「――――はぁぁっ!!」

決して広いとは言えない道場に、凛とした少年の声が轟く。

「むぅ――っ!」

同時に聞こえてきたのは、少々くぐもった低い声と、人一人が床に倒れる衝音。

そして胴衣を身に纏った少年が、同じく胴衣を着る老人――と呼ぶには少し若く思える男の眼前に、両手に持つ二本の木刀の内の一本を突きつけた。――すなわち、試合の勝敗を指し示す一手を。

「・・・ふうっ。俺の勝ちだね、爺ちゃん」

闘気とも殺気とも取れる気配を緊張感と共に打ち消した少年は、その顔に年相応のあどけない笑顔を浮かべ、目の前の男に話しかける。

「・・・ふん。老人相手に苦戦しているようでは、まだまだじゃわい」

対する、自らを老人と称した男は負け惜しみとも取れるソレを口にしつつ、差し出される少年――いや、実の孫の手を取るのであった。





「ふう・・・参ったわい」

試合後。胴衣を脱ぎ、風呂場で汗を流していた男は、悔しさと嬉しさがない交ぜになったような嘆息をついた。

「もはや、あれだけのハンデを付けても相手にならんか・・・」

とても齢にして六十を過ぎているようには見えない均整の取れた肉体を洗いながら、彼は尋常ではないスピードで成長していく孫に思いを馳せる。

『我が家系において、武人の才能は隔世遺伝と言われているが・・・あやつのは明らかに次元が違う。これが天賦の才というものか』

彼の家系は、代々守護者を任されていた。

その任は様々。時には一国の王の護衛を務め、時には戦場に出て土地を護るために一騎当千の活躍を見せる。
 
             もののふ                   ほんごう
護るために闘う武士。それが彼の家系――北郷家の生き様であった。

とはいえ、文明も発展した現代。その力は、主に要人のボディガードや、膠着状態に陥った事件の影の切り札として用いられている。
 
                   かずと
だが、彼の孫――北郷一刀の強さは、歴代の猛者の中でも明らかに抜きん出ていた。

勿論、幼少から鍛えていたのもある。剣技の他にも一通りの武道を習わせ、また一刀自身が祖父である彼を尊敬していたこともあり、自ら進んで研鑽に励んでいたことも大きい。

その内にメキメキと頭角を現し――毎日行なっていた先のような立会いで、一刀が祖父を打ち負かせたのは・・・なんと、彼がまだ十一歳のときであった。

言っておくが、祖父が弱いわけではない。彼も若い頃は歴代最強とまで謳われた剣士であり、年老いてその力も衰えつつも、まだまだ現役で仕事をしているほどの実力を持っている。

その彼を以ってして、しかし齢十一で倒してしまった一刀。まさに、神童と呼ぶべき存在。

そして今となっては、両手首・両足首にそれぞれ5kgずつ・・・計20kgの重りを付けても自分を打ち負かす、真の武人に成長してくれた。

『・・・もうあいつも十六。そろそろ仕事を経験させておくか』

普段は一刀に厳しい彼だが、実は誰よりも祖父として一刀のことを溺愛している。だからこそ、一刀の実力が充分足りているのも分かっておりながら、心配から仕事を割り振らなかったのだ。

とはいえ、いつまでもそんな才能を腐らせておくのも本意ではない。

そこで彼は決断した。孫である一刀に仕事を引き継ぎ、自らは引退することを。

「・・・アレも、渡さなくてはな」

長い間自分の相棒を務めてくれた「アレ」を思い出して、彼は懐かしむように目を細めた。

北郷家において、「護る仕事」と共に受け継がれていく、文字通りの伝家の宝刀。



それは、銘を「天龍」と「地龍」。総じて「双龍」と呼ばれる―――二刀一対の柳葉刀であった。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<1>  外史の始まり





時は経ち――二年後。

「はぁ・・・しかしあの時はビックリしたよなぁ」

夜の森を、一人の青年――北郷一刀は、二年前のことをふと思い出して、独り言を呟きながら駆けていた。 
 
                                                                    かたびら
その服装は動きやすさを重視し、防護性を度外視した軽装。胴に鋼線で編まれた帷子以外に身を守る術のない、シルクを使用した黒一色のカンフー服。

そんな彼の腰の後ろには、×印になるように備わっている二本の曲刀――双龍が覗えた。

「まさかいきなり「お前にこれを託す」なんて言われるとは、思っても見なかった」

これ、とは勿論腰に差している双龍のこと。厳格な祖父から何度もそれが受け継がれる意味を聞いてきた彼にとって、唐突な祖父の引退宣言は寝耳に水な話であった。

だが、いつかこんな日も来るだろうと覚悟していた一刀の内心には、驚きはあっても迷いは無かった。そこにあったのは、自分も祖父のように、そして歴代の守護者のように、己の成すべきことを全うしようという思いだけ。

「・・・」

そして今日は、そんな彼の初仕事から丁度二年。だから思い出してしまったのだろうか、と少し感慨深くもあった。

――今日の仕事内容は、とある神社の境内の見回り。

とはいえ、ただの見回りではない。何でもその境内に、神主が最近手に入れたとされる大きな鏡が置かれ、それからというもの朝晩を問わず獰猛な森の獣が境内に侵入するようになってしまったらしい。

その鏡を処分してしまいたいのだが、いつ獣に襲いかかられるかと考えれば、境内に近づくことすら出来ないらしい。そこで、守護者である北郷家に依頼が回ってきたわけだ。

よって任務は、その鏡の破壊。北郷家が受け持つ仕事の難易度としては低めに当たるが、油断も慢心も一刀にはない。

「・・・ここか」

山奥にある、小さな境内。閉ざされた障子の向こうからは・・・なるほど、確かに禍々しい気が充満している。

感覚でそれを悟った一刀は、右手を天龍に添えつつ、警戒しながらも左手で一気にその障子を開け放った。

「――っ!!」

それは一瞬の出来事。開けた視界の先には、既に肉食獣と思わせる大型の獣の牙が、一刀の眼前まで迫っていた。

「ふっ――」

そのことに多少驚きつつも、一刀は冷静にその初撃を避け、彼の背後に着地した獣の胴体を、振り向きざまに抜き放った天龍で断ち切った。

「グォォォォォォォォォォォォォンッ!!!」

断末魔のような雄叫びを上げる獣を一瞥もせず、一刀は警戒心を強めながら境内の中の様子を覗う。

「「グルルルルルルルルルッ・・・!!」」

果たしてそこには、先ほど襲ってきた獣と同類と思われる、狼が巨大化したような獣が二体、唸りながら一刀を警戒していた。

『・・・襲いかかっては来ない、か。一匹目の奇襲が失敗したことからか――だとしたら、知能も相応に高いな』

そう分析するも、一刀は敢えて境内の中へと足を踏み入れた。

途端、獣たちの唸りも大きくなる。だが、それは想定の範囲内。そして、その獣たちが数瞬後には襲いかかって来るであろうことも――。

「・・・来な」

「「・・・ガアアァァァァァアアアァアァァァッ!!!」」

――一刀にとっては、分かりきっていたことであった。







「ふう、終了っと」

ピッと、天龍を振るうことでこびり付いた血を払い、腰の鞘へと戻す。

結局一刀は、もう一本の柳葉刀――地龍を抜くことなく、ものの数秒で二匹の獣を血の海に沈めていた。

「しかし、結局こいつらは何だったんだ?」

獰猛かつ巨大な狼のような獣。その覇気はなかなかに凄まじく、一般人がどうこう出来るレベルではない。

もっとも幼少より祖父の闘気に晒され続け、さらには「仕事」として幾度も死線を潜り抜けてきた一刀にとって、それは児戯に等しいものだったのだが。

ともかく、一般人にまで危険が及びそうな相手である以上、命を刈り取ることに躊躇は無かった。

「・・・」

一刀は、仕方がなかったとはいえ命を奪うことになってしまったそれらに数秒間黙祷を捧げた後、部屋の中心に置かれた鏡と向き合った。

「へぇ・・・」

自然と声が漏れる。それは、不思議な大鏡であった。

その鏡面が、自分を映しているのかどうかすら曖昧なほどの。しかしそれでいてどこか神秘的な雰囲気を纏っている。

「・・・確かに、これは危険かもな」

一刀は北郷の剣士としての長年の経験から、直観的にそう判断した。

この世に存在してはいけないもの――そんな気持ちにさえ、この大鏡はさせてしまう。

「――はぁっ!!」

元々の任務であることも含め、一刀は躊躇なくその鏡に天龍を奔らせた。

――途端。

「なっ――!!?」

確かに割れたはずのその鏡からは、眩い光が発せられ――全てを呑み込むように、咄嗟のことで対処出来なかった一刀を包んだ。

そして境内をその極光が包んだ数秒後・・・その境内の中には、二匹の獣の死骸しか存在しておらず。



――――外史の突端は、開かれた。



2話へ続く


後書き

調子に乗って、新連載スタートです〜^^

「真・恋姫無双」の大長編。話数もかなり行くかと思われます。

いや〜、恋姫、かなりハマったもので。そこで設定からアレンジしての、連載と相成りました。


主人公は北郷一刀のままなのですが、設定をかなり変えました。要するに、主人公強化の再構築ですね。

ただ、他にも連載を二つ抱えているので、こちらはかなり不定期な更新になりそうです。基本的に、完結するまでは他の連載を優先で。

それでは、気にいって頂けましたら、また2話でお会いしましょう^^



2009.2.14  雅輝