―――意識が落ちる。



深く、深く。闇に引きずり込まれていくように、呑み込まれていくように。

傷だらけの身体が、訴えかけていた。もういいだろうと。

あの三国志最強を相手に、よく頑張ったじゃないかと。奮戦したじゃないかと。

理性に訴え、意識を捻じ伏せる衝動。それに身を任せれば、きっと楽になれる。



「諦めるのか?」



声が聞こえた。幼少の頃より聞き慣れてきた、低くしゃがれた声が。

「お前はまだ、何も護ってはいないだろう?」

『・・・ああ、その通りだ』

その声―――いや、自らの師である祖父の強い言葉に、身体を取り巻く闇が薄くなった気がした。

そして反面、自分の意志は濃くなる。

『俺はまだ、何も成しちゃいない・・・っ』

相手が相手、だなんて言い訳をするつもりはない。

確かに自分は奮闘した。だが、それがどうした?

結果として残ったのは、愛紗と鈴々に押し付けてしまった鬼神。そしてそんな呂布と桃香が邂逅してしまう、という事実だけだ。

当然義姉妹たちのことを信じてはいるが、あの呂奉先にそんな常識は通じない。

だから―――。



「いつまで寝ておる。さっさと立ち上がれぃ、馬鹿孫」

「分かってるよ。ありがとな、クソじじい」



未だ覚醒しない脳内で、祖父と冗談のような憎まれ口を叩き合い。

―――北郷一刀は、ゆっくりとその双眸を開いた。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<25>  反李儒連合(前編)





「一刀殿っ!!」

「お兄ちゃんっ!!」

「・・・カズト」

三者が見つめる先で、一刀が緩慢な動作で立ち上がる。

だがその出血量は見ているだけでも痛々しい。朱里と雛里が巻いた包帯から洩れる血が、ポタポタと地面に紅い斑点を生み出していた。

しかし彼に、そんなものは見えていない。心配して止めようとする桃香たちを手で制して、三人の下へと歩み寄る。

「・・・呂布」

「なに?」

「俺たちは退く。だから、ここはそっちも退いてはもらえないか?」

「一刀殿!?」

愛紗の驚いた声が響く。それも当然か、虎牢関も目の前のここで退いてしまえば、いったい何のためにここまで来たのか分からない。

「愛紗の気持ちは良く分かるよ。でも、俺たちはこんなところで死ぬわけにはいかない。桃香もきっと、そんなことは望んでない」

確認の意味で一刀が桃香を振り向くと、彼女は当然と言わんばかりに何度も首を縦に振った。

「一刀さんの言うとおり。誰かが死ぬなんて、そんなの絶対に許さないからね!」

「で、ですが! まだ私も鈴々も負けると決まったわけでは―――!」

「でも愛紗、さっき鈴々にどっちかが死んだ時のことを言ってたのだー」

「こ、こらっ、鈴々!」

確かに自身も死ぬ覚悟をしていたため、愛紗はそれ以上何も言えなくなってしまう。そんな彼女に、一刀は微笑みかけた。

「俺が人のことを言う資格なんて無いかもしれないけどさ。それでも俺もやっぱり、みんなには生きていて欲しいと思うよ。・・・それで、どうだろう?」

そう言って、一刀は真剣な目で呂布を見据えた。そして呂布もまた、そんな一刀の想いに答えるように武器を下げる。

「呂布・・・」

「一つ、訊ねる」

安堵した一刀を遮るように、呂布は口を開く。いつもは無感情なその表情に、若干の憂いを乗せて。

「お前たちは、月をイジメに来た?」

「・・・? そのユエって、誰のこと?」

「・・・董卓の真名」

暴虐非道と揶揄される悪玉の真名にしては随分と神秘的だとは思ったが、表情には出さずに一刀は首を横に振る。

「分からない。噂で董卓が暴政で民を苦しめていると聞いたから、俺たちは連合に参加したんだ」

「・・・月は何も悪くない。悪いのは李儒」

「李儒?」

董卓の暴政に関しては、単なる流言だという可能性は予め考慮していたから、一刀はそれほど驚かなかった。後ろで桃香がショックを受けていたが、それは小さ
な軍師たちに任せるとして。

「具体的に、その李儒ってやつは何をしてるんだ?」

「・・・月をどこかに閉じ込めてる。それでみんな、逆らえなくなってる」

「な―――――っ!?」

それは想像以上の事態だった。いくら歴史が歪められているとはいえ、これは余りにも大き過ぎる改変ではないだろうか。

李儒とは、三国志演義においては董卓の娘婿であり、悪政の知恵袋のような立場だったはずだ。

だが正史、演義のどちらにおいても、李儒が董卓を裏切る描写は存在しない。ましてや幽閉など。

『李儒の性格が変わっているのか・・・それとも、董卓の性格が変わっているのか』

後者の方が可能性は高い、と一刀は踏んでいる。

呂布は言った。董卓が幽閉されているから、誰も李儒に逆らうことが出来ないと。

それはつまり、董卓が人質としてしっかりと機能しているということだ。

もし一刀の知っている歴史そのものな董卓であれば、そこまで慕われるはずがない。トカゲの尾のように切り捨てられて終わりだ。

「つまり、洛陽で暴政を振るっているのは李儒って人で、董卓さんは閉じ込められてるだけなんですね?」

「・・・(コク)」

ショックから回復したらしい桃香の再度の問いに、呂布は頷くことで返答とする。

「そっか。・・・なら、その李儒って人を倒せばいいんだね?」

「桃香様?」

「愛紗ちゃん。私たちの最初の目的は、あくまでも洛陽で暮らす人たちの救出だよ? だから、これが一番の近道なはず」

「・・・でも、もう連合は止まりません」

「うん、分かってる。・・・でも、だったらせめて董卓さんを助け出して、戦を早く終わらせたいの」

桃香の瞳に、決意の炎が宿る。それは普段の彼女からは想像も付かないほど、凛とした指導者の意志。

主君のそんな眼差しと数秒見つめ合った愛紗は、「はぁ・・・」と苦笑に近いため息を吐き出して。

「・・・最悪、連合全てを敵に回すことになるかもしれませんよ?」

「うん。・・・でも、ここで退くわけにもいかない。もしここで逃げちゃったら、私は自分の理想を信じられなくなっちゃう」

「・・・ええ、それでこそ我が主。ならばこの関雲長、己が役目を果たしてみせましょうぞ」

桃香の意志の強さに折れた愛紗が、力強い返答を以って気概を顕す。



そうして、朱里・雛里の策の元、劉備軍と呂布隊による即席和平軍。『反李儒連合』の、董卓救出作戦が開始された――――。




26話へ続く


後書き

新年、明けましておめでとうございます! 今年も宜しくお願い致します!

・・・ということで、2010年初作品です。という割には、もう年が明けて10日経ってしまいましたがががが。


しかも内容もあまり進んでいないなぁ。とりあえず一刀の覚醒と、反李儒連合の成立まで。

ちなみに分かっている方も多いと思いますが、この「反李儒連合」に関してはオリジナル設定です。

左慈や干吉が裏で暗躍していた無印とは違い、真では月たち董卓側が戦う理由が少し弱いと思うんですよね。まあ、「身に振る火の粉を払っただけ」でも確かに十分な理由なのかもしれませんが。

しかし、個人的にはイマイチ納得が行っていなかったので、このような形にしました。似たような展開なら、他のSSでもやっているかもしれませんけどねー。

とりあえず、もうすぐ「反董卓連合編」も終わりですね。まだまだ掛かりそうです〜^^;



2010.1.10  雅輝