「「・・・・・・」」

――無言の両者の間に、一陣の涼風が吹き抜ける。

空気が重い。圧し掛かるようにして一刀の体を貫くのは、眼前の死神の殺気。

先ほどの、ボンヤリと佇んでいるその時から、既に独特の威圧感があった。しかし、今と比べればそれも可愛いものだったなと、一刀は自嘲するように苦笑う。

それほどまでに、戟を構えた呂布は人間離れしていたのだから。

「・・・ふぅ」

だが、いつまでもこうして睨み合っているわけにはいかない。吐き出す息は若干震えていたが、そんな弱さを見せるわけにもいかない。

―――もうそろそろ、愛紗と鈴々の隊がこちらと合流する頃合だろう。そしてその中には、桃香や軍師たちが率いる本隊も存在する。

朱里たちの策は見事だったが、唯一の穴はここだろうか。主である桃香を避難させる余裕もなく、共に前線に連れて来ざるを得ないこと。

その策に、デメリットは少ないはずだった。呂布という名の鬼神が、関門に張り付いているという「想定外」を除けば。

もちろん、最低限の保険は掛けている。桃香を守るためにも、あちらの隊には愛紗と鈴々の隊を組み込んだ。一刀の隊は、いわば先遣隊となる。

『先遣隊とはいっても、桃香たちとの時間差はそんなに無いだろうけどな・・・』

この呂布がいる場に、桃香がやって来る。そんなの、肉食獣の檻に―――いや、恐竜の巣に上質の肉を持って入るようなものだ。

だが、自分一人で目の前の三国志最強を倒せる、なんて思い上がりをしているわけでもない。三国志演義にも、呂布に対して蜀の三兄弟で相対しても倒せなかったとある。

『―――歯痒いな』

自分がもっと強ければ、主を危険に曝すこともないだろうに――と、一刀は人知れず奥歯をかみ締める。

だがそれも、今は悔やんでも仕方が無いこと。

今の自分に出来ることは、呂布の標的が自分の部下に向かわないようにするための時間稼ぎと、愛紗たちが来ることを想定しての体力削り。

「・・・」

再度、深呼吸。もう退けはしない。覚悟を決めて、もう二年以上の付き合いになる相棒、双龍の柄を握り締める。

「劉備軍、北郷一刀。――――参るっ!!」

一刀が気迫に満ちた声と共に地を蹴って――呂布と北郷一刀による一騎討ちが始まった。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<22>  虎牢関の戦い(中編)





北郷家に伝わりし宝刀、双龍。

元は中華の地から流れ着いた柳葉刀とされているが、その出自は曖昧であり、史書を紐解いても判別しない。

だが、一つだけはっきりしていることがある。それは、双龍が何らかの特殊な金属によって鋳造されたということ。

それも確証の無い話ではあるが、これだけ長い年月を経て振るわれ続けたソレが、刃こぼれ一つなく切れ味も落ちていない、というのは明らかに異常である。

そしてその柄を拵うのは、その銘の通り二体の龍。

天龍の柄には、晴れ渡る天を示すような金色の龍が光輝き。

地龍の柄には、固く強い大地を示すような銀色の龍が鈍く光る。

柄尻では互いの龍が、威嚇するように大口を開けてその鋭い牙を剥きだしにし、しかしその向きは刀身に対して、互いに直角に異なっていた。



―――閑話休題。



「はぁぁっ!!」

気合一閃。まずは様子見として放たれた天龍による横薙ぎは戟に軽くいなされ、続いて下段から振り上げた地龍は半歩引いて避けられる。

「まだまだぁっ!」

完全に見切られている――それを半ば悟りつつも、一刀は攻撃の手を緩めずに手数で攻め立てた。

右、左、左、右、下、右、左、右、上、左―――時折フェイクも混ぜつつ双龍を振るうも、その刃は呂布の体には掠りもしない。

『それなら――っ!』

一刀の剣技の真髄ともいえる、回転斬。複雑なステップで独楽のように回りながら、暴風のような連撃を浴びせる―――が。

“ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ! ギィィィィィンッ!!”

「・・・鬱陶しい」

悉く届かない。予測不可能であるはずの斬撃は当然のように見切られ、必要最低限の力で受け流される。

「くっそ―――っ!?」

舌打ちをした一刀の背中が、一瞬にしてゾクリと粟立った。それは、生物としての危険信号を察知したからか。

「・・・遅い」

前に出すぎた。そう一刀が理解した瞬間には、既に呂布は反撃の態勢に入っていた。

それは、並大抵の武人ならば気づきもしないような僅かな隙。その間隙は、死神によって最初から狙われていたのだ。

『まずい―――っ!!』

頭上から、方天画戟が振り下ろされる。超重量武器とは思えない神速の太刀筋は、人ひとりを両断することなど容易い。

「―――っ!!」

受け止められない。この踏ん張りが利かない体勢で受け止めようとすれば、両腕の骨が粉砕してしまうだろう。

そう判断した一刀は、その場から必死に離脱を図る。それはもう避けるというレベルではなく、刃の当たらない場所に体を持っていくだけを考えた行動。

“―――ザンッ!!!”

硬いものを切り裂いたような音が、戦場たる荒野に禍々しく響く。

呂布の神速の刃は、横っ飛びをした一刀の脇腹を掠めるようにして、荒れ果てた大地を見事に割っていた。

「・・・おいおい、洒落になんねえぞ」

掠めただけにしては深い脇腹の裂傷を押さえながら立ち上がった一刀は、その地面を見て思わず苦笑した。

受け止めるなど論外だ。たとえ受け流すにしても、刃を合わせた双龍ごと腕を持っていかれる危険性すらある。

まさに規格外。愛紗や鈴々に対しても感じたことだが、この目の前の鬼神はさらにもう一段階違う。

「――よく避けた。だけど、次は当てる」

まるでその気になれば、いつでも一刀を殺せるような言い方。その淡々とした口調に、一刀は怒りよりも恐怖を感じた。





「――――。一刀さん?」

啄県が一の駿馬に跨り、義妹たちと共に戦場を駆け抜けていた桃香は、ふと感じた違和感にその意識を遥か前方へと向けた。

自然と心臓の律動が早まるような、言葉にはし難い不穏な予感。何故か脳裏に、一刀が荒野に倒れ伏しているビジョンが、浮かんでは消えていく。

「―――っ、桃香様ぁっ!!」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

ハッと、後ろで索敵をしていた朱里の悲鳴に桃香が意識を取り戻すと、横から死に物狂いで突進してくる伏兵の姿が。

だが、これでも桃香は劉家の末裔。公孫賛と同じ師、魯植に学んだのは何も知識だけではない。

「―――っ!」

馬を動かすのは間に合いそうもない。そう判断した桃香は、咄嗟に馬を挟んだ反対側へと飛び降りる。

剣を振るおうとしていた敵兵は一瞬たじろぐも、そう馬鹿ではない。すぐさま回り込んで、その無骨な直剣で桃香に襲い掛かった―――。

「らぁっ!!」

「っ―――はぁっ!」

振り下ろされる凶刃。しかし桃香は冷静に、その剣に自身の得物――靖王伝家を合わせ、カウンター気味に抜き胴を滑らせる。

「うぐ――――っ!」

その太刀筋は違わずその空いた脇腹を抜き、相手は苦悶の声を漏らしながら裂傷を抑えて蹲った。

「ふう―――っ」

いくら急所は外したとはいえ、自身の手で人を斬るというのは、実に何年振りだろうか。それだけ、義妹たちに頼りきっていたということだ。

でも、ここは戦場だ。甘えたことなど言ってはいられないし、いざという時に自分の身も守れないようでは、天下泰平なんて出来るはずもない。

「桃香様、ご無事ですか!?」

「うん、朱里ちゃんのお陰だよ。ありがとう」

「い、いえ・・・」

照れて赤くなってしまった朱里を微笑ましく思いながら、桃香は向こうから駆け寄って来る妹たちに声を掛けた。

「愛紗ちゃん! 鈴々ちゃん!」

「よかった。ご無事でしたか、桃香様」

「どうしたのだ?」

「嫌な予感がするの! 相手にする敵兵は必要最低限にして、今は先を急ごう!」

「御意!」

「りょーかいなのだ!」

その頼もしい返事を耳に、桃香は再び前を見据える。

『無事でいて、一刀さん・・・』

先ほど脳裏を過ぎった不吉な光景を拭いきれないまま、ただそう祈ることしか出来なかった。





「はぁっ、はぁっ、はぁっ――――」

何度掻いたか分からないほどになりつつある冷や汗を拭いながら、一刀は乱れた呼吸を繰り返す。そして目の前の、ほとんど息すら乱れていない怪物を見据えた。

『くっそ・・・まずいな』

四回―――呂布との一騎討ちにおいて、一刀が死を覚悟した回数だ。

その全てが紙一重。運が良かったのか、まだ戦えなくなるほどの傷も負ってはいない――――が。

『どうする?』

自問するも、答えは見つからず。堅守の戦いを主とする一刀だからこそ何とか渡り合えてはいるが、全く以って攻め手に欠ける。このままではジリ貧だ。

それに呂布はまだ、本気を出していないように思えて仕方がない。ならば―――自身の「本気」を出せば出し抜けるか?

『・・・しょうがない、か』

出来れば使いたくはなかったが、このままでは本当に何も出来ないまま無残に殺されてしまう。そうなれば、この場に来る主―――桃香に危険が及ぶことは間違
いない。

ならばせめて、後のことを愛紗や鈴々に託せるように、生き永らえなければならない。―――たとえこの身体が壊れようとも。

「・・・?」

一刀は一度大きく後ろに跳躍し、その突然の行動に首を傾げる呂布との距離を広げる。

そして長い息を吐くと、両の手に持つ天龍と地龍の柄尻を“結合”させた。

龍の頭を催した柄は、大きく開かれた互いの口と牙がガッチリと食い込み、二刀であったはずのソレは一つの新しい武器と化す―――。



「双龍―――転じて、双頭龍」


     からだ       あたま
一つの柄に二つの刃。

双頭を持つ龍―――それこそが、北郷家に伝わりし宝刀、天龍と地龍の真の姿であった。



23話へ続く


後書き

だいぶ遅れてしまいましたが、恋姫22話の掲載になります〜。

最近なかなか忙しくて、思うように執筆に時間が取れません。何となく疲れも溜まってますしねぇ〜。

・・・と、愚痴はこの辺にして。内容の紹介でも。


華雄戦で軽く伏線にしておいた、「一刀の切り札」が遂に明かされました。

もしかしたら、思い至った人もいるのではと。まあそれほど突飛なものではありませんし。

「双頭龍」を使った戦闘は、次回に回しました。


そして桃香。原作をよく知っている方は、「ん?」と思われたかもしれません。

そうです。ちょっとばかし桃香が強いのです(笑) まあ実際の三国志でも、劉備は決して弱くありませんし。

とはいっても、恋姫演舞の世界でも精々「一般兵よりは上」レベルで、武将には太刀打ちできないのですが。


ってわけで、22話でした! 次回はもう少し早く更新―――出来たらなぁ(←願望)

ではでは!



2009.11.12  雅輝