべてから馬首を翻す。向かう先は、分かりきっていた。
「・・・カズト、任せた」
確かに致命傷は外したが、それでも重傷には変わらないその体。何が彼をそこまで駆り立てるのか。
その解を本能で悟っている恋は、だからこそ会って間もない彼を信じた。自分の友達を、必ずや救ってくれるであろうと。
「・・・」
会って間もない一刀に、何故ここまで信頼を寄せているのか。その理由は、実は恋自身もはっきりとは分からない。
強いて挙げるとするならば、刃を交えた武人としての勘だろうか。・・・いや、違う。
「・・・カズトだから」
声に出して確かめたその答えが、彼女の中では一番しっくりと来た。本当に分からない。不思議な人。でも、確かに信じられる人。
「――――すぅ」
呼吸を整え、再び視線を前に。地鳴りと共に迫り来るは、曹操の軍勢。先ほど蹴散らした袁紹軍より、おそらく練度は上であろう。
だが、そんなもの関係ない。自分がすることは、彼らを信じてここを守り抜くことだけ。
「――――行く」
小さな呟きとは裏腹な、大胆な踏み込みから放たれる強烈な薙ぎ払い。虎牢関前の攻防は、まだまだ続く――――。
「第一隊、斉射! 第二、第三隊は矢の補給をしつつ、城壁に掛かる梯子を撤去するのですっ!」
他の兵の半分にも満たない背存分に動かし、城壁の上で陣頭指揮を執る少女が一人。
虎牢関で董卓軍の軍師を務める彼女の名は陳宮。本来なら敬愛する呂奉先の専属軍師となる彼女だが、その呂布本人からこの虎牢関の守護を任されたため、今は城壁一帯の兵士を指揮する存在となっている。
しあ
『今は何とか均衡を保てていますが・・・霞殿が倒れた以上、いくら恋殿が無双の士とはいえ、後五日が限度でしょう』
冷静に戦況を見据えるその鋭い双眸は、正しく軍師の目。いくら恋が強くとも、人間である以上は体力の限界が存在する。霞の真名を持つ張遼が早々に倒れてしまったのは、想定外だった。
「後は、あの者たちを信じるだけ。とはいえ、どこまで信じて良いのやら・・・ねねには計り兼ねますぞ、恋殿〜」
ねねね
自らを、真名の「音々音」になぞらえた愛称で呼ぶ彼女は、今も眼下で数多の敵兵を相手取っている主に向かって嘆く。
そもそも、反李儒連合自体が寝耳に水な話だった。昨夜、一時の休息のために虎牢関へと戻ってきた恋が放った一言。
―――「・・・ねね。カズトたちと協力する。それまで、ここは守り抜く」
たったそれだけ。続いて恋に連れられて登場した劉備軍に呆気に取られはしたものの、二人の軍師の話を聞いてようやく事態を把握。
『確かに、このままではあの男―――李儒に良いようにされるだけなのです。ここで負ければ、最悪あの二人は殺されてしまうかもしれません。でも・・・』
董卓と賈駆のことを考えれば、それは最良の一手なのかもしれない。まさか李儒も単身で敵将が乗り込んでくるとは思っていないだろう。
とはいえ、先程まで敵だった劉備軍を、どうやってすぐに信じることが出来ようか。
それでも音々音は、最終的に賛成した。確かに分の悪すぎる賭けだが、これ以上打つ手が無いのも事実だったし、何より主の―――恋の人を見る目は本物だ。
「報告します! 劉備軍の北郷一刀と名乗る将が、虎牢関の通行許可を求めてきておりますが・・・」
「劉備軍の?」
息を切らしてやって来た伝令の言葉に、音々音は首を傾げる。昨日その劉備軍から一人、月たちを救出するための将を既に送ったはずだ。
しかし、いくら音に聞く関雲長とはいえ、一人だけでは心許ないのもまた事実。それを憂慮したあの軍師たちが、もう一人派遣してきたとしても納得はいく。
しかも北郷一刀といえば、水関で華雄を破り、恋に「本気」を出させた男。実力的な観点で見ても申し分ないだろう。
「・・・わかりました。ねねが直接確かめるから、案内するのです」
「はっ!」
とはいえ、他諸侯の罠である可能性もまた捨てきれない。関羽は秘匿の連絡網と抜け道を使って通したが、その情報が絶対に漏れていないと断言は出来ないのだ。
『北郷一刀。ねねが見極めてやるです』
今回の反李儒連合の発案者であり、あの他人に無関心な恋が認めた男。音々音は若干楽しみに感じている自分に気付き、慌てて表情を引き締めた。
「初めまして。君が陳宮だね」
訪れた部屋に待っていたのは、黒一色のカンフー服にその身を包んだ男。その表情は笑みを湛えているが、音々音は鉄面皮を被り冷静に応対する。
「陳公台なのです。それで、劉備軍の北郷一刀殿が何用ですか?」
油断無く見据えながらそう尋ねた。その様子に一刀は「ほう・・・」と感心したように息を漏らしたが、すぐに笑みを消して真剣な顔になる。
「率直に言おう。俺を、洛陽へと向かわせてくれないか?」
「・・・既にそちらの軍の関羽殿が向かわれたと思いますが?」
「それでもだ。愛紗のことは信じているけど、俺だって何もしないままでは終われないんだ」
一刀はそう言って唇を噛み締める。痛みに耐えながら床に伏せざるを得なかった昨日、握り締めすぎて出血した掌の傷が疼いた。
「・・・貴方の気持ちは分かりました。しかし、自分が劉備軍と証明できるものはありますかな?」
実際、音々音は既に一刀の正体に間違いは無いとほぼ確信していた。だからこれは、一刀の器を量る問い掛け。
どのような回答をしても、とりあえず通すつもりではあった。しかし一刀の回答は――――良い意味で、彼女の予想の斜め上を行った。
「・・・その問いが出てきたってことは、俺を試してるってことかな? もう君は俺が劉備軍の人間だと分かっているんだろ?」
「――――何故そう思ったのです?」
「難しいことじゃないさ。俺はさっき愛紗っていう関雲長の真名を出したにも関わらず、君から何も反応が無かった」
「・・・ねねは関羽殿の真名を知らなかっただけですが?」
「でも陳公台ほどの人が、今の文脈から分からないはずもない。真名の意味を考えると、知っている人間も呼ぶ人間も限られる。つまり――――」
「貴方が本物であるという、十分な証拠足り得る、ということですかな?」
「俺を偽物だと思うなら、そのことについて問い正すだろう。つまりその質問は、そういう意図かなって思うのが普通だよ」
「・・・ふむ」
音々音は素直に感心していた。なるほど、この人物は確かに恋が信頼するに足りる人物のようだ。
穏やかな物腰は相対する人を不快にさせないし、頭の回転も早い。先程の話が本当なら急いでいるはずなのに、それを億尾に出さない冷静さも持っている。
「分かったです。通行を許可しましょう」
「ありがとう」
「――――っ、ぬなっ!?」
音々音は思わず声を上げてしまった。一礼した一刀が、そのまま流れるように彼女の頭をクシャリと撫でたのだから。
「あっと・・・ごめん。つい」
「う、うぅ・・・いいから早く行くですーーーっ!!」
――――訂正。先程の評価に、天然で女誑しというのも追加しておこう。
「・・・ちっ、使えぬ者共め」
同刻。洛陽の城の玉座に何の感慨もなく腰を下ろす男が一人。
その男は、本来そこに収まるべき相国である董卓でも、現皇帝である劉協でもない。
彼――――名を李儒とするその男は、長い自慢の顎鬚を撫でながら、忌々しげに呟いた。
「計画は頓挫、か。だが、まだ終わりではない」
李儒はその野望にぎらついた目を細め、これからの算段を立てる。
董卓を軟禁し、彼女を人質として腹心の部下どもを飼い慣らし、帝都である洛陽を裏から牛耳ったまでは良かった。
だがその後の展開・・・反董卓連合という各諸侯との戦いまでは読めなかった。
慢心もあったのかもしれない。董卓軍と官軍を合わせた兵数は他のどの諸侯よりも多かったし、華雄と張遼に加え大陸最強の武を誇る呂布までいた。
しかし蓋を開けてみれば、華雄は水関で戦死し、張遼は曹操軍に破れ従属し、練度の低い官軍はまるで役に立たない。
報告によれば、未だ呂布が虎牢関で奮闘しているようだが、それでももう戦局は揺るがない。
『もはやここに残っていても益は無い。なれば・・・』
考えを巡らす。反董卓連合の発起すら読めない愚物だが悪知恵は無駄に働くという、賈駆の辛辣な評価をなぞらえるように。
やがて、その口端の歪みと共に李儒は喜悦の笑みを浮かべた。それは傍に控えていた宦官が、思わず背筋を震わすほどに恐ろしいもの。
「陛下を・・・劉協様をここにお連れしろ」
すぐさま返事が返ってきて、側近の一人がその場を離れる。これで帝都を離れても、皇帝の権力さえあればどうとでも立て直せる。
李儒は洛陽から逃げる算段を立てつつ、先ほどとは違う側近を呼びつける。そして――――有無を言わさぬ声で、こう言った。
「賈駆を董卓と同じように軟禁し、この城を燃やす。あやつら二人を含めた全てを焼き尽くせ」
28話へ続く
後書き
orz
とりあえず土下座から入ってみました。御無沙汰すぎます、雅輝です。
いや、ほんっとーーーーーにお待たせしました。前回の更新から8カ月以上。ホント私、馬鹿なの?死ぬの?状態です。
言い訳タイム。先に終わらそうとした別連載作品が想定より十話伸びました。以上!
orz
さて、投げられる石を甘んじて受けつつ、27話について。
とりあえず音々音登場です。出すか出すまいか迷っていましたが、真の設定で出さないのも変かと思いまして。
とはいえ、性格を若干弄っちゃいましたが^^; 原作では「馬鹿チ○コ」「チ○コ太守」と暴言を吐きまくる彼女ですが、この作品では一刀のことを認めるところから入ります。
もちろん、相変わらず恋殿ラブですが。その一方で、一刀の事もちゃんと将として認めています。
その辺のバランスは難しいなぁ。あまりキャラ崩壊をさせるのも嫌だしなぁと思いつつ。
とりあえずちゃんともう一つの連載作品は終わらせてきたので、しばらくはこれ一本になりそうです。
ということで、更新再開を宣言! とはいっても、おそらく月二くらいで亀更新になりそうですががが。
ではでは、今回はこの辺で!