──「その技を、無闇に使うことは禁ずる」

まだ一刀が中学生になって間もない頃。彼の育ての親といっても過言ではない祖父が、珍しく有無を言わさぬ口調でそう言った。

「? 何でだよ、折角覚えたのに」

対して、丁度反抗期を迎えようとしていた一刀の口調からは不満が垣間見える。何せ、一年も掛けてようやく形になり始めた技だ。使わなければ何の意味があるというのだろう。

だが一刀の刺々しい言葉に対しても、祖父は腕組みをしながらゆるゆると首を振った。

「これは、他の剣技と同列ではない。本来なら習得まで十年単位の月日を要する、北郷家に伝わりし秘伝の技だ」

「・・・は?」

秘伝の技──奥義のようなものだろうか。初めて聞かされた事実は、一刀を驚かせるのに充分だった。

「え、だってそんなこと一度も言ってなかったじゃないか」

「お前の場合は、言わん方が覚えが早いと思うてな。しかし・・・まさか一年でものにするとは思ってなかったがの」

がっはっはと豪快に笑う祖父に、一刀は蹴りを入れたい気持ちを抑えつけて、まだ答えてもらっていない問いをもう一度重ねる。

「・・・で、何で禁じ手扱いなんだよ?」

「この技は、体に負担が掛かり過ぎる。本来ではあり得ん動きをするからな。まだ体が出来ていないお前には危険すぎる。それに───」

「まだあるのか?」

「──今までは特製の木刀で練習していたが、真剣──双龍を扱う時は、おそらく自身の体も相当傷つく。諸刃の技なんじゃよ」

「おそらくっていうのは?」

「わしもこれまでの人生、一度もこの技を使うことが無かったからだ。お前も使うことはないだろうが、一応な」

祖父だけでなく、ここ何代かは誰もこの技を使わなかったという。最後に使ったのが、江戸時代の始まりというのだから、歴史を感じさせた。

「これは強力すぎる力だ。使うような相手も居なかった。使う条件が満たなかっただけかもしれんがな」

「使う条件? そういえばさっき、無闇に使うなって言ってたな。なら、使っても良いときもあるのか?」

「左様。江戸時代以前は、“自身の主を守るため”の一点に尽きたらしいな」

「主って・・・現代日本でそんなものを求められてもなぁ」

「そうだな、だから、明治以降の使い手はこう解釈している」

祖父は、口を開く前に孫の頭に手を置いた。その表情は、とても穏やかで。気恥ずかしくなった一刀は、頭を振ってその手を振り払った。



──自身の、大切な者を守るため。その時こそ、己を忘れて修羅になり得る時。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<19>  其々の夜





『随分とまあ、懐かしいことを思い出したな』

劉備軍の天幕の中。見張り兵の身動ぎの音しかしないような、そんな静かな夜だった。

一刀は毛布を敷いた床に寝転がり、その天井を見上げていた。そうしながら、昔の記憶は仕舞い込み、半日前までここにあった戦場を思い返す。

──華雄を倒された敵兵は、もはやただの雑兵と化していた。

もちろん、個々の能力は低くないだろう。だが、華雄という良くも悪くもカリスマ性のある統率者を失っては、崩れきった陣形を戻すに至らなかった。

さらには漁夫の利を狙って、朱里曰く「最悪の時機」で袁紹軍と袁術軍が登場。

もはや戦意を無くしつつあった相手だからこそ多少の効果はあったものの、乱戦にでもなれば味方の被害も少なからず出ていただろう。

そしてそんなドタバタ劇の中、本当の漁夫の利を得たのは、袁紹でも袁術でもなく曹操であった。

彼女は腹心の献策を取り入れ、劉備軍と最も近い場所に陣を張っていた。そして華雄率いる本隊が劉備軍に突撃する隙を狙って、水関を落としに掛かる。

当然、まだ関の門付近には大量の華雄軍が存在していた。しかし曹操軍はそれらをいなし、蹴散らし、城門の前まで辿り着くと、用意していた攻城兵器を用いて難なく水関の門を破壊した。

統率の取れた兵たち。此度の策を献策した軍師の智謀。そして、難題を難としない武将の質。全てにおいて高次元だ。

『やっぱり、一番警戒するべきは曹操軍だろうな・・・』

今回も見事にしてやられた。本来なら関の一番乗りは、最前線で刀を振るっていた劉備軍のはずだった。

だが蓋を開ければ、劉備軍が勝ち得たのは名ではなく実だけ。名を取ったのが誰かは、水関の天辺に掲げられた「曹」の旗が如実に語っていた。

“ズキッ・・・”

「痛っ・・・」

寝返りを打とうとした体に、容赦なく鋭い痛みが走る。

『やっぱり代償は甘くなかったか。まだマシな方だと思うけど・・・』

右肩は筋でも痛めたのか。また、背筋にも引き攣るような痛みが残っている。

さらに、両足の付け根には決して浅くはない裂傷。軍師たちの治療によって巻かれた包帯は、少し赤みを帯びていた。

『無闇に使うな、か。全く、その通りだよ爺ちゃん』

ジクジクと痛みを発する自身の足の付け根を見て、つくづくそう思う。

桃香や愛紗たちに問い詰められた際には「華雄にやられた」と説明したが、それは全くの嘘だ。

これは自身の技で付いた傷。禁じ手は、祖父の言うように使い手の体を確実に蝕んでいた。

「・・・寝るか」

幸いにも、ここから虎牢関までの行軍は二日を要する。この傷が原因で、次の戦に影響を出すわけにはいかない。

そのためにも、体力の回復と傷の治癒は必須だ。一刀は走る痛みを無視してもう一度に寝返りを打ち、その双眸を閉ざした───。





「危険ね、あの男」

一刀が就寝したのとほぼ同時刻。曹操軍の中でも一際豪奢な天幕──曹猛徳の寝所では、彼女を含めて主要人物四人による軍議が行なわれていた。

「華雄は武に矜持こそあれど、その実力は本物だったと聞きます。それを難なく叩いたとすると───」

「男とはいえ、決して侮れる相手では無い、か」

どこか憎々しげに放った桂花の言葉を、華琳の傍らに立っていた青髪短髪のクールビューティー、夏候淵が引き継ぐ。

真名を秋蘭という彼女はその少し長い前髪に隠れた右目を閉じながら、華琳を挟んで向こう側に立つ、自らが信頼する姉──夏候惇に問い掛けた。

「姉者はどう思う?」

「ふむ・・・私も間近で見たわけではないから何とも言えないが」

艶やかな黒の長髪を揺らしながら答える彼女──春蘭は、戦闘中の一刀に一番接近した武将でもある。董卓軍の兵士を斬り捨てながら、視界の端に一刀を納めていた彼女はこう思った。

「確かに奴は強い。だが・・・どうも奴からは、この時代の人間には無い「何か」を感じた」

「何かって何よ?」

「わからん!」

「何威張ってるのよっ!」

相変わらず馬が合わない桂花と春蘭を微笑みながら眺めつつ、華琳は頭の中で先ほどの春蘭の言葉を吟味した。

『春蘭は、武に関しては誰よりも的確に感じることが出来る。その感覚が告げていたとすると・・・あり得ない話ではない、か』

華琳自身も、あの軍議の際に彼の姿は見ている。確かに、あの場で唯一の男将は、得も知れぬ雰囲気を纏っていた。

『この時代の人間には無い何か、ね。・・・ふふっ、面白くなってきたじゃない』

他の諸侯や賊徒だけでなく、時代まで我が覇道に立ち塞がると言うのなら。

『越えてみせましょう。その時こそ曹魏は盤石のものとなる――』

未来を見据えたその双眸に映る鋭さに気付いたのは、二人の喧嘩を仲裁していた秋蘭だけであった。







「お疲れ様、雪蓮」

「ホント、お子様のご機嫌取りは疲れるわ」

そしてまた別の場所――袁術軍の中の、孫家に宛がわれた天幕の中の一つ。

その言葉通りに袁術への報告を終えた雪蓮は、覚えた不満を隠そうともせずに寝ずに待っていてくれた冥琳にごちた。

「やれやれ、アレもいつも通りか」

「ええ。今回の戦、袁術軍はあまり目立った功績は挙げられなかった。それを責任転嫁してきたから、殺気も込めてひと睨みしてやったわ」

「はぁ、ほどほどにしておきなさいよ?」

「あら、冥琳ってばやさしー。あのお子ちゃまを心配してあげてるの?」

「ふっ、まさか。今ここであの駄々っ子の機嫌を損ねるのが、単純に拙いだけよ」

その声色には雪蓮と同じく殺意すら混じっている。しかし、それも彼女たち孫家の背景を鑑みれば当然か。

「しかし、あそこで突撃命令を出すとは・・・相変わらず何を考えているのやら」

「何も考えてないんじゃない? それに袁紹も同じようなことをしてたし」

「流石に劉備軍に同情したわ。だけど、同時に確信もした」

「ええ。――あの軍は、これから伸びるわね」

「正直、あそこまで奮闘を見せるとは思っていなかった。あの寡兵で大したものだ」

それは、後に諸葛亮と共同戦線を張るほどの智謀を備える周公謹の、軍師としての見解。

当初は予想もしていなかった。最前線を言い渡された劉備軍は、恐れて退くか、華々しく散るか、くらいにしか思っていなかった。

だが結果を見れば、充分すぎるほどの働き。華雄軍を関から引きずり出し、罠に掛け、あまつさえ敵将の華雄すら討ち取ってしまった。

自分でもそうしただろう、最善の策。献策した劉備軍の軍師に、冥琳は興味と焦燥を覚えた。

「そうね、あのお子ちゃまの無謀な突撃にも、一つだけ旨みがあったわ」

そしてまた雪蓮も。前線で己が相棒、南海覇王を振るっていた彼女は、敵軍の残党を次々と捻じ伏せる劉備軍の三人の将を目の当たりにしていた。

「関雲長。張翼徳。そして北郷。たぶんウチの軍でも、まともに相手を出来るのは数人しかいないわね」

特に前者二人に関しては、自分でも勝てるかどうか。それほどの勇将が、まさかあんな小諸侯に埋もれていたとは。

「面白くなってきたじゃない」

「はぁ・・・まあ否定はしないが。軍師としては、障害は少ないに越したことはないのだけど」

「どんな障害だろうと、乗り越えるまでよ」

「・・・ふっ、違いない」

力強い親友の言葉に、冥琳は呆れを含みつつ、シニカルな笑みを浮かべた。





それぞれの思惑を乗せた夜は更け――そして二日後。

予定通りの行軍を終えた反董卓連合は、呂布と張遼が守るとされている虎牢関へと辿り着いたのであった。



20話へ続く


後書き

どもども、雅輝です。第19話をお送りしました〜^^

今回は幕間的なお話。禁じ手を使ったことに対する反動と、各諸侯の思惑について。

特に前話で中途半端なところで切った分、今回種明かしがあると思っていた方もいらっしゃることでしょうが。

一刀の技に関しては、もう少々お待ちください。おそらく、虎牢関で明るみに出ると思います。


それでは、また次話でお会いしましょう!



2009.8.30  雅輝