『今日で・・・何日目だろう・・・?』
暗い室内。唯一の出入り口である扉は当然のごとく外側から頑丈な鍵を掛けられ、光源である窓には鉄格子が嵌められていた。
日に一度しか出されない食事は味気なく。手足など拘束されてこそいないが、その部屋から脱出しようとする気力はもう奪われてしまった。
既に日付感覚も曖昧になり始めた意識で、彼女は今日も窓から僅かに見える空を見上げる。
―――彼女の名は董卓。字は仲頴。
都で暴政を振るっていると噂されていた彼女は、実に二ヶ月以上も前からこうして監禁されていた。
『まさか、あの人が・・・こんなことをするなんて』
彼女が幼い頃から、教育係として接してきた男―――李儒。何をやらせても卒なくこなし、近年は政治分野の補佐を任せていた。
厳格で神経質なところもあるが、いかなる時も揺るがない冷静な決断力と行動力は軍に益を生み、董卓もそんな彼に信を置いていた。
だというのに―――だからこそか―――気付けなかった。自分をこの部屋に連れ込む際に垣間見せた、彼のあの野心に満ちた瞳に。
李儒は董卓軍を乗っ取ると、洛陽に対して暴政を敷き、私服を肥やすようになった。
「ごめんね、詠ちゃん・・・。ごめんね、みんな・・・」
思わず、そんな悔恨とも自戒とも取れる呟きが、その小さな口から漏れた。
詠こと賈駆は、その軍師としての才能を李儒に使役されている。董卓という、賈駆にとって唯一無二な存在を人質に取ることで。
同時に、他の文官や武将も軒並み賈駆と同じ。誰からも慕われる董卓だからこそ、今回は裏目に出てしまった。
それを、李儒は分かっていた。分かっていたからこそ、つけ込んだ。
当然、賈駆を始めとする忠臣たちは董卓を助け出そうとした。しかし肝心の監禁場所に関して手掛かりすら掴めず、その上李儒には「下手な行動を見せると董卓を殺す」と脅され、大っぴらには動けない。
結果、中華全土を巻き込んだ、諸侯連合軍との戦にまで発展してしまった。
「・・・」
耳を澄ます。換気用にと微かに開けられた窓は、戦独特の様々な「音」を運んできた。
兵たちの怒号。刀同士の衝音。地を駆ける足音。そして―――散り逝く者の、悲痛な叫び声。
それらも全て、甘んじて受け止めなくてはいけない。間違いなく、この戦争の原因の一端は自分にあるのだから。
でも―――それでも。
「誰か、助けて・・・」
―――戦争が止まって欲しいと願うことは、果たして罪なのだろうか。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<26> 反李儒連合(中編)
「ふむ、噂の洛陽まで足を運んでみたが―――なるほど、確かに不穏な空気だ」
一方その頃。董卓軍の本拠地にして、連合が目指す最終目的地―――洛陽を、一人の旅人が訪れた。
その身に外套のような布を纏った彼女の手には、一本の直槍が握られており。そしてその槍もまた、どうしても目立ってしまう切っ先を隠すように布で巻かれている。
「出歩いている者は極端に少なく、行商人の姿も見えない。その上――――」
一旦言葉を切り、家屋の隙間である路地裏に視線を走らせる。何かが腐った匂いと、時折見え隠れする大量の蝿。その二つが何を意味しているか、分からない彼女ではない。
「餓え死ぬ者も出ている。暴政は思っていた以上、か。危険を冒した甲斐もあったというものだ」
危険を冒した、という彼女の台詞は決して誇張などではない。
現在の洛陽は、両軍にとって重要な拠点である。当然、道中の検閲も半端ではなかった。
そんな数々の関を、彼女は持ち前の知恵や身体能力で掻い潜り、何とかこうして辿り着いたのだ。
「さて、これからどうするか――――ん?」
馬が地を駆ける独特の旋律。それを耳にした彼女は、咄嗟に身を物陰に隠した。
やがて遠方から影も見えてくる。董卓軍の鎧を纏った兵士が一人。世にも珍しい赤い毛並みの馬に跨って、城門へと駆けて行った。
「ふむ、時機として少々出来すぎな気もするが・・・この機会を逃す手は無いな」
そう呟き、彼女もまた駆け出す。その赤い馬―――呂布の愛馬である、赤兎馬を追って。
今の洛陽を再生するための鍵は、おそらく城の中にある。潜入すれば、更なる内情も掴めるだろう。
董卓軍と思われる兵士―――おそらく伝令兵だろう―――が城門に辿り着くと、呼応するようにその堅き門も開いていく。
当然、伝令兵が通り抜けると、その門はまた閉じていく。――――しかし。
「――――趙子龍、参る!」
その間隙を縫って城内に滑り込み、三人の門番兵をそれぞれ一撃で昏倒させることなど、趙子龍―――星には、容易いことだった。
『何とか、潜入には成功したか・・・』
董卓軍の鎧をその身に纏った愛紗は、張っていた緊張感を僅かに和らげた。
「反李儒連合」の作戦が始まってから三日。その傍に、主君や義兄妹の姿は無い。愛紗は今、単身で洛陽の城へと乗り込んでいる。
とはいっても、無論正面突破などではない。呂布の協力により彼女の愛馬と董卓軍の鎧を借り、伝令兵に成りすましての潜入だった。
しかし先ほど、城門を突破した際に後ろがやけに騒がしかった気がする。振り返らずに駆け抜けたが、気付かれたという可能性も否定は出来ない。
とはいえ、もう後の祭りだ。例え潜入が気付かれたとて、こうして董卓軍の兵士の格好をしている内は易々と特定はされないだろう。
『さて、どうするか。手当たり次第に探しても、この広い城内では時間が掛かってしまうな』
―――董卓の監禁場所。呂布の拙い話を繋ぎ合わせるに、それはこの城の中である可能性が最も高い。賈駆を始めとした多くの忠臣が、既に洛陽の至る場所を探したからだ。
しかしこの城の中に関してだけは、李儒やその部下の目が光っており満足に捜査出来なかったらしい。
そして李儒側の心理としても、人質はなるべく目の届く場所に置きたいだろう。食事を出す手間などを考えれば尚更。
それに何といっても、城内は広く部屋数も多い。リスクの高い外部よりも、木を隠すなら森の中というスタンスを取ったというわけだ。
「はぁ・・・地道に探すしかないか」
愛紗は微かに、嘆息の息を漏らした。
単独の潜入。協力者などもおらず、しかも派手に動けない現状、それが最も効率の良い方法だと分かっていながら、何と歯痒いことか。
今こうしている間にも、戦争は続いている。劉備軍は呂布軍と示し合わせて、戦う“演技”をしているが―――それもいつまで、他の諸侯の目を欺き続けられることやら。
義理の妹―――鈴々は、その先頭で蛇矛を振るっていることだろう。
義理の姉―――桃香は、人の死にも目を背けずに、劉備軍の首領として構えていることだろう。
幼い軍師たちは、そんな主君の横で常に最善の一手を示していることだろう。
そして、義理の兄であり好敵手―――一刀は、今も痛みと戦っていることだろう。呂布に付けられた傷の痛みだけではなく、武人として“戦えぬ痛み”と。
『一刻も早く、見つけなくては――――っ!?』
心新たに、歩みを進める。が、それと同時に先の曲がり角の奥から気配を感じた。
『向こうもこちらに気付いた。ただの雑兵ではない、か・・・』
足音を消しながら歩を進め、青龍堰月刀を持つ手に力を込める。
そして――――。
「――――はぁっ!」
「――――しっ!」
愛紗の裂帛の気合に呼応するように、向こうからも短い呼気を締め出す声。
――――双方の得物は、寸分違わず互いの喉元に突き付けられた。
27話へ続く
後書き
超久しぶりの更新です、恋姫演舞の26話をお送りします。
まさかの4カ月ぶり。もはや言い訳の言葉すら出てきませんね^^;
せめて一区切り付くところまでは踏ん張りたいと思うのですが・・・。
そして話の方も遅々として進んでおりません。いつまで反董卓連合編をやっているのかと。
とりあえず次話で反李儒連合は終わるかなぁ、どうかなぁって感じです。もうちょっとテンポよく書きたい・・・(汗)
ではでは、今回はこの辺で。