―――同時刻。
「供物は捧げられた!我が左目はこれからも血肉となりて、我と共にあり!!」
董卓軍の将、張遼と一騎討ちをしていた曹猛徳の右腕――夏候元譲は、突如伏兵に矢で射られた己の左目を食らい、痛みすら見せずにそう叫んだ。
眼球を矢が貫く。それは想像を絶するほどの痛みだろう。
それでも彼女は、気力を振り絞って叫んだ。ここで将たる自分が倒れては兵の士気を落とすことになることを、十分に理解していたから。
そしてそれ以上に―――それは愛する主のためであり、同時に自分のためでもあった。
張遼は強い。個人の武もさることながら、その兵を操る力は魅力の一言。自身でも届かぬ高み。
だからこそ、華琳も彼女を欲した。それに答えるのが忠臣である自分の務めであり―――。
「くくっ―――あんたええわぁ! 気に入ったで!!」
「はっ―――まだ戦いが終わったわけではないぞ、張遼! なんとしても貴様を、我が主の前で跪かせてみせよう!」
「別にええでぇ?・・・そんな状態で、この張文遠に勝てたらなぁ!!」
「ほざけぇっ!!」
目の前の強者と心行くまで戦いたいという、自分自身の欲求でもあった。
―――それから数刻後、夏候惇は見事に張遼を打ち破り、統率者を失った董卓軍に瓦解の兆しが見え始めるのであった。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<24> 二人の義姉妹と一人の鬼神
「嫌あああああああああああああああああああああああっ!!!」
桃香の悲鳴が荒野に響き渡る。その悲痛な声を耳にしながら駆ける愛紗にも、もはや理性など残ってはいなかった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!」
「よくもお兄ちゃんを―――――――――――――――っ!!」
気づけば隣には、愛紗と同じく呂布に突貫を仕掛ける鈴々の姿が。
彼女とて同じ気持ちなのだろう。普段から好戦的な義妹ではあるが、ここまで明確な敵意を纏ったのはどれほど振りだろうか。
「―――ぇぇいっ!!」
「―――やぁっ!!」
勢いそのままに、堰月刀と蛇矛が振るわれる。
愛紗は一撃の重さを求めて、上段からの振り下ろしを。
鈴々は貫く速さを求めて、蛇矛の長さが活きる刺突を。
劉備軍が誇る猛者二人の、掛け値無しの一撃。だがそれも―――全てを蹴散らす鬼神には届かない。
“ギィィィィィィィィンッ!!!”
「ぐっ――――!!」
「にゃっ――――!?」
剛撃一閃。
愛紗の振り下ろしも、鈴々の突きも―――呂布の暴風の如き一振りに、成す術無く弾かれてしまった。
「こいつ・・・」
「強いのだ・・・」
たった一振り。だが愛紗も鈴々も、その一振りで相手の実力がわからないほど鈍くはない。
「・・・来い」
警戒する二人を挑発するように、無表情で戟を肩に掛ける呂布。しかしその所作には、どこか疲労が垣間見えた。
『一刀殿は、こんな怪物相手に・・・』
よくよく見れば、彼女の体の至る所には刀傷が覗える。その真新しい傷跡は紛れも無く、一刀との戦いで生まれたものなのだろう。
「――――っ!」
だというのに。義姉妹である自分たちは、相手のたった一振りに恐れを生している。愛紗は自身の不甲斐なさに、無言で唇を噛み締めた。
「・・・」
隣の鈴々を覗うと、彼女はいつもの天真爛漫な表情を潜め、とても静かな雰囲気を発していた。目が合い、視線で合図を交し合う。
『一・・・』
『二の・・・』
「「――――三っ!!」」
大地を割ってしまうのではないかと感じるほどの踏み込みで、愛紗と鈴々が同時に間合いを詰める。
「ふ――――っ!」
対して鬼神も、二人の義姉妹を迎え撃つべく方天画戟を構え直した――――。
「一刀さんっ! 一刀さんっ!!」
紅く濡れた大地に臥す一刀の元へと駆け寄った桃香は、その目尻に涙を溜めながら必死にその名を呼ぶ。しかし、その瞼が開く気配は無い。
「「一刀さんっ!!?」」
とそこに、最後衛で護衛に守られながら進軍していた、朱里と雛里が現れる。まだ幼い二人の軍師は、兄のように慕っていた一刀の惨状に青ざめ、目を剥いて驚
いた。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん! 応急処置をお願い!!」
「「ぎょ、御意ですっ!!」
だが幼くとも軍師。私的な感情は後回しにして、一刀の状態を確認する。
彼女らの師である「水鏡先生」はこの時代の医学にも精通していたため、二人がその辺りについても博識だったのが幸いか。
「酷い・・・」
「うん、でも・・・」
「・・・どうかしたの?」
持っていた手拭いを裂き、可能な限りの応急措置―――止血と消毒程度のものだが―――を施しながら、二人は言葉を濁すようにして顔を見合わせる。
「あの・・・こんなにも傷が多いのに、致命傷が一つも無いんです」
「え・・・?」
「しかもこれは、偶然なんかで出来ることじゃありません。そう、まるで・・・」
二人の軍師は顔を見合わせ、お互いの考えが同じであることを悟ると、口を揃えてこう言った。
「「“わざと致命傷を外しているような”、そんな傷跡です」」
“ギィィィィィィィィンッ!!”
「ぐうっ―――――!」
呂布の重厚な一撃を、辛うじて愛紗の青龍堰月刀が受け止める。だが骨まで砕けそうな衝撃を受け流すことさえ間々ならず、敢え無く後退を余儀無くされた。
「―――りゃっ!」
その隙を狙い、鈴々が死角から蛇矛を繰り出す。それは並の者ならば反応すら出来ないほど完璧なタイミングだったが、呂布はその攻撃が分かっていたかのよう
に体を反らして回避する。
「にゃっ!?」
「攻撃が素直すぎる」
驚く鈴々に、強烈な蹴りが飛ぶ。身体能力そのものが規格外の呂布の蹴撃は、咄嗟にガードした鈴々の腕に鈍痛を与えた。
「鈴々、下がれ!」
痺れた腕を摩りながら、鈴々が呂布の間合いから抜け出すと同時に、愛紗が呂布の前に躍り出る。
「はああああああああああああっ!!!」
両の腕に力を篭め、堰月刀を薙ぐ。だが風切り音さえ聞こえてくるその連撃をも、呂布は紙一重でかわしていく。
「チィッ、ちょこまかと――――っ!」
一向に捕らえられない相手に舌打ちをするのも束の間、悪寒を感じた愛紗は感覚の赴くままその場にしゃがんだ。
その瞬間、間隙を狙っていた呂布のカウンターが、まさに一瞬前まで愛紗の顔があった彼女の頭上を通り過ぎていた。
「お前は冷静さが足りない。まるで怒り狂う獣」
「―――っ、言うではないか・・・っ」
呂布の指摘が的を射ていることを自覚しているからこそ、愛紗はその言葉に言い返すことができない。
だが、分かっていても冷静にはなれそうもない。先ほど目の当たりにした地に伏せる一刀の姿が脳裏に焼きついて離れない。
そして今も応急処置をされている彼を心配に思えば思うほど、目の前の少女に怒気が湧く。普段ならこんなこと―――感情に流されることなんてないのに。
その後も攻防は続く。だが二対一だというのに、愛紗も鈴々も攻めきれない。
二人の連携は、義姉妹というだけあってかなりの練度を誇っているのだが、眼前の鬼神に悉く跳ね返されてしまう。
そして呂布もまた、二人の連携を崩す活路が見出せない。一人に集中すれば斃せるだろうが、その隙にもう一人の刃が自身を貫くことは目に見えている。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「流石に疲れてきたのだ・・・」
「・・・っ、・・・っ」
二人が切れた息を戻そうと、必死に酸素を吸う。しかし傍目では分かりにくいが、呂布の方も息が上がっている。
好機だと、愛紗は感じた。
「鈴々――――」
「どうしたのだ?」
「これから二人で同時に仕掛ける。だが、決して五体満足ではいられないだろう。万が一の時は・・・残った方が、桃香様をお守りする。いいな?」
「・・・うん」
鈴々も、その言葉の重みが分からぬほど子供ではない。覚悟と共に頷き、相棒である蛇矛を構える。
そして愛紗も。もはや自分の命は無いものと思い、全身全霊を堰月刀に注ぎ込んでいく。
「「「・・・」」」
三人の間に吹き荒ぶ一陣の風は、これから巻き起こる嵐の序曲か。呂布も、二人から発されるこれまで以上の闘気に何かを察したのか、その戟を上段に構えた。
「「――――っ!!」」
そして意を決して義姉妹が飛び出そうとした矢先――――その声は、二人の耳に届いた。
「待ってくれっ!!!」
「「え・・・?」」
隙を見せてはいけないはずなのに。その声を聞いた愛紗と鈴々は、咄嗟に振り向かないではいられなかった。
「一刀殿!!?」
「お兄ちゃん!!?」
「・・・カズト」
愛紗、鈴々、そして呂布の視線の先で。
全身に無数の傷跡を作った一刀が、双頭龍を支えに立ち上がろうとしていた――――。
25話へ続く
後書き
はい、三週間振りですねっ! お待たせしました!(←爽やかな笑顔で)
・・・いや、ホントすみません。最近私生活がなかなか忙しくてですね。なかなか書く時間が持てないのです、はい。
次回こそ、もう少し早く更新できればと思います。ただ、来年にはなりそうかなって感じです。
さて、自戒はこの辺にして。
一刀が倒れし後、今度は愛紗と鈴々が呂布に挑みます。確か演義では劉備も二人と一緒に戦いますが、流石に桃香には荷が重すぎるので。
だが猛将二人を以ってしても、蹴散らしてしまう呂布の武。まさに、鬼神の領域。
そんな鬼神に斃された一刀に、致命傷が見当たらない。果たして、呂布の思惑とは――――?
おそらく次回で、虎牢関の戦いは終わるはず。うん、まだまだ先は長いなぁ(笑)