「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

戦場に、一刀の剛声が轟く。

その鋭い眼光は常に周囲に配られ、自分に向かってくる者を優先的に判別し。

「らぁっ!!」

その手に握られた双龍は、一人また一人と敵軍の兵士を斬り伏せていく。

派手さでは愛紗や鈴々などに劣るが、敵を倒していく速さに限定すれば、彼女たちとなんら遜色は無い。

彼女たちが一振りで五人を吹き飛ばしている間に、一刀は五振りで五人を斬り捨てていた。

「ぐぁっ!」

「・・・ふぅ」

そしてまた一人、袈裟斬りに敵を屠った一刀は、その服の切れ端を拝借して双龍にこびり付いた血を拭う。

この時代に来て、随分と血を吸い込んだはずの刀身だが、一刀のマメな手入れの賜物かその切れ味は落ちていない。

「しっかし、まさかまた俺たちが前線を任されるとは・・・馬鹿にも程があるよな」

周りに敵影が無いのを確認した一刀は、開戦前の軍議を思い出して、重いため息を吐いた。

当然、一刀の言う「馬鹿」とは袁紹のこと。彼女は水関の戦で劉備軍が奮戦したことに気を良くしたのか、またもや最前線を命じてきたのだ。

そしてその袁紹軍はといえば、先ほどと同様に前衛でもなければ後衛でもない、中途半端な位置に陣を張っている。

『まあ、今のうちに高見の見物を決め込んどけばいいさ』

向かってくる敵を切り捨てながら、一刀は内心でほくそ笑む。

こうなっては、劉備軍も何もしないわけにはいかなかった。水関はともかく、今回の虎牢関は自分たちだけでは抜けないことを分かっているからこそ。

『今回は、利用させてもらうぞ・・・袁紹軍』

――朱里と雛里の策で、ちょっとした意趣返しをさせてもらおうか。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<21>  虎牢関の戦い(前編)





「あら?」

「? どうしました、華琳様」

左翼。精兵と共に噂に違わぬ実力で奮戦を見せていた曹操軍の総大将――華琳は、辺りを俯瞰して誰よりも早くその事実に気づいた。

「いえ、中央の劉備軍なのだけれど・・・あれは押されているのではなくて?」

「えっ?」

彼女の傍に控えていた軍師、桂花がその言葉に目を向ける。確かに、言われなければ気づかないほど少しずつではあるが、劉備軍が後退している様子が覗えた。

「やはり、あの軍には荷が重かったということでしょうか。けれど、それにしては・・・」

「ええ、いくら何でも“早すぎる”。寡兵とはいえ率いる将はいずれも一角のもの。軍師も優秀。本来ならば、ありえないわ」

劉備軍は、彼女がその力を認めている数少ない軍勢だ。今はまだ小国なれど、時が経てば相応の大国に変貌を遂げるだろうとさえ思っている。

そんな軍が、戦の開始からまだ数刻も経っていない内から瓦解の兆し? ――ありえない。だとすれば。

「まだ隊列も乱れていない内からの退却。やはりこれは、劉備軍の軍師による―――」





「――何らかの策、でしょうね」

右翼。袁術の客将にして、されどその力を袁術軍以上に示す孫家軍。その代表たる孫伯符は劉備軍の動きを見て、敵を切り伏せつつポツリと呟いた。

「雪蓮の勘もそう告げるか。じゃあ間違いない――な!」

そしてその傍らでは、史実で孫策と「断金の仲」と語られる彼女の幼馴染、軍師の周喩が鞭を振るいながら断ずる。

「瓦解に見せかけて、その実しっかりと隊列は守られているわ。まったく、楽しませてくれるわね」

「まったくだ。劉備軍の力を測れただけでも、今回の連合という名の茶番劇に意味はあったと言えよう」



「「目的は・・・そうねぇ。袁紹軍に対する、意趣返しといったところかしら?」」



奇しくも同じタイミングで言葉を発した華琳、雪蓮の両名が見つめる先で。

戦場に響き渡った銅鑼の音を合図に、劉備軍は一斉に動き出した。





一方、劉備軍の後ろで完全に油断しきっていた袁紹軍はといえば。

「ひ、姫! 劉備軍がこちらに退却している模様です! その後ろから、敵も多数付いてきてます!」

「な、何ですって〜!!」

優雅に茶を啜っていた袁紹は、側近の顔良によってもたらされた耳を疑いたくなるような報告に、口に含んでいた液体を噴き出して吃驚した。

「やばいぜ、姫! もうすぐそこまで敵が来てる!」

続いて同じく側近の文醜が、その肩に得物の大剣を負いつつ、早口で状況を説明する。

「くっ、やはり貧乏軍は役に立ちませんわね! いいですわ、董卓軍など返り討ちにしておやりなさい!」

自分が無茶な要請をしたことを棚に上げて――いや、もう忘れてすらいるのかもしれない――袁紹は金切り声を上げ、軍の二枚看板と呼ばれる両者に迎撃を命じる。

―――この迎撃命令をもって。彼女たちは、劉備軍が誇る二大軍師の術中に完全に嵌った。







銅鑼の音。それは作戦実行の合図だ。

「今だ、愛紗!」

「ええ、鈴々!」

「応、なのだ! お兄ちゃん、気を付けて!」

三人で目配せと声を交わしながら、既に迎撃体制を整えた袁紹軍の眼前で、それぞれの軍は「分割」する。

関羽隊、張飛隊は左へ。そして北郷隊は右へ。予め決めていた通りに、三つの隊は綺麗に割れた。

困惑したのは、彼らを追っていた董卓軍の先発隊と――ノータイムで劉備軍を追ってきた敵軍と当たることになった、袁紹軍だ。

董卓軍としては、左右に分かれた寡兵の軍を追うよりは、目の前の総大将がいる軍勢を狙う方が効率的であるし。

袁紹軍としては、主より迎撃命令が出ているため、その攻撃を受けざるを得ない。

全ては、臥龍鳳雛の計画通り。軍が瓦解したと見せかけて敵が追従してくる状況を作り、暢気に後ろで構えていた袁紹軍に敵を押し付ける。

二つに分かれた軍は反転の後、中央、右翼、左翼の敵と遭遇しないように遠回りをして虎牢関の門へと接近。あわよくば破壊して一番乗りを果たす。

先の水関では、実を果たすも名は取られてしまった。ならば今度は、虎牢関の一番乗りという名を頂こうではないか、ということだ。

「隊長! 虎牢関が!!」

「見えてきたか――っ」

敵のいないルートを一刻ほど走り抜いて、とうとう目前に虎牢関の門が見えてきた―――が。

「――止まれっ!!!」

ほとんど先頭を走っていた一刀は一喝して、自らの率いる兵たちの足並みを止めた。

『何だよ・・・コレ』

感じたのは悪寒。いや、そんな表現すら生温いほど、濃密な死の予感。

「・・・っ」

北郷隊の兵たちは止めたままで、一刀は思わず震えそうになる足を一歩ずつ進める。

まだ、遠い。だが、徐々に濃くなりつつある血の臭いと、体中を貫くような殺気。この先に、「何か」がいる。

そのままさらに数十歩。見えてきた凄惨な光景に、一刀は思わず絶句した。

『・・・酷いな』

辺り一面が、血の海だった。

倒れている兵は、反董卓連合軍がほとんどだ。その鎧から察するに、曹操軍と袁術軍、孫家軍が多い。

おそらく右翼と左翼から、隙を見て門を突破しようと試みた、勇敢な兵たちの末路なのだろう。

そんな死屍累々の戦場の中で、返り血に己が身を染めた「彼女」は佇んでいた。

「・・・」

赤い髪に褐色の肌。スラリとした長身と、何の感情も読めない表情。

そして―――その体躯に寄り添うように地面に突き立てられている、超重量武器―――方天画戟。

「・・・敵?」

彼女が振り向く。ルビーのような双眸が、身構える一刀を捉えた。

―――間違いない。一刀の、武人としての勘がそう告げた。

「なるほど、アンタが虎牢関に入るための、最後の関門ってわけか――呂奉先」

腰の鞘に収めていた双龍を、ゆっくりと抜き放つ。眼前の「三国志最強」から、一秒たりとも目を逸らさないように。

「・・・敵は、斃す」

呂布はそのぼんやりとした双眸を、一瞬にして死神のソレに変えると。

一刀が構えると同時に、その手に持った戟をゆっくりと肩に掛けた―――。



22話へ続く


後書き

恋姫は結構久しぶりの更新。第21話をお送り致しました〜。

最近は合作やキリリクに力を入れていました。やっぱり二週に一話のペースは保たなくてはいけませんね^^;


そして内容。虎牢関の戦いがとうとう始まりました!

袁紹軍に敵兵を押しつけるというのは、確か「真」の方の作戦だったかな。最近、無印と混ざってしょうがないです(笑)

まあ自軍の損害を出さないという点でも、優秀な作戦ですからね。今回ばかりは、袁紹のポジショニング(?)が良かったということで。


次回は呂布戦です。書きたいところでもあったので、気合入れていきますよー!

でわでわ。



2009.10.17  雅輝